15話:紡がれた轟
避難所の一角を借りて一晩過ごした翌朝、時計の針は4時半を指していた。 外に出ると、朝焼けで水平線上が紅く照らされ始めていた。早朝から火雷神社へ向かう参道の切り開きと奥宮周辺の調査と再構築が待っていた。
諒輔は、背伸びをしてから大きく深呼吸をした。「はー。東京と違って、澄んだ空気だ。」
避難所では、給仕当番の人たちが起き始め、朝食の準備を始めていた。
「おはようございます。僕にも少し手伝わせてください。」
「おはよう。朝早いのね。じゃあ、このお野菜のカットをお願いできるかしら。」
「分かりました!」どんどん野菜のカットを進めて行き、300人前のお味噌汁や煮物ができてきた。
「おにいさん、もう大丈夫だよ。昨日から私たちを助けてくれてありがとうね。」
「いえ、僕にできるのはこれぐらいですから。できることはなんだってしますよ。」
「さて、そろそろみんなを起こしに行こうか――」炊き出しの手伝いを終え、エプロンを外して外に出た諒輔の耳には、静かな朝の空気を切り裂く鋭い風切り音が届いた。――シュッ、シュッ、と規則正しく刻まれる鋭利な音。
音のする避難所裏手、山にまで届く海風が吹き抜ける高台に足を向けると、スポーツウェア姿の飛鳥がいた。額にはびっしりと大粒の汗が浮かび、朝露に濡れた草を踏みしめ、息を荒げながらも右手で1つ1つの刺突の動きを反復していた。太陽に照らされ、淡く煌びやかに光る薄紫色の瞳は、鬼気迫るほどに研ぎ澄まされていた。
「・・・飛鳥。」諒輔がそっと声を掛けると、飛鳥の拳がピタリと止まった。「・・・諒輔?あなた、こんな朝早くから。」
「僕も早朝トレーニングしようと思って、起きたんだけど朝食の準備が始まってね。僕も手伝ってご飯できたから、一緒に食べよう。」
「ああ、そう・・・だな。」帰ってきた返事はどこか元気がなかった。
「体調でも悪いの?」
「ちがう!」大きな返答が返ってきた。
「あ・・・ごめん。違うの。ねえ、あなたは私の出自は知ってる?」
「いや、僕は知らないよ。」
「そう、ならいいわ。ご飯食べに行きましょ。」
なにか取り繕っているような感じだったが、彼女自身の問題だと思いそれ以上は詮索しなかった。
まだ、寝ていたみんなを起こし、朝食を食べ出発の準備を始めていた。
「ありがてえな、俺たちにまでご飯を分けてくれるなんて。」隆利がつぶやく。
「そうだな、受けた恩は、俺たちの働きで返そう。俺たちにできることを地道にやっていこう。」恭平が賛同していた。
「いい心がけだ!昨日少しだけ先行して調べたが、巨石や倒木が多く進みづらい道になっている。村長の許可は貰ったから、巨石や岩は砕いて、倒木はご神木以外は避難所の燃料にするから脇へ退けてくれ。」伊佐木が褒めると同時に、道中の処理を伝えてくれた。
山頂付近にある、神社を目指し進行を始めた。基本的には巌の力を使える隆利と、巌を分けてもらった諒輔が先行して巨石や倒木を退かしていった。その後、巨石は恭平、飛鳥、燈で粉砕し、冥は倒木を運びやすいように影を使い器用にカットしていた。
飛鳥の踏み込みは鋭く、拳から放たれた紫電の一撃は、巨石の芯を正確に捉えて粉々に破砕した。
「お見事。やっぱり身のこなしが綺麗ね」伊佐木が感心したように口笛を鳴らす。
「古くから防衛隊の近接格闘や武術指南役を務めてきた、名門・皇家の血筋だもんね。代々、一流の武人を輩出してきた『皇流』の基礎が染み付いてるわ。」
「へぇ・・・飛鳥の家って、そんなにすごい武道の名家だったのか」諒輔が素直に感嘆の声を漏らすと、飛鳥はピクリと肩を揺らし、「・・・別に、大したことじゃないわ。早く先を急ぎましょ」どこか冷たく視線を逸らして、そそくさと歩き出してしまった。
「しゃあ!これで6個目の石だ。倒木は12本だったけど・・・」
「中腹以降は、これ以上にやばいよな。」
恭平の予感は的中していた。中腹以降は巨石や倒木は少なくなっていき、空は暗く、冷たい風とともに大気がピリピリと静電気を帯び始めていた。
「これ、ただの静電気じゃないわ。轟の波動を感じるわ。」轟を扱う飛鳥の感覚は、正確だった。
「ってことは、これは雷なのか。社まで急ぐ必要があるな。真澄すまないが、全員に踏力のバフを頼めるか?」恭平からの指示で、登り慣れておらず、疲弊していた真澄がバフをかけ始めた。
「任せて。」バフを掛けた後、今にも倒れそうな真澄を諒輔が支え、背に負ぶった。
「あれれ、諒輔くん大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。僕たち全員で第3小隊だからね。真澄も一緒に行こう。」
「うん!ありがとうね・・・」
諒輔の背中は、鍛えられゴツゴツとしていたが、安心して体を預けられた。
頂上近くまで登ると、奥宮の鳥居が霧の中に見えてきた。中腹とは比にならない、轟の波動が大気に混ざりその感覚は電気風呂にずっと浸かっているようだった。
「・・・参ったね。この雷圧、想定以上よ。遊星がいればこの程度の雷は、手玉に取って道を開けたんでしょうけど・・・今の飛鳥ちゃんでは、この轟に呑まれて自滅するのが関の山だね。飛鳥ちゃん、あなたは前線から下がって、陣内くんの後で待機しなさい。」
プロとしての安全判断、そして1人の指導者としての技量の判断、伊佐木は何も間違った判断はしていなかった。だが、時に正しい判断は深く、深く心に刺さってしまう。
「・・・っ!私だって・・・っ!」強く握られた拳は、彼女の腕を震えさせていた。
「私だって、やれるわ!」
「飛鳥ちゃん、待ちなさい――っ!」飛鳥は轟の推進を全開にし、制止の手が届くより早く、紫電の軌跡だけを残して奥地へ駆け去った。
「真澄、もう大丈夫かな?」諒輔は背に負ぶっていた真澄に、優しく問いかけた。
「うん、諒輔くんがやりたいことは何となくわかるよ。」
「すまない――。隆利、恭平、真澄を頼むよ。」
「おい、ここを進むっていうのか?」心配した隆利が疑問を投げかけてきた。
「ああ、大城さん不在の今、僕の零で追いかけるしかないだろう。」
「そうだな・・・飛鳥を頼むよ、諒輔!」恭平は苦渋の決断をしていた。
「ありがとう。伊佐木さん、僕は彼女を追いかけます。」
「分かった。くれぐれも無茶だけはしないでくれ。」
「はい!トランゼ、周囲の轟を吸収して進みたいんだ。仲間を救うために少し力を貸してほしい。」
「よかろう。仲間の身を案じる王に力添えしようぞ。」
右手が強く光り、周囲の轟を吸収し始めた。徐々に紫電に輝く籠手が姿を現し、全身からバチバチと轟を放ち始めた。
「必ず、戻ります。」諒輔はその一言を残し、飛鳥が進んでいった方向に駆けだした。
――奥宮、大断層奥地。鳥居付近よりもさらに強力な雷圧が身を焦がすようだった。その中には潰されそうになりながらも、意地で立つ飛鳥がいた。
「飛鳥!」
「りょう・・・すけ・・・!?来ないでよ・・・見ないでよ!私は皇の人間なの。優秀な兄や姉に比べて、『出来損ない』と親にも見限られた私は・・・強くならなくちゃ居場所なんてないのよ!なのに・・・私は大城先輩にも届かない・・・この雷にも呑まれそうになっているの。もう・・・ほっといてよ!」
「出来損ない、なんてことはない!僕だって、12歳の測定からずっと挫折してきた。でも、飛鳥がどれだけ血の滲むような努力を重ねてきたのか、今朝早くからやっていたトレーニングで嫌というほど伝わってきたよ。」
「兄さんや姉さんがどれだけすごい人なのか、会ったことのない僕には分からない。でも、僕は今の飛鳥に何度も助けられてきた。強いからじゃない。何度苦しくても立ち上がって、僕たちと一緒に戦ってくれた飛鳥だから、僕は背中を預けられるんだ。」
「諒輔・・・」堪えていた涙が溢れ出していた。
「あれ?おかしいな・・・なんだか私じゃないみたい。どうしてだろう。」飛鳥は際限なく溢れる涙で困惑していた。
「僕はずっといるよ。だから今は安心してよ。」その言葉に、張り詰めていた心の糸が切れた。諒輔の胸を借りてまるで子どものように声を出し、溢れる涙は止めどなかった。
――時は少し経ち、泣き疲れた飛鳥と横並びに、座り話をしていた。
「ねえ、さっきはごめんなさい。」
「気にしないでよ。この状況では、僕が追いかけるべきだと思っただけだよ。」
「ううん。私は家はもちろん、兄や姉、それにあなたにも劣等感を抱いていたの。私の中では、兄も姉もあなたも特別な存在で妬ましかったの。」
「えっ・・・僕にも?」
「ううん。私が悪いの。あなたも挫折を繰り返して、でも諦めずに居たから今があるんでしょ。私はどこか諦めているところがあったの。だから・・・今はあなたに、すごく感謝しているの。諦めていては、何物にも成れないってね。」
「そうだね。僕もそう思うよ。」
「だから今度は、私にもあなたの背中を支えさせて。仲間として、ちゃんと絆を結びたいの。」
「うん、僕も言おうとしていたところ。」
2人は、拳を合わせ笑い合うと、周囲の轟の波動が集まり1つの雷雲が作られ始めていた。
雷雲の奥で、何者かの影がゆっくりと輪郭を結び始めていた――。
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