ファイル11 畠中真由美:後編
次の日。
早々にバスは札幌を出発し、昼頃に洞爺湖教会へ着いた。
緑色の屋根の小さな教会は、絵本の中に登場するような、森の教会だった。
「メリークリスマース!」中に入ると、サンタの格好をしたジョージさんと、数名の教会の方から迎えられた。
奥の壁に木製の大きな十字架が掲げられ、アップライトピアノが置いてある。
折り紙や、画用紙で作られた手作りのクリスマスの飾り付けから、シンプルに飾られた、クリスマスツリーも教会に馴染んでいる。
「札幌はどうでしたか?楽しかった?」
ニコニコと笑いながらジョージさんに聞かれ、「はい、とても。莉奈もすごく喜んでるんです。」と答えると、「NICE!」と微笑んだ。
パーティーは、賛美歌を歌ったり、ジェスチャーゲームをしたりと、終始温かい時間がすぎていった。
途中真由美さんからの提案で、ぜひピアノを弾いてほしいと頼まれた。
なんでも良いと言われたので、クリスマスの定番曲「赤鼻のトナカイ」や「サンタが街にやってくる」を弾くと盛り上がり、子供たちは一緒に口ずさんでくれた。
もともとピアノ教室で毎年恒例で弾いていたが、また子供達の前で弾けるとは思っていなかった。
その後は、子供たちから順にアニメの曲をリクエストされた。
夫が家にいる時、ピアノは弾けなかった。
何がきっかけで怒鳴るのかわからない。見えない爆弾のスイッチを押さないようにするのが精一杯だった。
だが今は、教会で子供達の笑顔に囲まれている。
心を抑えつけるものはない。
莉奈が白石さんから「お母さんすごいのね!」と言われ「へへへ」と笑うのが聞こえた。
「ありがとうございます。素晴らしかったです。」
ジョージさんが嬉しそうに、握手をすると「好子さんに拍手を」と、また皆んなの拍手が響いた。
その日の夜、みんなで洞爺湖畔から花火を見に行った。
雪の積もる真っ白な夜に、バン!バン!と花火が上がる。洞爺湖の水面に、花火がうつり、幻想的な景色が広がった。
「お母さん。」ふと隣にいる莉奈が「お母さんと、お家でて来てよかった」と呟いた。
「うん。そうだね。」
ピンクの手袋をした莉奈の手をぎゅっと握り、「そうだね。」と、もう一度呟き、冬の花火を見上げた。
クリスマスキャンプが終わってからも、真由美先生は遊びに連れて行ってくれた。
登別温泉や、留寿都スキー。莉奈と一緒に外でキャーキャーはしゃいだのは、初めてだったかもしれない。莉奈に何が一番楽しかった?と聞いたら、先生の自宅の外で、焚き火してマシュマロを焼いて食べたのが一番楽しかったそうだ。
年が明け、東京へ帰る前日の朝、トーマス君と莉奈がホットケーキを焼いていた時、白石さんから真由美さんに電話があった。
「好子さん、急だけど今日白老まで一緒にいかない?」
「どうしたんです?」
「白石さん家の馬のヒーリングに行くことになったんだけど、子供達置いて行けないから。好子さんも莉奈ちゃんもぜひ一緒にって」
有珠山が噴火した後、白石さんはご主人の実家のある白老へ移り住んだ。実家は、牧場で競走馬の子供や、親馬、引退した競走馬の世話をしているらしい。
「本当は、来週だったんだけど、天気予報見たら、来週からしばらく吹雪くからね。ちょっと前倒しにすることになったの。」
ジョージさんの運転する車に、みんなで乗り込み、白石さんの牧場へ向かった。
真っ直ぐ道を進むと「白石牧場」と書かれた木製の看板が見えてきた。坂道を左折し、なだらかな丘を超えると、厩舎が見えて来た。
「あ!おうまさん」アシュレイちゃんが、窓から指をさし、声をだす。
雪の積もった厩舎の窓から、3頭ほどの馬が顔を出し、こちらを見ている。
敷地内に車を停めた時、ちょうど向かいの平屋のドアが空き、白石さんが出て来た。
「遠いところありがとうね、急に」
「なんも、なんも、どうせする事なかったし。」
車から降りると、冷たい空気と共に、柔らかい草の香りが広がった。雪はやんでいたが、重たい曇り空からはいつ降り出してもおかしくない。
細長い厩舎が2列並び、片方の厩舎の窓から顔を出している馬がいる。
「おうまさーん」
アシュレイが、厩舎の中に入ろうとするのを真由美さんが捕まえ、「終わるまで、事務所にいなさい。」と、トーマス君と、莉奈の手を繋ぎ、白石さんと共に、ストーブで暖められた事務所に連れて行った。
「好子さん。動物は好きですか?」ジョージさんに聞かれ、「小動物なら。でも馬は見る機会がないので。」と答えた。
内心とてもドキドキしていた。馬なんて子供の時に、ポニーに乗ったくらいだ。テレビの競馬中継で見る以外に全く関わったことがない。
真由美さんから、「動物のヒーリング興味ある?」と聞かれた時素直にどうするんだろう?と、感じて首を縦に振ったら、「じゃあ、一度見学においで。」と言われ、今日になったのだ。
私の緊張が、伝わっているようで、「大丈夫、大丈夫。彼らは、優しいから」とジョージさんは微笑んだ。
「それじゃぁ、行きましょうか。」
白石さんと真由美さんが戻ってくると、4人で厩舎へと入った。
一歩入った瞬間、強い牧草の香りが広がった。見ると、両方に馬房が並び、両側から馬たちが顔をだし、こちらを見ている。
「私たちが来るとね、いつもこうなのよ、この子達。わかるのね」
真由美さんは、この仔もヒーリングしたのよ、と馬房から顔を出した栗色の馬の顔を撫でた。ジョージさんが、チッチッと舌を鳴らすと、今度はジョージさんの方を見て顔をジョージさんに近づけ撫でてくれるようにお願いするような動きをした。
「ダイアナはね、もう噛まないの。本当に不思議だわ。」腕組みをした白石さんは、首を傾げた。
「え、危険だったんですか?」
「厩務員もなかなか手に負えなくてね。あのままだと殺処分だったから、その前にどうにかと思ってジョージさん達に頼んだのよ。もう5年も前だわ。そしたらこんなに変わってね。」
どう見ても、おとなしく、とても暴れるような馬には見えなかった。
「母馬でね。4年前に生まれた仔が今は函館で走ってるのよ。」おかげで、良い馬主に縁ができたのよ。と、笑うと、他にも現役の競走馬の母馬がいるのよ。と教えてくれた。
「白石さんも、元々農家の方なんですか?」
「ううん、私は札幌の生まれでね、父親は普通のサラリーマンよ。まさか自分が牧場の仕事をする事になるなんて、思ってなかったわ。」人生いつ変わるかわからないものね、と白石さんは言うと、
「一番奥にいるの?」と、奥の馬房を指差し、ジョージさんにこの仔なのと見せた。
見ると、痩せた体の黒い仔馬だった。足が三本白く、風が吹けば倒れてしまうのではないか。と思うぐらい力ないように見えた。
「11月に産まれてまだ2ヶ月も経ってないの。最初はよく乳を飲んでたんだけど、この何日か全然飲みたがらなくてね。獣医に診せても、どこも異常がないの。」
すぐ隣の馬房から馬が顔を出している。母馬だろうか?口をパクパクさせ、何か言いたげだった。
ジョージさんが上着を脱ぐと、おいでおいでと、「チッ、チッ」と舌を鳴らし仔馬に合図を送った。
「そういえば、今日和夫さんは?」真由美さんが聞くと、「それがね、あの人年末に事務所の前で転んじゃって。ちょっと打ち所が悪かったみたいで、今左足ギブスしてるのよ。」
「えー!大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。病院からは、大人しくしてたら良いって言われてるから。今部屋で休んでるのよ」
元気だから、気にしないで。と、白石さんは言うと、寒いから暖房入れるわね。と奥のストーブのスイッチを押した。
「それじゃぁ。始めましょうか。」ジョージさんがそう言うと、真由美さんも上着を脱いで袖をまくり、ゆっくり仔馬に触った。




