第13話
昼の時間、石炉亭に集っていたスカーたちは、思い悩んでいた。
「……そんな事があった訳か」
スカーの厳しい言葉に、『三人』は表情を険しくした。
「すまない。さっきのシルヴィの様子から、予想は出来ていたんだが」
中でもエリオは一際自分を悔いるような顔をしてその場に集っていた仲間に深く頭を下げた。
「いいえ、エリオの責任ではありませんわ。見落としは確かでしょうが、単独行動をしたのは紛れもなくシルヴィです」
そう、この場にはシルヴィはいない。石炉亭の端のテーブルには、スカー、ジーン、エリオ、そしてレギーナの四人だけが座っていたのだ。
「しかし、薄々思ってはいたけど、やっぱりシルヴィは何かを隠しているな。遺物の捜索に関わってから、あいつの様子はどうもおかしい」
「そうね。誘ったのはあたしだったけど、あたしがあの依頼書を手に取ったあたりから、シルヴィの雰囲気も変わったし」
ジーンとスカーがそう告げると、エリオは悔いるように口を結び、レギーナは不機嫌な面持ちを見せる。そしてレギーナは机を平手でタン!と叩き、これからの方針を相談する。
「とにかく、今はシルヴィを追いかけましょう。この手紙の内容をシルヴィが読んでいたのなら、たとえそれが罠だとしてもシルヴィはそこに向かうはずですわ」
――お前が家に保管していたナイフは、シャドウクロークの最後の一人が盗んでいく。俺はエリュ・トリで最も深い森に隠れる事にした。もしも取り返したければ、冒険者として未開拓を恐れずここに来るんだな――
手紙に書かれている内容を全員で一読して、その内容に怪訝な表情を浮かべる。
「間違いなく罠よね。あたしたちが知っているシャドウクロークはそもそも隠密・偽装・策謀で盗みを働く。あの時だってあたしたちが正体を明かすまではその姿すら拝誰も知らなかったわけだし」
「であれば、誘われたのはわたくし達で、そして今回はシルヴィがその罠にかかった……いえ、シルヴィだって一等級冒険者ですわ。罠だと分かって行ったのでしょう」
シャドウクロークの実態は、それを壊滅させたスカーたちが一番よく理解している。もともとはスミスクラウン商会を貶めるために、一人の人間が創建した盗賊団で。もう少しという所でその成就をスカーたちが阻み、集団としてのシャドウクロークは消滅した。
「そう言えば、あの時首謀者を含めた奴らは捕まえたけど、一人だけ取り逃がしてるやつがいたわね」
ふとそんなことを思い出して、スカーはその時の様子を思い返す。だがそれも今は些末な話、本当に気にかけるべきは罠と知ってその場所に向かったシルヴィである。
「この文面を見る限り、居場所は一つしかねえよな」
「えぇ。【未開拓の森】エリュ・トリが探索と開発を進めている、山々の谷間に広がる未踏の森ですわね」
岩と岩塩の山々に囲まれたエリュ・トリの東部、山の合間を埋め尽くすように深い森が繁茂している区画がある。エリュ・トリで【未開拓の森】と称されるそこは、エリュ・トリの人間のみならず、全ての人間にとって未知の場所であり、返して言うのならば絶好の隠れ場所でもある。
「とりあえず、そこに向かいましょう。四人で行けばある程度の危険には対処できるでしょうし」
「ですわね。シルヴィ一人で危険な目に遭っていないといいのですが……」
こうして、エリオが持ち帰った手紙を基に、四人はシルヴィを追うためにエリュ・トリの東部へと向かっていった。
エリュ・トリ中央のトリ・セントレからそう遠くない場所。草原と山麓の境目に広がる、日の当たりにくい森林に、シルヴィは入り込んでいた。
「未開拓の森……ずっと来てなかった場所ね」
樹上を渡って、木々のすき間からどうにか入り込む陽光で森の中の道筋を辿っていく。昼だからどうにか光が差し込んでくるが、おそらく夕方に入る頃には光は木々に吸い込まれ、この場所は夜より暗い闇に落ちるだろうと想像できる。そんな場所で、シルヴィはその目で森林内の気配を探った。
「……すごいわね。未開拓だって言うから人気がない事は承知してたけど」
耳をそばだてて音を聞こうとしたとき、シルヴィはその異常に気が付いた。
生物の音がしない。
森が朗々と緑を蓄え、自然が支配する場所にも関わらず、狩猟区で感じたような生物の動きや鳥のさえずりがこの場所には感じられない。折れた木々によって足元は不安定になり、そこに足跡や生物の痕跡も見られず、例えていうのなら「自然だけが生きている」状態だった。
「これだけ静かなら、人気があれば違和感も出る。進んでいけばその様子も分かるでしょう」
急ぐ心を抑えつつ、一等級冒険者としての落ち着いた分析を忘れないシルヴィ、当然周囲にも警戒はしており、気配や異常が起きればすぐに対処できるように準備はしていた。そして森への侵入口の方向を見失わずにまっすぐ進むことしばし、シルヴィは途端に奇妙な光景を見つける事になった。
「……これは、洞窟? いや、それにしてもここは」
鬱蒼とした森の一角、シルヴィは崖のように盛り上がった岩場と、その岩場の地上付近に空いた洞穴を見つけた。崖の高さは非常に高く、洞穴らしき場所の周囲は、木の根がしだれ落ちる不気味な雰囲気を持っていた。
自然と空いた穴というにはあまりに不自然で、まるで岩盤を誰かが掘って穴でも開けたかのようなそれに、シルヴィは警戒を強めた。
「もしかして、これが例のシャドウクロークの……?」
シルヴィは洞窟を前にして、ひそかに声を零してその入り口に降り立った。
人ひとりは余裕で通れる道、中に明かりはないが、その洞窟の行く先は、今の時間帯なら薄明りでかろうじて見る事が出来る。だがここにも生物の気配はなく、シルヴィはこの奥に進むことに対して、どちらかというと不安寄りの感情を抱えていた。
「多分、あの手紙は罠……よね。たとえシャドウクロークの残党でも、こんな場所に行けば平穏では済まない。私も、気を付けないと、自然に飲まれる」
グッときを引き締めて、シルヴィはその洞窟に向けて足を延ばす。そして足を向けた瞬間に、シルヴィは自分の身体に違和感を覚えた。
(な……え……?)
視界がぼやける。
足に力が入らない。
洞窟の壁面に当てていた手の感覚が薄れる
首の後ろに、痛み……
シルヴィは全身の力が抜けたようにして、その場に膝を付き、そして眠るような感覚に陥った。立つどころか座るのも危ういほどの意識の混濁に、自分の右手の親指付け根部分を噛んで耐えようとするが、その噛む力さえも中途半端で、全身の力が急激に奪われた事を察知した。
そしていつの間にか感じていた首の後ろの痛みに、どうにか持ち上げられる手を添えると、そこには小さな針のような感触があった。
(ま、さか……ます……い……?)
ついには洞窟前で倒れ、視界が滲んでまぶたが落ちようとする。この静寂の森林で、何の音もなく麻酔を刺せる人間がいたという信じがたい気持ちを残したまま、シルヴィは深い昏睡状態に陥った。だが意識が途切れる寸前、シルヴィは残った視野で洞窟を眺めて、そこに何かの光景が映らないかと必死の抵抗をしていた。そして、僅かな虹色の光の脈動と、もう幽かにしか聞こえない足音の合間、最後の視界にはうっすらと人のようなものが映っていた。
「…………」
は……く……
………
……
――
さあて、いよいよ面白くなってきたな。あいつらの実力も大したもんだよ。こりゃあ、オレの持ってるような飾りナイフじゃ歯が立たねえかもな。近接戦は向こうの思うつぼだろう。かといって大規模な魔法を使われたら、それこそこの国の人だって無事じゃすまない。
――待って
だが、ここでオレたちが守らないと、これから発展していくこの国の人たちに顔向けできないからな。あいつらも今は善戦してる。俺だって着ぶくれだけして装備を生かさないままのへっぽこ冒険者は嫌だもんな。
――行かないで。
シルヴィ、お前も付いててくれるか?お前は優秀な弟子だからな。俺がピンチになった時、きっと助けてくれるだろうよ。ま、弟子に頼りっぱなしの師匠ってのもかっこ悪いんだけどな、なはは。
――その結末は分かってるから、もうやめて。
さて、だいぶ押されてきたな。願わくはこのナイフがせめて幸運をもたらしてくれますように。じゃあ行くか、シルヴィ!
――ダメなの。その戦場に行ったら、あなたは……!
――嫌だ
――行かないで
――私を置いてかないで
――私を、一人にしないで
…………
「は、はは……すまないな。シルヴィ……オレ師匠なのに、弟子に……介抱、される、なんて……恥ずかしいぜ」
――もう喋らないでっ……! こんなに血が出てるのにっ……!
「お前も、早……く逃げろ。このままじゃ、あいつらの……ゲホっ!一斉攻撃にまき……こまれ、ちまう」
――でもっ!! あなたをここに残していくなんてっ!!
「へへっ……心配すんなって。あとの事はヴェルールが教えてくれるし……お前はこれからも生き続ける……」
――いやだ……仲間を置いてくなんて嫌だよぉ……ヴェルール、何か言ってやってよぉ……!!
「シルヴィ……こいつは覚悟を決めたのよ。私たちはこいつの残した物で生きていかなきゃならないんだ」
――そんな……
「シルヴィ……行けっ……!あいつらと一緒に生き延びるんだ!」
――いやぁっ! 一緒に帰ってきてよぉっっ!! こんな終わりなんて嫌だっ! 離してヴェルールっ! ねぇっ!! 誰か連れて帰ってよぉっ!! ラーゾっ! ツイードっっ!! 誰かぁぁっ!!
…………
「……いやぁぁっっ!!ザムトぉぉっっっっ!!」




