第42話 氷の流浪者
「とりあえず、シルヴィが水の剣士の流浪者を倒した事で、警戒するべき人物は減って来た。今わかっている中では『エリオ』と『ジーン』という流浪者がいるという事、これはシルヴィが……」
ザムトはそこまで言って、シルヴィをちらと見る。シルヴィの不安そうな顔に少しの迷いを感じつつも、すぐに軽く咳ばらいをして言葉を続けた。
「シルヴィと、ツイードが傭兵たちから聞いた情報だ。それでこれは俺の予想なんだけど、今回の惨殺の犯人と、傭兵たちに氷をけしかけたのは別々だと思うんだ」
「その根拠は?」
ザムトの推測に、ヴェルールが落ち着いた口調で質問をする。それはザムトの予想を疑うものではなく、戦うものとしてザムトの意見を聞きたいという意識の表れだった。
「氷を飛ばすという遠距離の襲撃と、人間の身体を切り刻むという近接の攻撃を兼ね備えているとしたら、それは異常だと俺は考えている。それよりも、氷で遠距離をカバーする人間と、それを手がかりにして近接で殲滅をするチームだとした方が自然だと思うんだ」
「そうだな、その方が考えとしては自然じゃろう」
ラーゾも、ザムトの推測にはおおむね同意し、質問をしたヴェルールもまた、ザムトの判断を支持するように頷いた。その中で、今度はラーゾから提案がなされる。
「そこで一つ疑問なんだが、向こうが仲間意識のある複数であったなら、こちらが集団で戦闘する時、向こうも同じく複数人で戦うという可能性はあるだろうか?」
「そうだな……可能性はあるが低いと思う。なにせツイードとの戦いではシルヴィもいた、にも関わらず流浪者レギーナは一人で戦っている。そして惨殺事件においても、その犯人は一人となっている。それなら『常に誰か一人で戦う』と考えていいのではないか」
ザムトは、様々な情報の中から、最も可能性が高いものを列挙して、ラーゾやヴェルール、そしてシルヴィに意見を伝える。ザムトの大荷物への許容や、仲間内での信頼の多くは、こうしたいくつかの可能性を提示する慎重さから来ている。
「それならっ……」
そこまでの三人の議論を聞いていたシルヴィが、恐る恐る声を上げて、ようやくその議論に加わって来た。シルヴィの声を聞いた三人は、すぐに彼女に目線を向けて、言葉を考えつつ話すシルヴィの意見を待った。
「それなら……せめて戦う時には、四人全員で挑む方が……いいと思う。向こうの人数は、わかっているだけであと二人……ザムトが考えた可能性を考慮するのなら、今度もまた二人の内の一人が立つ事になる……と、思うから」
少しずつ、これまでの議論から生まれた情報の欠片を積み上げるようにして提案するシルヴィ。彼女の意見について、三人は顔を見合わせて頷いた。
「そうだな。少なくとも四人いれば、相手が一人だろうと二人だろうと、戦いをカバーすることができるだろう。これまでの話を考えても、シルヴィの提案には賛成だよ」
ザムトはそう言って、シルヴィの頭を優しく撫でる。ラーゾとヴェルールも、そうして頭を撫でられているシルヴィを温かく見守り、これまで仲間の死の重さに押しつぶされそうだった心が、僅かに軽くなったのを感じた。
四人の決断から、更に二日が経過した。
昼、影の時2時、西部の国境地帯。
向こうに荒野の国境を見据える場所で、シルヴィたち四人は戦闘態勢を整えていた。
リュックを降ろして、複数のポーチをベルトやジャケットに携えて、戦時対応の準備を整えたザムト。
一本の木から彫りぬかれた頑強な杖と、周囲を熱気で覆うようにして、堂々とした足取りで向こうを睨むラーゾ。
二人の男たちからわずかに距離を取って、持ちやすくしなりの強い弓を構えて遠距離対応の構えを取る射手、ヴェルール。
そして、ヴェルールと同じ位置から自分の弓を持って、周囲の土をすぐに変性できるように臨戦態勢を取るシルヴィ。
四人の動きはこの二日間で定まり、互いの間合いを確認して、全員で流浪者の登場を待った。そして、前衛を務めるザムトとラーゾが一瞬目を閉じて戦闘に集中する準備を行った。
「じゃあ……行こうか、ラーゾ」
「あぁ」
目を開き、二人は荒野の国境へ足を踏み入れる。ザムトとラーゾ、そして後方30メートルで弓を構えるヴェルールとシルヴィは一様に息を呑み、流浪者の出方を見守っていた。そして、前衛二人が荒野の国境に足を踏み入れた瞬間。二人はすぐにその場所の違和感に気が付いた。
「ザムトっ!!」
ズンッ!
隣からの叫びに、ザムトはすぐに一歩下がり、ラーゾはすぐに右足を踏み鳴らして周囲の地面の温度を急速に引き上げる。そしてすぐに、ザムトが戦線を下げたギリギリのラインまでの地面に、鋭い寒気と霜が発生した。
「……こいつは『氷のほう』だな」
ラーゾがそう言うと、その二メートル向こうに黒い影が現れ、その周囲が急激に温度を下げた。黒い影はやがて人の姿を成して、黒紫の外套を纏った青年の姿で四人の前に現れた。
「危なかった。ラーゾが言わなきゃ、たぶん脚の一つは凍らされてたかもしれないな」
「油断するな。予定通りお前は冷気への対策を」
「あ、あぁ……」
前線の二人が、流浪者の青年の氷のフィールドへの対策を整えつつ、その姿から視線を外さずにいると、後方で弓を構えていたシルヴィもその流浪者の姿を捉えていた。
「あれが、氷使いの流浪者……」
「やっぱり不意打ちが得意なようだね。ラーゾがエナジーで地面を熱してなければ、足回りがふさがれていたかもしれない」
ヴェルールの言葉で再びその流浪者を眺めて、ラーゾとザムトの動向を見守るシルヴィ。だがその時、以前にも見たような記憶の揺れを感じて、また頭の中にこれが聞こえてきた。
――構わないさ。それに、君の話は50年前の紛争を記録する上では、重要な証言だ。そう言う意味では、もっとその話を聞きたいぐらいだ。
朴訥で、分析的な物言いのその言葉に、シルヴィはその流浪者の本当の姿みたいなものを見たような気がした。
「……エリ、オ?」
「ん? シルヴィ、どうしたんだい?」
そんな二人のやり取りとは裏腹に、向こうでの二対一の戦いは動きを伴い始めていた。
「ふっ……!!」
ラーゾが足元の温度を更に引き上げて、土を赤熱色に変えて流浪者に接近する。強力な熱の力で氷の展開を阻害された流浪者は、棒術のように杖を構えてそれを振り回すラーゾの攻撃に、腕を氷で覆って直接その打撃を緩和する。ラーゾの棒術が氷に命中するたびに流浪者の氷の鎧は砕け散り、ラーゾは杖で間合いを保ったまま、右に左にと杖の打撃を加えていく。
「……っ」
対する流浪者の方は、近接でのラーゾの打撃に防戦一方になり、それまで展開していた氷結の地面を保つことも出来ず、自分の周囲を低温の冷気で覆いつつ、氷によってラーゾの杖をいなすことに集中していた。だが、同じ展開が続いたころに、ラーゾの『目』がその拳を捉える。
ジュゥゥゥ……
「っ!?」
「見誤ったな? はぁっ!!」
流浪者に左腕への杖の打撃。しかしそれは防御に触れる間際に寸止めとなり、代わりにその氷の手甲がラーゾの発火により急激に蒸発する。そして氷の層が薄くなった手甲を打ち砕くようにラーゾは杖の根元を返してその腕に叩きこむ。
氷の手甲は打撃に耐える前に崩れ、そのインパクトは流浪者の腕にもしっかりと直撃して、勢いに負けた流浪者はそのまま弾き飛ばされる。




