部活に対する不安
吹奏楽部の五重奏が終わると、体育館は拍手の波に飲み込まれた。
賑やかだったダンス部のパフォーマンスよりも盛大な拍手である。
理純は周囲の拍手によりハッと我に返る。
フルートの音に圧倒されていた理純はようやく拍手をすることが出来た。
たった一分半の演奏で、ここまで夢中になったのだ。
「新入生の皆さん、こんにちは。吹奏楽部部長の晩沢です。このように、吹奏楽部では……」
理純の予想通り、楽器を持っていない眼鏡を掛けた知的そうな男子生徒が吹奏楽部の部長だった。
(吹奏楽部……凄いなぁ。だけど……)
今の所、理純が一番興味を持っている部活は吹奏楽部だ。
しかし、少しだけ不安もあるのであった。
♫♫♫♫♫♫♫♫
「ウチ、剣道部で竹刀ぶん回すのも楽しそうって思ったんだけど、夏の汗やばそうだからやっぱやめとくことにした」
「竹刀ぶん回すって、寧音は絶対剣道部に入ったら駄目なタイプでしょ」
寧音の言葉にそう突っ込む鈴子。
「アハハ。やっぱウチは吹奏楽部かな。トロンボーン続けようと思う。入学式の吹奏楽部の演奏もそこそこ上手かったし。リズはどうすんの?」
「私は……」
寧音からの問いに、理純は答えに詰まる。
吹奏楽部に入部したい気持ちはある。
しかし、理純は部活はあくまで趣味だという考え方なのだ。
(部活はゆるく楽しくやっていきたい。吹奏楽部、入ってみたいけど……厳しかったらどうしよう? それに……)
理純の脳裏に、透子の姿が浮かぶ。
脳裏に浮かぶ透子は、理純に激しい怒りを向けていた。
(もし寧音と鈴子が透子みたいな考え方だったら……)
部活に対する本心を話して、透子の時のように二人から嫌われてしまうのは嫌だと思う理純である。
「おーい、リズ? どうかした?」
理純の目の前で、寧音がひらひらと手を振っていた。
それにより、理純はハッと我に返る。
「あ……」
「理純、体調悪い?」
鈴子は心配そうだった。
「いや、そうじゃなくて、ちょっと考えごと。あのさ……吹奏楽部って……その、結構厳しかったりするのかな?」
理純は恐る恐る聞いてみた。
「音宮の吹奏楽部はコンクールの時は普通に頑張ったりするけど、そこまで厳しくないって兄さんは言ってたけど。それに、今日の部活紹介でオーボエ吹いていた人が三年の副部長らしいんだけど、あの先輩職員室前でラーメン屋のチャルメラのメロディー吹いて注意されてたことがあるらしいよ」
「チャルメラ……」
理純の脳内に、ラーメン屋の屋台が思い浮かぶ。
先程オーボエを吹いていた女子生徒は真面目そうだったがどこかワクワクした様子もあったことを思い出した。
(あのオーボエの先輩、真面目そうに見えて面白い人なのかな?)
「チャルメラって、あの先輩中学の時からやってること一緒じゃん」
横で寧音は笑っている。
「オーボエの人、寧音の中学の先輩なんだ」
鈴子がそう言うと、寧音は頷く。
「小夜先輩って言ってさ。見た目真面目そうなのに色々とやること面白いんだよ。そのギャップが最高。スゥ、さっき小夜先輩がチャルメラ吹いてたって言うけどその横にサックスの先輩がいたとかはお兄さんから聞いてない?」
「ああ、言ってたかも。何かアルトサックスの先輩と従姉妹同士で仲が良いって」
「やっぱセレナ先輩も一緒か!」
寧音はケラケラと笑っている。
「小夜先輩とセレナ先輩?」
理純は首を傾げている。寧音の中学時代の先輩であることだけは予想出来た。
「うん。ウチと同じ中学で、二個上の先輩。二人共めちゃくちゃ面白いよ。あの二人がいるならウチは吹奏楽部確定だわ」
「そっか……」
理純は少し考える。
(吹奏楽部、鈴子や寧音の話を聞く限り、面白い先輩がいそう。職員室前でチャルメラ吹く先輩がいるんだもん。きっと楽しいに決まってる)
理純は決心し、口角を上げる。
「私、吹奏楽部に入ろうかな」
すると、寧音と鈴子は嬉しそうだった。
「お、良いじゃん。リズも一緒だ」
「理純も一緒だと楽しそう。楽器は何にする?」
「あ、考えてなかった」
鈴子に聞かれ、理純はハッとした。
何となく吹奏楽部にしようかなと思ったものの、どの楽器がやりたいかは決めていなかったのだ。
「初心者ならユーフォニアムが音出しやすいけど、ユーフォニアムって知ってる? チューバの小さい版みたいな楽器なんだけど」
鈴子はユーフォニアムの画像を検索して理純に見せてくれた。
確かに幼馴染の弦太が吹いているチューバよりは小さい。しかし、あまり馴染みのない楽器だった。
「ユーフォニアム……」
「その反応イマイチそうだね。フルートはどう? フルートなら、二年にめちゃくちゃ上手い先輩がいるって兄さんが言ってた。何でも、去年の大きなフルートコンクールで一位取ったみたい。その人に教えてもらえば上達早いって話もあるよ。今日フルート吹いてた先輩がその人だってさ」
「え!? あのフルートの人、二年生だったの!? というか、そんな凄い人だったんだ……!」
鈴子の言葉に理純は驚く。
小柄ではあるが大人っぽいのでてっきり三年生かと思っていたのだ。そして、彼女の実績を聞き、あの圧倒的、絶対王者な音にも納得する理純だった。
「あのフルートの人、確かにめちゃくちゃヤバいくらいに上手かったよね。てか、ウチもフルートの人、三年かと思ってた。人は見かけによらないね」
寧音も驚いている。
「うん。ちなみに、クラの先輩は三年で、ホルンの先輩は二年生って兄さんから聞いてるけど」
「クラの人三年なんだ。ウチ二年かと思ってた」
「私も」
理純の予想は見事に外れていた。
(フルートかぁ。確かに上品で憧れるけど……)
先程の、圧倒的、絶対王者の音が蘇る。
吹奏楽部に入ると決めた理純だが、あのフルートの先輩と一緒に演奏しろと言われたら、間違いなく無理だと答えるだろう。理純の中で、フルートの選択肢は消えた。
「とりあえず、私、楽器やるならメインのメロディーとかを吹きたいかも」
簡単に楽器が吹けるようになるとは思わない。しかし理純は、少しだけ欲が出ていた。
「良いじゃん、リズ。メロディー憧れるよね」
「メロディーなら、トランペットかサックスあたりかな」
「あ、どっちも知ってる楽器だ」
鈴子に言われた楽器は理純の中ですぐに思い浮かんだ。
(トランペットとサックス、どっちが良いかな? うーん……)
理純は頭の中でトランペットとサックスを吹いている自分を想像してみた。
どちらも楽しそうではあるが、理純の中でピンと来たのはトランペットの方だった。
「トランペットにしようかな」
理純は自分がトランペットを吹く姿にワクワクしているのであった。
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