ファイル12 ジョージ・ブラウン:前編
真由美さんが、仔馬を優しく抱き寄せ、右手で首を抱えた。
左手をジョージさんに預けると、OKサインを作るように指を繋げる。
「好子さん、もう少し近くに来て良いですよ。」ジョージさんにそう言われ、すぐ側で屈んで見ると、仔馬の呼吸が安定しないのか、鼻息が荒く真っ白な湯気が呼吸のたびに口から漏れているのが見えた。
ジョージさんは、「OK .Let's begeing ...」と伝え目を閉じた。
その後は、ただ二人とも黙ったままだった。時折ジョージさんが真由美さんの指を触る以外何も起きない。5分ほどたっただろうか。真由美さんが立ち上がり「ふーっ」と深呼吸をした。
すると、さっきまで鼻息の荒かった、仔馬の呼吸が安定する。
目線も落ち着いたようで、仔馬は自分から真由美さんの方に近づき顔の匂いを嗅いだ。
「白石さん、あの、質問があります。」
ジョージさんがそう言うと、はいはい?と白石さんが返事をする。
「この仔馬のすぐ近くで、事故はありませんでしたか?」
「いえ、事故はなかったけどね。」
「それでは、誰かがこの子馬の前で喧嘩をしたり、争ったりしたことはないですか?」
「争ったり…いや、特になかったけど、、あ。」
白石さんは、何かを思い出したかのように右手で口元を抑えた。
「心あたりがあるんですか?」
「そうね、でも、そうかもしれない。」
実はね、と白石さんは話し出した。
白石さんのご主人の和夫さんは、迷信を信じるタイプで、昔からの習わしを守っている。
その中にある「三本白の馬」の話が和夫さんを悩ませていた。
「ここいらの農家ではね、昔から(三本白の馬は持ち主を殺す。)と、言われててね。昔は産まれた子馬が三本白だと、すぐ穴に埋めてたの。」
そう言うと、ほらと、子馬の足を指差し、3本だけ白いでしょ?と言った。
「私は、そんなもん信じるなって言たんだけど、年末にけがしたからね。「やっぱり三本白のせいだ」と言い出して。あんたがちゃんと前見なかったからでしょ!って。喧嘩したわ。」
白石さんは、「そうかお前聞いてたのか、悪い事したな」と言うと、仔馬のたてがみを撫でた。
「この仔は人間の感情にとても敏感です。そしてとても献身的です。」ジョージさんは続ける。
「飼い主が病気になると、身代りになろうとする犬や、猫がいます。この仔も同じように、和夫さんの身代わりになろうとしていました。」
ジョージさんが言うと、まぁまぁと、白石さんは驚いた顔をした。
「原因がわかったので、もう大丈夫です。」ジョージさんはまた、真由美さんに仔馬を触らせると先ほどと同じように、沈黙をした。
しばらくすると、仔馬の目の輝きが変わった。
曇っていた瞳が、また力を取り戻し、活力がみなぎっている。
顔を上下に振り、前足で壁を叩いて何かを求めるような動きをした。
「あ、ご飯だコレ」
白石さんは、ちょっと下がってねと、隣の馬房から母馬を出すと、仔馬の馬房に入れた。仔馬はすぐに母馬の乳を吸い出した。
「なんて事だい、全く。」
白石さんは、また不思議なものを見たよ。と、ほっと息を吐いた。
「もう大丈夫です」ジョージさんがそう言うと、真由美さんが立ち上がり、心配ないと白石さんに伝えた。
「こんなことって、あるんだ。」
白石さんと同じように、すごいものを見たと独り言を呟いていた。
それが、聞こえたようで、「奇跡でしょ。」と、ジョージさんは笑った。
その後、白石さんのご好意で、ご自宅でカレーをご馳走になった。毛ガニとトウモロコシの入った白老の名物カレーだと、白石さんは大盛りでルーをよそってくれ、莉奈にもたくさん食べさせた。
和夫さんの足が早く良くなるように、ジョージさんがヒーリングをした。すると、「痛みが取れた」と、和夫さんも驚いた顔をして、笑顔になった。
「和夫さん、あの仔馬は天使です。愛してあげてください。」ジョージさんは和夫さんに、古い習わしを大切にすることも大事だが、全てを頑なに守ろうとしなくても良い。それにあの仔馬は、あなたの身代わりになろうとしていた、献身的な仔だと伝えた。
和夫さんは、少しショックを受けたようだが、「そうですか。」と、頭を掻き、わかりました。と、頷いた。
ジョージさんも真由美さんもそうだが、二人とも偉ぶったところが無い。
奇跡のようなことを、簡単にやってのけるが、いつもと変わらずただニコニコと微笑んでいる。
最後にジョージさんは、「白石牧場の皆様、白石さんのご家族、そして馬達、みんなに祝福がありますように」と、お祈りをした。
暗くなる前に車に乗り、帰路についた。
今日が、北海道で過ごす最後の夜になる。
その日は、夜遅くまで、莉奈はトーマスくん達とゲームをしていた。
最後だから3人でワインでも飲もうよと、真由美さんの提案に、すっかり寛いだ姿で、ダイニングテーブルに座った。
白石さんがお土産にくれたチーズに、空知産のワイン。地元のパンと、ソーセージまである。
「最後まで北海道尽くし、よかったでしょ!」
ポン!とコルクを開けて、コポコポとグラスにワインを注いでくれた。
「こんなに素敵な2週間は、人生で初めてだったわ。本当よ。」
「Wow!それは嬉しいね。」ジョージさんは、グラスを持つと乾杯しましょうと、立ち上がった。
「好子さんと、莉奈ちゃんのこれからの人生に乾杯!」
チンと良い音がしてグラスが鳴る。甘いブドウの香りが鼻から喉にかけて柔らかく広がった。
「全部が素晴らしくて。今日のヒーリングもびっくりしました。」
「好子さんは、能力のある人だから。この仕事がしたいと思ったらいつでも言って。また夏に遊びに来てよ。」
ごくっとワインを飲むと、美味しいワインだと、真由美さんは微笑んだ。
「心の重荷は下ろせましたか?」少し顔が赤くなったジョージさんに聞かれ、「もちろんです。」と答えるとジョージさんは、天を仰いだ。
「聖書の中に、こんな一節があるんです。
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。とね。」
ジョージさんは、グラスを回すと、また優しく語りかけた。
「イエス様の言葉です。ここは教会でもないし、私は神様でもありません。ですが、少しでも好子さんが心の重荷を下ろせていたのなら、それは幸いです。」




