ファイル12 ジョージ・ブラウン:中編
北海道から帰った日、父と母は、莉奈を見て大きくなったと喜んだ。
トーマス君達や、牧場に行った事などをハツラツと話す姿は別人のようで、この二週間の成長ぶりに驚いたと、二人は笑った。
「いっぱい食べたから、太ったよ。」ご馳走を食べたせいか、痩せ気味だった莉奈の体重は二キロ増えていた。
「子供は丸いほうが可愛い。」父は莉奈の頭を撫でると、「よかった。よかった。」と、呟いた。
始業式が始まり、また日常が始まった。
莉奈は、クラスに新しい友達ができたようで、放課後遊びに出かけることが多くなった。
母は変わらず、家でピアノ教室を続け、父は今年から体を鍛えると、シニアマラソンのチームに入り、出かけることが増えた。
この頃から派遣会社に紹介された、結婚式場のピアノ演奏の仕事に就くようになり、家を空けることが多くなった。
いつもの景色が、今までと違って見える。毎日使うコップや、歯ブラシですら美しい。公園の木も、小鳥も全てが明るく愛おしい。
式場に向かうバスの中、北海道の余韻に浸っている時だった。
「ふざけんな!てめぇ。」
突然前方で若い男が怒鳴る声がした。一瞬どきっとしたが、見知らぬ男性だ。
制服を着ている。学生同士の喧嘩のようだった。
「お前、ネットに晒すからな。マジで」
「は?お前こそ死ね。」
バスの運転手が注意すると、二人は次の駅で降ろされた。
未だに、男性の怒鳴る声には恐怖を感じる。思い出したくもない事が頭をよぎった。
「もう終わった事」心の中で呟き、目線を窓にやり忘れようとしたが、嫌な脂汗が出てきた。
「好子、頭の声を消しなさい。」
不意に、御守護の神様の声が聞こえた気がした。
「頭の声とは?何?どうやって?」質問すると、また声が聞こえる。
「経験して消していく。一つ終えれば、終えるのです。ずっと経験する事ではありません。」
的を得ないような答えが返って来た。
よくわからないままだったが、停留所に着いたので、バスを降りて渋谷の道玄坂を登った。
御守護の神様との対話をよくするようにと、啓介先生や真由美さんから言われていた。だが、一度外に出ると他の存在達が神様のフリをしてやってくる場合がある。
「見えない世界のモノ達にとって好子さんのような人は利用されやすいの。あれをしろ、これをしろとかね。だから必要な時以外は意識を向けないように。」
真由美さんの言葉だ。
「東京に帰ったら啓介先生に相談してみるのも良いわよ。遠慮しないで、何かあったらすぐ相談すること!」見送りの際に念を押されていたのを思い出した。坂道の途中、スマホを取り出し、啓介先生にLINEを送った。
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「北海道はどうでした?楽しかったですか?」
「はい、おかげさまで。莉奈もすごく元気になりました。友達も出来たんです。
「それは、良かったですね。」
啓介先生からすぐ返信があり、仕事の帰りに新宿のオフィスに寄る事になった。
前回と変わらずとても温かく迎えてくれる。
久しぶりにお会いした柴田先生と啓介先生は、お正月をマレーシアで過ごしたようで、少し日焼けしていた。
啓介先生が淹れてくれたお茶を飲みながら、ジョージさんと、真由美さんの馬のヒーリングの話をすると、
「あれは、「囚われた感情」を解放するヒーリングなんです。動物も有効ですが、人間に対しても効果があるんですよ。」
そう言うと、啓介先生は、
「好子さんも練習すればすぐ出来ます。自分自身を癒すテクニックとして覚えるのも良いと思います。」と言い、「やってみませんか?」と笑った。
「私にもできるんですか?」
目の前で見た、ジョージさんと真由美先生の起こした奇跡のような事が自分にもできるとは到底思えなかった。
「出来ますとも。」
啓介先生は、自信満々にそう言うと立ち上がり、引き出しから分厚い本を取り出し持ってきた。
「アメリカのドクターが書かれた本なんです。ちょっと分厚いですが、ぜひ読んでみてください。」
(THE EMOTION CODE (ポジティブエネルギーで心の壁を打ち壊す) Dr.ネルソン 著)
「ありがとうございます。」本を受け取り、今日バスの中でおこった御守護の神様との対話の話をした。
「頭の声が何なのか、わからなくて。」
「それは、マインドの事ね。」柴田先生がいつもの冊子を取り出し広げた。
「魂」「心」「体」「マインド」4つの層が描いてある絵だ。
「好子さんは、セラピーで魂がピカピカになりました。そして、北海道で真由美先生たちと過ごした事で、心と体が浄化できたかと思います。
そこで、このマインドですね。「思考」と表現される方もおられます。生活するために必要ですが、過度な「思い込み」や「トラウマ」を作り出し、考え方や行動に制限を与えます。自分には無理。私にはそんなことできない。とかね。」
柴田先生は、顔を上げると、
「好子さんの御守護の神様は、きっとこのマインドをクリアにするように言われたのだと思います。」
眼鏡の向こうの細い目が笑った。
「余計な思い込みを消して、自分に自信を持つ。長く苦しんだ分、ご自身の手で自分を癒しながら、本当の人生を取り戻すんです。あなたなら出来ますよ。」
柴田先生はそう言うと、手を握り大丈夫、大丈夫と笑った。
帰りは新宿三丁目から電車で帰ることにした。地下鉄に乗り、窓ガラスに写った自分を見ると、3ヶ月前とは別人のように明るくなった顔に、ため息が漏れそうになった。
恐怖に怯えていた自分の顔と、セラピーを受け、そしてヒーリングを勉強しようとしている自分の顔。
全くの別人と言っても良いかもしれない。
不意に、「人生っていつ変わるかわからないものね」と言った白石さんの言葉が響いた。本当にそうかもしれない。
ブーっとスマホが振動する。
先崎君からLINEだった。
北海道から帰ってきて、お土産を渡そうと連絡していたが、なかなか予定が合わなかった。
木曜の夜ならなんとか時間を作れそうだとなり、明日会うことになった。




