第46話 混濁する世界
「ザムト……何を持って……」
いや。それを聞いてはいけない。
それを聞いてしまったら、受け入れなくてはいけないのに。
「……助け、られなかった……」
――いやだ
「俺っ、何もできなかった……」
――言わないで
「もう一人の流浪者がっ……!」
――もうやめて
「ヴェルールを……」
「言わないでぇっっ!! ザムトぉっっ!!」
シルヴィの叫びは、虚しく通り過ぎた。
ラーゾの死を恨んだヴェルールは、ザムトが引き留めるのも聞かず、弓を持って一人で国境地帯に向かった。ザムトはそんな彼女の様子に居ても立ってもいられず、すぐにヴェルールの後を追った。
だが、国境地帯にたどり着いたザムトが見たのは、血にまみれた弓矢だけだった。
ヴェルールは何処に行った。
それを考えるより先に、荒野に散らばる複数の血溜まりが目に入った。そして、それらと共に千々となったヴェルールの服を見て、ザムトは一番してはいけない想像をしてしまった。
そう。
ザムトの目に入った、周囲の血溜まりこそが、
『ヴェルールだったもの』なのだ。
「……圧倒的だった。俺には、弓を持ち帰ることしかできなかった……」
「あ……あぁ……」
血のついた弓に、ヴェルールの面影を信じるしか無い状況、何も残らなかった最期に、シルヴィの心の糸は、そこで途切れた。
「……シルヴィっ! おいっ!」
………
……
…
――いやぁ、また捕まっちゃったわよ。カゴ団長ったらあたしの意見なんか聞かなくてね……
――そりゃお前、もう同じ言い訳しかしなくなったやつの言うことなんざ聞くかよ。
――失礼な。今日はたまたまお腹が空いてて、そしたら近くにあの子の屋台があったのよ。それで
――歩く貧乏くじかよお前は。もう名前をクロス・リッパーの方にしたほうがいいんじゃねえのか?
「…………スカー、うっ」
「シルヴィ! 目を覚ましたのか!」
何かの夢を見ていたシルヴィ、夢の中の会話にうわ言を呟いて、うっすらと目を開けると、ザムトだけが佇むヴェルールの家で、ベッドを借りて眠っていた。
「……わたし、気絶、してた?」
「丸二日寝てたよ。寝息が聞こえてきてたから俺も安心してたけど、起きなかったらどうしようかと思ってたんだからな」
ザムトの安心したような表情。それを見たシルヴィは、穏やかな気持ちと共に、他に誰もいないという事実を否応なく突きつけられた。
「ヴェルール……」
「思い出さないほうがいい。これ以上、自分を傷つけるな」
前の時と同じ、厳しい言葉。ザムトと言う人間は、これだけの心を抱えた自分でも、こうしてフラットに接してくれる。
それは、昔からそうだった。拾って育ててくれた当初、優しく知識を教えて、時には厳しく諌める。何も変わってはいない。そう、最期の時だって……
「……最期?」
「どうした、シルヴィ?」
振り返ってこちらの様子をうかがうザムト。シルヴィはそれを見て、ふと疑問を感じた。だが、その愚問が湧いたことに首を振って、シルヴィはそれよりも重要なことをザムトに伝えようと見据えた。
「……ザムト。私、ヴェルールを刻んで、ラーゾを不意打ちした流浪者の事、思い出したの」
「思い出した?」
そう、あの夢の記憶がシルヴィに託した記憶。それは、『流浪者たちが、さも日常かのように談笑していた光景。人を殺してもそれを罪とも思わない光景。まるで、それが仕事だとでも言うようなその空気』そう、シルヴィは流浪者たちの様々な姿を、二日間の眠りの中で得ていたのだ。
「流浪者は、あと二人いる。一人は火炎使いのジーン。そしてもう一人は『クロス・リッパー』と呼ばれる殺人鬼、スカー」
「じ、じゃあ……ヴェルールをその……殺したのは、もう一人のスカーという流浪者だって、言うのかい?」
ザムトは、シルヴィからの突然の情報に戸惑った。シルヴィがなぜそのような情報を得ているのかが分からない。だが、ザムトとしてもヴェルールの仇を取りたいという感情はあり、その為ならなりふり構わず勝算を見つける必要がある。今、仲間をほぼ全て失ったザムトにとっても、シルヴィが託した情報は重要なカギである。
「けど、ザムトも知ってる通り、この二人は簡単には倒せない。レギーナとエリオだって、彼女たちと名を連ねる程の実力者だったけど、この二人については……次元が違う」
「あぁ、そのスカーとかいうやつなら、俺もこの目で見て感じたよ」
二人がスカーという存在を思い出すたびに、ここにいないヴェルールの事が思い出されて、二人の間に嫌な沈黙が残る。だが、その沈黙をおしてシルヴィは、この戦いを前へ推し進めるように話を続ける。
「ジーンについては、厄介な炎使いだけれど、二人相手ならいい勝負は出来ると思う。特にザムトは道具使いに長けている。ジーンはそう言った小細工を苦手としているから、手数と種類が増えれば、その分有利になると思う」
「つまり、多種多様な攻撃をすればいいんだね。それなら俺の得意分野だ」
そうしてシルヴィとザムトは残る二人の流浪者相手の戦いを組み立てていく。その姿は、三人の仲間を失ったという実感にしては明るく、二人の会話と目線には、不思議と希望のようなものが宿っていた。
あれだけ仲間の死を悼んでいた二人のそんな話し合いは、遠くから見ると正常で、近くから見ると異常に感じる不自然な光景。それはまるで『二人の目には、もう仲間たちの死が映っていない』かのような不気味さを含んでいた。
シルヴィとザムトが、何かに駆り立てられるように戦地に赴く。
二人の行動と会話からにじみ出るそんな思想。そしていつしか、ツイード・ラーゾ・ヴェルールのみならず、二人が会話するその場所の周りには人の気配が消え、エリュ・トリという町にいるにも関わらず。町の息吹と言うものが感じられなくなっていた。二人だけの空間。そんな比喩すら現実であるかのような場所で、シルヴィは流浪者たちとの最後の戦いに臨んでいった。




