第10話 第一次紛争、それを知る者たちへ
「……しかし、紛争の品か。スカー、じいさんなんてあの戦場にいたか?」
「うーん……記憶にはないわね。あの時に掃討した奴ら、大体若い奴らばかりだった気が」
ジーンとスカーの話し合いに、チーシャンは一つ首を傾げた。
「あの…俺たちが探してるのは三年前の紛争じゃないんです」
「三年前じゃない?ってことは30年前のあれか?それは随分古いもんを……」
「いえ、それでもなくて。俺達は祖父が現役だった50年前の品を探してたんです」
――
廃墟に吹く風に吹かれて、シルヴィは一つ溜息をこぼす。
「……はぁ」
先ほどまでの厳しい表情も解けて、静かに目を瞑る。そして気持ちが落ち着いた頃になって、ジーンとスカーはシルヴィの元に戻って来た。
「よう、戻ったぜシルヴィ」
「気分は落ち着いたかしら?」
戻って来たスカーとジーンは、何も持ってはいなかった。それは、先ほど捕らえたスィンツーの法術兵も含まれ、先ほどの若者たちはスカーたちとは一緒にいなかった。
「あのスィンツー兵は?」
「あぁ、とりあえずあの場所に放置してあるよ。あられもない姿でな」
「……スカー、あなた…………」
ジーンの意味深な言葉と、スカーの自慢気な顔に状況を察したシルヴィは、呆れながらもどこかぎこちない笑顔を見せた。そしてすぐに、シルヴィは二人に頭を下げる。
「さっきは、ごめんなさい。遺物探しの最中に出くわしちゃったから、つい視野が狭くなっちゃってて」
「お、おう……それは良いんだが」
シルヴィが謝辞を告げた所で、ジーンは何か引っかかるところがあったが、彼女の謝る姿勢と沈痛な言葉に、それ以上何かを問う事は出来なかった。そして先ほどの様子についての話が終わるや否や、スカーが頭を掻きつつ悩みを吐き出す。
「でも……50年前の紛争の遺物なんて言われてもね……そこまでくればもはや化石じゃないの、シルヴィもそう思うでしょ?」
「50年前……? あの二人、50年前の遺物って言ってたの?」
「あぁそうだ。お前が立ち去った後に話を聞いたんだ。だがそんなものを探すなんざ俺達より過酷ってもんだぜ。なにせ記録らしい記録もないからな」
――エリュ・トリとスィンツーにおける三度の紛争。その始まりは50年前に遡る。その紛争に関するエリュ・トリの記録はなく、その勝敗を知る人間は、エリュ・トリ内にはほぼいない。あの時どんな戦いが繰り広げられていたのか、それを知る術はここにいる者たちには無かった。――
ジーンの発した50年前という言葉に、シルヴィとスカーも顔をしかめる。この中では最年長のジーンでさえ、そもそも紛争の参加は三年前であり、第二次紛争時点の彼はまだ少年である。
「まぁ、あの若造のそれは俺たちとは関係ねえ。それと、あいつらをギルドに引き渡す必要もあるし、成果はないが今日はここまでだな、どうだ?」
「あたしはいいわよ。このまま同じところを探っていても何もなさそうだし」
「それじゃあ私も、後はスィンツー兵の話も少し気になるし」
結局、スカーの依頼にまつわる情報は一つも手に入らず、さらにはスィンツー兵二人とその二人が探している謎を抱えてエリュ・トリに戻る事になり、スカーたちの『謎』の結果はマイナス方向にしか傾かなかった。
スカーたちが紛争地帯からの帰路についていたその時、エリュ・トリ内では治安維持担当と依頼者を探していたエリオが、スカーの依頼書を持って冒険者たちに聞いて回っていた。
いやぁ知らねえな。そんな贅沢な品もったことねぇよ。
うーん、見たことはないけど、もし見つけたら知らせておくわね。
ナイフなんてみんな持ってるからな。いちいち飾りを見るなんてことも無いよ。
ギルド内の冒険者、また外で巡回中に出くわした冒険者たちに尋ねるも、やはりその成果は出なかった。ほとんどの冒険者は、見た・見ない以前に、人と持ち物の話をしていない。消耗品や薬などはともかく、使ってる武器に関する会話も、それほど頻繁な話題ではなかったのだ。
「ふむ……」
どれだけ聞いても答えらしきものが得られないと思い、エリオは一旦ギルドに戻る。それは、このエリュ・トリの歴史に最も近い人物を訪ねるためだった。
冒険者ギルド一階、受付ロビーで担当の女性にエリオから相談をする。
「ちょっといいか?」
「あ、はい。どうかしましたか?」
「プラーシュマネージャーに話を通したいんだ。団長と相談したいことがある、と」
「かしこまりました。マネージャー! 冒険者さんがお呼びです!」
エリオの希望を聞いて、後ろ側に大きな声を向ける受付。するとマネージャー用の席に着いていたプラーシュ・セヴァルが、すぐに顔をのぞかせた。
「おや、エリオ君ですか。何か御用ですか?」
「あぁ、二つほど聞きたいんだ」
エリオが端的に要件を伝えると、プラーシュはスッと左手をかざして、エリオの話を一旦止める。
「分かりました。では私のオフィスで話しましょう。その様子だと、二つの相談というのはあまり短くはなさそうだ」
そう言って口元で笑うプラーシュ。エリオは彼に案内されるままに仕切りで囲われたプラーシュのオフィスに入り、椅子に座る。
「……さて、お引き止めして申し訳ありません。では本題を」
「あぁ、実はこの依頼書なんだが……」
エリオは、スカーから預かった依頼書をテーブルに広げて見せる。その依頼書を見たプラーシュは、目を丸くして、その紙に書かれている少ない情報を読み取って、眉をひそめた。
「なかなか面白い依頼書ですね。依頼者の名前の不記載、探していると言う遺物の詳細不足、ギルドの押印なし、そして羽振りのいい金額……エリオ君、これは何処で?」
「ギルドの掲示板にあったものをスカーが取ってきたんだ。いまスカーはこの依頼のために動いている」
「そうでしたか……」
不定の依頼書。そしてそれを受注したスカー。プラーシュはその二つの要素を聞くと、左ひざを指でつつきながら真顔になる。受付マネージャーのこのような表情はエリオも見たことはなく、平静を装いつつも、プラーシュから発せられる苛立ちの様な空気にエリオの顔が強張った。
「色々と突っ込みたいところは多いのですが、まずはこうお聞きしましょう。エリオ君、どうしてこれを相談したいと?」
「あ、あぁ……今、五人で手分けして調査をしているんだが、プラーシュさんが言ったように依頼者の影もない状態なんだ。スカーたちは遺物そのものを捜索していて、俺とレギーナはその依頼者を探している」
「なるほど、少し読めてきました。つまり、掲示板にあったのであれば、受付でも把握はしているのではないか、と言うことですね?」
「そうだ。それが一つの理由だ」
エリオの返答に、プラーシュは困ったような表情を浮かべる。
「確かに受付は掲示された依頼については責任を共有します。ですがそれは、あくまで『最低限の様式が整っているもの』だけです。この依頼書は端的に言えば『受付の管轄外の依頼』という事になります」
きっぱりと断言するプラーシュ。エリオも、そのあたりは気がついている。一等級としてその辺りに抜かりがあれば、危険を呼び込む可能性もあるからだ。そう思って諦めようとした時、プラーシュはさらに話を続ける。
「……ですが。受付の中にこれを受注したものがいるからこうして皆さんは活動をしているのでしょう。そうなれば話は別です、大変、非常に、悩ましいほどに不本意ではありますが、私からも何か提供出来る情報があれば提供せざるを得ません」
「……なんだか、すまない」
プラーシュの不満を隠さない物言いに、依頼したスカーよりも萎縮して、会話を続ける。
「……さて、脅しはこれくらいとして。皆さんは現状で何処までの情報を?」
「まったく。と言った方がいいレベルだ、ヴェスパー家に手紙を出したレギーナの返信も時間は掛かるし、今日中にスカーも帰ってくるだろうが、それが成果を得られるかどうかは分からない」
スィンツー兵を捕らえて帰路につくスカーたちは、この会話の間には帰ってきてはいない。誰か一人でも戻ってくれば、その進展は望めるのだが、現状では依頼書以上のヒントは無い。
「そうですね。そうなると私から何か提供できる情報は少ないと思います」
「あぁ。だから二つ目の理由がある。団長に取り次いでほしいんだ」




