第12話 50年を追う
「……なるほど」
朝。レギーナは窓辺に止まっていた伝聞鳥の持っていた手紙を読んで。深く息を吐いて頷いた。手紙の送り主はピアー・スミスクラウン。昨日手紙を送っていたスミスクラウン商会の娘で、レギーナとは小さい頃の幼馴染にあたる。
「まずは、準備をいたしましょう。話はそれからですわね」
朝の冒険者ギルド。ぼちぼちと人が集い、掲示板に貼られている依頼を眺める時間。いち早くここにたどり着いたレギーナは、自分の仲間たちを待っていた。
「あら、レギーナ?」
そんなレギーナのもとに最初に集まったのはシルヴィだった。いつものように編み込んだ銀髪を揺らして、穏やかな顔でレギーナと挨拶を交わす。
「おはよう、シルヴィ」
「ずいぶん早くここに来たと言うことは、昨日の手紙の返事は届いたのね」
「えぇ。それも、昨日の議論を無駄にしない話題が届きましたわ」
意味深に笑ってそう言うレギーナに、シルヴィはちょっとした驚きのような顔を見せる。だがすぐに笑みがこぼれて、シルヴィはレギーナの自身ありげな顔に安心をにじませた。
「それはよかった、じゃあ早く全員で集まらないとね」
それから全員が集まるのはそう遅くはなかった。宿舎で寝ていたスカーとジーンは大きく伸びをしながら受付そばの階段を降りてきて、別の家を持っているエリオもまた、シルヴィとレギーナの邂逅から30分もした頃には合流して、一行はギルドロビーの端っこのテーブルに陣取って話を始めた。
「朝早くからこの五人組か。なんだか夜が明けた気がしねぇな」
「昨日の今日だものね。それでレギーナ? 返信はあったみたいだけど、どうだった?」
ジーンとスカーの暢気な会話を受けて、レギーナは再び自信ありげな顔を浮かべる。
「えぇ。ペンダントと鎧についてはさすがに調べようが無いとのことなのですが、この中では一番の注目株だったエングレーブ付きのナイフについて、少し情報が得られたようです」
「ほんとうに?」
レギーナの報告に、いち早くシルヴィが返す。
「はい。ただ……昨日のわたくし達の会話を覚えていますか? 石炉亭での」
「あぁ。この依頼がいつの紛争を指しているかと言う議論だったな」
「そうですわ。で、結論から言いますが……そのツタのエングレーブ付きのナイフは、50年前の遺物である可能性が高いとのことです」
全員が、緊張を高めた。
「スミスクラウンには、商会設立前の取引記録や、当時スミスクラウンの一員としてクラフトを担当した職人の名簿なども多く管理されているそうで、大当主スラック・スミスクラウンが、その記録の最も古いものを探った結果、58年前に依頼された品の中に、その特徴に近い商品の設計図があったそうです」
「58年前……」
レギーナの報告に、シルヴィが押し黙る。
「となると、この探し物は第一次紛争の遺物を探す事になるのか。カゴ団長には関知できないわけだな」
エリオはそう言って、納得とも落胆とも取れる表情で背もたれに身体を預ける。
「そうね。そして悪い事に、これまでのヒントは大きく価値を損なった。あたしが言った跡地の捜索も無駄骨になっちゃったわね……」
発起人だったスカーも、これまでの動きが意味を失くした事に力が抜ける。
「これがたまにある『振り出しに戻る』ってやつだな。それで、どうするんだスカー?」
ジーンの言葉に、スカーは項垂れていた肩を持ち上げて、頬をぺしぺしと叩いてやる気を入れ直す。
「まぁ、重要な情報は得られたわけだし。ここから改めて聞いて回るしかないわね。時代が遡ったって言うことは、見方を変えれば、それを語れる人間が限られるという意味でもあるし」
50年前の紛争を語ることができる人間は少ない。スカーの発した言葉に、他の四人もまた顔を引き締めて頷いた。
「とりあえず、50年前の紛争に関りがありそうな人を探していきましょう。あとは単純に、この遺物に心当たりがある人もね。もしも最近出され依頼だというのなら、家族の形見を探している若者の線もあるわけだし」
こうして、スカーたちは気を引き締め直して、再びギルドを出てこの遺物探しを最初から始める事にした。
五人がそれぞれの思いつく場所へ分かれて、関係のありそうな人に話を聞く中で、シルヴィは一人、繁華街中央の噴水にやってきていた。
「……」
何も語らずに噴水を見つめ続けるシルヴィ。だがそんな彼女に声をかけるものが一人いた。
「シルヴィ」
さっき別れたはずの声。シルヴィは振り返り、そのローブ姿の青年と目を合わせる。
「エリオ?」
「随分とぼんやりしているな。何か悩みでもあるのか?」
エリオはそう言ってシルヴィに近づく。普段から会話している時は距離など気にしない二人だったが、今のシルヴィはエリオが間近に来ると、どこか苦し気な表情を見せていた。
「あはは……さっきの話でちょっと肩の力が抜けたというか、方向性を見失った感じがしてね」
「確かにそうだな。スカーはああ言っていたが、50年前の出来事を語れる生き証人なんて早々いないだろう。もしかしたら30年前の時点でそう言った者たちが絶えてしまっている可能性だってある」
エリオも内情では無理を承知だと思っている事を離すと、シルヴィの表情は一層悲痛なものになる。
「そう、よね……普通に考えたら、居るはずがない、ものね」
「だが可能性はゼロではない。ご老人であればその時代を生きている可能性も大いにありうるからそこを……」
エリオは、逸らしていた視線をシルヴィに戻して彼女の顔を見る。そこにあったのは、悲しみや懐古の念への苦しみとは、大きく違った彼女の表情だった。
寂しさ
エリオが感じたシルヴィの表情は、それを語りかけてくるようなものだった。そして、エリオがそんなシルヴィの顔に手を差し伸べようとしたとき、二人に声をかける男の声が聞こえてきた。
「おーい! 異物を探してるってのはあんたたちか?」
そんな声に、シルヴィはそれまでの表情から一変、目を丸くして男の方を振り向いた。
「え、えぇ……」
「そりゃちょうどよかった。最近町中で聞いて回ってただろ? 俺もその話をまた聞きで聞いててさ。それで知らせたいことがあったんだよ」
ジャケットにベルト、スカーたちと同じ冒険者風の出で立ちの男は、気さくな笑顔でシルヴィに話しかける。男の言う所には、ここ二日間のエリオ達の聞き周りが町中で耳に入ってきて、そんな噂を辿るようにして二人に声をかけてきたとのことだ。
「知らせたい事とは?」
「あぁ、それなんだが……その昔盗賊を倒せって言う依頼を受けたことがあってな。その時に盗品だった品をいくつか回収して、持ち主がない者を報酬の一部として雇い主からもらったんだよ」
エリュ・トリにおける盗賊討伐、それは『人間を相手にした戦闘行為』という名目で一等級限定の依頼となっている。たとえそれが大きな依頼者を経由した者でもそこに例外は無く、男の言った内容はそれに合致しているように見える。
「それで、細かい飾り紋が着いたナイフも譲り受けてたんだが……」
「だが?」
もったいぶって話す男に、シルヴィは気の急く気持ちで話を促した。一方でエリオは、その男の言葉を聞いて、シルヴィの後ろで思案顔を浮かべている。
「つい……四日前だったか、家を空けてた時に空き巣に入られてな。それでそのナイフも奪われたんだ。しかもその空き巣の野郎、丁寧に手紙まで寄越しやがって。シャドウクロークがどうこうって……こんな手紙を残しやがったんだよ」
「シャドウクローク!?」
男が発したその名前に、真っ先に驚きを露わにしたのはシルヴィだった。聞き覚えのある盗賊の名前、スミスクラウン事件の首謀者であり、その事件を機に解散させたはずの盗賊集団。その名前を、思わぬ機会に聞くことになったのだ。
「俺としても盗られた事を伝えるのは心苦しいんだが、ただこの手紙がなんかの役に立てばと思ってな。だからそのナイフを探してるって言うアンタらにこの手紙をあげるよ。これが助けになりゃ俺も人助けができたって思う事にするさ」
そんな話を終えた男は、すぐに繁華街の人込みの中に消えていった。人並みの中に二人が残され、手紙を受け取ったシルヴィに、エリオは尋ねる。
「シルヴィ、まさか追いかけるつもりじゃないだろうな?」
手紙を持っていたシルヴィの手は、震えていた。
「……私が、そんなすぐに血相変えて飛び出すような短気な人に、見える?」
少し間を置いたシルヴィの言葉、エリオに、その時のシルヴィの表情は見えなかった。
「普段の君なら、な。だが今の君は、その手紙を離そうとしていない」
手紙が震えている事に気が付いていたエリオの指摘で、シルヴィは手を下げてエリオに振り返る。その表情は、あまりに不自然に、いつも通りだった。
「……そうね、ちょっと気持ちが逸ってたかも。この手紙はエリオが持っててちょうだい。私が持ってても、エリオは不安がるでしょうし」
「俺は……いや、いい。とにかくシルヴィ。昼になれば俺たちは集まる。それまで落ち着いて捜索を続ける事にしよう」
「わかったわ。大きなヒントをもらったとは言え、まだまだ調べたいこともあるものね」
そんな会話を交わした二人は、繁華街の噴水からそれぞれの道に向かって進んでいった。エリオはギルド方面へ進み、シルヴィの様子を気にしつつも自分の聞き込みを進めようと歩いて行った。一方でシルヴィは、噴水の場所で人ごみに紛れて静かに目を瞑り、
エリオの姿が見えない事を確認して、フッとその場から姿を消した。




