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クロス・リッパー ~ALVIS niredo int Eriu-Tori~(小説家になろう編集版)  作者: 海神書房
第3章「クロスリッパーと名もなき依頼」
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第36話 ざわめき

「あ、ご……ごめんなさい。私何か変な事を……?」

「あぁ、良いんだ。君こそ大丈夫か? なんだか虚ろな目をしてたけれど」

「あー、こいつ未開拓の森の迷い人だったもんで、ちょっと無茶させ過ぎちまったのかもしれねえ。シルヴィも大丈夫か?」


 ツイードのフォローに、どこか心配を払拭できないアビエーターだったが、その後のシルヴィは特にそんな感覚に陥る事もなく、紅茶とチーズケーキを楽しんで、普通の会話を交わして別れの時間になった。


「お世話になりました」

「あぁ、気にしないでくれ。お互いに流浪者には気を揉んでいるからな、これが助けになる事を願うばかりさ」

「ケーキ、美味しかったってあの総長に伝えておいてくれよ、それとアビエーター。もし機会があったらいっぺん手合わせ、よろしくな!」

「こらツイードっ!」


 ツイードからの突然の宣戦布告に、アビエーターも楽しさをこらえきれずに笑いだす。


「はっはっは……やっぱり名うての戦士は度胸が違うね。俺の息子にもそうなってもらいたいものだ」

「息子さん?」

「あぁ、カゴって言うんだ。今はまだ生まれたばかりだが、いつか立派な戦士になってくれればと思っている」


 アビエーターからの息子への言葉、そんな言葉にシルヴィはまたふと何かを思い出しそうな記憶の揺れを感じた。だが、それを誰かに悟られて心配をかけさせまいと思い、頭を横に振ってシルヴィは別れの挨拶をする。


「……立派になったら、私たちにも会わせてくださいね」


 かくしてシルヴィとツイードは傭兵団の会館を後にして、今回得た情報をラーゾとヴェルールの家に持ち帰る事になった。随分長く話し込んでいたおかげですっかり夜になり、この石の町も穏やかに家で過ごす人間によって静かな夜を迎えていた。


「ただいまー」

「あらお帰りなさい、随分時間がかかったのね」


 家に帰ってくると、ヴェルールがキッチンに立って料理の準備をしていた。部屋の中はいくつかのガラス瓶を応用した火炉で明かりを取り、ほのかな火の揺らめきの中でシルヴィとツイードの嗅覚に、奥深い酸味が主張をしてくる。


「鹿肉の処置が出来たから、トマトとワインで煮込み料理を作ったのよ。ちょうど夕飯にするところだったから、二人も席についてちょうだい」


 ヴェルールの誘いにシルヴィとツイードもダイニングに着く。そして、出かけた時と同じような恰好でニコニコと微笑んでいたラーゾ、シルヴィたちに少し遅れて家に戻って来たザムトまでそろって、ヴェルールが作る鹿肉のトマト煮込みが夕食のメインとして全員のお腹を満たしていった。


 食事も終わり、シルヴィとツイードはここまでに集めた情報をメンバーと共有する。傭兵団に行って得られた情報も含めて、二人がまとめた情報は他の三人の興味を引き出すには十分だった。


「それなら、今日の昼にツイードが言ってたことはおおむね正しくて、分かる範囲では最低二人……あるいは三人の流浪者がいるという事だね」

「まあな。あとは、どの名前の奴かは分からねえが、巨大な氷を操作する事が出来るやつは存在する。近くで受けたら火のエナジーでも対処は難しいだろう?」


 ツイードはそう言ってラーゾを見る、ラーゾもこれまでの穏やかな表情から、狩人や戦士に足る真剣な表情でツイードの話を聞いていた。


「確かに、数の暴力と重量の暴力はワシには対処がしづらいだろうな」


 ラーゾはそんな前置きをつぶやくと、自分が磨いている杖を立てて、一つ咳ばらいをした。


「……まぁ、しづらいだけだがな」


 そう言ってニカっと不敵な笑みを浮かべるラーゾに、シルヴィは期待と恐怖の合間みたいな気持ちを感じた。そして話は進んでいき、いつしか流浪者の話題は「どうやって流浪者と戦うか」に移り変わっていった。その時、その変化と違和感に気が付いたザムトが全員に一声かける。


「あの……言いづらい事ではあるんだけど、みんな流浪者の実態を調査してただけで、戦う予定なんて考えてなかったと思うんだけど」


 ザムトの言葉に、会話が止まる。その中で、ツイードがまず最初にザムトに言葉を返した。


「おいおい。確かに戦う事は想定してなかったぜ? だが向こうはオレたちに攻撃をする可能性があるってのが分かってるんだ。それならあの流浪者ってやつらはエリュ・トリにとっては危険だろ? そこまで分かってんなら戦うってのは当然考えるだろ」

「それは分かるけど……向こうの事情も知らずにただ戦うのはいただけないし、それに今の情報じゃ、もし戦闘になったとしても、こちらが不利になるだけだ。ラーゾとヴェルールも、そうして生きてきた冒険者だろう?」


 ザムトの意見が二人に向いて、二人もザムトの主張には首を縦に振った。


「そうね……状況から見れば危険であるのは認めるけれど、ザムトの言う通り、まだ情報は少ない。もう少し情報を集めて……」


 そこまで言った所で、顔をしかめたツイードは椅子を蹴ってガタッと立ち上がる。


「んな事言ってたら! 次はケガ人が出て、死人が出るだろうが! 遅せえんだよ被害が出たあとじゃ! そうじゃねえのかっ!」


 ツイードの激高に全員が押し黙る。シルヴィもツイードのそんな感情を聞いて、悲痛な表情を浮かべていた。


「……ツイード、俺達だって未然に防げるのなら防ぎたいが、それ以上に俺たち自身も守らなければならない。もし戦う事になるとしても、むやみに出て行って自分が死んでしまったら、お前の言う『守るべきを全て守る』ってのも叶わなくなるんだぞ」

「ぐ……」


 ザムトからの諫言に、ツイードは口の端を噛んでそのまま自分が蹴った椅子に座る。


 一同は、ツイードのその怒りの理由を知っていた。ツイードはけんかっ早い性格で、シルヴィたちと出会う前から自分のケガも厭わず殴り合いをするような問題児だった。だが、ラーゾと出会い、彼に喧嘩でボロボロにされた事で、でツイードは『勝てない相手』と『負けの先にあるもの』について学んだ。


 そういう意味では、ツイードはこのメンバーの中で、ザムト以上に負けというものに固執している。ザムトの言う「情報に遅れての敗北」ではなく「何もしない事での敗北」を、ツイードは恐れているのだ。


「ほっほ、変わらないなツイード。その変わらない無骨さは強みだが、ここは堪えた方がいい。もう少し相手の動きが分かってからでないと……何も知らずに命を落とすかもしれないぞ」

「……そう、かもな。ラーゾがそう言うんなら、とりあえずは」


 ぽつりぽつりとラーゾに同意を示すツイード、ラーゾもそれを聞いて顔を穏やかにして、他のメンバーの緊張もそこでほどけた。そして、次の日になってから観察に行こうという提案を取りまとめて、今日の所は解散となり、ザムト、ツイード、そしてシルヴィは各々の借宿に帰っていった。




「う……ん……」


 深夜、シルヴィは寝つきの悪さに目を覚ます。街の明かりはすっかり消え、僅かな火の灯だけが残っている。体感的な時間は、深夜の1時と言ったところか。そんな事を考えながら起き上がり、借宿の玄関を開けて夜の街を眺めようとした。


「……ん?」


 その時、シルヴィはふと借宿の前を人が通るのを感じた。夜の暗さと、まだ寝ぼけ眼だったこともあって、人が通ったという事しかわからず、目で追いかけた影は夜の闇に消えた。だがそんな影が視界から消える間際、シルヴィはキィン…という短く澄んだ金属音を耳にした。シルヴィはそれが、長剣のぶつかる音である事をすぐに見抜いて、目を凝らして影を探した。


 だが、それは暗闇に紛れており、はっきりとした姿を映す事は無かった。それでもシルヴィはその影に感じた一抹の不安を信じて、慌てて借宿に戻り、自分の装備を整えてから、影が進んでいった方向へ走っていく。


(なんで……何もわからないのに、胸が苦しい……)


 シルヴィは、夜の街道を走りながら、上がる息とは別の胸の苦しさを感じていた。そして、走り進めていた時に、ふと自分がどこに向かっているのかを考えた。借宿から出て右手、それはエリュ・トリの西側にあたる。そして、この短期間で聞いてきた情報、流浪者。隣国スィンツーとの国境、仲間との会話……それらは一つ一つが形を成して、シルヴィの頭の中で、一番望ましくない形のパズルを完成させた。


「まさか、今の影はっ……!?」


 焦りと共に、シルヴィは蹴り出す速度を上げて、どうにかしてその影に追いつこうと走り出した。そのシルヴィの足は、影を負う事よりも、その影がどこに行こうとしていたかに向かっていた。そう、行先は……流浪者のいる国境地帯だ。

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