第30話 覚えのある暖かさ
「ぐすっ……ひっく……」
「あー……まぁ、泣き止んだって事でいいのか? シルヴィ?」
ツイードが、腫物を扱うかのようにシルヴィに問いかけ、シルヴィは涙をぬぐいながら、こくこくと首を縦に振った。
「泣き止んでないじゃないの……ほら、鼻水まで出てるし。とりあえず鼻をかみなさい」
そう言ってヴェルールはシルヴィの顔にハンカチをあてがい、シルヴィはそれに任せるままに鼻をかんで、涙を拭いた。
「いきなり泣き喚いたって事は、何かトラブルが起こったのか? 俺達でよかったら協力するぞ」
ようやく涙が抑えられるまでになったシルヴィに、ザムトが顔を近づける、それはシルヴィにとって最も望んでいた風景であり、ザムトが顔を近づけた瞬間、シルヴィはまた瞳を潤ませてテーブルに突っ伏して泣き始めた。
「うぅぅっ……ひっく……ざむとぉ……」
「えぇっ!? 俺っ!?」
シルヴィが再び泣き始めたことで、他のメンバーの視線はザムトの集中する。もちろんいい意味ではない。
「ザムト……あんたシルヴィに何をしたのよ?」
「してねえって! なぁツイード、俺とお前はさっきまで狩りに行ってたんだものな」
「いやぁどうかな……もしかしたらオレが連れてたのはザムトじゃなかったかもしれねえ」
「ウソだろお前っ!? ここにきて裏切る気か!?」
ヴェルール、ツイード、ザムトの応酬と泣き伏せるシルヴィ。そんな収拾のつかない空間の中、杖を整備していたラーゾが軽やかに笑ってその場を収めた。
「ほっほっほ、相変わらず愉快だな。お前たちを仲間に選んだワシの目に狂いはなかった様じゃ。そうは思わんか、シルヴィ?」
そうしてラーゾの穏やかな問いかけを聞いたシルヴィは、今度こそ涙を抑えて、ラーゾに返事をした。
「……くすん……そうね、冒険者がこれだけ楽しいと思えるのも、みんなのおかげですもの」
シルヴィの暖かな言葉を聞いた四人は、それぞれに自慢気な表情や自然な笑顔を見せて、シルヴィを見守った。そして話は、シルヴィが帰ってきた事に遡る。
「しかし、随分遠出をしてたんじゃねえか? オレたち、シルヴィが帰ってこないからって結構心配してたんだぜ?」
「そうそう、一人で狩猟や討伐が出来るようになったとはいえ、あまり危険な事をしていたら俺達でも助けられないからな」
ザムトとツイードの心配に、ようやく気持ちが落ち着いたシルヴィは二人の質問に答えようと、自分の辿って来た道を話し始める。
「ごめんなさい。ちょっと事情があって未開拓の森に行ってたの」
「未開拓の森!? あそこ超絶危険地帯じゃないの!? なんでそんなところに……」
「わかってるってヴェルール。けど、この間から変な夢を見ちゃって、それで……それ、で……」
シルヴィは、そこまで話したところで、ふとぼんやりと自分のこれまでの道のりを思い返す。だが、いくらそれらを口にしようとしても、自分の記憶の中にその道のりに関する言葉がない。さっきまで思案していた出来事も、そもそも未開拓の森に向かった理由も、そして、その原因となる夢さえも……
「あ、れ……私、どうして未開拓の森に行ったんだっけ」
シルヴィのぼんやりとした呟きに、四人は不安の色を露わにした。そしてすぐに、ザムトがシルヴィの目の前まで来て、彼女の瞳をじっくりと観察する。
「ど、どうしたの……ザムト?」
「シルヴィ、どうやら君は記憶が混濁しているみたいだ。俺達の顔を見ているというのに、その目線が定まりきっていない。どうやら、未開拓の森で何らかの異常を受けたみたいだ」
ザムトの分析を受けて、シルヴィは思い出せない記憶の断片について、少しだけ納得する。
「そう、かもしれない……今、何かを思い出そうとしてるのに思い出せない気分がずっとくすぶってて……」
「未開拓の森がなぜ未開拓の森って言われるか知っているかい? あの場所は鬱蒼とした森というだけではなく、方向感覚が狂う、地形の幻覚を見る、そして……記憶に影響を与える……そんな様々な症状がおこる事で有名なんだ」
「そう……そう、だったわね」
ザムトの診断を聞いて、シルヴィはそれを聞いた覚えがあるような気がしてぼんやりと頷いた。そしてザムトは再び診断を続ける。
「おそらくシルヴィに起きているのは記憶障害。多分、何かの目的で未開拓の森に向かったけれど、奥に入り込み過ぎて記憶に影響を与える何かを受けたんだろうね」
「ザムト、それはどうにかできるのか?」
ザムトの診断を一通り聞いていたツイードが、その解決をザムトに尋ねる。だがザムトの反応は快いものではなかった。
「それは分からないね。未開拓の森がなぜそう呼ばれているのか……こういった原因不明の症状が出てくるからなんだ。そしてこれらには、現状では解決策がない」
「そう、なのね」
ザムトの判断に、シルヴィは残念そうに顔を落とした。思い出せない何か、四人に説明したいことがあったはずなのに、それを口にできないもどかしさに、シルヴィは手を握りしめて悔しさをにじませた。
「まぁまぁ、シルヴィもそんなに悔しがらないで。戻ってきたのは何よりだし、私たちとまた生活してればその失くした記憶も戻って来ることでしょう」
「そうだな。今不安に押しつぶされるのなら、ワシたちとまた狩猟に出て、また鍛錬をしていれば、もしかしたら抜け落ちている記憶とやらも戻って来るだろう」
ヴェルールとラーゾの慰めに、シルヴィは握っていた手をほどき、心配でいっぱいだった表情を少しだけ和らげた。そして、ひとしきり落ち着いたところでヴェルールが提案を切り出した。
「さて、五人そろって昼を迎えられた訳だし、今日は私が昼食を作るよ。パスタだけど大丈夫?」
「おっ、ヴェルールのパスタ! いいねえ、久しぶりだよ」
「ほっほ、それじゃあ火加減はワシの出番じゃな。あとはシルヴィ、よかったら手伝ってくれるかい?」
「あっ、えぇ、わかったわ!」
かくしてシルヴィが戻って来たところで、五人の冒険者たちは少し手狭な家の中で、ヴェルール特製のトマトパスタを囲んで昼食を楽しんだ。シルヴィも、彼女のパスタの香りにどこかで懐かしさを感じて、それを静々と口に運んでいく。強い酸味の奥からトマトの甘みが広がってきて、歯ごたえのある麺の弾力と塩漬けにしたイノシシ肉のベーコンが口の中で味を調節する。とても懐かしい、あの頃食べたままの味が舌を通じて駆け巡り、シルヴィは、緊張が解けてすっかり仲間たちに打ち解けていった。




