第25話 失踪
「つまり、アルカナの啓示によればわたくし達の探し物は、まだ終わってないかも知れない……と言うことですのね」
「そう。けど、何がそうさせてるのかは分からなくて、それで色々考えちゃってて」
シルヴィの不安を聞いたレギーナもまた、シルヴィほどではないが顔を曇らせる。シルヴィが依頼の未遂を語る上で、レギーナにもその心当たりがあった。それは、見つからずじまいだった『ツタのエングレーブが施されたナイフ』である。
レギーナがスミスクラウン商会に調査を頼み、そのナイフの歴史までは分かっていたが、肝心の本物は、シャドウクロークとのいざこざのせいでまだ見つかってはいない。
「たぶん、その一端はわたくしにも責任がありますわね。わたくしがもう少しナイフの件について調べていれば……」
「謝らないでレギーナ。勝手に私がそう考えているだけで、レギーナの調査はあの捜索の助けになれたんだから」
フォローするシルヴィの表情は、あの時と同じく乾いていた。そして、それ以上の進展も得られないままに、シルヴィは少しだけ体調を取り戻して、レギーナの家を後にする。出発間際、レギーナはシルヴィに少し焦った様子で声を掛ける。
「シルヴィ! スカーも今夜には釈放されます。ですからまた、五人で石炉亭に行って、これからの事を語り合いましょう!」
頭で考えながらレギーナが提案した誘い。振り返ってその話を聞いていたシルヴィは、言葉こそ返さなかったが、落ち着いた笑顔を返して、町中へ戻っていった。だがレギーナは、最後に見せたシルヴィの顔の意図を読み取ることができず、今宵の石炉亭シルヴィが来るかどうかを、ただ手を握って待つことしか出来なかった。
日が落ちてきて、エリュ・トリは夜を待つ賑わいに変化しつつあった。そして冒険者ギルドでは、仕事の終わりを報告する冒険者たちに混じって、ようやく釈放されたスカーがギルドから出てくる。
「はぁ、やっと出られた。まったく団長ってば、ストラなんて何度も剥いてるんだから少しぐらい刑を軽くしたっていいのに……」
「すがすがしいまでの責任転嫁だなクロス・リッパーよ」
ギルドを後にして、夕飯を食べるために街道を歩いていると、すぐ横からスカーに声を掛けるジーンがいた。
「あら、ジーン。出迎えなんて気が利くじゃないの」
「言ってる場合か。一緒に石炉亭に行くぜ」
スカーはいつも通りの気さくな挨拶を交わしたつもりだったが、今のジーンはそれを意にも返さず、スカーを石炉亭まで連れて行った。妙な雰囲気を出すジーンの背中に少し驚いたが、彼のその反応が、何かの異常を知らせていることは、スカーにもすぐに分かった。
「連れてきたぜ」
「ようやく釈放ですのね」
「ずいぶん短かったんだな」
「そこは随分長かったんだな。でしょ、エリオ」
ジーンに案内されるがままに石炉亭に入り、仲間たちが集うテーブルにつくスカー。それぞれのいつもの反応に気分を落ち着けていた時、スカーはその集まりの違和感をすぐに察知した。
「……それで、シルヴィはどこに?」
「何処にも、いない?」
スカーを含む四人の席で、スカーはこの一人欠けたテーブルの理由を聞いた。
「そうだ。レギーナが町中でシルヴィを拾ったのを最後に、俺たちの誰もシルヴィを見ちゃいない」
各々から事情を聞いたスカーは、シルヴィの不在の詳細を聞いて、驚きを隠せずにいた。その詳細の中には、レギーナがシルヴィから聞いた『アルカナにまつわる話』も含まれている。
「わたくし、少し不安になってシルヴィの借宿を訪ねたんです。けれど中からは気配はせず、明かりも灯っていなかったので借宿にも帰ってはいないかと……」
「うーん……ミロとマリの啓示が未遂で、家にもいない、それでエリオは狩猟区で仕事をしていたけれど、そこでも見てはいないと?」
「あぁ、シルヴィがいる時は木の動きが活発になる、そんな気配から狩猟区に来ていない事はなんとなくわかる」
話をまとめた結果、レギーナと出会ってからは町中、借宿、狩猟区と言った大きな場所には現れておらず、さらにジーンからの証言により冒険者ギルドにも姿を見せてはいないと分かった。
「……と言うかジーン、ずっとギルドにいたの? 今日の依頼は?」
「ん? あぁ、それはまぁ……聞かないことに、って事で、へへ」
「つまりサボったって訳ね、まあいいけど。でもそうなると可能性が高いのはあの弔い場所か未開拓の森よね」
意見を取りまとめて、スカーは推測を立てる。三人もその意見には納得しており、無難な意見ながらも一番可能性のある所だ。
「前回は手紙に急き立てられるように一人で出ていったけれど、今回は啓示……なんだか、この出来事は随分とシルヴィに偏った仕事みたいね」
「どうする? すぐに向かうか?」
スカーの推測を聞いていたエリオが、俄かにテーブルに手をついて提案を出す。だが、そんなエリオの提案は予想外の方向から遮られた。
「落ち着けエリオ。これまでのシルヴィの言動で不安なのは分かるが、シルヴィは一等級冒険者。罠に阻まれはしたが、未開拓の森を的確に進む能力がある以上、あいつが危険だという判断はまだ出来ねえな」
「ですがジーン。わたくしはシルヴィの最後の顔を見てます。あの顔は……何かを思い詰めていました」
ここまでの話を聞いていたジーンからの判断に、レギーナの不安そうな顔が返された。
「まぁ、レギーナがシルヴィの顔をそう感じ取った事を否定する気はないさ。だが、シルヴィが動き出したのは『啓示が未遂だった』と分かった時からだ。それを全部捨ててわざわざ死ぬ事もないだろうし、古い仲間の事だからって無鉄砲をするような奴とも思えねえ、何より……」
「何より、なんですの……?」
一呼吸置いたジーンの言葉を促すように、レギーナは尋ねる。そしてテンガロンハットの上から頭をかいて、シルヴィに視線を向けて、ジーンは言葉を続けた。
「何より今回はシルヴィの動きが不明瞭だ。ここで何も知らずに出向いて、俺達が危険にさらされるのだって、シルヴィは望まないんじゃねえのか? 俺達は冒険者だ、いざとなれば個人で全てを負う。この間の遺物探しを経て今回があるんなら、今回のシルヴィは個人の冒険者だ」
冒険者は個人である。そんなジーンの冷酷な言葉がレギーナの、そして傍らで渋い顔をしていたエリオの心を揺さぶった。
「あの第三次紛争でもそうだ。ギルドに名を連ねて、戦って生き抜いたとしても、運悪く死んだとしても、それは個人の生き死にの話だ。こうやってシルヴィが再び無頼の決意で動いたのなら、俺たちにはそれを尊重するという責任がある」
「それはっ……! それは……あまりにもひどい選択だと、思います……」
「俺達は、シルヴィを助けに行くことが、出来ない……のか?」
シルヴィはジーンにやるせなさをぶつけ、エリオはローブの奥で顔を伏せて、ジーンの言葉に悩んだ。だがそんな二人に、今度はスカーからのフォローが入る。
「二人とも勘違いし過ぎよ」
「えっ」
「えっ……」




