第35話 エリュ・トリ傭兵団
「……で? 俺たちに何の用だ?」
場所は変わって、繁華街北部の奥まった路地に立っている石と木で組まれた屋敷。石造りの街並みがメインのこのエリュ・トリでは比較的大きなその場所で、シルヴィとツイードはイスとテーブルだけの簡素な部屋でそんな質問を受けた。質問されただけならまだよかったが、その状況は二人の言葉を奪うには十分だった。
「あ、あの……その、西部の国境地帯で……その」
シルヴィは、身をすくめて途切れ途切れの言葉で事情を説明しようとした。だが、シルヴィとツイードの周りには、屈強な肉体を見せびらかすムキムキの男の集団が立っており、なかでも、いま二人と正面から向かっている男、頬に十字の傷、目の端にも焼けたような跡、切りそろえられた黒の角刈り、そして視線は、目が合ったら頬が切れそうなほどに鋭かった。
「……嬢ちゃんたち、もしかして国境の流浪者の事……調べに来たのかい?」
「は、はぅいっ! そ、そうですっ!」
男の視線が一層鋭くなる。シルヴィは、このまま目線で刺し殺されるかのような感覚を覚えて、余計な事は言わずに正直に答えようとした。その最中、シルヴィは右を向いてツイードにも何か言って欲しいと頼もうとしたが、
肝心のツイードは、清々しい顔で瞳を閉じて、ほぼ気絶していた。
「……なるほどな。事情は分かったぜ。おい! アビエーター呼んで来い。あいつが知ってんだろ」
男が周囲のマッチョに一声かけると、男は「うす」と言って奥へ引っ込んでいく。そしてにらみを利かせていた目を細めて、これまで感じたものとは違う、少し和らいだ表情を見せた。
「いやぁ悪いなお二人さん。俺たちゃ傭兵団だからよ、変にナメられないようにこうして睨み聞かせてたんだが、そういう事情ならその必要はねえな、かははっ」
そんなことを言って緊張を解いたところで、先ほど人を呼んできたマッチョが、一人の男を連れてやってきた。黒髪角刈りの男ほどではないが体躯の大きい男、その目は鋭さこそないものの、強い戦いの目をして見えた。
「総長、呼びましたかい?」
「おうアビエーター。お前流浪者の観測やってただろ? こいつらにもその情報を話してやってくれ」
「分かりました。傭兵団のアビエーター・ウェイトレードだ。それで聞きたい事ってのは……」
「待てアビエーター」
呼び寄せたアビエーターが話し始めた途端、今までよりもワントーン高い声で、先ほどの総長が話を止める。シルヴィと周りの男に緊張感が走る。すると総長はニヤリと口の端で笑って、
「話には茶が必要だ、それにここからはお前が責任を持て。野郎ども、おもてなしの準備をしたらさっさと仕事に戻れ」
と、口にした。総長が周りの男たちに指示を出すと「うっす!!」という掛け声と共に、周りの男たちは静々とその部屋から出ていった。そして、男の壁がなくなって広くなった部屋で、シルヴィとツイード、更に話をするアビエーターの前に、白磁の上品なティーカップと、更に置かれたチーズケーキが並んだ。
「……どういうことなのよ」
さっきまでの空気からは予想もつかない洒落たもてなしに、シルヴィの口からは、お礼より先に疑問が零れた。
「すまねえ。うちの総長はああ見えて菓子にうるさいんだ。悪いものではないからぜひ召し上がってくれ」
「はは……ありがとうアビエーターさん。それで流浪者の件だけど……」
シルヴィは、考えるのをあきらめて紅茶を一口嗜みながら、アビエーターに話を伺う。
「あぁ。傭兵団で何人か引き連れて、その流浪者ってやつを観察していたんだ。エリュ・トリに敵意を向けているのなら、傭兵としては見過ごせないからな」
「その時に何かわかった事はありましたか?」
「そうだな……氷のつららみたいなのが飛んできたってのは聞いたんだよな?」
シルヴィはうなずく。それは事前にツイードが聞き取っていた内容だった。
「それで、俺たち傭兵の中に、聴力に優れたやつがいるんだ。それでそいつが『何かを話しているようだ』って言ったもんだから、その内容を教えてくれたんだ。そしたらどうやらその流浪者の名前らしきものを言っていたらしくてな」
「流浪者の名前、ですか?」
これまでになかった情報を聞いたシルヴィは、興味を持って身体を前に寄せた。そしていつの間にか気絶から醒めていたツイードもまた、紅茶を飲みながらその話を聞き始めていた。
「そんで?その名前ってのはなんだったんだ?」
「起きてたの、ツイード……?」
「あぁ。俺たちが氷で襲撃を受けていた直後、流浪者の二人が言い争っていたようだった。その時の名前は……」
『レギーナ』『エリオ』
「レギーナと、エリオ……」
シルヴィはその名前を聞いて深く考える。エリュ・トリでの暮らしの中で耳にする名前としてはさほど珍しくない、むしろ……自分もその名前に聞き覚えがあるようなレベルで、特徴のない名前だ。
「聞く感じだと……男と女みてえだな」
「よく気付いたな。そいつも男と女の会話っぽかったって言ってたんだ」
ツイードの説明にアビエーターも興味深そうな顔を見せる。自分が聞いていた情報が再構築されていく様子に、三人は期待を高めていく。
「それで、その二人は更に名前を言ってたんだが、それが確か……」
『ジーン』
「……だったはずだ」
「ジーン……?」
アビエーターが名前を話していくと、シルヴィはそれらに妙な馴染みを感じた。流浪者という存在に同調するつもりはないが、それらの名前が持つ響きが、シルヴィの中で何か重要なものを見落としているような錯覚を起こしていた。そして、シルヴィがそんなフワフワとした時間を過ごしていると、アビエーターは更に話を続けた。
「結局、その流浪者の会話はそこまでしか聞くことができずに、俺たちの観察はそこで終わりというわけだ。こんな程度の情報で役に立つか?」
「あぁ、大助かりだ。襲撃からはエナジーの系統が分かるし、名前があるって言うんならそこから……」
「……スカー、は?」
「あん?」
「ん?」
アビエーターとツイードの会話の最中、シルヴィはふと呟いた。だが、そんな言葉を発したシルヴィの視線は何処か遠くを見ており、そのあとすぐにハッとして口元を押さえる。




