第50話 ウェイトレード
「世界をもって、世界を切り開く……」
啓示を明かしたミロとマリは、次にその啓示の意味を、神妙な面持ちで説明した。
「あの……これはわたしたちがタロキアムで読んだ本の話なんですけど、啓示でも占星術でも、世界という言葉には途方もない意味が含まれています」
「そうだぞ。ボク達の今までの占いで、世界という言葉が出たことはない。アルカナでも『世界』を持つアルカナは、ボクたちは見たことがない……クロス・リッパー、お前は何者なんだ?」
「あたしが、誰なのか……」
ミロとマリの質問に、スカーは自分のこれまでを思い返す。だがその記憶も、カゴに森の中で拾われた所から始まっており、それを遡ることは出来ない。スカーは、その空白の記憶を頭の中で探して、その虚無に沈痛な面持ちを見せる。
「……けど、スカーおねえさん。切り開くというのはいいことの表れです。行動を起こせば、それが結果をもたらす事の暗示なので」
「そ、そうだなっ! だからもしかしたら、シルヴィ姉ちゃんも、クロス・リッパーが動いたら変わるって意味かもしれないし!」
「二人とも……えぇ、助かったわ。これで、あたしも動ける」
そう言って、スカーは椅子から立って、双子に背を向けて部屋を出ようとする。その時ふとドアの前で立ち止まり、顔だけ振り返ってミロとマリに尋ねた。
「そうだ、シルヴィが無事に帰ってきたら、あなた達も一緒に石炉亭で食事をしましょ。もちろん、あたしとシルヴィの奢りでね!」
そんな気軽な約束を聞いたミロとマリは、スカーのそれが一つの決意だとわかっていた。そして二人はスカーを見送りつつ、しっかりした声で彼女との約束を確認した。
「あっ……はいっ! 必ずいっしょに、ごはんを食べましょう!」
「約束したからには、必ずシルヴィの姉ちゃん連れて帰ってこいよ、クロス・リッパー!」
「へへっ、そういう約束は、あたしが大事にしてる事のひとつよ」
スカーがギルドに戻るまでの短い時間で、ジーンは頭に残るトゲのような感覚を覚えながら、カゴ団長の執務室に立ち寄って、団長の書類仕事を効果音にして、ソファで横になっていた。
「珍しいな、お前が二日酔い以外でそんなにダウンしているのは」
「俺だっておセンチな時ぐらいあるっての。ま、自分で言ってて小っ恥ずかしくなるぐらいの頻度だがな」
カゴにも、ジーンのそんな落ち着きのなさの理由はわかっていた。それはカゴ自身も感じている、シルヴィの不在に関するものだった。
「……シルヴィにとっちゃ、50年前を生き抜いた仲間ってのはかけがえのないものだよな」
ジーンは、自ら墓標を立てて、シルヴィが大事にしているものを大切にして、自分の思うところなど二の次でシルヴィの弔いに敬意を払った。そこには彼女の深い思いを尊重する以上の感情はない。だが、それほど深い思いを抱く仲間との記憶がある中で、新たに自分たちと記憶を培っていく事が、長命種にとってどのような意味を持つのか、ジーンはシルヴィの行方不明から、ずっとそんな事を考えていた。
「カゴ団長よ。おまえ、シルヴィと過去に面識はあったか?」
「いや? 面識があるとすれば親父のアビエーターだろう。そん時の俺は赤子かガキだからな」
「なら、もしかしたら知らない所で出会ってる可能性はあると」
「……そうだろうな。シルヴィがそれだけ長生きなのだとしたら、俺は彼女と、彼女が大事にしていた仲間達と出会っていただろう」
取り留めのない過去の話、ジーンもこんな話をしたいがためにここにいるわけではない。だが、自分の中の記憶の痛みが、そう言った他愛もない話を思い出させて、ジーンはその度に、誰かにその話をしなければならないような使命感に急き立てられる。
「だよな。それこそ冒険者ギルドが出来上がる前まで記憶を掘り起こさないといけねえ。そうなりゃ本格的に誰も知らねえ話だ」
そんな行き先のない話をするごとにジーンの中の不快感は払われて、何かが鮮明になっていくような気がしていた。だがそれでも外からの雰囲気は決して良好ではなく、
「おいジーン、大丈夫なのか?」
ジーンの話しぶりを心配したカゴが声をかける。だが踏ん切りの付いたジーンはゆっくりと起き上がり、カゴに気さくな返事を返した。
「あぁ、ちょいとスッキリしてきた。思うところは多いが、俺はあの日の『過去と今に礼をしてくれたシルヴィ』を探してくるぜ。世話になったな、団長」
「あぁ、せいぜい死なんようにな」
カゴの言葉に、ジーンは「へっ」とだけ残して団長室を去っていった。一人になった執務室、カゴはデスクの中に入っていた写真を取り出す。
アビエーター・ウェイトレード。カゴの父の名であり、冒険者ギルド設立前の傭兵団で戦っていた傭兵。彼はカゴが物心ついたときには、紛争の巻き添えとなり、傭兵団も多くは残らなかった。あの第一次紛争がどんな被害をもたらして、何を失わせたのかは、今は分からない。だが、そんな紛争の生き証人なら、その光景を知っているかも知れない。
それは、カゴ個人にとっても重要な話だった。まともに話したこともない親父が、自分に何を託したかったのか、それが闇に葬り去られないようにしたい。
「シルヴィ……」
写真立てのガラスに反射するエリュ・トリの街並みに、カゴはただ一つ呟いて、目の前の書類に再び向き合った。
ギルドの外に出て、エリュ・トリの喧噪を聞き流すジーン。寝覚めの悪い夢の事は軽くなったが、それでもシルヴィの事は頭に残ったままだった。
石造りの街並みを眺めて、そこにあったはずの50年前という時代を考えて、ジーンはこれまでに三回と行かないような街の外れまで歩いて行った。そして、草原と街並みが交錯するような、エリュ・トリの中でも外苑に当たる場所に立つ一軒の家を見つけて、しばらくその場所で黄昏ていると、そこから見も知らない家族が出てきて、ジーンの存在に気が付いた。
「おや……あなたは確かアルカナ騒動の時の!」
「え、あ……あぁ、よく覚えてたな」
一家の旦那らしき青年がジーンを見るなり驚きと感動を含んだ顔で近づいてきた。そしてジーンと向かうやいなや、清々しい顔でジーンに感謝を伝えて握手を交わした。
エリュ・トリの広範囲をミロとマリのアルカナが包み込み、街中の全ての人が自分の分身と戦わされることになったあの戦い。随分昔のような印象だったが、考えてみれば物の数か月の話だ。それなら忘れない人の一人や二人はいるだろうと思い、ジーンは逡巡して軽くうなずいた。
「あの時は皆さんのおかげで助かったんです。旦那は自分の分身に襲われてケガをしましたが、その後に団長に助けられて……今でも、エリュ・トリの町から放たれたあの光と、空がガラスみたいに割れた光景は忘れません」
ジーンの放った一発の弾丸は、町を囲った空の天蓋を一撃で砕いた。幻想と見まごうその様子は、エリュ・トリの多くの人の目に留まり、それがジーンであることも含めて、あの事件を象徴する現象となっていた。
「そりゃどうも。ここの家ってのはずっとあるのかい?」
「えぇ。人がいなくなった空き家で、ずいぶん長く手つかずだったみたいなんですけど、十年ほど前に私たち家族がここに引っ越したんです」
そんな話をしていると、中から夫人と娘が顔を出して、二人の母娘もジーンを見て、あの時の事を、感謝するように一礼をする。そして、旦那の好意をもらって、ジーンはその家の中に案内されることとなった。
石の壁、二階建て、ダイニングとキッチンが一体になった家の中は、古い家らしく簡素な作りをしており、ジーンははるか昔の自分の生家を思い出した。そして、他人の家という珍しい空間で、話を待ってあたりを見回していた時、ジーンはふと壁にかけてあった展示物に目を留めた。
「旦那さんよ。あそこに飾ってある鞘付きのナイフはどんな品だい?」
「あぁ、あれですか? ここに移り住む時に家の中を整理していたら、二階の寝室に隠し物置がありましてね。そこに入っていた品なんですよ。それで今はこの娘……リエラのための宝物にしてるんです」
ジーンは、その鞘付きのナイフに見入られた。本人の興味としてではなく、ジーンはそれを見た時に思い出した。シルヴィの、まだ見つかっていない遺物のことを。
「それを、見せてもらってもいいか?」
「かまいませんよ。けど、そのナイフ……実は鞘から抜けなくって」
「鞘から抜けない?」
それを聞いて、ジーンは留め具を外してナイフを抜こうとする。しかし、そのナイフは、初めから鞘と一体化しているかのように、全力で引き抜いてもその刀身を見ることが出来なかった。
やがてそんなに長持ちしないジーンの膂力が先に尽きて、肩で息をしつつナイフを元の位置に戻した。
「こりゃ、確かに抜けねえな。エナジーを使って反応を見たことは?」
「あります。私と妻はどちらも火のエナジーで、娘は水エナジーなんですが、その時は反応はありませんでした」
「となると、土のエナジーしかねえか」
「いいえ、知り合いの土エナジーを使える人にも頼んでみましたけど、それでも反応はありませんでした」
打つ手無し。そんな状態でナイフの件は諦めて、ジーンは家族から少し話を聞いた。
「旦那さんのケガってのはもう大丈夫なのかい?」
「えぇ、ケガと言っても自分の分身に打ちのめされただけで、大事にはなりませんでしたよ。後からギルドのカゴ団長も駆けつけてくださいましたし」
アルカナ騒動の時、家族はそれぞれの分身を相手に怯えて逃げることしかできなかった。まして二人の娘であるリエラはまだ年端もいかない子である。それ故にリエラの分身にも何もできなかったと言うのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
「あの事件で、カゴ団長や他の冒険者、そしてジーンさんやスカーさんみたいな英雄たちに助けられた事で実感しました。商人や私たち農家にとって、エリュ・トリの冒険者は重要な存在なんだと」
「その冒険者ギルドが、僕らが生まれる少し前に誕生したという事を考えると、その創立は英断だったと思っています」
「英断、か」




