第27話 『引き金』のフラッシュバック
「なんなのこれ……こんな男、私は知らない……」
洞窟を進むごとに存在が明確になっていくそれに、シルヴィは薄気味悪さを感じて足が止まる。白衣の男が何なのか、その疑問を払拭するために進んだにも関わらす、その姿が鮮明になる程に、記憶の中に不意に現れたそれにおぞましさを感じていく。だが、それと同時にここまで進んだのなら、せめてこの洞窟の調査はしなければならない。何もわからない不定の男の記憶だけを持ち帰っては、今どうしているか分からない仲間たちに申し訳が立たない。
「レギーナにも、嘘をついたから、ね……」
そんな小さな呟きと共に、シルヴィは更に奥へ進む覚悟をした。そして壁面に手を当ててエナジーの動きを探知しながら進んでいった時、その手の違和感に気が付いた。
「エナジーの反応が、ここで途切れてる?」
火炉を正面に当てて洞窟を確認するが、手先で判別していたエナジーの反応は、まだ続いている洞窟に反して途切れていた。何か遮るものがあるのかと、壁に当てていた手を宙にかざすが、特に変化はなく、洞窟もまだ先が通じている。怪しみつつも、シルヴィはその先へ足を踏み入れて、再度壁面に手を当てて進もうとしたが、その時に手から感じる『変化』に気が付いた。
「……土や岩の壁じゃない?」
シルヴィが壁面にエナジーを流そうとしたとき、その壁の変化に気が付いた。土のエナジーが壁面を伝わらない。シルヴィはすぐにランタンを壁に近づけて、その状態を確認した。
「……これ、樹木?」
明かりを近づけて、その質感をじっくりと観察してシルヴィは気が付いた。洞窟の続きだと思っていたそれは、ある場所を境に樹木で出来ていた。そこでシルヴィは、土のエナジーの中でも植物に反応させるためのエナジーを流し込んで反応を確認した。
「やっぱり、ここから先は樹木の洞窟になってる。けど、この大きさって……」
そこから先の洞窟が樹木で覆われている事を感じたシルヴィは、今度はその姿に疑問を抱いた。樹木で出来ているというのなら、それは自然構築物である。だが人が二人通れるほどの樹木となれば、最終的な大きさは計り知れないものになる。
「なんなのこれ……私は何を知ろうと……」
先に進めば進むほど、その異質さに不安が募るシルヴィ、だが、そんなシルヴィが数メートルほど洞窟を進んだ時、その洞窟の向こう側に発見をした。
「向こうに、明かりが見える」
洞窟のうねりで隠れていたわずかな明かりが、歩みを進めたシルヴィの目に入ってきた。シルヴィは明かりがあるという安心感と、向こうがどのような場所であるかという不安を混ぜ合わせたような気持ちで、慎重に足を進めて、光のある場所まで歩き出していった。
歩く程に光が溢れ、そして遂には開けた場所を発見し、シルヴィは一つの巨大な部屋にたどり着いた。
「なに、ここは」
ようやく見つけた洞窟の行き止まり、シルヴィは火炉の火を消して、その明るすぎるくらいに明るい場所を見回す。
人間が百人いても余裕で過ごせる広さの空間、周囲の全てが、生きた木の樹皮のようなもので覆われている。天井は高く、足元も木の切り株のようで、例えていうのなら、そこは『神の如く巨大な、くりぬかれた木の内部』の構造をしていた。
「中に入っても特に変わった様子は……いや、あるけれどそれはまだよね」
自分に言い聞かせるかのように、シルヴィは中の様子を分析する。
少なくとも、人間が集団で入ってもいいレベルの木であるのなら、そのサイズは計り知れないはず。しかし未開拓の森の外観にそんな木が生えていた記憶はない。
そしてこの空間、木の外皮だけを残して中をくりぬいたような構造だが、人間がこなしたにしてはあまりに精密で、人の手が介入したとは思えない設計の部屋である。まるで、この大元の木が、最初からこの部屋ありきで生まれたかのような錯覚さえ起こす。
部屋の壁は樹皮のようにゴツゴツとしているが、それらは木とは思えないほど頑丈で、シルヴィが爪を立てて剥がそうとしても、傷もつかない。樹木のように削られた岩だと言われても疑わないレベルである。
「どこまで言っても謎の部屋よね。さて……」
一通り部屋の内部の様子を観察したシルヴィは、これまであまり視界に入れないようにしていた、部屋の中心部にある物体に目を遣る。
白い水晶のようなベースメント
左向きにはめ込まれた青の三角形
右向きにはめ込まれた緑の三角形
それらの特徴を持ち、宙に浮いたままゆっくりした速度で回転し続ける物体。シルヴィは、部屋に入ってすぐにその物体を目にして、背筋の凍る思いをした。
「なんで、私たちのペンダントと、同じ形をしてるのよ……」
そう言ってシルヴィは自分のスカートのポケットから、あの時発掘したペンダントを取り出す。そこに佇んでいるオブジェクトと全く同じ形状を持つペンダント。シルヴィは、この状況を頭で理解できずに混乱し続けていた。だが、
「……ここまで来て、何も得ずに終わりたくは、ない」
そんな決意を小さく口にして、シルヴィは意を決してそのオブジェクトに近づく。
一歩
一歩
また、一歩
そうして近づいていくと、周囲の環境が変化している事に気が付く。
「これは、心臓の鼓動?」
シルヴィがそう感じたのは、彼女がオブジェクトに近づ生き初めてから感じる、この部屋そのものの音だった。ゴウン……ゴウン……という自然が発しているとは思えない重々しい音がシルヴィの耳に届き、その音と共に、周囲の光景も変化していく。
それまでただの樹皮だと思っていた部屋の内壁に、虹色の線みたいな模様が迸るようになっていた。それは血液が一つの場所に供給されるかのように、樹皮の奥にあるらしい葉脈とも言える線を辿り、オブジェクトがある中央へ、その光の迸りは送られていく。
「……ぐっ!?」
そして、ある程度近づいたシルヴィは、突然、感じた事もない頭の痛みと揺れを感じた。オブジェクトまでの距離およそ6メートルというそこそこの場所で、シルヴィは膝を付いて頭を抱える。そして抱えた頭に大量の血液が通うような頭痛と、自分がこれまで探し続けた白衣の男の末路の記憶が流し込まれていった。
「なっ……何、これ……あの男は、ここに……来たの?」
シルヴィが投げ込まれたヴィジョンは、白衣の男の洞窟侵入から、この場所にたどり着いて抹消されるまでの動きを俯瞰的にとらえたものだった。
シルヴィの寝ている横から洞窟に入り
光もない場所をただひたすらに進み続けて部屋に到達し
その構造に訝しがりつつも中央のオブジェクトを目指して歩き
そして今のシルヴィのように多くの記憶を流し込まれる。
そして……
「あーーっはっはっはっはっは!!!! そうか!! これがっ!! これが俺が追い求めてきた成果だぁっ! そうだぁっ! この世界には! そしてこの【アルヴィス・ニレド】にはぁぁぁ…………!!!!」
ブゥン――……
「……消滅、した?」
シルヴィは、白衣の男の狂ったような独白を聞き、その独白の最後に、映像が途切れたかのように男の姿が消えたのを、記憶の視点で捉えた。そして、男の末路と自分が進んできた道が一致している事に気が付いたシルヴィは、強い悪寒と信じがたい推測を頭に浮かべる。
「うそ……じゃあ、ここにいたら私も……」
男の末路に足がすくんだシルヴィ、逃げようとする心臓の警戒音がうるさいぐらいに身体を揺さぶるが、記憶の濁流と男の末路のヴィジョンで、身体は恐怖と警告のせめぎ合いに置かれ、シルヴィの命令を受け付けない。
そんなシルヴィの耳に、これまで聞いたことのない、ザザザ……と言う、風鳴りや葉のかすれる音を不快にしたような音が流れ込んでくる。その音はシルヴィの耳を、そして心を揺らし、不安に揺らぐシルヴィの心を更に急き立てる。だが、次第にその音は不快さを和らげて、次第に音価を持った……声のような音へと変わってきた。
「なに……なんなのこれ……聞いたことない声……こわい」
全てが異常な周囲の状況に、シルヴィは本能的に身体を丸めてうずくまる。やがてシルヴィが聞いていた音は、彼女の心とは関係なく声としての輪郭を整えていき、そしてついに、その『ノイズ』は一つの言葉をシルヴィの耳に突きつけた。
――蜀肴ァ狗ッ 開始――




