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クロス・リッパー ~ALVIS niredo int Eriu-Tori~(小説家になろう編集版)  作者: 海神書房
第3章「クロスリッパーと名もなき依頼」
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第29話 仲間、師匠

「……ギルドが」


 パルプ防具店を通り過ぎで、シルヴィはこの風景を最も的確に答え合わせ出来る場所にたどり着いた。シルヴィがこれまで何度も見かけて、つい数年前に『だれか』と共に加入して、立派な冒険者にまで上り詰めた組織、エリュ・トリ冒険者ギルド。


「……ない」


 だが、シルヴィは石炉亭の存在の時点で薄々気が付いていた。その街道の向こう側にあったはずの三階建ての会館。エリュ・トリで戦う冒険者の管理と斡旋を効率よく行う冒険者ギルドの姿は、そこにはなかったのだ。そして、シルヴィは更に、このギルドがあった場所の記憶を呼び起こす。


「……そう、確かここはずっと平野部だった。まだエリュ・トリが小さくて、石と狩猟が生業だったから、新しい場所を開拓する必要が無かった。ここは……まだエリュ・トリじゃ、なかったんだ」


 シルヴィがそれを思い出した時、この街並みは在りし日の自分の記憶のままの、草が生い茂る平原へと風景を変えた。向こうには森、更に奥は山、そこは、エリュ・トリが狩猟を行うための中継点となる、なだらかな山麓の平地だった。


「……間違いない、これは、あの時の……私がザムト達に拾われてすぐの、50年以上前のエリュ・トリだ」


 大きなランドマークの変化、街道の整備状況、そしてそれらを記憶から呼び出したのちに、シルヴィの鼻に残る風の匂い。それらがシルヴィの結論を決めた。


「でも、どうして昔のエリュ・トリに? これはどういう現象なのかしら。夢というには現実的すぎるし、もしかしてあの部屋の何かがこんなおとぎ話のような世界を見せてるのかしら?」


 この場所がどういう風景かを確信できたシルヴィは、一旦落ち着いて推測を始める。まだ心の不安は残ったままだが、それでもこの状況を分析して、ここから脱出できる何かを探す必要がある。シルヴィが持っている手掛かりはいくつかある。




――

・白衣の男の夢を見てから、その痕跡を追いかけるために未開拓の森へ単独で入っていった。


・前に罠によって昏倒させられた洞窟を見つけ、暗闇の中でどうにか洞窟を踏破した。


・洞窟の最奥には、巨大な樹木をくりぬいたような部屋があり、その中央には――が不気味に回っていた。


・その――に近づこうとしたとき、例の白衣の男に関する記憶を投げ込まれ、苦しみに悶えていた所で、この『50年以上前のエリュ・トリ』へとたどり着いていた。

――




「うーん……」


 自分が置かれている状況を整理して、ある程度の予想は立てられるものの、やはりそれらの整合性が頭の中で取れず、シルヴィは思い悩んだままうなり声をあげて立ち尽くしていた。


 もしもこれが夢のようなものであるのなら、自分の身体はまだあの部屋に残っていて、それを誰かが助け出すまではこのままの可能性が高い。


 もしもこれが何らかの転移であるのなら、この状況を説明できる可能性が自分の中にはなく、何故身体が50年以上前のエリュ・トリに移動したのかを予想できない。


 もしもそれ以外の何かであるのなら、予想がどうこういぜんに何もわからない。


「夢というには現実的で、転移というには荒唐無稽……どうすればいいのかしら」


 全てが不可思議。そんな状態の自分に、シルヴィは次第に考えるのが面倒くさくなってきた。どこから紐解いてもこの謎は明かされない、そんな迷宮入り的な思考が彼女の中に沸き上がり、最終的にこの考えを整理するのは一旦止める事にした。




「はぁ……分からない事を考えても進まないわね。とりあえずヒントを探しましょう。ここが50年前のエリュ・トリで正しいのなら……」


 シルヴィは思考を変えて、この場所で何かを得られないかと考え直す。仮に50年前で正解だというのなら、シルヴィにもこのエリュ・トリを渡るための思い出がある。


「人の気配はしないけれど、とりあえず『あそこ』に行ってみようかしら」


 そんなことをつぶやいたシルヴィは、――が出来る前の草原から踵を返して、再び繁華街の方へと歩いて行った。




 噴水が見える繁華街、そこから北の方に向かうとシルヴィの知りうる人物の家がある。シルヴィはその家へと向かいながら、その当時の思いでを誰に言うでもなく呟き始めた。


「確か……こっちのほうにあの家があるはず。懐かしいな、誰かが狩猟の提案をする時は、決まってその家に集まって話し合いをしていた。それで毎回ザムトとツイードが口論になって、それをラーゾとヴェルールがあきれ顔で見てて……」


 歩きながら語っていく毎に、シルヴィの記憶が鮮明によみがえる。それは金髪の剣士が茶色髪の冒険者とテーブルを挟んで口論している姿、そして傍らでは、紫髪の女性と、ロマンスグレーを蓄えた髪の男性が仲睦まじく、そんな二人の口論を見る。シルヴィもそれを眺めつつ、苦笑いしながら『彼ら師匠たち』の一幕を楽しんでいた。


「……そう、楽しかったのよね。何にも縛られない、5人での、冒険」


 写し絵のように鮮明な光景に目を細め、シルヴィは街道と草原の境目付近にあった、一件の石造りの民家で立ち止まった。


「ラーゾと、ヴェルールの家だ……ちゃんとある」


 それは、今しがたシルヴィが語り合っていた光景。その舞台だった家である。シルヴィの師匠である夫婦の冒険者、ラーゾ、ヴェルール……その二人が、冒険とシルヴィの保護を目的に借りていた家。シルヴィは、その佇まいのなつかしさに少し胸を詰まらせた。


「……」


 シルヴィは、家に進んでいき、そのドアに手をかけた。この行為がむなしい事は頭では理解していた。自分の知っているラーゾとヴェルールは……


「……あれ、いま私、何を思い出そうと」


ガチャ……


 何かを思い出そうとしていたシルヴィは、その続きが頭に浮かばず、そのまま息を呑んでドアを開いた。




………




……




…




「……おっ、シルヴィ、ようやく帰って来たんだな」

「随分と遅かったじゃない、また森の中で迷子になって泣いてたりしたの?」


「…………えっ」


 ドアを開けて、中に入ったシルヴィの目に映ったのは、赤紫の髪をツインテールで結んで、いたずら気味な笑顔を向けていた女性。


 そして、椅子に座って自分の杖の手入れをしていた、ロマンスグレーの短い髪を揺らす中肉中背の男性。


「どうしたんだシルヴィ? なんだか不安げな顔をしているな」

「もう、あなたもそろそろ狩人としては一人前なんだから、もっとシャキッとしなさいよ」


「……ラーゾ? ヴェルール?」


 シルヴィが扉の向こうで出会ったのは、自分の記憶に残っている、快活な二人の冒険者の姿だった。そして女性の方がシルヴィにコツコツと近づき、彼女の顔をそのたおやかな手で触れる。


「うーん……悪いものを食べた様子もなし、おねしょをするような歳でも……なし、シルヴィ? 何かあったの?」


 シルヴィの顔を、そして彼女の下半身をちらと覗く女性、そしてシルヴィは、そんな女性の手の質感に、自分を抑えきれなくなっていた。手が触れた、息遣いがある、自分の思い出を語ってくれる、そんなあらゆる実感がある目の前の存在に、シルヴィは次第に目が潤んでいくのが分かった。そして、そんなシルヴィの後ろ、自分が開けていた扉の外から、二人の男の声が鳴り響いた。


「だーかーらっ! 剣一つありゃどうにかなるって、イノシシ一頭追いかけるのにそんなにごちゃごちゃ持つ必要なないだろ!?」

「そんなわけあるか! イノシシが出てこない時の長丁場に合わせた非常食、もしも自分たちがケガしたのなら治療具、イノシシを解体する工具に武器……上げていったらキリがないくらいだ!」


 その声のなつかしさを、シルヴィは知っている。ずっと、シルヴィはその声を聞きたかった。二人の生き生きとした口喧嘩に、シルヴィは顔を向けた。


 金髪で、剣を携えた剣士と、大きなリュックを持ってベルトというベルトにポーチを蓄えた冒険者、間違いない、ドアの奥でそんな言い争いをしていたのは、まごうことなき自分の師匠たちだ。


「ツイード……」


「お? シルヴィ帰ってきてたのか! いやぁお前一人で狩猟に行っちまうもんだからさ、オレ達心配してたんだよ、特にこいつは……な!」

「そりゃあそうだろ、俺たちにとっては貴重な弟子だぞ? 中途半端に野垂れ死にしてほしくはないさ」


「……ザムトぉ」


 シルヴィは、思い出の中を巡っていた四人の姿を見て、全てを忘れてその場に座り込み、声にならない声で泣き始めた。唐突にその場で泣き崩れていくシルヴィを見た四人は、状況が理解できずに、泣きわめくシルヴィをどうにかなだめようとする。


 ヴェルールもシルヴィの肩に手をやろうとしていたが、何がそうさせているのかが分からない以上、たとえ同性であるヴェルールにすらこの打開策は見つからず、全員はとりあえずシルヴィを優しく囲むことで泣き止むまで待つことにした。

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