ファイル11 畠中真由美:前編
2014年12月20日土曜日 11時25分
新千歳空港に到着し、タラップを踏んだ時、空気がシャンと冷たく、鼻から肺にかけて冷えた空気が流れ込んだ。初めての飛行機に興奮した莉奈は、CAの方から飛行機のオモチャをもらい、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねた。
空港のレストラン街へ進むと、やはりどこも混んでいる。畠中先生に教えてもらった、ラーメン屋「エビそば一幻」にも列ができていたが、せっかくだからと莉奈と並んだ。15分ほど待つとテーブル席に横並びに案内された。
「エビ味噌」ラーメンを二つ注文し、最近になって使うようになった、LINEから母に「無事空港着きました。」と、メッセージを送った。
畠中先生からもらったチラシを両親に伝えた時、意外な反応で、「行って来なさい。」と二人とも前向きだった。
だがカウンセラーの先生のご自宅に、冬休みの間2週間ほど滞在させてもらえる。と言うと、それは迷惑だろうと両親も同じ反応だったが、その後の畠中先生とのやり取りで、滞在費を支払うことで2週間お邪魔させてもらうことになった。それも父からの提案で、費用はすべて出すと申し出てくれたのだ。
「気にするな。莉奈へのプレゼントだと思って使いなさい。」
まさか父が気前よく出してくれるとは思わなかったので、思わぬ後押しとなった。
ラーメンが到着すると、エビの香りがふわっと、広がった。
莉奈がフーフー、冷ましてスープを飲むと「おいしい!」と、ラーメンにがっついた。
東京にもラーメン屋はあるが、やはり北海道のラーメンは格別に美味しい。
口いっぱいに広がるエビの香りと、濃厚だがあっさりと飲めるスープに大満足し、空港の地下改札へと向かった。
「南千歳」で乗り換えのためホームに降りると、外はしんしんと雪が降り積もり、また冷たい空気がスーッと鼻から喉にかけておりてきた。
ホームの端に集められた雪溜まりを触ろうとする莉奈を呼び、反対側のホームへ移動した。
10分ほど待つと青い列車が雪を掻き分けるように、ホームに滑りこんできた。
ブルブルブルブルと唸るディーゼルエンジンの音は東京では聞いたことがなく、莉奈も「わー」と声を上げていた。
6号車の指定席に座ると間も無く、列車は動き出した。窓際に座った莉奈が歓声をあげる。
莉奈が幼稚園の頃、長野のスキー場に連れていって以来、積もった雪を見たことはなかった。
一面に広がる真っ白な景色を眺めているだけで、満足したようで、持ってきた本はリュックにしまったままだった。
畠中先生に、予定通り列車に乗ったことを連絡すると、「了解です。駅まで迎えに行きますね(^ー^)v」と返信があった。
「お母さん、見て!」
莉奈の声で窓を見ると、雪原の中馬が走っている。
4頭ほど茶色の馬が、ただの真っ白な丘を駆けていくのを莉奈と見ているだけで、感動が広がった。
真っ黒なものに塗り固められていた、自分の心が少しずつ溶けていくように、ただその景色を眺めた。
列車は予定通り、東室蘭を通り、伊達紋別へ到着した。
古い木造の駅舎に入ると、待合室に畠中先生の顔を見つけた。莉奈がわーっと手を振ったのを見つけ、先生は笑顔になると、「遠いところお疲れ様でしたー」と温かく迎えてくれた。
「お腹減ってません?何か食べました?」
荷物持ちますよと、キャリーバックを莉奈から預かりな先生は聞く。
「はい、空港で教えて頂いたラーメン食べました。美味しかったです。」
「でしょ!いやー良かったよ」
言葉のイントネーションがすっかり北海道のトーンになった畠中先生は、東京で会った時よりもはるかに明るかった。
外へ出ると曇り空からはまた雪が降りそうだ。あまり積もってはいないが、路面が所々濡れて光っている。
「夏靴は滑るから、気をつけて歩いて」と、車までゆっくり歩くように促された。
莉奈と手を繋ぎ、言われた通り雪の上を、ゆっくり踏むとサクッと氷が崩れる音がした。
少し歩いた先に、白いランドクルーザーが停まっており、助手席で男の子がゲームをしている。
「トーマ」
畠中先生が助手席の窓をコンコンとノックし、男の子を振り向かせると、茶色い髪の少年はゲーム機を置いて外へ出てきた。
「こんにちわ」
ぺこりと挨拶した少年は、車の後ろのドアを開けると、キャリーバックを積み込むのを手伝った。
「長男の畠中トーマスです。今5年生なの。よろしくね。」畠中先生はそう言うと、ニコッと莉奈に笑った。
莉奈も「太田莉菜です。」と、挨拶し車に乗った。
「とりあえず、靴買いに行こうね。それだと危ないから」家に向かう途中で地元の靴屋に寄ることになった。
畠中先生のご家族は、4人家族で国際結婚されている。ご主人はイギリス人のジョージブラウンさん。牧師をしながら、子供達に英語を教えているそうだ。長男のトーマスくんと、来年から小学生になる妹のアシュレイちゃんがいる。
「旦那は日本にもう15年住んでるから、日本語大丈夫よ。子供達二人は英語と日本語両方話せるようにしてるけど、外じゃ、「トーマ」と「あーちゃん」って呼ばれてるから、普通に話してあげてね。」
畠中先生は、運転をしながらそう言うと、「私のことも先生じゃなくて、もっと気軽によんで。まゆちゃんでも、まゆみさんでも」と、ニカッと笑った。
「それじゃぁ、真由美さんで。私のこともよっちゃんでも、好子さんでも。」
「cool 」(かっこいい)と助手席のトーマスくんが、呟いたのが聞こえた。
靴屋に入ると、「冬靴」と書かれたポップの前に、スニーカーや、ブーツがある。
靴底を見ると、登山でもできそうな金具がついていたり、深い溝が彫られ、滑り止めがついている。
確かにこれなら歩きやすいと、何足か試し履きをし、莉奈にも可愛い冬靴と、滑り止めのついたブーツを買った。
家に着いた頃には、すっかり日も暮れていた。
電話で聞いた通り、元農家の家らしく赤い屋根の平屋の家の横には巨大なガレージがあり、その横に納屋がある。
見ると煙突から煙が出ている。
「パパ帰ってるね。」真由美さんはそう言うと車をガレージに駐車した。
「あ、そうだ。莉奈ちゃん、うち犬いるけど大丈夫かな?大人しいから心配いらないけどね。」
「え!そうなの!」
莉奈は動物が好きだったが、家で飼ったことはない。
マンションではペットはNGだったから、金魚が精一杯だったのだ。
「どんなの?」
「モフモフしてる。噛まないから大丈夫。けど舐めてくる」
トーマス君がそう言うと、まぁ大丈夫だよと、車から降りた。
玄関の前に透明なフードがある。ここで雪をはらってから中へ入るらしい。
ガラガラと、スライド式の玄関ドアを開けると、白いふわふわの大型犬が走ってきた。玄関まで来ると尻尾をふり、真由美さんの隣にいた私の匂いを嗅ぐ。するとすぐ後ろに隠れていた莉奈に気が付き、また尻尾をふると、莉奈の匂いを嗅ごうと鼻を莉奈の体に押し当てた。
「わ」驚いて後ずさった時、「エマ!」と真由美さんが捕まえ、莉奈から引き離した。
「ごめんね、びっくりしたよね?」
「ううん。大丈夫です」
トーマス君がエマを捕まえているうちに、荷物を運ぼうと玄関から上がると、今度は「ママー」とピンクのワンピースを着た女の子がペタペタと出てきた。莉奈と私を見ると一瞬、固まった。「お客さん?」と言うと、わーっとまた奥へ走っていった。
いい匂いがする。
野菜と肉が香ばしく焼ける匂いだ。
「ただいまー」真由美先生が大きな声で言うと、パタパタとスリッパで歩く音が聞こえ、すぐに背の高い緑のエプロンをした外国人の男性が現れた。
「おかえりなさい。いらっしゃいませ。こんにちは」
ニコッと笑ったジョージさんに「こんにちは」と挨拶すると、持ちますね。と、キャリーバックを抱え、リビングへと運んでくれた。
古い農家の平屋を改装したようで、新しい木の匂いがする。
リビングの奥に和室があり、滞在中はそこを使わせてもらうことになった。
「今日はジンギスカンするからね。トーマ、洗面所とトイレ案内してあげて。」
真由美さんはそう言うと、トウモロコシを湯がくジョージさんを助けに向かった。
食事の支度ができるまで、トーマス君の案内で、家の中を一通り見せてもらった。
トイレとお風呂場、子供部屋、それから空き部屋が2つある。
ご主人がイギリス人だからだろうか?壁や、棚にはたくさんの家族写真が飾られている。
トーマス君は地元の剣道の少年団に入っているようで、子供部屋の棚には、大会の写真や賞状が飾られていた。
思えば、家に家族写真を飾った事などなかった。
莉奈が2年生の時に描いた絵が、学校の低学年の部門で賞をとった時でさえ、飾ることもできなかった。
グッと重いものが胸にのしかかった。莉奈を見ると、すごいねーと、トーマス君を褒めていた。
「できたよー」
台所から聞こえた声に呼ばれ、ダイニングに集まると、ホットプレートが用意され周りには、タレが染み込んだ肉や焼き野菜、トウモロコシがこんもりと並べられていた。
「すごい、こんなに作って頂いて。」
私が狼狽えると、すかさず
「いいの!いいの。お客さんなんだから。ゆっくりして。」と、真由美さんは言った。
椅子に腰掛けると、莉奈もワクワクと目を輝かせた。
すると、「ちょっとお祈りするから待っててね。」と真由美さんは言い、トーマス君、アシュレイちゃんが目を閉じ、ご主人のジョージさんがお祈りを始めた。
「天にまします我らの父よ
ねがわくはみ名をあがめさせたまえ
み国を来たらせたまえ
みこころの天になるごとく
地にもなさせたまえ
我らの日用の糧を、今日も与えたまえ
我らに罪をおかす者を 我らがゆるすごとく
我らの罪をもゆるしたまえ
我らをこころみにあわせず 悪より救い出したまえ
国とちからと栄とは
限りなくなんじのものなればなり
そして、今日この家に来られた、好子さん、莉奈さんに祝福を
アーメン 」
お祈りが終わると、さぁ食べましょうと、真由美さんは笑い、ホットプレートに火を入れた。
「ビール飲める?」と札幌ビールの缶を空け、豪快に注ぐ。
莉奈もすぐに打ち解けたようで、トーマと呼んでいた。
大きな心の重荷が少しずつほどけていくような、優しい夜になった。




