第43話 1対4
「ほれ、火炎球だ」
倒れた流浪者に間髪入れずそう言うと、ラーゾは左手でリンゴ程の火炎球を生み出して、それを棒術の動きで勢いをつけた杖で打ち出した。速度が弓の速度に匹敵するそれに、流浪者はすぐに対応が出来ず、直撃手前までその火炎弾を見守る事しか出来なかった。
ドォォォン……!!!
リンゴサイズでも、その威力は爆発を引き起こすほどであり、土煙と爆炎が流浪者の身体を取り囲んだ。すさまじい爆発に、後ろで弓を構えていたヴェルールとシルヴィも一瞬身体をこわばらせた。
「やったか?」
「やっとらんよ」
ザムトの呟きに、ラーゾはすぐさま否定を被せた。そして土煙はすぐに晴れて、そこには頑強な氷のドームで自身の身体を守っていた流浪者が立っていた。
「今の爆撃のダメージはゼロじゃな。虚を突いた杖の一撃の方がダメージが高いだろうよ。まいったのう」
「やはり、只者じゃないな、流浪者ってのは」
晴れた先の流浪者の光景に、ヴェルールも戦慄を隠せなかった。
「すごいわね。あんな戦い方はじめてよ。水の操作でも応用が難しいのに、あの流浪者は氷の操作を熟知してる……」
「油断はできない、わね……」
ヴェルールの分析に、シルヴィも緊張を高める。そして適正距離を保って様子を見ていた二人と、前線の二人は、流浪者の次の行動に一気に血の気が引いた。
ザァァァァッ……
静かに、そして確かに流浪者の周りから周囲30メートルを超えて、急激な温度変化が起きる。戦闘開始時にラーゾが感じたそれほどの低下はないものの、視界が青に染まるような錯覚を見せるその温度変化は、近くで戦っていたラーゾやザムトのみならず、ヴェルールとシルヴィにすら強烈な寒気を誘発させた。
「下げる温度を抑える代わりに、ワシら全員を自分の空間に取り込んだな……」
「こんなに広範囲なんて……怪物か? ラーゾ、ここはシルヴィたちと合流をして四人で戦おう。向こうがシルヴィたちを射程に入れたという事は……」
「そうだな」
短い会話で作戦を成立させたラーゾとザムトは、ラーゾの視線による発火でシルヴィとヴェルールまでのルートに炎の道を作り出して、氷結に呑まれないように合流を始めた。
だが流浪者はすぐにその行動を読み取ってラーゾ達に視線を向けて、この空間の水分から、氷で出来た何本ものナイフをラーゾとザムトに向けて打ち出した。
「よけろザムトっ!!」
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!!
ザムトとラーゾの進路上に、素早い氷のナイフが何本も刺さり、二人はその攻撃をかわすために、シルヴィたちとの直線距離を右往左往しながら移動するしかなかった。
「二人ともっ!」
「シルヴィっ! こっちもだっ!」
二人の合流を心配そうに見守っていたシルヴィにヴェルールの一喝が入り、シルヴィもすぐに自分たちの周囲で氷のナイフが生成されている事に気が付いた。そこからシルヴィの反応は早く、すぐにヴェルールと自分の周囲に土の壁を生成して、ナイフを防御していく。幸い氷のナイフはシルヴィの土の壁を貫通することはなかったが、二人はじり貧であると分かりつつもシルヴィの壁によって耐える事しか出来なかった。
「ヴェルール、大丈夫っ?」
「心配ないさ。だがラーゾとザムトが合流に手間取ってる。それに氷のナイフは水エナジーの支配が強すぎて、私がそれを奪う事は難しいわね」
ヴェルールは、シルヴィの壁の中で氷のナイフをどうにか利用できないかと思考を巡らせていたが、そのナイフは流浪者のコントロールを忠実に守り、ヴェルールの水エナジーの操作ではそれを奪う事は出来ずにいた。
状況はすぐに流浪者に傾いた。ラーゾの戦いで近接に不向きな力を持っている事は分かっていた。しかし流浪者はラーゾの打撃と火炎弾によるトドメを利用して、遠距離戦への布石を打って、火炎弾への防御にほぼ全力を尽くしてダメージを相殺。そして、この大型空間を生成して、自分が有利に戦える空間を用意した。
「遠距離戦が成立すれば、近づく方法を潰すことで、人数に関わらず対処は可能と……この流浪者も、自分の戦闘をよくわかっておるようじゃな」
「感心してる場合かよ、くそっ!」
火エナジーを扱えるラーゾが自分の周囲を熱で覆い、ナイフの強度を下げて弾き落とす反面、土エナジ―使いのザムトは目で見て避ける事で精一杯になり、ザムト以上にシルヴィたちとの距離を詰めるのに苦戦する。
「ヴェルールとの距離は10メートルか……ヴェルールっ!こちらに水を撃てっ!!」
「っ! はいよっ!!」
ラーゾからの提案で、シルヴィの壁に守られていたヴェルールはすぐに矢を番えて、その矢全体に水の膜を張る。そして二つの足でヴェルールに構えるラーゾめがけて、その水を張った一矢を放つ。
「ザムトっ! 息を止めろっ!」
ラーゾがそう言った瞬間、ヴェルールの放った矢はラーゾのすぐ側に着弾。その瞬間、ラーゾとザムトの周囲が急速な白い霧に覆われた。
「うわっ! あっつっ!」
白い霧は熱を帯びて、周囲の温度を急速に引き上げて、氷のナイフの生成を止めた。ヴェルールの撃った水の矢を、ラーゾが熱と発火によって蒸発させる。熱の重ね掛けで急速に温度の上がった水蒸気は氷結空間内で白い霧を生成して、その霧が及ぶ範囲の温度を引き上げる。だが、それは重大なリスクと表裏一体でもあった。
「ラーゾっ! 霧が収まらない……このままじゃ奇襲の可能性もある」
「あぁ、進路は見えておる、急ぐぞザムト」
空間内で水蒸気を引き起こした事で、それは滞留し、霧となって視界を奪う。ラーゾはそのリスクを考え、ヴェルールとシルヴィが視程に収まる時までそのチャンスを窺っていた。ザムトの声でシルヴィたちのいる方向へ走りだすラーゾ。
土の壁と、そのすき間から覗くヴェルールの姿は見えている。
合流できればどうにか対策は取れる。
そう、残り数メートルの距離だ。
「ラーゾっ!!はやくっ!」
シルヴィの声と、目に映るヴェルールの手に、ラーゾは周囲への警戒を零さずどうにか合流を果たそうとする。
だが、
フッ……!
「っ! ザムトォっ!」
ラーゾは見た。
自分と同じタイミングで土の壁に入ろうとしていたザムトのさらに向こう。
飛び込みで氷の剣を突き立てている、あの流浪者を。




