第38話 消失
「あれが……流浪者レギーナ……」
ツイードの炎で照らされた流浪者の姿は、シルヴィにも見えていた。炎の明るさは流浪者の姿を鮮明に映し出し、シルヴィはその顔をはっきりと捉える。だが、シルヴィはその姿を見た瞬間に、一瞬の頭の痛みと『覚えのない記憶』を感じ取った。
――シルヴィも何か言ってくださいまし。彼女はいつもいつも……
「なに……この声は、だれ……?」
そうやってシルヴィが記憶の痛みに視線を落としていた時、向こうから強い叫びが聞こえてくる。
「よけろっ!!」
「えっ」
痛みの中で聞こえてきた声に顔を見上げると、すぐ近くには流浪者のレイピアのひと突きが迫っていた。目の前までやって来たそれに、シルヴィは一瞬死を悟ったが……
「くっ!!」
ゴゴゴ……という軽い地響きと共に目の前に土の壁を作り、間一髪で流浪者レギーナの一閃を土の壁に吸収させて避ける事が出来た。ラーゾとの手合わせで間に合わなかった壁の生成が、ここにきて磨き上げられたことでどうにか命をつないだ。だが向こうの方から彼女への罵声が飛ぶ。
「戦場でぼーっとするなっていつも言ってるだろうがっ! お前は今は距離を取れっ!」
炎を纏って剣を握るツイードからの一声で、シルヴィはレギーナとの距離を引き離そうとする、当然レギーナもしなやかな足と脚力でそれに肉薄し、移動するシルヴィに刺突と斬撃、そして呼吸を奪う水の球体を送り込んで牽制をしていく。シルヴィはすぐに気が付いた。レギーナの移動と攻撃が、ツイードに近づくときに苛烈になっている事に。
「ちっ……合流を避けるようにシルヴィを攻撃してやがる。だがっ!!」
戦況を理解したツイードは、自らシルヴィとの距離を詰めるべく、足元に火のエナジーを集中させて再びレギーナとシルヴィのいる場所へ加速する。
「ツイードっ!」
「そのままでいいぜ! 俺の方から近づいてやるからよぉっ!」
言うに十メートルは越える距離を、ツイードは火炎の推進力を使って六歩で詰めた。そしてシルヴィの牽制に気を取られていたレギーナの背後から、ツイードはそれまで纏っていた炎を自分の剣に全て集中させて両手で斬撃を構えた。
「く・た・ば・れっっ!!!」
ザンッ!!
勢いよく振り降ろされた炎の剣により、その斬撃が風を起こして、直線距離で2メートル向こうまでの地面を、切り裂いたかのように抉った。その剣の攻撃範囲内にいたレギーナは、土を抉るその風圧に吹き飛ばされるようにして転がっていき、地面に伏した。
「ふいー、斥候のつもりだったが、倒しちまったみてえだな」
「そう……ね」
ツイードの身体の炎も収まり、周囲は再び静寂と暗闇に包まれる。二人は荒野の向こう側に飛んでいったレギーナに目を遣り、それが動かないかどうかに気を配っていた。
「なかなかのやり手みてえだが、あいつの特性の相性が悪かったな。俺も発火で、簡単な水なら蒸発まで持っていけるからな」
「でも、呼吸を遮られるのは危険だったわね。ここでそれが知れたのは幸いだったかもしれない」
「そうだな、一介の傭兵なら、呼吸困難で即死亡だな」
実際にその身をもって経験したツイードも、奇襲によって呼吸を奪われるという事の恐ろしさをきちんと理解して、少なくとも流浪者の一人がそう言った技術を持った相手だと認めて、剣を鞘に納めて戦闘態勢を解除した。
「ツイード、もう剣を収めるの?」
「まぁ、こうして話してんのにあいつが起き上がる気配がねえからな。死んではいないと思うが少なくとも気絶ぐらいはしてんだろう」
「そう、かしら」
シルヴィは、ツイードの判断に首を傾げて向こうのレギーナの身体を見る。動きのない、暗いそれにシルヴィは不安がぬぐえずに視線を外せなかった。
「まあこのまま放置ってのも後がこえぇし、とりあえず生存確認だけはしておくか。お前もオレの近くに寄れ」
そういうと、不安げだったシルヴィを近くに寄せて、ツイードは収めた剣を再び取り出してから、レギーナの身体が転がっている方に視線を送った。
そう、レギーナの身体が転がっている『はずだった場所』に視線を送った。
「おい、あいつどこだ」
「っ!!」
そんなバカな。自分は視線を外してはいなかった。ツイードがそれを見た瞬間に、自分の視界からも消えた。
視線を外していなかったはずのシルヴィがそんな考えを頭に巡らせていると、ツイードも剣を構えて周囲を見回す。これまで相手の位置が分かっていたから戦えたが、わからないのなら、二人で構えたところで圧倒的不利。シルヴィとツイードはそれを理解して、お互いの背中を守る形で周囲に警戒をする。
「ちっ……暗闇に紛れて姿を隠したか。シルヴィ、このまま草原地帯に少しずつ移動するぞ、エリュ・トリに入れば町の家を使って進路を絞ることができる」
「え、ええ……」
どこから来るのかはっきりしない恐怖を抱えながら、二人は国境地帯の草原に足を踏み入れ、街並みへと続く街道まで進んでいく。距離およそ160メートル。背中合わせのまま進んでしまってはいつまで経ってもたどり着くことはない。
「シルヴィ、20メートルぐらいになったら一気に走るぞ」
「わかった……!」
そう言って、身体を少しずつ回転させながら、周囲360度に目を配りながら、逃げるまでの距離を縮めていく、先ほどのシルヴィへの牽制を考えたら、どこかでそれが襲撃をしてきてもおかしくはない。やがてツイードは周囲の火のエナジーを自分の手に集積させて、すぐに発火が出来るように準備をする。またシルヴィも土のエナジーを地面に巡らせて、先ほどのように土の壁で攻撃をいなす準備をする。そして遂に、家々の並ぶ街道まで20メートルの地点に近づいた。
「どうやら、不安を与えるだけ与えて逃げたみてえだな。ったく驚かせやがって」
ツイードは警戒を解かないまでも、それまでの形のないプレッシャーに対する緊張感を解いてそんな話をする。シルヴィもツイードにならって警戒を解いて、ツイードの顔を見て
「そう、ね……どうにか助かっ」




