第11話 混迷する「原初の紛争」
ギルド団長カゴ・ウェイトレード。エリュ・トリ冒険者達の中では、その地位とともに経歴も誰よりも長い。特に現状では30年前の紛争の記録や記憶が重要と考えられている以上、その紛争に最も近い人物から話を聞ければ、何か得られるかもしれない。
「なるほど分かりました。ではすぐに団長に取り次ぎましょう。なにせ私もその依頼は引っかかっています。事務処理的な視点で、ですがね」
それからすぐに、プラーシュとエリオはギルド二階にある団長の執務室へとやって来る。プラーシュの二回のノックに、中にいたカゴも小気味よく応えて、二人は執務室に入ってきた。
「よう、エリオから話があるとは珍しいな。それにプラーシュが絡むとなると、また厄介事か?」
「まぁ、そんな所だ」
短い会話の後に、三人は依頼書を見てそれぞれの視点での意見を出し合う。エリオはスカーが受けた依頼であるという視点。プラーシュは、不用意に張られた依頼書であるという視点だ。
「だいたいわかった。それでスカーはこの依頼で出かけてるんだな」
「あぁ、さすがに今日中には戻ると思うが……」
「かまわん。しかし30年前の紛争か。確かに俺はその時は参加してたが……だがあの時はこちらの被害が大きかった。現在のエリュ・トリの領土線になっている地点は、あの時はスィンツーに奪われた場所だったからな」
カゴ・ウェイトレードがギルドの団長になったのは、30年前の紛争の少し後の事である。当時の敗北の後処理という事で、様々な業務を任されていたカゴが、その責任感を買われて団長に推薦された所から始まっている。
「30年前の紛争の時、俺はエリュ・トリの冒険者の中でも知り合いの多い立場だった。様々な場所に出向いては冒険者を募るような事もしていたよ。まぁ、そうやって知り合った奴らの半分は、30年前で時間を止めちまったがな」
「……そうか」
軽く笑って話すカゴに、なんと声を掛ければいいのか決めあぐねるエリオ、だがそんな彼の顔を見てカゴはすぐに話を続ける。
「気にするな、それにこういった情報が欲しかったんだろう?」
「あまり力になれなくてすまんな」
「いえ、情報が少ないことも情報です。今日は急場にも関わらず、ありがとうございました」
「おう、スカーによろしく言っといてくれ」
一時間ほどでカゴとの話は終わり、エリオは30年前の国境線の在処を引き出すことには成功した。だが役割である依頼者についてはカゴも推測しかできず、エリオはまたエリュ・トリの町中での聞き込みに戻っていった。
エリュ・トリの夜。五人は石炉亭に集まり、それぞれの結果の共有をする。特にスカー達が捕まえたスィンツーの法術兵の話は全員の興味を大きく揺さぶることになった。
「50年前の遺物……ですの?」
「そう。その法術兵が言うには、第一次紛争の時に残された品を探してたらしくて、お祖父様がそれをふと思い出して、その孫にあたる彼らに頼んだらしいのよ」
スカー達が遭遇した出来事に、エリオとレギーナは悩ましい顔を浮かべる。
「なんだか偶然とは思えませんわね。わたくし達の探している遺物も、実質的にその年代は不明ですし、もしかしたらそのスィンツー兵の探しているものと時代を一にしている可能性まで範囲を広げる必要があるのでしょうか」
「だが依頼書が割と新しい訳だし、さすがにそこまで広げるのは収拾が付かねえんじゃねえか?」
「ですがスィンツー兵の家系の方は、ふと思い出したように探し始めてますし、依頼の新旧は別問題だとも言えませんか?」
レギーナとジーンの討論に、他のメンバーも注目の目を向ける。その議論にエリオも加わり、さらに推測は進んでいく。
「しかし、エリュ・トリには50年前の紛争の記録はない。カゴ団長ですらその紛争の事はほぼ記憶にないのに、その遺物を追い求めると言うのも考えがたいと思うんだが」
「それは……一理ありますわね。現状のエリュ・トリで、それを覚えている者は非常に少ないですし」
50年前か、30年前か。五人の冒険者たちは降って湧いた情報に踊らされるように、腕を組んで晴れない顔を続けていた。
「なんだい? アンタら珍しく全員で浮かない顔をしてるじゃないか?」
悩みに悩んでいる五人のもとに、重い足音を響かせて石炉亭の女店主マグリットがやって来る。座ってる彼らにはさらに大きく見えるマグリットは、五人の気難しい顔に疑問を浮かべた。
「いやぁね。今紛争の歴史のことを調べてるのよ。それも、もしかしたら50年前の最初の事まで調べなきゃいけないかもって所でどん詰まり」
「ほぉん? 大変そうだねぇ」
他人事と思って全員の顔を見るマグリット。さすがに悩みっぱなしは気分の毒と思い、五人はマグリットに簡単なつまみとドリンクを頼むことにした。マグリットも「あまり根を詰めるんじゃないよ」などと労いの言葉を残して厨房に戻っていった。
「とりあえず、まずは食事を取りましょう。わたくしがスミスクラウン商会へ送った手紙も、おそらく明日には返信が届くでしょうから、それを手がかりにしても遅くはないと思いますし」
「そうね……このまま無意味に探しても無駄骨よね」
「なら、今はレギーナちゃんの動きを待つしかねぇな」
「そういう事なら、今日はレギーナの分を持ってあげないと。ねっ、エリオ?」
「シルヴィが言ったんだから、シルヴィが払うべきでは?」
手がかりはなく、進展も芳しくはないが、冒険者の人生は規則的に進んでいく。何もないならあるまで待つ。スカーやジーンの様な歴戦の冒険者に伝わるそんな不文律に従って、五人は今日の食事を共にした。
「はぁ、さっぱりさっぱり」
ギルド三階の宿舎。あいも変わらずスカーはジーンと同室で寝るための準備をする。
「だから全裸でここまで歩いてくんなっての。お前に剥かれて恥じらってるエリュ・トリの女を見習え」
毎度のこととばかりに、スカーはパンツの一つも穿かずにジーンとの相部屋に戻ってくる。普段は服で隠れている所にある無数の傷も、ここでは全てが詳らかになっている。
「あたしが恥じらって嬉しい人なんて居ないでしょ」
「いやぁ……物好きだっているかも知れねえぜ? ほら、あのオーデクスとか言うボウズ。あいつ、結局お前のこと慕ってただろ?」
それは、先日の一騒動で共に戦った、三等級冒険者の少年の話だった。入った当初は箸にも棒にもかからない跳ねっ返りだったが、スカーとの共闘と、その事件での活躍をきっかけに、少年はスカーやジーンの事を尊敬するようになったのだ。
「まぁ、ジーンにも憧れてるみたいだけどね」
「だが、憧れてるやつがいるのなら、お前の事を好いてるやつだっているだろうよ」
「そういうものかしら……」
そう言って、スカーはピンとこないような表情を浮かべつつも、下着、シャツ、ジャケット、ベルトに靴下、そしてブーツと、普段通りの冒険者装備を整えて、最後に二振りのダガーを装着してベットに座る。
「……ま、それはさておき。ジーン」
「あん?」
一通りの装備を整えたスカーは、気持ちを切り替えてジーンに問いかける。
「今日のシルヴィ、なんか変じゃなかった?」
「あぁ……そうだな」
スカーの見たシルヴィは、いつもとは大きく違っていた。ぼんやりとする時間の長さ、懐古にたそがれる姿、そして、スィンツー兵への尋問の態度。それはジーンも同じく怪しんでおり、スカーの質問には首を縦に振った。
「あの様子、おそらく、ただの同情でお前について行った訳じゃねえだろうな」
「そう思うわよね。けど、変なタイミングでそれを問い質したら、シルヴィはおそらく何も話してはくれなさそうだし……」
「まぁ待つしかねぇだろうな。俺らが出来るのは捜索ぐらいだろう」
そう言うとジーンは窓の外に向かって青のストロースモークをふかす。夜の深い紺色に青の煙が溶けていき、今だけは考え事を忘れられそうな気分になる。
「あのシルヴィの心を開くんなら……やっぱりエリオが適任だろうな。一番信頼置いてる者同士じゃねえと、話すもんも話せないだろうよ」
「そうね。シルヴィが本当に話すようになったら、その時に聞きますか。どうせ単なる遺物探しなんだし、長い目で見ましょう」
そんな二人の会話も、ジーンの青い煙に溶けて、二人は明日を待つために仮眠をとる。明日の自分が何かを解決する、そんな淡い期待を込めて。
…………
「……なるほど。アイツらがこれを探してるのか。それなら、ここは復讐の機会とさせてもらおうじゃねえか。ボスが投獄されて、他の奴らも寝返ったが、オレはまだ諦めちゃいねぇ」
スミスクラウン商会の壁の向こう。一羽の伝聞鳥から手紙を盗み見た男が居た。黒いマントと黒のマスク。夜の闇に紛れたそれは、レギーナが送った手紙を読んで、それが持つ好機を喜んだ。そして伝聞鳥は飛び立ち、スミスクラウンからの返信を持って再びレギーナのいるエリュ・トリに戻っていく。
男は鳥の飛んでいく方向へ、木々を渡って向かっていく。目指すのはエリュ・トリ。そしてターゲットは、スカー達。
「待ってろよ冒険者ども。シャドウクローク最後の一人が、お前らを追い詰めてやるからな!」




