第41話 流浪者との戦い
深夜、ラーゾとザムトが眠っている部屋で、スルリ……という静かな足音を耳にしたザムトがゆっくりを目を覚ます。そして上体を起こしてあたりを見回した時に、自分の目の前にシルヴィが立っているのが分かった。
「シルヴィ?」
「……ザムト、隣で眠っても、いい?」
陽が降り注いでいる時には見る事が出来なかった普通のシルヴィは、ザムトと添い寝が出来るかと尋ねた。ザムトの方は、それまでのシルヴィの様子をよく見ていたので、すぐに身体を横に寄せて、シルヴィが入れるスペースを用意した。
「俺の隣でよければ」
「……ありがとう」
一人分の空間に入り、ザムトに身体を寄せて横になるシルヴィ。そしてザムトは、そんなシルヴィの身体が震えている事に気が付いて、そっとシルヴィの身体を抱き寄せた。
「お前はよく頑張ったよ。誰も悪くないんだ」
「……でも、ツイードは私に注意を向けていた時に」
「それは悪い結果論だ。それに流浪者の剣のひと突きがシルヴィだった可能性だってある」
「私でいた方が……よかったのに」
「それは、今後俺たちの前で二度と言うんじゃないよ」
ぽつりぽつりとつぶやくシルヴィの言葉、だが最後のそれだけは、ザムトは強く否定した。
「どんな人間にも、代わりに死ぬなんて選択はない。シルヴィにだってない。君の悲しさは計り知れないけれど、それでもそれを自分の死で軽くしようなんて、思わないでくれよ……」
「ザムト……」
ザムトの必死な声に、シルヴィもその言葉の重さを痛感して、自分を包むザムトの手に、その細い身体を委ねて、静かに眠りについた。
ツイードの死から四日が経った頃。エリュ・トリは騒がしさに満ちていた。それは、国境地帯の事件によるものだった。
「エリュ・トリの西部、国境地帯で、惨殺死体が見つかる……犯行は流浪者によるものと断定……」
ザムトは、青果売りの店でいくつかの野菜を買う最中に、そんな張り紙を目にした。
「あー、いま国中で大騒ぎだよ。あの国境地帯の流浪者ってやつらがいるだろう? どうやら、昨日その流浪者に立ち向かおうとした人間がいて、そいつは返り討ちに合ったらしくて、切り刻まれて殺されている姿が発見されたんだってよ」
青果売りが震えつつもしゃべる内容を聞いて、ザムトは嫌な汗をかいた。まかり間違っていたら、その被害者がツイードや自分たちの誰かだったかもしれない。そんな不安と食材になる野菜を抱えつつ、ザムトはいつもの家まで帰って来た。
「ただいま。なぁ流浪者の噂って聞いたか?」
開口一番、三人が座っていたダイニングへそんな質問をするザムト。その時ラーゾとヴェルールはその事件について知っているように頷いた。
「聞いたよ。惨殺死体だとな」
「この流浪者たち、なんだか人の殺し方が残虐すぎて、そっちの方が怖いわね」
ラーゾとヴェルールがそんな話をしている時、シルヴィは額に汗をかきながらその会話に混ざっていった。もちろんそんな変化がザムトにもすぐに見抜かれて、ザムトがすぐにシルヴィの様子を確認する。
「シルヴィ、聞きたくないのなら無理に聞く必要なないよ?」
「ううん……大丈夫だから。みんなが立ち向かう相手の事は、知る必要があるから」
シルヴィは首を横に振り、ツイードの死をその身に感じてなお、その話を聞き続ける。テーブルの下で服の裾を掴んで話を聞いていたシルヴィに気付いて、ザムトは不安を感じつつもその話を続けた。
「とりあえず、シルヴィが水の剣士の流浪者を倒した事で、警戒するべき人物は減って来た。今わかっている中では『エリオ』と『ジーン』という流浪者がいるという事、これはシルヴィが……」
ザムトはそこまで言って、シルヴィをちらと見る。シルヴィの不安そうな顔に少しの迷いを感じつつも、すぐに軽く咳ばらいをして言葉を続けた。
「シルヴィと、ツイードが傭兵たちから聞いた情報だ。それでこれは俺の予想なんだけど、今回の惨殺の犯人と、傭兵たちに氷をけしかけたのは別々だと思うんだ」
「その根拠は?」
ザムトの推測に、ヴェルールが落ち着いた口調で質問をする。それはザムトの予想を疑うものではなく、戦うものとしてザムトの意見を聞きたいという意識の表れだった。
「氷を飛ばすという遠距離の襲撃と、人間の身体を切り刻むという近接の攻撃を兼ね備えているとしたら、それは異常だと俺は考えている。それよりも、氷で遠距離をカバーする人間と、それを手がかりにして近接で殲滅をするチームだとした方が自然だと思うんだ」
「そうだな、その方が考えとしては自然じゃろう」
ラーゾも、ザムトの推測にはおおむね同意し、質問をしたヴェルールもまた、ザムトの判断を支持するように頷いた。その中で、今度はラーゾから提案がなされる。
「そこで一つ疑問なんだが、向こうが仲間意識のある複数であったなら、こちらが集団で戦闘する時、向こうも同じく複数人で戦うという可能性はあるだろうか?」
「そうだな……可能性はあるが低いと思う。なにせツイードとの戦いではシルヴィもいた、にも関わらず流浪者レギーナは一人で戦っている。そして惨殺事件においても、その犯人は一人となっている。それなら『常に誰か一人で戦う』と考えていいのではないか」
ザムトは、様々な情報の中から、最も可能性が高いものを列挙して、ラーゾやヴェルール、そしてシルヴィに意見を伝える。ザムトの大荷物への許容や、仲間内での信頼の多くは、こうしたいくつかの可能性を提示する慎重さから来ている。
「それならっ……」
そこまでの三人の議論を聞いていたシルヴィが、恐る恐る声を上げて、ようやくその議論に加わって来た。シルヴィの声を聞いた三人は、すぐに彼女に目線を向けて、言葉を考えつつ話すシルヴィの意見を待った。
「それなら……せめて戦う時には、四人全員で挑む方が……いいと思う。向こうの人数は、わかっているだけであと二人……ザムトが考えた可能性を考慮するのなら、今度もまた二人の内の一人が立つ事になる……と、思うから」
少しずつ、これまでの議論から生まれた情報の欠片を積み上げるようにして提案するシルヴィ。彼女の意見について、三人は顔を見合わせて頷いた。
「そうだな。少なくとも四人いれば、相手が一人だろうと二人だろうと、戦いをカバーすることができるだろう。これまでの話を考えても、シルヴィの提案には賛成だよ」
ザムトはそう言って、シルヴィの頭を優しく撫でる。ラーゾとヴェルールも、そうして頭を撫でられているシルヴィを温かく見守り、これまで仲間の死の重さに押しつぶされそうだった心が、僅かに軽くなったのを感じた。




