折り畳み傘の少年
翌日の放課後。
早速理純は寧音、鈴子と一緒に吹奏楽部の活動場所である音楽室に見学へ向かう。
今日も寧音は髪を巻いていて、鈴子は髪を右側サイドの低い位置で一つに束ねていた。
寧音、鈴子と並んで歩くと、やはり二人は身長が高いなと思う理純である。
「ねえ、寧音と鈴子は身長何センチなの?」
純粋に疑問に思ったので、理純は聞いてみた。
「身長? ウチは百七十二だよ」
「私は百六十八センチ」
「やっぱり二人共身長高いね」
「アハハ、よく言われる。リズは身長何センチ?」
「百五十七」
「理純くらいの身長、あたし羨ましい。ぺたんこ靴もヒールの靴も両方楽しめてお得な身長じゃん」
鈴子は「いいなぁ」と漏らしていた。
「あ、確かに。ウチやスゥがヒール高い靴履いたらもう巨人だよ」
そう言う寧音だが、身長を気にした様子はなくケラケラと明るく笑っている。
音楽室は、一年生から三年生の教室や職員室、保健室などがある校舎から渡り廊下を渡った先の校舎にある。
一年生の教室がある階から渡り廊下まで、様々な部活の勧誘で賑わっている。
特にダンス部は押しが強く、連行されて行く一年生がかなり多かった。
理純達はそんなダンス部の勧誘を見事に潜り抜けて何とか音楽室にたどり着いたのである。
「あ、鈴子。やっぱり吹奏楽部に来たのか。やたらと吹奏楽部のことを俺に聞くからそうじゃないかとは思ったけど」
音楽室に着くなり、鈴子が首からファゴットをかけた男子生徒に声をかけられた。
(あ、この人が鈴子のお兄さんか。やっぱり目元が似てる)
理純は昨日の部活紹介の時と同じことを思うのであった。
寧音よりも少し背が高く、爽やかそうな少年である。
「まあね、兄さん。高校ではやっぱりクラリネットやりたいし」
「クラは初心者にも人気だから競争率高いぞ」
鈴子の兄はニヤリと笑う。
「覚悟の上」
鈴子の目は真剣だった。
(鈴子、言い切った。何か格好良いなぁ)
理純はぼんやりとそんなことを思っていた。
「兄さん、同じクラスの桃江寧音と星野理純。寧音はトロンボーン経験者で高校でもトロンボーン希望。理純は初心者で、トランペット希望。だよね?」
鈴子は最後、理純に確認した。
理純はハッとして「うん」と頷く。
「そっか。えっと、鈴子の兄の浜須賀律です。妹のこと、よろしく」
鈴子の兄、律は爽やかに微笑んだ。
「こちらこそ、スゥにはいつもお世話になっていまして」
「いや寧音、あたし達昨日知り合ったばっか」
軽いノリの寧音に対し、鈴子は笑いながら突っ込んだ。
理純も思わず笑ってしまう。
「女子同士って仲良くなるの早いね。あ、今楽器体験やってるから、桃江さんだっけ? トロンボーンは一番奥の窓際の所。で、星野さんの方はトランペットだから、音楽室入ってすぐそこだよ」
律は寧音と理純に希望楽器の体験場所を指で示して教えてくれた。
寧音は「ありがとうございまーす」とテンション高めにトロンボーンの場所へ向かう。タッタッタッと鳴るその足音は、軽やかだった。
「星野さん、トランペット、競争率高いけど希望通ると良いね」
律は理純にニコリと優しく笑いかけてくれた。
「はい、ありがとうございます」
理純は少し緊張してたじろぎながらも、トランペットの場所へ向かった。
その後ろで、「鈴子、クラはあっち」と律の声が聞こえたので、鈴子も無事にクラリネットの場所に行けたのだろう。
♫♫♫♫♫♫♫♫
まずはマウスピースだけで音を出してみるよう、トランペットの先輩から言われた理純。
最初は上手く音が出なかったが、次第に音が出るようになっていた。
唇を震わせることが少し難しかったが、短時間で何とか慣れた理純である。
「うん。星野さん、初心者の中でも結構筋が良いね」
「ありがとうございます」
トランペットの先輩にそう言われ、理純は嬉しくなった。
中学から吹奏楽部でトランペットを吹いている経験者には敵わない。しかしトランペットの楽器体験に来ている他の初心者達に目を向けると、理純以外苦戦しているようだった。
「じゃあ星野さん、実際にトランペット、吹いてみよっか」
先輩が先程まで理純が使っていたマウスピースをトランペットに取り付けた。
「はい!」
ようやくトランペットが吹ける。おまけに今日トランペットの体験に来ている他の初心者達よりも早くトランペットを吹ける。理純はそれが嬉しくて、返事に気合いが入った。
先輩からトランペットを渡されていざ吹こうとした時、理純の目にある人物が飛び込んで来た。
「あ……!」
中性的な顔立ちで、どことなくミステリアスな雰囲気を漂わせている少年だ。
それは、昨日理純に折り畳み傘を貸してくれた少年だった。
吹奏楽部の勧誘看板を持った先輩に連れられて来た彼はやっぱり理純と同じ一年生だった。
彼は真っ直ぐフルートの楽器体験場所へ向かい、慣れた様子でフルートを組み立てて吹き始める。
(あの人、フルート経験者なんだ。男子でフルートって、珍しい……)
理純は彼に目を奪われていた。
彼のフルートの音は、理純がいる所までしっかりと聞こえた。
優しく穏やかで、華やかな音だ。
昨日のフルートの先輩程ではないが、彼の実力は確かなものだと分かる。
(あの人……凄い。私、昨日の先輩よりもあの人の音の方が好き……)
理純は彼のフルートを聞いて、そう感じていた。
「星野さん? 大丈夫?」
「あ、すみません」
トランペットの先輩に心配そうに話しかけられ、理純はハッと我に返った。
理純は折り畳み傘を貸してくれた少年が気になりつつも、先輩に教わった通りにトランペットを吹いてみるのであった。
その音は少しだけ曇っており、散らばっているようだった。
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