第39話 二重の死
ズパッ……!
「……は」
ツイードの左腕が、鈍い音と共に、身体から離れる。
同時に、シルヴィの右頬に、水の刃が振れて擦り傷のような痛みが生じる。
「えっ……」
あまりに突然の出来事に、ツイードもシルヴィも何も認知できなかった。だがその中で、シルヴィは見ていた。
ツイードの背後で、既に刺突剣をツイードに向けていた、流浪者レギーナの姿を。
「っっっっ!!!!」
ストッ……
シルヴィの声なき声の後、おおよそ人が刺されたとは思えない静かな音が、ツイードの左胸を貫いて、二人が気付いた時には、レギーナの一撃は終わっていた。
「が……あ」
刺されたと二人が気付いてすぐ、ツイードは心臓から回った血液を口から噴き出して立ったまま震える。そしてすぐにレギーナのレイピアは引き抜かれ、ツイードの胸と背中はすぐさま血まみれになる。
「ツイー……ド?」
ツイードの身体は、切り落とされた左腕の後を追うように膝を付いて崩れ落ちてその場に倒れそうになる。シルヴィは何も状況が理解できないままにその身体を捕まえるようにしゃがみ込み、自分の胸にツイードの身体を抱き込んだ。
「シル……ヴィ……に…………げ……」
「…………っ!!」
いやぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!!!
「ツイードっ! ツイードぉっっ!!」
声が枯れる程の叫びと止まらない嗚咽、喉を傷めて吐き気すら催すほどに混乱する精神。あまりに突然の出来事で、シルヴィはもうツイードの名前を叫ぶ以外の言葉を失っていた。そして、シルヴィの腕の中で、ツイードの瞳は光を失っていき、それが命の消える前の静かな宣告をシルヴィにもたらした。
「あぁ……あぁぁぁっっっっっ!! ツイードぉっっ!!!」
そして、混乱と絶望と悲哀の中で、シルヴィは顔をあげて、目の前で剣についた血をふき取るレギーナに、異常なまでの憎悪をみなぎらせた。
「ツイードをっっ!! ツイードを返してよぉっっ!!」
枯れた叫びと共に、シルヴィは周囲の土にエナジーを流し込み、それらを数百の土の矢に変性させた。レギーナはその数を見てすぐにそこから退避を試みるが、それよりもシルヴィの発射の号令は早く、レギーナを目掛ける数百の矢は、剣でそれを防御するレギーナの全身を数十カ所貫き、土として地面に溶けていった。両手両足、そして胴体にも十か所以上矢は命中して、レギーナは今度こそ、その場に倒れて動かなくなった。
憎悪に身を預けていたシルヴィは、レギーナが倒れたのを確認するとすぐにツイードの身体を抱える。
「ツイード……ねえツイード! 返事をしてっ!! わたしに返事をしてよぉっっ!!」
シルヴィは完全に判断力を失くして、声を枯らしてツイードの身体を揺さぶる事しか出来なかった。それが対処として間違っているという観念は抜け落ちて、ただただ返事をしてほしいという感情だけでツイードの回復を待つ。だが、ツイードの目から光が消えている事が、シルヴィに静かに、そして残酷に答えを返した。
「ツイードっ……! ツイードっ……」
夜が明けて、シルヴィはツイードの身体と左腕を持って、ヴェルールたちの家に戻って来た。
そこからの光景はシルヴィはほとんど覚えておらず、ただただヴェルールとラーゾが悲しんで、ザムトが怒りに吠える姿だけが映り、その時の音などは全く聞こえてこなかった。
ツイードの遺骸は、すぐに墓所に預けられ、すぐにツイードの墓碑が立てられて、流れるように埋葬された。
ツイードの死を悼む、小さな子供が何人もいたような気がした。だが覚えていない。
ツイードの死を悼む、大柄な傭兵たちがいたような気がした。だが覚えていない。
何も覚えていない。何も覚えていない間に、ツイードはエリュ・トリによって死に、そして墓に埋まっていった。
「……」
そこまでの一連の出来事を記憶から飛ばして、シルヴィはツイードの墓前でひとり、勇猛な仲間の生きざまを見てたたずんでいた。
「……なんで」
「なんでツイードが、死んじゃうのよ……」
心が戻ったと思った矢先、立ち尽くすシルヴィの顔は涙に歪んだ。死を否定したいのに墓前に立ち、喪失を忘れたいのに血の感触を思い出し、そしてツイードの命の終わりを訂正したいのに……
「……だって、あなたは」
その時、シルヴィはツイードの死の顔を思い出す。
――それは、自分を諫めてくれた、細くやつれた顔。
――それは、無残にも心臓を一突きで貫かれた虚ろな目。
シルヴィは、あのツイードの死を見ながら、不思議と別の死の顔を思い浮かべた。戦場で間近に見たツイードの顔とは違う、シルヴィを病床で穏やかに見守る顔。涙で見えない墓前で、シルヴィは自分の頭の中が混乱して、ツイードの墓に膝を付いて自分を吐き出した。
「なんでっ……なんでツイードの死を……なんで私は、ツイードの死を二つの見ているの」
だが、このやるせない状況に立ってようやく、シルヴィは一つの明確な疑いを持った。頭に浮かんだツイードのもう一つの死、それは確かに、シルヴィの記憶に刻まれた、ツイードの最期だったはずなのだ。
「そう、ツイードは病床で死んだはず。なのに、この光景はなんなの……?」
並行する記憶に、ここまでの深い悲しみは揺らぎ、シルヴィは、自分の今の状況に疑問と混乱を残した。
ツイードへの弔いが一通り終わった時、シルヴィが不在のラーゾ達の家では、流浪者に対する復讐の心が加熱していた。
「ツイード……無茶をしおってからに」
「あのバカ……自分から不利な戦場に行って死ぬなんて」
「あぁ……けどツイードだって警戒はしてたはずだ。シルヴィ……今は喋れないだろうけど、彼女が言うにはその流浪者には何の予兆もなかったって言ってた」
ラーゾとヴェルールが、悲しみと怒りを零す中、ザムトだけは虚ろな目でシルヴィが証言していた事を聞いていた。それまで疑心暗鬼の中で気を張っていた時には姿を隠して、ようやく活路が見出だせたときに、その隙を突く。
「まるで、暗殺者のような戦い方じゃな。ツイードも相手がそのような戦い方をするとは予測できなかったんだろう」
ラーゾは目を細めつつ冷静な意見を述べる。だがそんな達観した言葉に、珍しくザムトが反論をした。
「だいたいっ! いつもあいつは一人で勝手に先行するんだっ! 準備は必要だ情報は必要だっていつもいつも言ってたのに! 言って、たのに……」
不満をあらわにして怒りをぶちまけるザムトだったが、それがもう届かない文句だという事を考えて、次第に声の気力が失われていく。そして、ザムトのやり場のない無念を感じ取ったラーゾは、その穏やかを装った目で、窓の外の光景を静かに見守った。




