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クロス・リッパー ~ALVIS niredo int Eriu-Tori~(小説家になろう編集版)  作者: 海神書房
第3章「クロスリッパーと名もなき依頼」
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第32話 エリュ・トリの朝

 空をたゆたう天球のすき間から、あたたかな光がこぼれて、朝はこの世界にいつも通りに訪れた。


 いちばんの早起きである自然が、鳥の鳴き声や動物の覚醒を効果音にして朝の到来を告げると、石造りの民家から人の営みがおもむろに姿を現し始める。次第に人間の生活の旋律がこの町の活気を作り出して、石の国【エリュ・トリ】は動き始めた。


「おはようございます! 焼きたてのパンはいかがですか!」


 町の一角で、道行く人々に窓から声をかける女の子の姿、そのみずみずしく若い声が、朝のエリュ・トリを活気の中に誘う。


「ミモレ、おはよう。今日も元気ね」


 パンを売る少女の声に、一人のエルフ耳の女性が店を訪ねる。


「おはようございます、シルヴィさん。今日は朝から狩猟ですか?」

「まぁそんな所ね。私の師匠たちの一人が血気盛んでね。弟子なのをいいことに度々付き合わされるのよ、はぁ……」


 シルヴィの溜息に、ミモレは苦笑いを浮かべつつ店の準備を続ける。そしてシルヴィは、ミモレが作ったばかりのパンを一つ買って、そのまま店を後にした。


「師匠たちの無茶ぶりは大変だけど……はむっ、今日もパンは美味しいわね」


 人々の足が踏み固めた土の道を歩きながら、シルヴィは購入したパンを摘まみつつ、いつもの場所へ足を運んでいった。




「おはよう、ラーゾは起きてる?」

「あぁ、おはようシルヴィ。けどその言い方、ワシの事を寝坊助の老人か何かと思っているのかな?」

「あ、いや……そういう訳じゃないんだけど、あはは」


 シルヴィの大事な師匠、ラーゾとヴェルール。夫婦で住んでいるその家が、シルヴィを始めとする仲間たちの集会場の代わりを果たしていた。そしてそんな夫婦の家の中で、朝早くから杖の手入れをしていたラーゾが、シルヴィに少しイタズラめいた言葉を返した。


「さてシルヴィ、体調はよくなったかな?」


 そんなやり取りをして、シルヴィの顔が引きつったところで、ラーゾはシルヴィに尋ねる。それは、シルヴィがこの家に戻って来た五日ほど前に遡る。


 この家に戻ってきたシルヴィは、未開拓の森から帰って来たばかりで、その森の中で未開拓の森がもたらす記憶障害を受けていたのではないかとされていた。そのうえ未開拓の森の影響に対する回復法はまだ発見されておらず、シルヴィは未開拓の森で何が起きていたのかを思い出せずにいた。


「えぇ、まぁ思い出せない事には引っかかるけれど、身体もエナジーの利用も問題はないわよ」

「ほっほ、それを聞いて安心したよ。じゃ……表に出るとしようか」


 シルヴィが力こぶを作ってラーゾに自信満々に言った所で、ラーゾはおもむろに立ち上がり、シルヴィに外へ出るように促した。さっきまで自信ありげだったシルヴィだが、ラーゾが立ち上がり、外に出ると言ったところで、表情は笑顔のまま、頬から一筋の冷や汗が伝うのを感じた。




「それじゃあエナジー操作による模擬戦闘をしよう。ワシは火エナジー、シルヴィは土のエナジーだね」

「え、えぇ……」


 家の裏手、普段なら洗濯が干されている小さな庭に、ラーゾとシルヴィが相対する。街の呼吸する音を家の向こうに聞きながら、二人は数メートルの距離で相手の動きを観察するように視線を交わす。


 シルヴィは弓は持たず、自分の体一つでラーゾに向かう。エナジー操作に道具を必要としないシルヴィの戦い方だ。


 一方でラーゾも、時折磨いていた木の杖は持っていない。年齢の計れない、自然体で背筋の伸びた直立姿勢。それはエナジー操作においては何かを構えている事よりも厄介な体勢だった。そして、そんなラーゾが、チラとシルヴィの左側を見たのを、シルヴィは見逃さなかった。


ボッ!


「くっ……!?」


 シルヴィの左側に火炎球、だがそれはすぐに消えて、今度はシルヴィの足元を、細い炎の道が這う。シルヴィはすぐに上に飛び、炎の道を断絶するように土に引っかき傷のような割れ目を作り出す。ここまでの動作、シルヴィはラーゾから視線を外さない。次に視線を外せば、ラーゾは文字通り『ひと目』でシルヴィの死角を狙ってくるだろう。


「いいね、ずっとワシの顔に集中している。癖を理解している証拠だな」

「目に映るものに発火を付与する特性……いつも厄介だなって思ってるわよ!」


 戦いなれたラーゾの戦術を見抜き、シルヴィは持ち前の身軽さで回避をしつつ、ラーゾの視線に気を配る。そんなラーゾもシルヴィと視線が合っている事でにっこりと笑顔を向けた。だが、


「っ! どこからっ!?」


 ラーゾが笑みを返すとき、それはラーゾが自分の特性以外で戦う時だと知り、シルヴィは視線外の周辺に警戒する。だがそんな反応はない、それならラーゾが狙っていたのは……


「ホンッと……こういう時だけはあなたに言ってやりたいわね、この性悪火炎使いって!」


 そう。ラーゾが狙っていたのは、こちらの微笑みでシルヴィが周囲を警戒して、シルヴィが視線を外すことを待つ戦略、シルヴィが幾度となくラーゾと手合わせをしてきて、ようやく手が届いたと思った時にそれを覆される最大の要素だった。


「ほっほっほ、それはワシにとっては最高の誉め言葉だよ」

「じゃあ、私も攻撃を加えさせてもらうから……ねっ!」


 そういうとシルヴィは二つの足で地面を踏みしめて、ラーゾめがけて、地面に亀裂を引き起こした。物理的な攻撃はラーゾの発火で逆手に取られる。だが亀裂や断層と言った「有ったものがなくなる攻撃」はその影響を受けない。


「いい判断だな。だがもう少し素早くなくては」


 迫る亀裂をラーゾはワンステップで回避する。最小限の動き、亀裂がまっすぐに伸びていく様子を判断して、横に回避。もちろんシルヴィもその動きは予測していた。


「そうね、だから遅くしたっ!!」

「ぬっ……!」


 シルヴィが声をかけた所で、ラーゾがシルヴィに視線を合わせる。土のつぶてが10発、20発とシルヴィの周りを浮遊して、それらが一斉にラーゾを襲う。


「物体での攻撃はワシにには不利じゃったろう?」

「けれどいくらラーゾでも、複数攻撃とサイズの大きな攻撃には的確な対処は出来ない……でしょ?」


 そんな一言を交わしつつ、シルヴィは亀裂から生じた複数の土の塊をラーゾに射出する。ラーゾはと言うと、細かなステップでかわしつつ、致命的なヒットを受ける土の塊を、自身の視線による発火で焼き払う。お互いに戦略で戦い合う二人、今の所二人ともダメージは受けていない。およそ三分の戦闘、常に相手のエナジー操作を警戒しつつ、いつの間にか手合わせの中身は「一発食らった方が負け」というルールを醸成していた。


 だが、その戦いの結果は思わぬ所から決する事となった。それは、シルヴィが土の塊により反撃をしていた最中に起こる。


「大丈夫、このサイズなら100発ぐらいまでは……」

「ほっほ、操作力は相変わらずだな。ところでシルヴィよ」

「ん?」


 ステップと発火でシルヴィの反撃をいなしていたラーゾが余裕を持った声でシルヴィに尋ねる、その時気付いていなかった。シルヴィは複数の土の塊の操作でラーゾの言葉に答える余裕を欠いていた事に、そしてラーゾは土の塊の攻撃が着弾しない安全地帯を見極めて両足で地面を踏みしめる。




「この試合で近接が禁止とは、ワシ言っておらんよな?」




ボッ!!


「はっ……ち、ちか!?」


 ラーゾが踏みしめた足元、瞬間的にそこが燃え上がり、ラーゾは足の裏と地上のすき間に火のエナジーを流動させて、爆発を応用した推進力でシルヴィに近づく。


 シルヴィが土の塊を打つより前、ラーゾには見えていた攻撃のすき間から三歩で踏み込み、近接戦に移行したラーゾは、二つの拳を顔の前に構え、徒手空拳の姿勢を取って、ほんの2秒で間合いを詰めていた。そう、目に映るものを発火させるのはラーゾの特性であって、火のエナジーを操作するのにラーゾが視線を必要とするとは一言も言っていない。


 遠距離操作に集中していたシルヴィは、2秒というわずかな時間で自分のエナジー操作を切り替えるという焦りに翻弄されて、かろうじて土の壁を組み立てようとしたが、体制を崩して後ろに倒れかけた状態では、もはや防御以上の行動は出来ない。そして、中途半端な高さの土の壁を前に、尻もちをついたシルヴィに、ラーゾは横からぽつぽつと歩いてきて、先端に僅かな火のエナジーを付着させた拳を突き出して、シルヴィの額をコツン……と小突いた。


「あいたっ……!」

「今日の手合わせはこれで決着だな」

「うぅ……あ、ありがとうございました」

「ありがとうございました。そういう訳だから、荒れた庭の整備は任せたぞ」


 ラーゾはそう言って、意気揚々と家に戻っていき、その場に取り残されたシルヴィに背中越しで手を振った。シルヴィは勝てなかった不満も心に溜めて、自分の攻撃で亀裂と土の塊にまみれた庭を、土エナジーの操作によって綺麗な平地にならしていった。

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