第34話 流浪者
「ほいよ、ハムと野菜のレモンバターサンドイッチだ。あと、鳥肉ベースのスープも作っといたよ。軽いもんだけど、どうぞ召し上がれ」
そう言ってラーゾは大きめの更に五つに切られたバゲットサンドと、それぞれの前にカップに入ったスープを提供した。シルヴィたちはその食欲の湧き立つ不思議な香りを感じて、ザムトが手を出したのを合図にそのサンドを食べ始めた。
「はいよヴェルール。お前さんも無理はするなよ」
「わかってるわよ。普段ならあんたの方が無茶してるってのに」
そんなラーゾとヴェルールの仲睦まじい様子に、シルヴィは何処か羨ましさみたいなものを膨らませていた。こうした風景を自分がどこかで臨んでいたような錯覚さえ起きて、シルヴィはふと何かの光景を見たような気分になった。
――やっぱりマグリットの料理は豪快で食べ応えがあるのよね、あたしの……
「……ん?」
顔の見えない何かの記憶を見て一瞬ぼーっとしたような感覚に陥るシルヴィ。だがすぐに、ザムトから声をかけられ、シルヴィはこの日常の中に揺り戻された。
「シルヴィ。なんかぼーっとしてるな。ラーゾの飯が美味しすぎて呆けたのか?」
「……あぁ、えぇ、まあそんな所ね」
「おいおい気を付けてくれよ、ただでさえ色々忘れてるっぽいし、これ以上ぽやんとされたら心配で日記が埋まっちまうよ」
彼なりの冗談でシルヴィを心配するザムトに、シルヴィ本人や他のメンバーも暖かな笑いを見せて昼食を過ごしていった。
食事が終わり、それぞれが午後の時間の過ごし方を考えていた時、ツイードが四人に相談を持ち掛けた。
「ところでよ。ここ最近町中で噂になってる【流浪者】ってやつ、知ってるか?」
「流浪者?」
やや神妙な表情でその人物を語るツイードに、シルヴィやザムトも少しだけ真剣な面持ちで話しを聞く。
「あぁ、何でもこのエリュ・トリの西部……ほらあの隣の国があるじゃねえか」
「あぁ、スィンツーよね」
ツイードの引っ掛かりに、シルヴィは流れるように答える。ツイードがそれを聞いて納得するが、シルヴィはふと「どうしてスィンツーって思い出せたのか」とわずかに考えた。
「そうそれ! そんで、そのスィンツーの方面から来る、正体不明の冒険者がいるんだが……どうにもそいつらは、このエリュ・トリに敵対的だとか言う噂なんだ」
「うーん……ツイードの話だけじゃその流浪者ってやつがどんなものなのかわかんないな。また聞きの情報が多すぎて、ほとんどが『らしい』で終わる話じゃないか」
ツイードの情報に対して、ザムトは懐疑的だった。スィンツーという謎の隣国、正体不明の冒険者、敵対的という噂。今の所、固まった情報がツイードの口から出てきてはおらず、ザムトの分析で他の三人もまた、懐疑的な見方をする事しか出来なかった。
「つってもよ。今の所その程度の情報しかねえんだ。だからよ、もしお前たちが興味があったら、その流浪者に関する情報を探って見ねえか? なぁ、シルヴィ!」
「えっ!? 私付き合わされるの前提なの!?」
突然肩をポンと叩かれ、ほぼ決定とばかりにツイードに誘われたシルヴィ。他の仲間はツイードをこうした衝動的な行動はよく理解している。もちろんシルヴィもわかってはいたのだが。
「というわけだから、ちょっくらオレとシルヴィはその流浪者の調査をしてくるわ。じゃあな!」
「あぁっ! ちょっとツイードっ!? 襟を引っ張って連れて行かないでよー!」
かくしてシルヴィは、半ば強引にツイードの調査に付き合わされることとなった。町中に出てきて、同じ狩人やエリュ・トリ内部を回る行商人などに話を聞き、ツイードがおぼろげに集めていた流浪者に関する情報は少しずつ輪郭を成してきた。
ある程度情報が集まったところで、二人はエリュ・トリの西方面にある、一件の酒場に入って情報を整理した。
「ふーむ……どうやら流浪者と呼ばれてる冒険者は四人、そいつらはエリュ・トリの西部に出没しており、隣の国にほど近い草原地帯を歩き回っている、と」
「隣国との国境って言うのもあって、そいつらに近づいた人間は今の所いないけど、ある時に遠くから観察していたエリュ・トリの傭兵が、向こうから氷の襲撃を受けた事がある……ツイードが聞いた噂は、おおむね予想通りって言う事になるかしら」
聴いた話をお互いに紙にメモして、共通の話になっているところを揃えていく。今のところツイードが聞いたという噂については、話を聞くことで裏を取ることは出来た。
「ツイードが聞いた話は他の人からの証言もあるし、信憑性は高いけれど、それ以上の情報はあまり広がらなかったわね」
「そうだなぁ……エリュ・トリの中を行き交ってる奴らから聞ける情報は出揃ったみてぇだ。となると」
筆の後ろで頭を掻きながらツイードは思い当たるものを探す。シルヴィも考えを巡らせるが、シルヴィは誘われた側なので、それほど多くの打開策はもっていない。だがそんな時、ツイードは指を鳴らして何かをひらめいた。
「おっ、そうだ。それなら襲撃を受けたってやつに一回話を聞いてみるか」
「襲撃を?」
それは、先ほどの情報整理で浮かんだものの一つ、氷で襲撃を受けたという観察者についての話だった。
「町でそいつらがいるって言う傭兵団の話は聞いたぜ。だからそこに行って聞いてみればいいだろ?」
「でも、相手は傭兵よ? 狩人や冒険者と違って正式な……」
シルヴィはそこまで言って、その次にかかる言葉を口にする事が出来なかった。確かに普段から口にしていたはずの言葉なのに、何故だかとっさに口から出てこない。
「どした? シルヴィ」
「あ、ううん。それより、傭兵はさすがに危険なんじゃないの?」
「だーいじょうぶだって。俺達はその観察してた情報が欲しいだけだ。それに流浪者と戦うのだって俺らの役目、だろ?」
ツイードがそう言ってサムアップをすると、シルヴィは自分が深みにはまって行っている事を意識して、無邪気にそのサムアップに応える事が出来なかった。だがそんなシルヴィの内心など知る由もなく、まるで聞きに行くことが決まったかのように、ツイードは、またもシルヴィの襟を引っ張って、傭兵団のある場所まで向かっていった。




