第26話
「ジーンは助けちゃいけないとは言ってない。むしろジーンも助けには行こうとしてる。ジーンが本当に言おうとしてるのは『助けに行くのはいいけれど、シルヴィの負担にならないように』って言う事よ」
「シルヴィの、負担……ですの?」
「そう。さっきも言ったようにシルヴィだって実力と冷静さは持っている。長く生きた分だけの経験もある。だから多少心が揺らいでいたとしてもそれで死ぬとは考えにくい。むしろあたしたちが不意に介入することで、シルヴィを危険にさらしたり、あたしたちが危険に遭ってシルヴィの負担になったりするかもしれない。昔の仲間を失くした彼女に、そんな思いをさせたくはないでしょ?」
スカーからの冷静な言葉に、レギーナとエリオは黙っている事しか出来なかった。自分たちの拙速な行動が、シルヴィを危険にさらす可能性、一等級冒険者という肩書きを得てなお、二人はその可能性を失念していた。
「とりあえず、今日の所は明日を待ちましょう。明日になってシルヴィが戻らないのなら、朝早くからその捜索を始めればいい。未開拓の森にいるのなら、探索が出来る時にする必要もあるし、あたしたちに今できる事は、シルヴィが無事でいると願うだけね」
「……分かりました。ですが明日になってシルヴィがいなければ、わたくしは捜索に参ります」
「俺も、そうさせてもらう」
ジーンとスカーの言葉を受けたレギーナとエリオは、自分の判断に喝を入れ直して、改めて二人にそう宣言する。ジーンとスカーもそれを拒否するつもりはなく、ただただ二人で互いの顔を見合わせて、それを納得するような顔を見せるだけだった。
――
時はシルヴィがレギーナと別れた後。シルヴィはレギーナとの約束を心の中に言い聞かせつつも、やはり頭の中を巡る悩みを拭えずにいた。中でもシルヴィの心を大きく支配していたのは、ナイフや鎧の発見ではなく、依頼解決から先、何度も夢に出てきた「謎の白衣」だった。
「……どうして、あの影がずっとちらついて」
うわごとの様にその疑問をつぶやき続けるシルヴィ。やがてそれは自分の中の行動へと昇華していき、自分の借宿に戻って来たシルヴィは、出かける時に置いていった弓に手をかけて、自分の冒険者装備を臨戦状態まで整えていた。そして借宿から出る際に、自身の部屋を振り返って、レギーナが発した約束を思い出して、
「……ごめんなさい」
と、一言だけ呟いて、シルヴィはエリュ・トリを後にした。
天球の明かりが隠れて、未開拓の森は暗闇に沈んでいた。夜空の光もほぼ届かないその場所で、シルヴィはわずかな光を頼りに森林の探索をしていた。未開拓の森の植生がはっきりしない以上、樹上を渡るのは危険と判断し、気は進まないが地面を踏みしめて森林内を進んでいった。
「このあたりに……」
シルヴィは、あの時の場所をある程度記憶していた。一度しか入っていない土地でも、シルヴィは樹木の並びやわずかな特徴をランドマークに、暗い森の中を歩いていく。自身が土のエナジー系統の為、エナジーを利用して光源を作る事は出来ない。代わりにシルヴィは、周囲の木材から木の棒、太い枝、枯れ葉、乾いた樹皮を集め、簡易的な火起こしを始めた。
太い枝を縦に割いて受け皿を、木の棒の寸法に合う穴を掘りこんでそこに木の棒を回して黒い木くずが出るまで回す。木くずが黒く、そしてわずかに赤みを帯びた火の粉を作り出したら、それを細かく裂いた樹皮の繊維に移し替えて息を吹く、やがて樹皮が燃え、それをビンに入れて穴あきのキャップを占める事で、簡易的な火炉が完成する。
火起こしに使った枝に、ひもで火炉を結び付けて、ランタンのように持ち運びながら、シルヴィは森を進んでいく。未開拓の森の様子は、以前ひとりで入っていった時と変わらず、人気も生き物の気配も感じられない空間だった。そしてシルヴィは疑問に思う。「なぜあの時、謎の人物は気配も感じさせずに自分の側にいたのか」と。
そして、その疑問を突き止めるために自分の記憶に従って森を進んでいくと、ようやく目的の場所を見つけた。
「ここだ、この洞窟……」
火炉の光を携えて、自分の記憶のままに進んでいくと、あの時麻酔で倒れてしまった洞窟の姿をようやく見つける事が出来た、洞窟はまだ、そこに残っていた。
「ここには、一体何が……」
シルヴィは、洞窟周辺の岩肌に、また以前のような罠が張られていないかを確認した。火炉の光を頼りして視覚で確認する。そして土のエナジーを岩肌に流し込み、小さな土の脈動を起こす。今回は、罠の気配は感じられなかった。
安全を確認したシルヴィは、ようやくその洞窟の中に入る。あらかじめ余分に話しておいた乾燥した樹皮を火炉に足して明かりを保つものの、それ以外の光源がない洞窟の中は、視程1メートルもあれば良いほどに先への道が見えなかった。さすがにそれだけでは心もとないと思い、シルヴィは洞穴の壁に手を添えて、土エナジーの流れを感じ取る。
「ひと二人分の幅、岩肌、まだ続いてるけれど……奥は途切れてるのかしら?」
シルヴィが行ったのは、岩や土が持つ土のエナジーを検知する術である。自分が操作できる土エナジーを微弱に流し込み、それによりエナジーの反応が波紋のように伝わる。暗所の探索や先ほどの罠の探知などで使う事が出来るエナジーの知恵だ。
足を進めていく毎に、シルヴィは奇妙な感覚を覚える。
「……白衣の、男?」
それは、これまで朧気だった夢の中の白衣の存在が、次第に明確な形を持ってシルヴィの記憶の中を駆け巡ってきたのだ。
細表、黒と白が混じるボサボサの髪、焦点が合っていないかのような見開いた目、顔周りからは想像もできない、清廉な白衣。




