18話:闇に彷徨う心
闇属性が狙われることが分かり、諒輔は命じられた通り冥と2人で周辺の警戒に当たっていた。
テントを離れてからも、トランゼの言葉が耳に残っている。大地の底から、何かが近づいている――。
「諒輔、ここは僕が見るよ。」
冥の影が物陰へ滑り込み、崩れかけた斜面の縁をなぞった。
「そっちは足場が緩い。右から回ろう」
「ありがとう。暗くて、僕には見えなかった」
冥は少し照れくさそうに、にっと笑った。九条に認められたいのだろう。今夜の冥は、いつも以上に周囲へ気を配っている。
その足元が、かすかに揺れた。
「今、揺れなかったか?」諒輔が冥に尋ねる。
「どうだろ。小さすぎて分からないな――。」
言い終わると同時に、「ズズンッ!」と巨大地震にも等しい揺れが起こった。
立つのもやっとの激しい揺れ。
岩や土が見えている斜面も崩れ、土石が滑り落ちる。
その岩肌から、長年埋もれていた坑道への入り口が出現した。
「冥!大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。それより、この入り口はなんだと思う?」
「木枠が組まれていることから、塹壕とかではなさそうだな。採掘用の坑道ではないか?伊佐木さんに坑道が出てきたことを、伝えよう。」
諒輔と冥は崩れた斜面から距離を取り、伊佐木に坑道が現れたことを伝えた。
「・・・無事だったか。こちらも、今のところ被害はない。陽太と陣内くんが避難所の基礎補強を行ってくれている。」
「坑道の件は、今から大城と九条を向かわせる。2人だけで入るなよ――。」
「了解です。」と答えた、その直後だった。
再び地面が突き上げられる。斜面から離れた二人の足元にまで新たな亀裂が走った。諒輔が冥の腕を掴むより早く地面が傾き、二人は坑道へ続く斜面を滑り落ちた。
滑り落ちた先で、どれだけ時間が経っただろうか。
辺りは先が見通せないほど、一面静寂に包まれた暗闇だった。
冥は無事なんだろうか。避難所の人々は無事なんだろうか。そんな思考が、極限の状態で研ぎ澄まされていた。
「諒輔!無事か?」冥の声が響いてきた。
「冥・・・?どこにいるんだ。あたりが暗く全く見えない。」
諒輔は、持っていたスマートフォンを取り出しライトを付けようとした。
「諒輔、待って。今は光を出さないで。」
冥が、ライトを点けようとする諒輔の手を止めた。
「光を出すと、誰かいた場合にこっちの位置が分かる。それに――そのまま動かないで。左足の先、床がない。」
冥が《闇》を薄く床へ這わせているらしい。諒輔には何も見えない。ただ、靴先に触れた冷たい気配だけが分かった。
「右へ半歩。そこなら壁に手が届く。」
言われたとおりに身体を寄せる。諒輔が確かめるように小石を前へ転がすと、数拍遅れて、ずっと下の方から乾いた音が返ってきた。
「・・・本当に、床がない。」
「だから任せてって言ったでしょ。」
冥の声は得意げだった。諒輔は壁に手をつき、彼のいる方を向く。
「うん。この先は冥が道を決めてくれ。僕はついていく」
「・・・迷わず僕の言うとおりに動くんだね。」
「冥が見つけた道だからな。」
「伊佐木さんに、落ちたことを伝えないと。」
諒輔が端末を確かめる。画面には圏外の表示。冥も携帯用の無線機を耳に当てたが、返ってきたのは雑音だけだった。
「こっちも駄目。・・・それより、ここから離れよう。上の岩が少しずつ動いてる。」
冥に導かれ、諒輔は壁伝いに歩き出す。暗闇の向こうで、冥がぽつりと言った。
「九条さんなら、もう出口を見つけてるんだろうな。」
冥の《闇》が壁の凹凸を探りながら、ゆっくり先へ伸びていく。
「僕の力って、敵の動きを鈍らせたり、足を止めたり。九条さんみたいに一人で戦場を変える力はないからさ。」
「でも、さっき冥がいなかったら、僕は穴に落ちてた。」
「・・・それはそうだけど。」
冥は少し黙ってから、照れ隠しのように笑った。
「本当はさ。街が真っ暗になっても、取り残された人を全員見つけて、帰れる道を作れるようになりたいんだ。・・・なんて、ゲームの主人公みたいでしょ。」
「いい憧れだと思う。」
「笑わないの?」
「今、僕が歩いているのも冥が見つけてくれた道だろ。大きな話だけど、夢物語には聞こえないよ。」
「・・・僕も、誰かを守ろうと前へ出て、救えなかった人がいる。次も間に合わなかったらと思うと、怖いよ。」
「諒輔も、怖いんだ。」
「うん。だから今、冥が道を見つけてくれて心強い。」
冥はしばらく黙って道を探っていた。小石を踏む音だけが、暗い坑道に響く。
「・・・今の話、九条さんには言わないでよ。」
「言わないよ。」
「じゃあ、僕の話は終わり。諒輔こそ、真澄とはどうなの?」
急な切り返しに、諒輔は足を止めかけた。
「どうって・・・」
「僕の九条さんへの気持ちは、みんな知ってるんだから。不公平でしょ。」
「真澄は、大切な仲間だよ。僕が怪我したときも、真っ先に気づいてくれる。」
「ふうん。諒輔にだけ?」
「いや。純さんの治療のときもそうだった。誰かが痛がってたら、真澄は放っておけないんだと思う。」
冥が小さく笑った。
「そういうところ、ちゃんと見てるんだね。」
「・・・冥だって、九条さんのことを見てるだろ。」
「っ、その話は終わったって言ったのに。」
冥が言い返そうとしたとき、床を探っていた《闇》が、彼の意志とは違う拍子で脈打った。
「・・・今の、僕じゃない。」
頭上の古い支柱が軋み、乾いた音を立てて裂けた。落石が冥の立つ場所へ降り注ぐ。
「冥、こっちだ!」
諒輔は冥の肩を抱き、壁の窪みへ押し込んだ。だが、自分の足元には逃げ場がない。
「諒輔!」
冥の《闇》が諒輔の腕を捉え、強く引き寄せる。同時に広がった影が、落石を二人の頭上で受け止めた。重い衝撃が伝わり、やがて小石の落ちる音だけが残る。
「・・・僕の《闇》で、守れた。」
「ああ。助かったよ、冥。」
冥の影の奥に、もう一つの気配が生まれた。真っ暗な坑道の中で、諒輔にはその姿だけが見える。
『・・・遅いわ、透明の子。ずっと、この子の影から呼んでいたのに。』
「君は・・・冥の守護精霊なのかな?」
「諒輔?急に独り言、どうしたの?」
冥には見えていない。けれど冥も何かを感じたのか、自分の影へ意識を向けていた。
『・・・守護精霊、ね。ずいぶんと他人行儀。ニュイよ。』
「ごめん、ニュイ。」
『それでいいわ。今からは、冥とあたしがあなたの目になるわ。』
「冥、君の守護精霊であるニュイが、冥と一緒に僕の目になってくれるらしい。」
「守護精霊?」
冥が少し影を伸ばすと冷気や、自分の影が脈打つ感覚が届いた。
「うわぁ!僕には見えないけど、本当に何かいるね。でも諒輔に見えているってことは、味方ってことでいいんだよね?」
「うん。今まで他の精霊にも会ってきたけど、みんないい子だよ。」
「分かった。諒輔がそういうなら信じるよ。」
『・・・右の壁。崩れた岩の下に、細い継ぎ目があるわ。』
「ニュイが、右の壁に影を伸ばしてみてって。」
「そっちは行き止まりだよ。さっき調べた。」
「僕にも道は見えない。でも、もう一度確かめてくれるか。」
冥は黙って岩壁に手を当てた。《闇》が石の隙間へ細く入り込む。
「・・・あった。奥に空間がある。上の方から、空気も流れてる。崩れた岩の脇に、身をかがめれば通れそうな隙間もある。」
冥の声が少し弾んだ。
「上へ続いてる?」
「まだ出口かどうかは分からない。でも、風は上から来てる。僕が足場を調べるから、ついてきて。」
冥の《闇》が岩の脇の隙間を抜け、崩れた通路の先へ伸びる。諒輔はその声に従い、頭を低くして後に続いた。
見通しの利かない曲がり角でも、冥は急がない。床の亀裂を確かめ、落石を避け、一歩ずつ道を選んでいく。諒輔は何度も足を止めたが、冥の「ここは大丈夫」という声を聞くたび、また前へ進めた。
やがて、足元を探っていた《闇》がぴたりと止まる。
「冥?」
「・・・奥から波動が来た。一定の間隔で、何度も。」
冥は携行していた波動計の画面を消したまま、記録機能だけを起動した。通信が途絶えていても、波形は端末内に保存できる。
諒輔にも、地の底を伝う微かな震えが感じられた。
『先ほどの揺れは、大地が起こしたものではないわ。』
ニュイの眠たげな声が、少しだけ低くなる。
『もっと深いところで、何かが動いたの。』
諒輔がその言葉を伝えると、冥は通路の奥へ《闇》を向けたまま息を呑んだ。
「さっきの解析で見た、装甲片に残っていた波動・・・あれと、間隔が似てる気がする。」
「同じものなのか?」
「ここでは確かめられない。戻って報告しよう。」
冥は《闇》を引き戻し、上へ通じる道を選んだ。
しばらく進むと、岩の隙間に月明かりが差した。二人が地上へ出たところで、捜索に来ていた大城と九条の声が聞こえる。
「影山、鶴城!無事か!」
二人はすぐに伊佐木へ連絡を取り、地下で見た坑道と、冥が記録した周期的な波動を報告した。
「装甲片の記録と照合させる。よく生きて戻った。」
伊佐木の声を聞きながら、諒輔は冥を見た。自分には一歩先さえ見えなかった場所を、冥の《闇》がここまで導いてくれたのだ。
「ありがとう、冥。」
「・・・お互いさまでしょ。」
冥は照れたように答えた。その影が、月明かりの下で静かに揺れた。
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