第16話 滞留
結果として、飾り付きナイフを盗まれたという話は全てがでっち上げで、シャドウクロークの残党もそんなナイフはこれまでに見覚えがなかった。全てはスカーたちを始末するための罠であり、残党の男からもそれ以上の証言は得られなかった。
「そう……」
戻ってきたスカーたちは、ベッドで落ち着いて話を聞くシルヴィにそれらの報告をする。シルヴィは自分を納得させるように一言つぶやいたが、その表情は何かを諦めたような、無味乾燥した笑いしか残せなかった。
「どうやら、レギーナがスミスクラウンとやりとりしていた伝聞鳥の手紙を盗み見て、この罠を計画していたみたい。でも、その男が言うにはシャドウクロークはそれで最後だから、今度こそ脅威は駆逐されたって……」
「……えぇ、わかってる。それは、嬉しいことよね」
スカーは、病床のシルヴィがどうにか心を落ち着けられるように前向きな話を持ち寄っては彼女に伝える。だがスカーも薄々分かっている。あれだけ記憶の奥底で待ち望み続けていた探し物が、どれだけ待っても肩透かしに終わる事の無情さ。それを埋められるものを見つけるのは、そう簡単ではないと。
その日の昼、シルヴィの介抱を引き続き行うエリオを置いて、スカーとジーン、レギーナは石炉亭に来ていた。だがいつもなら率先して元気を振る舞う側であったスカーは、今はテーブルに正面から顔を伏せて悩んでいた。
「はぁ……シルヴィの気持ちは頭では理解できるけれど、あたしは心までは察してあげられないわ」
「珍しい。スカーがそんなにセンチメンタルになるのは今まで見たことありませんわね」
このスカーの様相に、レギーナまでもが不思議そうな顔を浮かべていた。そしてスカーは顔の向きを変えて、頬をテーブルに押し付けたままシルヴィに言葉を返す。
「だって、あたしは自分の身近な人が戦いや病で死んだことなんて無いもの。カゴ、ジーン、そして、レギーナたちだって今はこうして元気に生きてる。冒険者をしてそこそこ経つけれど、あたしにはシルヴィの記憶に代われるものはない。シルヴィに、かけてあげられる言葉は、今のところない」
「スカー……」
スカーの言葉に、レジーナもまた自分を振り返る。苦悩はありつつも、今こうしてスカー達と戦っているレギーナにも、スカー同様に身内の死を悲しむような経験は殆どない。30年前の紛争ですら、レギーナにとっては遠い歴史であり、三年前の紛争もまた、死者のほぼ居ない戦いだったのだ。
「ま、だからといって慰めちゃいけねえ理由もねえけどな。同情することばかりが慰めじゃねえ、シルヴィだって、お前が言いたいことやお前の気持ちは分かってるだろうよ」
スカーもレギーナも塞ぎ込んでいた時、ジーンが水を片手に二人に言葉をかける。
ジーンにとって、離別は珍しいことではない。30年前の紛争で両親を失った記憶は残っており、その時の戦禍は、少年だったジーンに数多の離別を引き起こした。だが幸いにも、ジーンはそれらを枷と感じるような性格をしていなかった。
日頃から愛用している青のストロースモーク。感傷や不安を和らげるそれは、いつしかジーンの中の深い記憶を洗い流す役割をしていた。それは、スミスクラウン事件以前の彼の態度にも出ていた。
――三年前の紛争をまだ覚えてんのか? 俺は、もう朧気だ、歳を食うってのは怖いねぇ。
「とりあえずうだうだしててもしょうがねぇ。遺物探しはまたも振り出し、俺たちゃまだ探せるってもんだ」
「とは言ってもジーン。本当の本当に振り出しですのよ? ここから何かを探すなんて、もはや岩塩の中の宝石を探し当てるようなものですわ」
レギーナの指摘に三人は唸る。掴んだと思ったら消えていく、そんなシャボン玉のような依頼に、いよいよ手が尽きたと思っていた。
その時、三人を探す大柄な男の声が石炉亭に流れ込んできた。
「スカー、いるか?」
「あぁ、カゴ団長?石炉亭まで珍しいわね。どうしたの?」
机に突っ伏したまま、溶けるように頬を押し付けていたスカーが、団長の面影に声を掛ける。
「なんだか、ずいぶん落ち込んでるようだな」
「まあね。色々とビックリな話を聞かされて、あたしの頭はいっぱいいっぱいよ」
スカーのそんな態度にカゴはジーンやレギーナを見る。二人も苦笑いしつつそんな彼女の様子をみまもっていた。
「まぁ色々あるのはわかった。ところでだな、お前の受けていた依頼について、俺から一つ話したいことがあるんだが……」
エリオに付き添われて二日、シルヴィは体力も回復して、身体もしっかりと動くようになっていた。そして、窓辺からエリュ・トリの街並みを眺めつつ、自分の探しているものを思い返す。
「……やっぱり、見つからないのかしら」
外から吹く柔らかで無情な風にシルヴィは問いかける。座って彼女の様子を見ていたエリオは、そんな誰ともなくかけられた疑問に答えを出すことは出来なかった。
「50年は、やはり長い時だ。そんなに簡単に見つかるとは……」
途切れ途切れの言葉でシルヴィの気持ちを案ずるエリオ。ただ当の本人は、そんな気遣いを見せるエリオに振り返って、少しだけ自然に笑っていた。
「まったく。そんなに色々気を使わなくてもいいわよ。いつものエリオらしく、可能性の話をつらつらと喋ってくれる方が、私も気が楽なのよ?」
「そういう、ものか?」
エリオの困惑に、シルヴィは再びベッドに座ってエリオとの対話を続ける。その切り出しは、先日の冒険者遍歴だった。
「エリオは覚えてる? 私がレギーナと一緒に冒険者ギルドに入ったっていう話」
「あぁ。六年前の事だな」
「そう。私がギルドに正式に登録したのは確かに六年前。けれどそれまでも、私は少しずつエリュ・トリに力を貸していた。ギルドが登録制になるまでは、私はのらりくらりと、スカー以上に放蕩的に狩りとか治安維持に動いてたわね」
あの時の会話を、エリオは再び思い返す。ジーン、スカー、レギーナとシルヴィ、そしてエリオ自身のギルド加入の話。エリオは気が付く。シルヴィはあの時、自分の加入が六年前である事だけを伝えていた事に。つまりシルヴィは『言わないという嘘』でこの話への言及を避けていたのだ。




