14話:復興遠征
――時刻は16時。伊佐木が今日の締めくくりを始めた。
「はい、注目!各々の訓練はいったん中断してね。」第3小隊よりも早く、福島と大城は訓練を中断し、伊佐木の前に整列していた。
「あは!あんたたちいつもの癖すごいわね。男子の中では、いつも怒られているからかしら。」
「ああ・・・癖って怖いな、遊星。」 「おう、俺もそう思う。かわいい後輩たちに示しがつかん・・・」
「まあいいわ。今日の訓練結果を、一ノ瀬課長に見せました。そしたら、先週から始まっている天城重工創業地の復興支援遠征に、君たち第3小隊も行くことになりました!」
「復興支援の行先は、東京からトランスポーターで移動すること2時間の伊豆地方です。君たちはそこの復興支援と、未解決問題の解消のための調査、必要であれば虚烈の排除をしていただきます。期限は明日から君たちの実習が終る8月末まで。以上!業務連絡終了!今日は30分早じまいで構わない。明日からに備えて、各々休息を取りなさい。」
「・・・!?」突然の復興支援の話と、8月末までの期間と聞き第3小隊は困惑し始めた。
「えっ・・・俺たち、東京から外に出るのか?」恭平は今まで見たこともない顔をしていた。
「そうだな、実は復興支援が難航しているのもあるんだが・・・どうしても向こうにいる俺たちのチームメンバーが離れられなくてな。」福島から軽い説明があった。
「伊佐木さん。今回の復興支援に今の僕たちが行って、迷惑ではないでしょうか。」諒輔から最もな質問が出た。
「今のあなたたちなら、大丈夫よ。うちのチーム最強を翻弄できたんだから。まあ・・・あの偏屈野郎はどう言うかね・・・。」
「大丈夫っしょ、玲さん。あいつがなんか言って来たら、私が押さえつけますんで!」
「凛、あいつとの仲介いつもありがとう。」そういって伊佐木は、青葉の頭をなでていた。
「さっ!今日はおしまい!凛、例の準備はできているかい?」
「そりゃあ、もちろんです。」
「いつも助かるよ。ってことで、女子組は私たちと今日はあれこれ話してもらうわね!」
飛鳥、真澄、燈は背筋をなぞられる様な感覚に襲われた。
――19時。夕食も食べ終わり、男子並みに早いお風呂を上がり、ショートに切りそろえられた髪を軽くドライヤーを掛けていた。自分には、可愛いパジャマは似合わないと言いながら、ラフなTシャツにショートパンツスタイルで集合場所の大部屋の扉を開いた。
「あら、燈ちゃんが一番ね。暑い時期のお風呂上りに最適な、麦茶冷やしてあるから飲みな。」中にはアイスティーを開けて、くつろいでいる伊佐木と青葉だけだった。
「ありがとうございます。いただきます。」
「ねえ、燈ちゃん。私一つ気になっていることがあるんだけど、聞いていい?」
「えっ・・・はい、どうぞ。」
「あなた・・・陣内くんのこともしかして、好きだったりする?」燈は予想だにしないことを聞かれ、口に含んだ麦茶を吹き出しそうになった。
「ぶっ・・・!?青葉さん唐突に、な、なに言ってるんですか!」
「んんー?その反応ってことは図星だね。今日の模擬戦見ていて思ったんだけど、燈ちゃん前衛で切り込むとき、後ろを振り返らないよね。それって彼が絶対に守ってくれるって信頼してるだけじゃなくて、『あの背中に守られている時間』が特別だからなんじゃない?」
「うぐ・・・」青葉に見透かされてたあと、誤魔化しきれず頭をわしゃわしゃとかきむしりながら、「あーもう!白状しますよ。でも、他の2人には内緒にしてほしいです。」
「いいよ。内緒にしてあげるから、お姉さんたちに話しな。」
「私は・・・彼といつも一緒にバカやって、笑い合って、でも私が無茶して突っ込みすぎた時でもいつも無言で前に出て立ってくれて、あの大きな盾を構えている背中に思わず『キュン』としちゃった時があるんです。自分でも分かっているんです。この感情は、彼だけに向いた特別な感情なんだって・・・」
「あーもう!燈ちゃん、かっわいーんだから。」青葉が燈を抱きしめていた。
「わぷっ・・・青葉さん苦しいですよ・・・!」照れ隠しにもがく燈の頭を、伊佐木が笑いながらぽんぽんとなでる。「ふふ、約束通り2人には秘密にしておいてあげる。――あ、噂をすれば本命のお出ましね。」
パタパタと小走りの足音とともに、大部屋の扉を控えめに開けた。
「お待たせしましたぁ・・・」湯気とともに、ふわっと石鹸と薔薇のような甘い香りが広がった。濡れた髪をタオルで後手にまとめた真澄は、淡いピンク色パステルカラーのパジャマ姿。長風呂で、ほんのり上気した白い頬を染めながら、恐る恐る部屋を覗き込んでいた。
「あっ、真澄ーこっちこっちー!」想像以上に攻められて恥ずかしがっていた燈が、これ以上被害を受けない様に、真澄を満面の笑みで手招きする。
「真澄、ちょうどいいところに!ほら、麦茶どうぞ。」
「あ、うん、ありがとう燈ちゃん・・・って、えっ?どうして皆さん私を見つめているんですか?」
「いや、なに・・・訓練中も思ったけど、大きいなって・・・」青葉が親父臭いセリフを吐くと、伊佐木から鉄槌を下された。
「おい、凛、いくら女の子どうしだからってセクハラはいかんぞ。」
「はっ!いかんいかん。あまりの色気でつい・・・。それはそうと、真澄ちゃん長風呂だったね。のぼせていない?」
「あ、はい・・・ちょっと考え事をしていまして・・・」
「へぇ・・・考え事ね・・・それって例えば鶴城くんのこととか?」
「ふぇ!?」真澄の華奢な体が、びくっと跳ねた。
「ねえ、真澄ちゃん。あなた、鶴城くんを見る目がね・・・ただの『気になる男の子』を見る目じゃなく『彼の痛みを、全部私が代わりに引き受けたい』って顔してる。」
「・・・はい。諒輔くんは、自分には属性がないって・・・ずうっと、誰よりも努力して、誰にも見えないところでボロボロになってきたんです。」
「前にも、自分の身体を壊しながら、2重の結晶を砕いて・・・病院のベッドで苦しんでいる彼の手を握ったときに、私思っちゃったんです。『彼が傷つくぐらいなら、私が傷ついた方がいいって。彼が歩く暗闇を全て照らす光になりたい』って。」
「あらあら、あなた自分の感情分かって今の言葉言ってる?」
「いえ、しいて言えば、恋・・・でしょうか。」
「いいえ、恋って言葉じゃもう言い表せない、そんな生易しい言葉じゃ足りないわよ。もう、それは彼への愛よ。愛!」
「ふぇ!?愛ですか・・・」
「鶴城くんは罪な男ね。こんなに可愛くて、愛の深い子から思われるなんて」からかうはずの伊佐木と青葉はジーンとしていた。
「・・・真澄ちゃん、すっごいね・・・」隣で麦茶のグラスを握りしめていた燈は、目を丸くして息を呑んでいた。
普段はおっとりしとして優しい同級生が秘めていた、計り知れないほどの深い覚悟と一途さ。
(・・・私なんか、足元にも及ばないじゃんか・・・)隆利への淡い思いを自覚したばかりの燈にとって、真澄の「愛」は眩しすぎるほど純粋で、胸の奥がきゅっと熱くなっていた。
ガチャリ、と控えめに大部屋の扉が開いた。「すみません、遅くなりました・・・」入ってきた飛鳥は、まだ少し濡れた黒髪にタオルを掛け、息を整えながらジャージ姿で立っていた。
「おっ、ジャージなんだ。でも飛鳥ちゃんらしくて、かっこいいね。」
「ジャージじゃだめなの?いいでしょ、これが過ごしやすいんだから。」
「いいけど、飛鳥ちゃんさっきまでトレーニングルームに居たでしょ。ご飯食べたの?」
「・・・プロテインバーと軽食、それと不足している栄養素のサプリは取ったわよ。午後の大城さんとの模擬戦では、私の刺突にブレがあったから、明日からの遠征までに少しでも感覚を詰めておきたかったのよ。」
涼しそうな顔で言いながらも、その指先は限界まで身体を追い込んだ疲労で、かすかに震えていた。
伊佐木と青葉が顔を見合わせ、ふっと優しい苦笑いを零す。
「まったく。皇家の血筋・・・かしらね。飛鳥ちゃん、自分を追い込み過ぎよ。ほら、こっち座りなさい。冷たいお茶上げるから。」
「あ、ありがとうございます。」差し出された麦茶を飲み干し、「ふぅ」っと一息ついた。
――無防備になった瞬間を見逃さない、恋バナモンスターは飛鳥にちょっかいをかけ始めた。
「で?そんなにストイックに追い込むなんて・・・それにブレたってことは、遊星のことがそんなにかっこよかったのかしら?」
「ごほっ・・・!?げほ、げほっ!?」
「お昼にも、かっこいいからって言ってたけど訓練中も意識しちゃったのかな?」
「っう・・・!」
「あらら、図星だったみたいね・・・」
飛鳥が、耳まで真っ赤にしながら胸を張って開き直った。「ええ!ええ、そうですよ!大城さんのあの気迫迫る顔を見たら・・・一瞬だけでもやっぱりかっこいいって思っちゃうわよ。」
「お・・・おぉ、あの飛鳥ちゃんが認めちゃったよ。」
「意識したら、不思議と攻撃するのも戸惑ってしまい、目を見ることすら難しかったんだから。」
「よく言ったわ、飛鳥ちゃん。遊星にもついに春が来たんだね。」伊佐木が、失言をしてしまった。
「えっ?どういうことですか?」
「あー、えーっと非常に言いずらいんだけど、遊星は今まで彼女がいなかったんだよ。」
「えぇ!あんなにかっこいいのにですか。」
「そう、彼の理想が高すぎて、条件が合う子がいないのよ。でも、あなたならドンピシャで合うわよ。」
「それなら、よかったです。」強張った表情が少し緩み、柔らかくなっていた。
「飛鳥ちゃん、明日今の顔で遊星に近づいてみな・・・あいつたぶんキョドるよ。」
「あ、玲さんそれ伝えちゃうんですね。」
「いいでしょ、彼女の武器だよ。あいつに思い知らせなきゃ。」
「楽しいおしゃべりは、この辺で終わろうか。明日も早いんだし、これでお開き!電気消すわね。」
――ゆっくりと暗くなっていく部屋、並んだ布団で「おやすみなさい」と言い合い、心地よい疲労と温かな気もちで就寝した。
――翌朝、先に集合していた男子達とエントランスで合流した。
「おはよう。玲と、凛に変なことされなかったか?」福島が女子達に向って言った。
「陽太ひどーい。そんなに悪い奴に見える?」
「ああ、香織さんと違ってあんたたちは、恋バナモンスターだろ?」福島の身も蓋もない指摘に、青葉が冷ややかなジト目を向ける。
「陽太、移動中のトランスポーターの中で覚えてなさいよ。」
「おいおい、勘弁してくれ・・・」
先輩たちの軽口の横で、第3小隊の女の子達はそれぞれ盛大に反応していた。燈は(う、うわぁ・・・バレバレじゃん。)と気まずそうに視線を泳がせ、真澄は昨夜の『それは彼への愛よ。愛!』と言われたことを思い出し、パッと両手で赤くなった頬を隠す。飛鳥に至っては、大城の顔を絶対に直視すまいと、真横に向いてフリーズしていた。
「・・・?どうしたんだあいつら。熱でもあるのか?」男子組の中で、事情を知らない恭平、隆利と冥が不思議そうに首を傾げ、諒輔も「女子部屋で何かあったのかな?」と苦笑いしている。
「ほらほら、トランスポーターに乗り込んで!出発するよ。」伊佐木の掛け声で、全員が乗り込んだ。
――2時間後、トランスポーターの窓から見える風景はビル群を抜け、陽の光を受け煌びやかに青く光る駿河湾に、深い緑の木々に覆われた天城連山が視界に広がってきた。
「おっ見えてきたね。あそこが、天城重工伊豆実証試験場だ。」
試験場に着くと、建物外には目の下に微かに隈を作り、スーツの上から天城重工の作業用ブルゾンを腕まくりして着用した、1人の女性が立っていた。
「お疲れ様です。」その声を皮切りに、第1-B小隊は頭を下げていた。
「あら、時間通り。早速だけど、荷物を部屋に置いて着替えたら、作戦本部室に集合して頂戴。」
「承知いたしました。」
第3小隊は、その時はまだ誰なのかが分かっていなかったが、次の集合時には正体が明かされた。
「お待たせしました。」
「素晴らしい、7分で準備完了できるとは。さて、私の自己紹介をしておくわね。私は、防衛技術開発本部長 雨宮 八千代よ。あなたたちのことは、一ノ瀬課長、伊佐木さんから聞き及んでいるわ。」
雨宮・・・。その名前に聞き覚えはあり、2日前に教えられた秘匿戦力と決定した本部長の名前だった。恭平の眉が微かにピクリと跳ね、飛鳥は薄紫色の瞳が僅かに鋭さを増す。自分たちを「大人の都合」で危険な前線に引きずり込んだ最高決定権者。室内の空気が、一瞬にしてピンと張り詰めた。
その警戒と強張りを、雨宮が見逃すはずもなかった。彼女は手元のバインダーを作戦卓に置くと、第3小隊の正面に立ち、凛とした姿勢を正した。
「・・・まず、あなたたちに頭を下げさせてほしいわ」深く、腰を折るような一礼だった。天城重工の役員であり、防衛技術開発のトップたる女性が、高校生である自分たちに向かって、一切の躊躇もなく深く頭を下げたのだ。
「えっ……本部長!?」恭平が思わず声を漏らし、諒輔も目を丸くする。
「国の防衛中枢は、激化するリフター災害に対し『防衛リソースの選択と集中』を決定した。・・・早い話が、東京中枢以外の地方や生活区画を切り捨てる方針よ。ここ伊豆も、例外ではないわ。」頭を上げた雨宮の瞳には、一切の誤魔化しも嘘もなかった。
「現場は限界。正規の増員も望めない。そんな八方塞がりの中・・・周防地区で奇跡のような防衛を成し遂げたあなたたちに目をつけ、実習という隠れ蓑を使ってこの過酷な現場へ引きずり込んだ。安全な学園にいたあなたたちを、理不尽な大人の戦いに巻き込んだ張本人は・・・私よ。」
「・・・・・・」
「私を恨んでも、軽蔑してくれても構わない。でも・・・ここは私たちの創業の地であり、多くの社員や住民が生活を営む大切な場所よ。見捨てられていい命なんて、この世に一つもない。・・・私には、バレットアーツの適性はないわ。」
そう言って、雨宮は自嘲するように細く息を吐いた。 「虚烈を前にすれば、ただ守られるだけの無力な人間よ。だからこそ・・・現場で命を張ってくれる仲間を、この街を、私の全責任を賭けて死守すると誓ったの。・・・虫のいい願いだと分かっているわ。だけど、どうか・・・この街と、そこに暮らす人たちを救うために、あなたたちの力を貸してほしい。」
静寂が、作戦本部室を包み込んだ。権力に溺れた冷酷な大人だと思っていた。利権のために子供を利用するような悪女だと、心のどこかで身構えていた。けれど、目の前で頭を下げる女性の瞳にあったのは、泥をかぶり、すべての批判を背負ってでも街を守ろうとする、あまりにも不器用で真っ直ぐな大人の「覚悟」だった。
「・・・頭を、上げてください。」静かな沈黙を破ったのは、小隊長である恭平だった。恭平は一歩前に出ると、雨宮の真っ直ぐな瞳を正面から見据えた。
「大人の都合に利用されたと知った時は、確かに腹が立ちました。・・・でも、目の前で救えたはずの命を失ったあの悔しさは、誰のせいでもなく、僕たち自身の未熟さのせいです。」
「橘くん・・・」
「僕たちは、誰かに言われてここに立っているわけじゃありません。」恭平の隣に、諒輔が並び立つ。
「救える命があるなら、僕たち自身の意志で、誰も死なせないために強くなろうと決めたんです。・・・だから、自分たちの意志でここにいます。」
諒輔の言葉に、恭平が頼もしげに口元を緩め、改めて小隊長として雨宮へ視線を向けた。「第3小隊・小隊長としてお答えします。伊豆の復興支援、喜んでお引き受けします。僕たちにできることなら、何だってやらせてください。」隆利が頼もしげに頷き、燈が拳をパチンと鳴らし、真澄と飛鳥も力強く頷いてみせた。
「・・・ありがとう。本当に、頼もしい子たちね。」雨宮の張り詰めていた表情が、ふわりと柔らかく綻んだ。
「一ノ瀬課長が『あの子たちは本物だ』と太鼓判を押した理由が、よく分かったわ。・・・では、早速だけど、現在の伊豆の戦況と復旧作業の割り振りを説明するわね。」
現状の説明を受けた、第3小隊と合流組の第1-B小隊は戦慄した。
「まだ、戦闘が続いているとは・・・先に送った、美咲と香織と純は何をしているの。」
「有沢さんは、バックラインの治癒キット不足を補うために、後方で治療をしてくれています。九条さんは、この伊豆で起こっている問題を見つけたとかで、現在潜伏確認中です。鳴海くんについては・・・後方に虚烈を流さない様に、規定時間以上前線で戦い続けています。」
「そうですか。では、陽太と凜は純のところに向ってください。彼を支援して、数日のうちにここに戻ってこれるぐらいまで前線を押し上げなさい。」
「「了解!」」
「遊星は、美咲を探してくれる?純がいないなら、機動力に優れるのはあなたよ。」
「いいよ。美咲に戻ってきてほしいのは、情報だけじゃないんだろ?」
「ええ、彼らの一助になると思ってる。」
「分かった。2日で帰る。まってな。」どんと胸を叩きながら、頼もしい返事が返ってきた。
「お願いね。さ、あなたたちは私と一緒に前線に近い避難所周辺の支援から始めましょうか。」
「はい!」第3小隊は迷いのない目で、伊佐木に向って返事をした。
――避難所周辺の木々は焼け、建物はひび割れや、倒壊していた。道路には、戦闘痕の凸凹が残り地盤がズレたかのように、亀裂ができているところもあった。
「このエリアはほとんど避難済みよ。万が一の自然災害が起こっても避難所に被害を出さない様に、土嚢準備や瓦礫撤去を優先的に進めます。」
男子組は、避難所周辺に土嚢を積み上げ、女子組は瓦礫撤去を始めた。お昼ごろから日が暮れるまで弱音を一切も吐かず、泥だらけになりながら進めて行った。
「お姉さん・・・あのね。」真澄のもとへ、避難所に身を寄せている子どもたちと1人のおばあさんがやってきた。
「どうしたの?何か大切な物でもなくしちゃった?」
「ううん、そうじゃないの。お姉さんやお兄さんたちが来てくれて、嬉しいの。だから感謝のしるし!」不揃いながらも、一生懸命作ったであろうおにぎりが乗ったお皿と、冷たいお茶を差し出してきた。
「大変な時に気遣っていただき、ありがとうございます。諒輔くんたちー、おすそ分け貰ったから少し休憩しましょう。」
「ありがとうございます!」諒輔たち男子組が近寄ってきて手を洗ったあと、受け取ったおにぎりを頬張っていった。
「うまい!疲れた体にいい塩梅のおにぎり、それに冷たいお茶が合う!皆さん、ありがとうございます。」
そこに1人のおじいさんがやってきた。
「若い皆さん、この度は私たちの避難先や住宅の片付けに邁進していただき、誠にありがとうございます。わしは、この地に長く住んでいる村長です。」
「村長さん。僕たちにご飯のおすそ分けありがとうございます。」
「いいんですよ。私たち年寄りと、子供たちだけでは十分な予防準備や撤去作業は進まないので、若いあなたたちが来てくれてありがたいんですよ。」
「ところで、あなたたちはここが襲われた理由はご存じですかな?」
「いえ・・・何か特別な理由があるのでしょうか。」
「この地では、はるか昔から火雷大神を祭る神社があるのです。伊豆には古くから、大地の裂け目を雷神が鎮めたという『火雷伝説』があるのです。」
「雷神・・・ですか。」
「ええ、ええ。現代で言えば、轟を祭る神とでも言いましょうか。裂け目を沈めた伝説があるからか、虚烈たちは幾度も襲ってくるのです。」
「その神社は・・・今、どうなっているんですか?」村長の言葉に、思わず身を乗り出すように尋ねたのは、飛鳥だった。普段は冷静沈着なお嬢様が、隠しきれない真剣な眼差しで村長を見つめている。
「山を登った奥宮の周辺は、先日の襲撃で地盤が崩れ、参道も断たれてしまいましてな。最近では、あの神社の奥から不穏な地鳴りと、激しい雷鳴が轟いているのじゃ。・・・もしあそこの大地の裂け目が再び完全に開いてしまえば、この避難所まで一気に呑み込まれてしまうかもしれん。」
「大地の裂け目・・・そして、雷神の鎮座する場所・・・」飛鳥は息を呑み、静かに自分の右手を見つめた。昨日の大城との模擬戦で痛感した、自分の刺突の甘さ。圧倒的なスペシャリテの雷撃を前に、手も足も出なかった悔しさ。もっと速く、もっと鋭く、誰よりも強くならなければならないという焦燥――。そのすべてが、天城の山奥にあるという『火雷神社』の名に呼応するように、胸の奥でパチパチと紫電の火花を散らしていた。
「・・・飛鳥?」その微かな横顔の揺らぎに、いち早く気づいたのは諒輔だった。
「あ・・・ううん、何でもないわ。」飛鳥は咄嗟に視線を逸らしたが、その拳は作業用グローブをはめた拳の上からぎゅっと強く握りしめられていた。
その様子を静かに見守っていた伊佐木が、ポンと手を叩いて空気を引き締める。
「よし。明日の一番の任務が決まったわね。――第3小隊、明日の朝一番で火雷神社への参道を切り開き、奥宮周辺の地盤調査と防衛ラインの再構築を行うわよ」
「「了解!」」伊佐木の力強い号令に、全員の声が重なった。
日が完全に落ち、天城の山並みは藍色の深い闇に包まれていく。避難所の明かりを背に受けながら、飛鳥は一人、遠く黒雲渦巻く天城山の頂を見つめていた。(・・・火雷神社。そこに、私の求める『力』があるの・・・?)遠雷が、夜の帳を引き裂くように低く、重く響いた。
皇の家で「出来損ない」と切り捨てられ、孤独に自分を追い込み続けてきた少女の誇りと意地。明日、荒れ狂う嵐の山で、彼女の『轟』が新たな絆とともに紡がれようとしていた――。
お読みいただきありがとうございます!
次回もどうぞお楽しみに!




