第9話 来訪、あるいは侵入者
「……始めて出会った時は、私のことを小馬鹿にしてて、ときおり私にいたずらを仕掛けてくる人だったな。まだ苦手だった虫を近くに寄せてきたりとか、子どものようにスカートをめくろうとしたりとか……そこそこ年いってたのに、少年みたいに私をからかって……」
「なんというか、あたしみたいね……」
他人事だと思えないシルヴィの師匠の言動に、スカーは申し訳なさを感じていたが、シルヴィは穏やかに笑ってそれを受け流した。
「そんな感じかもね。けれど冒険に必要な事には真剣だった。冒険に必要な道具の準備の事はよく叩き込まれてたわ。彼は物持ちが良かったから、準備ついでに余分な薬とか食料とかを分けてもらったこともあるし」
柔らかく笑うシルヴィを見て、スカーはここまでのシルヴィの事を少し忘れるようとした。
「それだけ話せれば、後の作業も続けられそうね」
「えっ?」
「シルヴィ、ここに来るまでずっとあちこちをみて回って、なんだか気もそぞろだったから、少し心配してたのよ」
スカーの言葉で、シルヴィはハッと二人を見る。ジーンも、何処か安心したような表情を浮かべており、自分がそれだけぼんやりとしていた事に、ようやく気が付いた。
「ごめんなさい! なんだか私、色々と気合が入ってなかったみたいね。ここからはどうにか……」
「まあまあ、亡くなった人間への思いってのは、忘れがたいもんだからな。少しぐらい感傷に浸るのも、人生には大事だと思うぜ」
そう言って、青のストロースモークの煙を漂わせるジーン。多くは語らず、されどシルヴィの思いを無下にはしない。そんな距離感の言葉が心地よく聞こえて、シルヴィも少し安心したような表情を見せた。
「……ありがとう。おかげで少し元気になった。それじゃあ」
そうしてシルヴィが立ち上がり、集落の地面に目線を止めた時、シルヴィはふと首を傾げた。
「どうした、シルヴィ?」
「いえ……まだ私たちの行ってない方向に、なんだか足跡が多い気がして……」
シルヴィはそう言って、より奥の方の民家を指さした。そこは昨日スカーが訪れていない場所にもかかわらず、砂が荒れて足跡のような痕跡が見える。
「これって……」
「どうやら準備の必要がありそうだな。風が吹くこの場所で足跡が残るってんなら、そりゃつい最近誰かが来たって意味だ」
ジーンの掛け声で、スカーは二振りのダガーを、シルヴィは土エナジーの操作を準備する。ジーンもガンナイフを一丁取り出して、近接での戦闘を想定しつつ、荒れた砂地の方へ進んでいく。
物音はない。現在進行形で何かをしているという様子はないように感じる。だが建物の大きな残骸を遮蔽物として先に進んでいくと、砂地の荒れ方の輪郭がはっきりとしてくる。昨日や一昨日だったら幸運だと思っていた一同だが、その痕跡の鮮明さが、想定している時間軸をどんどん『現在』にずらしていく。
「……待て」
ジーンが前に出て、吹く風の中に紛れる異質な音を掴む。砂を掘る時のざらざらとした音、風向きとは逆に砂が飛ぶ様子、そして、人の息遣い。
(3、2、1……)
ジーンは指を立てて、スカーとシルヴィに合図を送る。そしてジーンの手がグーの状態になった時、ジーンは前に、シルヴィがその後衛に立って。物音の原因に声をかける。
「動くなっ!」
「ぎゃぁっ!? な、なんだよっ!?」
ジーンとシルヴィが目にしたのは、若い二人の男だった。砂に汚れた白い服、茶色の帯で腰のあたりをまとめたそれに、ジーンは見覚えがあった。
「く、くそっ……!」
そう言って、若者二人は立ち上がり、ジーンたちのいる場所をよけるように逃げていくが
「はい、そこまで。ここはエリュ・トリだからあなた達は不法侵入者になるわね。スィンツーの法術兵さん?」
若者が逃げる先、何もなかった筈の場所に、僅かな風と共に立ちふさがったスカー。その圧倒的な速さに、若者の一人は、なすすべなくその場にしりもちをついた。
「あ、あ……」
「お、おいチーシャン!!」
片方が戦意喪失した事で、もう一人も三対一の圧倒的不利に立ちすくむ。そして腰の砕けた合い方と共に地面に座って、両手を挙げて速やかに投降の意思を示した。
「ちっ……運が悪いぜ、こんな辺鄙な場所なら冒険者が巡回に来ないって思ってたのに
「その口ぶりからするに、この侵入はお前らが初めてじゃねえな?」
「ぐ……」
ジーンの指摘と獲物を逃がさない目線に、若者たちはもはや変な抵抗をする意思は見せなかった。
「スカー、どうするよ?」
「まぁセオリー通りならギルドの処罰牢で拘留ね。他国の領土で盗掘やってたなんて、あたしにはどんな罪になるのか想像もつかないわ」
スカーとジーンがそんな話をしていた時、それまで後衛で話に加わっていなかったシルヴィが、おもむろに前に出て、スィンツーの若人に問いただした。
「あなた達、ここでどのくらい盗掘をしたの」
「い、いや……それは」
「答えなさい」
はぐらかそうとする法術兵の言葉を遮るようにしてシルヴィが畳みかける。スカーとジーンには、彼女の表情は見えていなかったが、相対する法術兵の若者の青ざめた表情から、その向こうの顔は想像がついた。
「お、俺たちは盗掘がしたかったわけじゃないんだ。ただ……このチーシャンが自分のじいさんの形見を探したいからって言って……ここに来たのは、ここ数日で三回目だ。これは本当だ!」
シルヴィに尋問を受けている後ろで、シルヴィの質問に代わりに答える若者。手前のチーシャンと呼ばれた男も、その言葉に頷いて、二人してシルヴィの顔色を窺っていた。
「……それじゃあもう一つ、これまでにここを発掘して、盗み出した品はあった?」
「それは……ありません。俺達は形見を探してるんです。俺のじいちゃんが、その昔紛争で握りしめてたものを探してほしいって……」
「そう、わかったわ。ありがとう」
若者の返事を軽くあしらって、シルヴィは立ち上がる。そして、ジーンとスカーに表情を見せる事もなく、シルヴィは四人の集団から距離を置いた。




