第48話 死の一致
――七割、もうちっと頑張ってくれると思ったんだがな。まあいい
――久しぶりにしちゃあ、よく精錬できたんじゃねえか?
――さて、そんじゃ、つまらん戦いもこれで終わりだ
「……まずい」
シルヴィの中に流れる記憶、それを見たシルヴィは、ジーンのやろうとしている事をすぐに理解した。
「ザムトっ!! 逃げましょうっ! あれはまずい……さっきの比じゃない」
「それじゃあ、この荒野一帯に……?」
そんな話をしている間に、ジーンの身体の周りを赤い砂が渦巻く。それは砂と呼ぶほどに巨大となった火のエナジーの集合体で、ジーンはこの周囲の火エナジーをありったけ自分の身体に吸い込んでいた。
「あの量……まともじゃない」
「そう、まともじゃないわ。だから今は、逃げる」
シルヴィの神妙な表情と真面目な言葉に、ザムトもすぐに踵を返した。
しかし、それはザムトの目の前まで近づいていた。
「うわぁっ!?」
「ザムトっ!?」
それまで最低限の動きしかなかったスカーが、ザムトの間近で彼の退路を断つように攻撃を加える。その攻撃はザムトがどうにか対処できるギリギリのもので、ここからスカーをいなして逃げるのがギリギリ不可能なレベルの斬撃を仕掛けてきた。
「く……そぉっ! こいつ、逃げ道を塞ぐためにっ!」
「ザムト! 早く逃げないとっ!」
手を抜けば斬られる。だが逃げなければ、もろともジーンの一撃を受ける。自分のダガーも、スカーの二振りの戦闘用ダガーに斬りこまれて刃こぼれが始まっており、苦戦を強いられている自分を、シルヴィが心配そうに見守っていた。だが、このままどちらも死ぬ結末は避けなければならない。そう考えたザムトは、ついに決断した。
「シルヴィっ!! お前は逃げろっ!!」
「えっ……でもっ! ザムトはっ!!」
ザムトからの指示に、シルヴィはハッとして立ち尽くす。そしてザムトをどうにか助けようと二人の戦いに足を踏み出すが……
キィン!
「きゃあっ!!」
ザムトに集中していたはずのスカーは、ザムトとの戦況を維持したままにシルヴィを一刀で払いのけた。シルヴィは、そこでようやく気が付いた。
スカーとジーンは、ザムトだけを狙っている事に。
「そんな……ザムト……だめっ!! せめてザムトだけはっ!!」
そんな懇願をしている間に、向こうの方でエナジーの集積を終えたジーンは、この25メートル向こうに当たるシルヴィやザムトの目にも分かる程に光る、一発の弾丸を手中に収めていた。
シルヴィは覚えがある。それは、ジーンの持つエナジーの集大成。全てを貫く一撃の銃弾だ。
「くそっ……逃げるのは、さすがに叶いそうにないな……シルヴィ!」
「いや……いやだよ……ザムトまで死んだら……私、もう何も残らないじゃないっ!!」
「へへっ……そんなことはないさ。お前自身が、残ってる……」
ザムトは、スカーの絶え間ない攻撃に完全に足止めを食らい、土エナジーの行使も手持ちの道具も全て封じられた中で、向こうで構えているジーンの一発を視界に捉える。銃口はここに向き、その目は完全にこちらを狩る準備を終えている。流浪者が仲間を思わないのなら、ここでおそらくスカーもろとも撃ち抜くことだって辞さないだろう。そうなれば、ここにシルヴィがいる事の方が重大だ。
いよいよ覚悟を決めたザムトは、自分の懐にあった一本のナイフをスカーの攻撃の隙にシルヴィの側に投げつけた。
「ザム、ト……?」
「お前がそれを持て。そして、それを片手に生き延びるんだ」
たのむ……
「あ、あぁ……」
シルヴィはナイフを抱えて立ち上がり、可能な限りジーンの一撃が届かない場所を目指して逃げた。息も、涙も、止まらないまま、後ろを向くこともなく走り出し、そして「ズン……」という大砲のような重厚な音が聞こえてきて、シルヴィはそこで後ろを振り返った。
「……へへ」
白い光がザムトを包み、それまでザムトを足止めしていたスカーは、まるで残像の如くその場から立ち去り、ジーンの一撃は、ザムトだけを撃ち抜き、巨大な光線のような軌跡を残して、地面を抉っていった。
振り返ったシルヴィの目に、ザムトの最後の苦笑いだけを残して。
「……ザム、ト」
光の軌跡はすぐに消えて、あとにはそれが通ったと思しき円弧を描いたくぼみが残る。そして、絶望で足が立たず、膝と手でそのくぼみまで這っていったシルヴィは、装備を全て失って、目をつぶって倒れているザムトを発見した。
「ザムト……」
「……う」
どうにか彼の身体まで到達して、それまで体中に持っていた数々の道具を全て消し飛ばされたザムトを抱きかかえるシルヴィ。どういう加減をしたのか、ザムトは命を落とさず、しかしもう会話ができるほど、力も残っていない状態で口を開いた。
「は、はは……すまないな。シルヴィ……俺、師匠なのに、弟子に……介抱、される、なんて……恥ずかしいぜ」
「もう喋らないでっ……! こんなに、ケガしてるのにっ……!」
「へへっ……心配すんなって。お前ならあいつらにきっと打ち勝てるし……お前はこれからも生き続ける……」
「いやぁっ! もう誰も残ってないっ! 私だけで何をするのっ! 何で私はみんなと一緒になれないのっ!」
ザムトの言葉に、シルヴィはもう何もわからなくなっていた。仲間も、流浪者も、記憶も、それらすべてが自分の心を突き刺してくる。何もかもが、自分の心の敵になっていく。
そうしてシルヴィは、最後のザムトの姿と全く同じタイミングで、いつの事か分からない、全く同じザムトの死に姿を思い出す。そして彼女の記憶の中のザムトと、自分のひざ元で死の淵に瀕しているザムトが。
シルヴィの中で、完全に一致した。
……あぁ
……そうだ
……なぜこんなにも記憶に苦しめられたのか
……あの記憶は、私の悪い夢。
……私の仲間が穏やかに死んだと思わせる、甘い夢。
……私の仲間は死んだ。
……私の仲間は、流浪者の手によって死んだ。
……流浪者が、殺した。
……あれは、私の敵。
……仲間を奪った、私の最大の敵。
……殺さないと。
……みんなを殺した罪を、償ってもらわないと。
……私の記憶を、彼らの死で『蜀肴ァ狗ッ』しないと。




