第49話 スカーたちの朝
エリュ・トリの朝。
石畳に少しずつ天球の光が差し込んでくる。
まだ少ない町中の人気に、寝起きを感じながら始まる一日の中で
冒険者ギルドには、一人の冒険者が既に座っていた。
「っ……」
金髪のポニーテールを揺らして、不機嫌とも心配とも取れる表情を見せていたレギーナは、まだ受付も整っていない冒険者ギルドで、人を待っていた。
「あら、相当早かったのね。おはようレギーナ」
気さくな口調で声をかける赤髪の彼女に、レギーナは振り返ってギルド受付横の階段を眺める。
「スカー……シルヴィが、戻ってきていません」
「……そう」
短い会話と二人の沈黙、昨日の会話の上での話は、それで十分だった。
シルヴィによる名もなき依頼を解決して、彼女の過去を洗い流せたかと思った所で、当のシルヴィに突き付けられた「紛争を辿れ、終着点は亡念」という啓示。それを受けたシルヴィは昨日姿を消して、今日もまだ、戻ってきていなかった。
「スカー……あなた言いましたわよね。昨日は無理でも、今日までいないのなら、探しに行くべきだと」
「まぁ、近いことは言ったわね。掘り返すように訂正はしないけど」
そんな二人の会話から、冒険者ギルドの朝が緩やかに始まり、仲間の冒険者とギルドの受付は次第に集まり始めて、スカーとレギーナは、これまでにない焦燥的な朝を迎える事になった。
「シルヴィを、探しに行きますわ」
「おーけー。好きにしてちょうだい」
冒険者ギルドに、スカー、ジーン、レギーナ、エリオの四人が揃い、レギーナがそう言うと、スカーは二つ返事で了承した。昨日までは慎重に行うべきと言っていた彼女からそんな返事をもらったレギーナは、訝し気にジーンに尋ねた。
「えっ、ジーンはどう思いますの?」
「いいんじゃねえのか? 俺も昨日はそのつもりで言ったわけだしな」
スカーに続いて、ジーンまでもがあっさりとした返事をしたことで、レギーナはそれまでの強い意思を完全に削がれてしまった。そして今度は、二人の淡泊な返事に対する不満を顔に出して、二人に尋ねた。
「……お二人はシルヴィの事をどう考えていますの? 随分と冷たい返事だと思うのですが」
「まぁ、もちろん心配ではあるけど」
「とりあえずは、待つしかねえな」
二人の煮え切らない返事に、レギーナは更に不満をあらわにする。
事実、この席においてスカーとジーンは、レギーナの提案に顔を合わせずに納得していた。その態度は、礼節を重んじるレギーナにとっては片手間としか映らず、それまで信頼していた二人の品性を疑わざるを得なかった。そして、レギーナの話の矛先は、賛同を示していたエリオに向けられる。
「エリオはどう思いますの?」
「昨日と変わらない。俺もレギーナに同行してシルヴィを探そうと思う」
落ち着きつつも、強い意思を見せるエリオの賛同で、レギーナは幽かな追い風を感じてこれまでの不満への溜飲が下がった。
「そういう訳ですので、お二人には悪いですが、わたくし達は、先に未開拓の森での捜索に向かわせていただきますわ」
そこまで言うと、レギーナはエリオと共に冒険者ギルドを出て、未開拓の森がある方面へ歩き始めた。スカーとジーンは、二人の行動を見ながら、相も変わらず悠々と過ごしていた。
しかし、外から見て、のんべんだらりとしているように見えた二人は、レギーナとエリオがいなくなってから神妙な面持ちで会話を始めた。
「……とりあえず、二人が探してくれるのなら安心だわ」
「んな事言って、お前も同じように頭抱えてたじゃねえか」
それは、ギルド三階で目が覚めた時の事だった。ほぼ同じような時間に目を覚ました二人は、いずれも強い頭痛のようなものを感じて、頭を抱えて起き上がった。そして互いの様子を確認すると、どちらもとある夢を見る事となっていた。
「シルヴィに……殺される夢、ね」
「縁起の悪い夢だぜ。しかも渦中のシルヴィのものと来たら、悪質すぎて自分の頭ん中を丸洗いしたくなったよ」
二人もレギーナと共に捜索に行きたい所だったが、昨日の今日で二人が同じ夢を見ているかを試すために、レギーナたちにはあえて何も言わずに、その反応を見ていた。結果として、レギーナは順当にスカーたちを軽蔑して、エリオと共に順当に捜索に向かったため、その夢が自分たちだけのものであると考えた。
「あの夢は、何の夢なんでしょうね?」
「知らねえな、夢は夢だ。それで、お前はどうするんだ?」
ジーンもまた、スカーの疑問に淡泊に答えて、今後の予定を尋ねる。ぶっきらぼうでも物事を先に進めようとするジーンの言葉に、どこか安心を覚えつつ、スカーおもむろに立ち上がった。
「あたし、ちょっと行きたい所があるのよ。だからジーンも行く場所を探して、レギーナたちの助けになりそうな情報を集める事ね」
「行きたい所ってのは?」
座ったままのジーンの疑問に、スカーは気持ちを切り替えて、さっぱりした笑顔で返した。
「もちろん、啓示のお礼に、よ」
エリュ・トリの狩猟区前。
スカーやシルヴィに、アルカナを使った啓示を見せたミロとマリ。冒険者達の修練場の中で、ミロとマリはスカーの説明を聞いて、それが自分たちと関わりがあることを理解して、ふたりして不安げな表情を浮かべた。
「ボク達が、啓示をシルヴィお姉さんに伝えたから……」
「わたしたちが……」
「まあまあ。そんなに悲観的にならないで。今回、急にいなくなった事を考えても、二人の啓示に関係なく、シルヴィは行方をくらましてたと思う。色々聞いた限り、その旧友たちはシルヴィにとってすごく大事なものみたいだから」
スカーからのフォローに、不安ながらも少し気が休まったミロとマリは、そんなスカーとの話に自分たちの軸を戻した。
「わかった、信じるぞ。それでクロス・リッパーは何を聞きたくて来たんだ?」
「よくぞ聞いてくれました。シルヴィにあたしの時と同じ啓示が出たんでしょ? それなら、あたしの方には何がでてるのかを聞きたくてやって来たのよ」
それはスカーとシルヴィが聞いた『紛争を辿れ、終着点は亡念』と言う、共通の啓示を聞いたことから生まれた疑問だった。最初の依頼ではスカーがその啓示を受け、それが終わってシルヴィがここを訪ねた時に、シルヴィが同じ啓示を受けている。
「確か、同じ啓示は未解決を示しているのよね? 最初はあたしに出た啓示なんだし、もしもまたあたしに同じ結果が出るというのなら、すぐにでもシルヴィを探しに行くつもりよ。けど、違うものが出たのなら、それに応じてあたしも自分の行く道を決めないと」
「……スカーおねえさんの言いたいことは分かりました。ミロ……?」
マリの視線でミロは軽く頷き、そして二人は手を合わせて、落ち着いて目を閉じてから、再びジャスティスを呼び出した。
露天闘技場に天蓋がかかり、二人はジャスティスからの啓示を受けようとする。だがその時、本来ならジャスティスの声を聞き取ることの出来ないはずのスカーの耳に、不思議な音が入り込んだ。
――切り裂け
「えっ……?」
ジャスティスからの啓示を待っていたミロとマリを置いて、スカーの耳に断片的な言葉が流れ込んできた。そして天蓋が青空に溶けて、ミロとマリは目を開けて、それぞれの目に煌々と映っていた天秤皿の模様は薄く隠れていった。
「スカーおねえさん。おちついて聞いてください、今回の啓示は今までと違います」
「あぁ、相変わらず抽象的だけど、まったく同じじゃなかった、むしろ……すっごい違う」
二人の顔を見て、とりあえず自分が聞いた音については考えず、スカーはジャスティスからの啓示をそのまま聞き取った。
世界をもって、世界を切り開く。




