第37話 暴勇の剣
「はぁ……はぁ……」
かなり急いで流浪者がいるであろう場所までやって来たシルヴィ、そこは町の灯も届かず、夜空の明かりだけが地面を照らす場所だった。そして、シルヴィはその国境地帯の平野に、男が一人立っている事に気付いた。抜き身の長剣を肩に担いで、不機嫌そうに舌打ちをしながら立つ男。シルヴィは見覚えがあった、ないはずがない。それはさっきまで自分たちと議論をしていたのだから。
「ツイードっ!!」
「あ? シルヴィ? 何でここに来てんだよ!?」
振り返ったのは、つい数時間前まで議論を重ね、ラーゾの忠告により一旦は身を引いたはずのツイードだった。
「ツイードこそっ!! どうしてこんな何もない所に立ってるのよっ!」
「あぁ、それか……全く、ザムトに見つからなかっただけましか」
ツイードは星明りの中、面倒くさそうに頬を掻いてシルヴィから目線を逸らした。そして、肩に担いでいた剣を降ろして、国境地帯の向こう側をじっと睨んだ。
「……オレよ、やっぱり納得できなかったんだ。ラーゾの教えも、ザムトの提案も、お前やヴェルールが俺を案じてくれてんのは分かってる。だがよ、そんなちんたらした考えで生きてると、いつか、オレ達にもオレたちが守ろうとしたものにも、取り返しのつかねえ敗北が訪れるかもしれねえ。俺の誓いの中では、それが一番認められねえ結末なんだよ」
「でもっ……相手を知らずに行くのは無謀だって……みんな」
シルヴィが不安に満ちた声でツイードを引き留めようとする。だがそんなシルヴィの言葉を聞いて尚、ツイードは足を進める。
「まあ大丈夫だって、あいつらの言う事も一理あるから、今日のオレは戦いに来たわけじゃねえ。あいつらにもっと流浪者の情報をくれる為の、斥候ってやつだ。どうだシルヴィ? そう思ったら少しは安心できただろ?」
「ツイード……」
ツイードはそう言って、後ろで不安がっているシルヴィに顔を向けて自信ありげに笑って見せた。危険な事はしない、そんな言葉がうっすらと込められたその笑顔に、シルヴィはそれを信じると決めて、顔を引き締めた。
「……絶対に深入りしないで。向こうが何か危険な攻撃をして来たら、必ず逃げて」
「あぁ、そうするよ。俺だってあいつらの教えは、よぉーく身に染みてるからな」
シルヴィとツイードによる会話、それが終わり、ツイードは流浪者が発見されたという地点へ歩いていき、シルヴィはそこから十数メートルの距離で、弓を手に警戒をしたままツイードを見守った。
ザッ、ザッ、という具足の靴音を鳴らしながら、草原の平地が荒野に変わるかという所まで足を進めたツイード。そして彼がその先に歩を進めようとしたところで、何もいなかったはずの場所から一人の、スカート姿で影に覆われた人物が現れた。
「……」
「あんたは……女だな。もしかしてレギーナって言う流浪者か?」
ツイードの言葉に、それは何一つ言葉を返さない。ただひたすらにツイードの方を見て、足をそろえて上品に立っているだけである。
「……腰に持ってる剣、刺突用のレイピアか。それならオレたち気が合うな。俺も長剣で戦うんだ」
「……」
「ワリいけど、ほんの少しだけお前の実力……見せてもらうぜっっっ!!!!」
「……!」
ツイードがそう言って、距離を詰めるために一気にけり出す。足元に火のエナジーの発火点を作る高速移動。ラーゾと同じ加速による間合いの詰め方、そしてレギーナとされた人物はツイードの接近に軽く一歩下がって、レイピアを構えてツイードに向かう。
「受けて見ろよ……その細剣で受けきれるならなぁっ!!」
そういうとツイードは、腕の力を抜いて下におろしていた長剣を両手に持ち替えて、ナナメ左上方向に薙ぎ払う。レギーナはその切り上げをレイピアで受けようとしたが、剣の重量差、そして男女という体格差によってレイピアが弾き飛ばされ、体制を変えて斬撃を交わした。
だがツイードもほぼ全力で切り上げたおかげで、右の脇腹がガラ空きになり、レギーナはその隙を逃さず、はじき返された時の反動で身体を回転させて、ツイードの右わき腹を狙う。
「……ってなると思ったぜ。空けりゃ攻める、鉄則だもんなぁ?」
ツイードはそう言って右足を挙げて、その具足でレイピアを受けて、膝の曲げ伸ばしの力を利用してレギーナの腹を蹴り飛ばす。
「っ……!?」
なまじ足腰がしっかりしていたせいか、レギーナは腹がへこむほどの痛撃を食らい、腹部を押さえながら後ろへ飛びのいた。そして足を突き出したツイードは体勢を立て直して、再び剣を肩に担いで不敵に笑った。
「いいぜ。警戒が身体に沁みついてやがる、今の攻防で、お前の戦いっぷりは分かったぜ。あとは……」
ツイードがそこまで言った所で、同じく体勢を整えたレギーナが素早くツイードとの間合いを詰めて、鋭く点を穿つ刺突をツイードに向けた。さすがにそれを受ける事もいなす事も出来ないと判断したツイードはそれを右に交わして、刺突の構えで生じた本体の隙に、自分の剣を呼応させて『左両手持ち』に切り替える。
「まだだ、まだ空いて……っ!?」
そう言って肩を抜けていった剣をかわして自分の剣で切り上げようとしたとき、ツイードは視界を水に奪われた。とっさの攻撃でツイードは水を飲んで、当たり前のように出来ていた呼吸を突然に奪われた。
「ごぼっ……(こ、こいつ……!)」
「ツイードっ!!」
距離を取ってツイードの様子を見ていたシルヴィが、その状況に声を上げた。シルヴィからは見えていた。ツイードの顔の周りに水の球体が浮遊している。ツイードが悶えている様子を見るに、レギーナは恐らく水のエナジーでツイードの顔の周りに水を生成したのだ。
「な……めんなぁっっ!!」
しかしツイードもそれを甘んじて受ける事はなく、ツイードが一声吠えると、彼の全身が瞬間的に炎に包まれる。レギーナはその火を見逃さず、後ろに三歩飛んで距離を取った。明かりの無い夜にはあまりにも明るすぎるその炎で、流浪者レギーナの顔がはっきりと見えるようになり、それが若い女性であることがはっきりとわかった。金髪のポニーテール、若く青い瞳、そしてスカート仕様のアーマーと手甲と具足。




