19話:真実と真相
坑道から脱出した諒輔と冥が避難所の指揮テントに戻った頃、時刻は午前1時を回っていた。
テントの外にはまだ月が浮かび、夜の冷気が2人の身体に染み込んでいた。
「君たちとの連絡が途絶えてから、4時間が経過している。」
冥は自分から波動計を差し出し、通信では伝えきれなかった地下の足場や波動の記録を落ち着いた声で説明した。諒輔はその隣で頷き、必要なところだけ言葉を添えた。
説明を終えた2人は顔を見合わせ、伊佐木、大城、九条に揃って頭を下げた。
「僕たちの捜索、ありがとうございます。それと、ご迷惑をおかけしました。」
「仕方ないさ。あれは事故のようなものだ。今は君たちが無事でよかったよ。ずいぶん疲れただろう。十分な休息を取ってくれ。」
「はい!」2人は揃って返事をした。
テントから出ようとした諒輔と冥は、伊佐木に呼び止められて振り返った。
「ああ、すまない。1つ伝え忘れていた。本日16時頃に学園の平賀教授と共に、専攻科の2人もやってくる。現着したら荷下ろしなど、手伝ってくれるか?」
「分かりました。今は休息をいただきます。」
元の向きに戻り、2人はテントを後にした。
「玲さん、彼らの間に何かあったのでしょうか。2日前の影山くんの雰囲気が全然違いますね。」
「私も、驚いたよ。この間の告白紛いから、成長したんだろう。」
「そうですか。私には理解できないですね。」
そう言いつつも、九条は逸る胸の鼓動に手を当てた。
「彼らは、まだまだ成長途中だ。いつか私たちスペシャリテを追い越す日も来るかもな。」
「ああ、特に諒輔は見所あるぞ。優しいし、よく気が回る。複数の属性を扱えるのも強みだ。おまけに真澄ちゃんからあんなに想われてる。俺もあんなふうに愛されてえよ。」
大城が諒輔を褒めたと思ったら、すぐに自分のボヤキに変わっていた。
そんな大城に向って、伊佐木と九条はため息交じりの呆れ顔をしていた。
数時間の仮眠を取った諒輔と冥が目を覚ます頃、避難所では復旧作業が再開していた。だが、地下採石場の入口だけは伊佐木の指示で封鎖され、交代の警戒員が見張り続けていた。
――午後4時。
諒輔と冥は、頼まれていた荷下ろしを手伝うため、指揮テントの前で平賀たちの到着を待っていた。
砂埃を巻き上げながら、天城重工製の大型トランスポーターが現着した。
運転席からは、着古したTシャツにジーパン、その上に白衣を羽織る平賀教授が出てきた。
「やあ、れーちゃん。小間使いと最新鋭の解析機材積んで私が来たよ。」
平賀教授に続いて、鉄馬とロアが降りてきた。ロアは「小間使い」の一言に、早くも眉をひそめている。
「梓さん・・・小間使いはやめてーな。」
「冗談だよ。二人には解析補助と、第3小隊の装備点検を頼んでる。」
「梓、冥が地下で記録した波動を先に見てくれ。」
「もちろん。そのために来たんだ。影山くん、記録を見せて。」
平賀の表情から、さっきまでの笑みが消えた。
冥が波動計を差し出すと、平賀は鉄馬に預けた。諒輔と冥も荷下ろしを手伝い、解析機材を指揮テント脇の空きテントへ運んだ。装置の準備が整うと、ロアが冥の記録を読み込ませた。
「まずは地下で拾った波動からや。こっちが装甲片に残っとった周期信号。下が影山くんの記録や。」
画面に二本の波形が並ぶ。地下の記録はところどころ乱れていたが、山が繰り返される間隔と、その直前に入る小さな揺れ方がよく似ていた。
「同じものなのか?」
諒輔の問いに、ロアは首を横に振った。
「共通点はある。でも地下の方は乱れが大きい。同じ発信源やとまでは言えへん。」
「あの揺れは、《テイム型》が地下を移動したせいかもしれない、と?」
伊佐木が尋ねると、平賀は波形を見つめたまま答えた。
「その可能性はあるよ。ただ、別の何かが信号を中継していたとしても、この記録だけでは見分けがつかない。」
平賀が画面を切り替えた。そこに映ったのは、学園で撮影した装甲片の断面だった。
「次は、移動の準備と並行して調べていた装甲片の内部。さっきの周期信号とは別の話だよ。」
「一次解析では、筋繊維に似とるとしか言えませんでした。詳しく見ると、組織の並び方まで人間の筋肉にかなり近いんです。」
鉄馬が断面の一部を拡大した。黒い装甲の内側を、細い筋の束が幾重にも走っていた。
「外殻の《闇》の波動と、外からの周期信号を分けてみたら、組織の内側にも反応が残っとった。個人の波動紋に似た形や。」
ロアの言葉に、諒輔は装甲片の奥から聞こえた鼓動を思い出した。
「それって・・・元は人間だった、ということですか?」
「今は、それが一番有力な仮説だよ。」
平賀は頷いたが、すぐに言葉を継いだ。
「けれど、この個体が人間から変わったのか、人間の組織や波動を取り込んだのかは、装甲片だけでは決められない。元人間だと断定するには、まだ証拠が足りないんだ。」
誰もすぐには答えなかった。分からないことばかりなのに、画面の中の黒い筋だけが、急に生々しく見えた。
「・・・裏付けを取ろう。調査局に、行方不明者の記録を照会する。」
伊佐木の声が、静まり返ったテントに響いた。
ロアが照合用の波動紋を調査局へ送る。伊佐木は坑道入口の警戒を続けさせ、平賀班の小型観測器をそこへ設置するよう指示した。
「恭平たちにも伝える。あいつらは次に戦うかもしれない。確証がないことも含めて、知っておくべきだ。」
ほどなくして、恭平、真澄、隆利、燈、飛鳥が仮設の解析テントに集まった。伊佐木は地下の波動と装甲片の周期信号に共通点があること、装甲片の内部から人間に近い組織と波動が見つかったことを手短に伝えた。
「どちらも、まだ正体を断定できる証拠じゃない。だが、敵が現れたときの判断に関わる。お前たちにも共有しておく。」
「もし、中に人がいるなら・・・治すことはできないんですか?」
真澄が平賀を見上げる。平賀は首を横に振った。
「中に人がいるかどうかさえ、まだ分からない。救えるとも、救えないとも言えないよ。」
「でも、住民が襲われたら、その場で決めなきゃいけない。」
恭平は画面を見つめたまま言った。小隊長として皆を守る答えを出したいのに、今は判断の基準さえ揺らいでいる。
飛鳥は自分の拳を見下ろした。
「私が磨いてきたのは、装甲を抜いてコアを貫く一撃よ。もし、その奥に誰かがいるのなら・・・同じ場所を狙っていいのかしら。」
いつもなら迷わず前に出る燈も、拳を握ったまま何も言わない。飛鳥のように狙いを絞ることさえ、自分の焔には難しいのではないか。そんな思いが顔に浮かんでいた。
「俺の盾で、動きを止めることはできる。でも、いつまで持たせられるかは分からねえ。」
隆利の言葉にも、普段の威勢はなかった。
「装甲片は一つだけです。全部の虚烈がそうだと決めつけるのは、まだ早いと思います。」
冥は皆の顔を確かめてから、静かに付け加えた。
諒輔も頷いた。断定はできない。それでも、あの装甲片から聞こえた鼓動を、なかったことにはできなかった。
そのとき、調査局からの照会結果がロアの端末に届いた。行方不明者の適性測定時の記録から、似た特徴を持つ波動紋が数件抽出されていた。
「候補が来たで。まずは測定条件を揃えて、もう一度比べる。」
鉄馬が装甲片の組織を複数回測った記録から共通部分だけを取り出し、ロアが候補の波形を一件ずつ重ねた。ほとんどは途中で形が外れる。だが、一件だけ、変質した箇所を除いた山の並びが最後まで重なった。
「・・・これだけ、残り方が違う。」
ロアの声に、全員が画面へ目を向ける。照合先には、行方不明届が出された一人の記録が表示されていた。
「一致度は極めて高い。けれど、本人があの個体に変わった証拠ではないよ。」
平賀は誰かが結論を口にする前に告げた。
「波動だけを移された可能性も、人の組織を取り込んだ可能性も残っている。今分かったのは、行方不明になった人の波動が、あの装甲片の中に残っているらしいということだけだ。」
真澄は唇を結び、燈は握った拳を開けなかった。飛鳥も画面から目を離せない。諒輔には、答えを急がないという冥の言葉が、さっきよりずっと重く感じられた。
――午後7時頃。
坑道入口の観測器から、警告が入った。地下で冥が記録した周期信号に近い反応が、封鎖した入口付近で繰り返されている。
「警戒員を下げろ。入口と避難所、両方の守りを固める。全員で一か所に集まるな。」
伊佐木の指示で、恭平たちは持ち場へ走った。人を守るために戦う。その相手を救えるかもしれないという疑いを、誰も振り払えないまま。
冥の波動計にも、昨夜記録したのとよく似た拍子が刻まれていた。
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