12話:崩れる誇りと選択
――時刻は午後4時。港湾エリアの現場処理が終わった、青葉、福島と第3小隊たちは第一訓練場に戻ってきていた。
暗い顔を見せる、第3小隊を見かねて、青葉が口火を切った。
「えーコホンッ!第3小隊の皆さん、本日のスクランブル出動お疲れ様でした。」
その一言にハッとした、諒輔は不甲斐なさを心の奥に押し込み、返事をした。
「お・・・お疲れ様でした。今日は、軽率な行動に叱責していただきありがとうございます。」
「うん、こちらこそごめんね。学生としては、かなり高次元に対応してくれたと思うよ。」
「凛、現場確認用ドローンの映像が届いた。」
「陽太、ありがとう。じゃあ、今日の、残り時間は君たちの活躍と、あの場ではどう判断すべきだったかを振り返ろうか。」
「はい、よろしくお願いします。」そろった返事はしていたが、どこか元気はなかった。
ドローン映像では、虚烈に対する攻撃力は光って見えた。だが、指摘通り、現場状況は見えていたが、対応するまでのタイムラグがかなりのものだった。
「10体の虚烈と15名の救出、部隊を分割して向かわせたのはいい判断だよ。橘くんは、あの場でどう考えたのかな。」
「あの場では、ガスの刺激臭と、壁面に掲示してあった火気厳禁の文字が見えたので、引火する可能性のある焔と轟は使えないと判断し、元栓を閉めれば対応力が上がると思い図面確認を要求しました。その結果、図面が開けないと知り、視野が狭くなってしまっていました。」
「そうだね。確かに、元栓閉めていれば速水さんも皇さんも、攻撃に参加できるね。ただ、あの場では虚烈の撃破が最優先だった?」
「あっ・・・」恭平は何かに気づいたように、目を丸くした。
「気づいてくれたようだね。そうだよ、あの場での正解は如何に虚烈を救助者に寄せ付けず、先に救出するかだね。」
「攻撃は最大の防御とは、よく言ったものだ。だが、守るべき存在がいる限り、撃破よりも優先すべきは防御だ。学園では、実例を踏まえた訓練はしないのか?」
「していません。どちらかというと、より多くの虚烈に対応するための撃破訓練中心です。」
「そうか、学園の教育方針は変わっていないんだな。では、この実習でよく学び続けるといい。実際、俺たちも天城重工に入るまでは、似たような経験しかしていなかった。だが、意識は変えられる。若い君たちなら尚更だ。」
「はい!」鼓舞してくれた福島の一言で、元気を取り戻し始めた第3小隊の返事はそろっていた。
「じゃあ、ちょうど17時だね。今日の指導はここで終了だよ。じゃあ、各自荷物を持って女子組は私に、男子組は陽太について行って。」
――場所は変わり、天城重工社員寮。1人1部屋与えられ、部屋の中はベッドとデスク、十分な飲料が保管できる冷蔵庫が完備されていた。
「ようこそ、男子天城寮へ。夕食は17時半から食堂で、風呂は大浴場がある。必要であれば、トレーニングルームもある。」
「福島さん、案内ありがとうございます。」諒輔は、感謝を述べた。
「ああ、俺はいつものメニューをこなしてくる。何か用事あれば、19時まではトレーニングルームにいるからおいで。」
「はい。」
福島の背を見つつ、見送りをした第3小隊の男子達。4人は、荷物を各自の部屋に置き整理し、18時頃に食堂に集合した。
「諒輔、今日は機転を利かせてくれてありがとうな。」
「僕に、できることをしただけだよ。」
「明日からは、先輩たちの技術もだけど、行動をよく観察しようか。」
「そうだね。これからひと月・・・いくらでも学べるから、今日のことは糧にしよう。」
「ああ、まずは腹ごしらえだな。ご飯貰いに並ぶか。」
19時、食事も終わり、諒輔は大浴場に向かった。大浴場の脱衣所で福島とバッタリと会った。
「おっ!鶴城くんか。俺も今から風呂だ。一緒に入ろう。」
「はい!」
服を脱いだ福島の身体は、汗で濡れていたが、引き締まった体に鍛えられた筋肉と、戦闘の傷と思われる大小入り混じる傷跡が体中に刻まれていた。2人して洗髪・洗体し、湯船に浸かった。
「福島さん、1つ伺ってもいいですか?」
「いいよ。答えられることならなんでも。」
「福島さんは、虚烈との戦闘で恐怖を覚えることはないのですか?」
「恐怖か・・・今でも感じることあるよ。でも、恐怖を感じていても不思議と体も足も動くし、頭も回るんだよね。」
「それって、過覚醒状態になるってことですか?」
「言葉にするとそうなんだろうけど、どちらかというと、俺の1つの信念が動かしてくれるんだと思う。」
「信念ですか・・・」
「そうだ。特別に俺の信念を教えてあげよう。『誇り(プライド)より、生存を』だ。俺は、自分の誇りを守って誰かを失うぐらいなら、誇りを捨ててでも守ることを優先するんだ。」
「かっこいい、信念ですね。」
「そうか?ありがとうな。だから、今日の失敗は今後の糧にして、個人でもいいし、チームで1つの大きな信念を持ってもいい。君たちには、伸びしろがあるからがんばれよ。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、俺は先にあがって飯食ってくるよ。慣れない環境で疲れただろうし、ゆっくり休めよ。」
「はい!」
「信念か・・・今の僕でも持ってもいいんだろうか。」福島さんと別れた後、諒輔は湯船にしばらく浸かり物思いに耽っていた。
その日の夜は平穏に過ぎて行った。――翌朝6時。起床し食堂で朝食をとり、実習の準備を行い、7時半には第3小隊全員訓練場に集合していた。
「おはよう!みんな。早いわね。」青葉のはつらつとした挨拶が響いた。
「おはようございます。」第3小隊は声をそろえて挨拶をした。
「昨夜、玲ちゃん帰ってきたから、今日から指導に入るよ!」
次の瞬間、訓練場の扉が勢いよく開き大きな挨拶が訓練場に響き渡った。「学生諸君!おっはよー!」
入ってきたのは、スラっとした出で立ちの女性と埃まみれの福島だった。
「玲さん、陽太と稽古ですか?」
「そう、久しぶりにね。」
「稽古は、俺から頼んだ。玲さんまた腕を上げてて、畳の埃まみれだよ。」埃を払いがら、福島は説明していた。
「なーんだ。玲さんのイビリが、純くん以外にも波及したのかと思ったよ。」
「イビリって何よ。訓練よ。く・ん・れ・ん!」
目の前の異常事態に、第3小隊は呆気にとられていた。
「玲さん、学生が呆気に取られていますよ・・・」
「コホン!お見苦しいところを・・・さて、改めておはよう!第3小隊の方々。私は、フロントライン第1-B小隊 小隊長、伊佐木 玲だ。今日から一緒に指導に当たる。よろしく頼むよ。」
「よろしくお願いします!」第3小隊は息の合った返事を返した。
「あれ?伊佐木?もしかして伊佐木1等特務佐と同じ苗字だな。」妙に感のさえる隆利だった。
「あーやっぱり、珍しい苗字だから気づくか。その通り。防衛隊伊佐木1等特務佐は、私の父親だ。その節は、父もその部下たちも、守ってくれてありがとう。」
厳格な、伊佐木1等特務佐の娘と聞き、妙な納得感があった。
「さて、堅苦しい挨拶はこれぐらいにしておいて、まずは少々重い話だが、昨日一ノ瀬課長にはぐらかされただろ?君たちがここに呼ばれた残りの2つの理由・・・その答え合わせをしてあげる。」
玲の表情から、笑みが消え険しい表情と共に、静かに告げた。「2つ目は、技術屋の都合。激化する変異虚烈に対応すべく、鶴城くんの『零』が持つ多重属性の吸収・調和を技術として兵装や結晶に取り入れるためだ。」
「僕の・・・データをですか」諒輔が、自分の手を見つめる中、玲はさらに声のトーンを下げた。
「3つ目は、私たちを軽蔑してくれてもいい。君たち第3小隊を、国の中枢が見捨てる判断をした湾岸エリアを守る秘匿戦力として扱うためだ。」
「――っ!?」
息を呑んだのは、第3小隊だけではなかった。秘匿戦力と初めて聞いた青葉と福島までもが顔を引きつらせる。
「おいおい、玲さん。それ本気で言ってんのか!?」
「父親の伊佐木1等特務佐と、雨宮本部長たちが下した苦渋の決断だ。特務機関のお偉いさんはね、戦力不足を理由に都市中枢の防衛を最優先にして、この工場街や住宅街を『切り捨て対象』に決めたのよ。でもね、ここには何万人もの人が暮らしている。上の都合だけで、見殺しにはできない。だから正規の手続きをぶっ飛ばして、学園最強の第3小隊を現場に引きずり出したの。」
「そんな・・・俺たちは実習生としてじゃなくて・・・」
恭平の強く握られた拳からは、血が滲んでいた。エリートとして選ばれたという自負が、大人の残酷な事情を前に音を立てて崩れ落ちていく。
「・・・腹が立つなら、今すぐ安全な学園に帰りなさい。大人の勝手な都合に付き合う義理なんて、君たちにはないのだから。」
玲は冷たく突き放すように言ってから、ふっと柔らかく目を細めた。
「――だけど、君たちがここに残って戦うというなら、私は全力で君たちを鍛える。大人の勝手な都合になんて殺させない。全員生きて、本当の戦士にして、学園に帰してあげる。」
「帰りません!。俺たちは、ここで学びます。もう、目の前の命を見捨てないために」
「すまないな、重い話になってしまい。というわけで、この話はオフレコで頼むよ。私が言ったとなれば、クビ切られそうだ。」
「うちの残りメンバーには、どう伝えるんすか?」
「あっ!忘れてた・・・個人の秘匿回線で連絡しておくよ。」
「流石、リーダー頼りになる。」
――一息ついた後、昨日に続きスクランブル出動のサイレンがけたたましく鳴り響いた。
「陽太、エリア確認!凛、トランスポーター準備!」
「了解!」
「エリアは、湾岸居住区エリア、時間推定人口数2万6千人!」
「おう、じゃあ行こうか。」
昨日に続き、スクランブル出動に参加する第3小隊は先ほどの理由開示で、移動中も静かだった。
「すまないな、こんな状況になってしまい。」
伊佐木が静かな状況に、メスを入れた。
「あっいえ。すみません、気持ち切り替えます。」恭平は気丈に振舞ったが、落ち着いているようには見えなかった。
「昨日、凛に言われたことは気にするなと言いたいが、今日は住民避難を優先に必要であれば虚烈の撃破を頼む。バックラインには避難所構築を依頼済みだが、さすがに力なき人々が2万人を超えるとなると防衛と攻勢に分割するほかない。」
「わかりました。全力で救助優先にします。」
現場に到着すると、既に建物の外壁が崩れたり、血だまりに倒れこみ抗った傷がある人々がいた。
「まずいな、進行速度が今までの比じゃない。」
「俺たちは、崩落しそうな建物に残された人々を探し出します。」
「そう・・・だな。手の届く範囲で構わない。」
「了解!」
第3小隊は、手前の崩落し始めている建物から順々に要救助者の捜索に当たった。
「誰か残っていませんかー、聞こえたら返事してください。」第3小隊は声を張り、続けた。
1棟1棟確認していくと、奥から逃げ遅れた2人分の悲鳴が聞こえてきた。
「「キャー!」」声に気づき、全員で駆けつけると小さな子供を抱えた母親の前に、1体の虚烈が今にも襲い掛かろうとしていた。
母子を守ろうと、隆利が駆け出す。だが死角から現れたもう1体の虚烈が、その脇腹を強烈に殴りつけた。
隆利の身体が壁際の支柱へ叩きつけられる。衝撃でひび割れていた天井が悲鳴を上げ、瓦礫が一斉に降り注いだ。
「諒輔、上だ!」
諒輔は壁際へ駆け寄り、隆利のバレットアーツに触れた。
「隆利、少しだけ借りる!」
掌に集めた巌の波動が、諒輔の籠手を琥珀色に染めていく。直後、諒輔は巌を纏わせた籠手で、崩落しかけた梁を支えた。
ここで手を離せば、隆利だけでなく、通路にいる全員が瓦礫に呑まれる。
だが、母親の正面には一体目の虚烈がいる。諒輔たちと母親の間には、隆利を殴り飛ばした2体目が立ち塞がり、狭い通路を塞いでいた。
燈と飛鳥が出力を上げれば、母子ごと巻き込む。冥も影を滑り込ませる隙を作れず、真澄は隆利の傷を抑えるので精一杯だった。
「私はいいから……この子だけでも連れて逃げて……!」
母親は抱えていた子どもを、恭平めがけて放り投げた。
恭平がその小さな身体を受け止めた、次の瞬間だった。
虚烈の爪が母親へ振り下ろされた。恭平の顔には吹き出た血が付着した。
恭平は、子供を抱えたまま立っていられず、地面に膝をつけてしまった。
「撤退しよう・・・。今は、恭平と受け取った子だけでも助かることを優先しよう。」諒輔は高ぶった感情を抑え、恭平の腕を引き避難所へ戻った。
――30分後。連絡を受けた、伊佐木、青葉、福島が避難所に戻ってきた。
救護所では、母親を探し泣き叫ぶ子供の手を泥まみれながらもやさしく握りしめ、反対の手は自らの無力さに歯痒さを覚え血が滲むほど拳を握りしめる諒輔たちがいた。
「・・・辛い選択をしたようだな。」
恭平は座り込み膝で顔を隠し、とてもじゃないがまともな精神状況ではなさそうだった。
「橘くん・・・君はもしかして今日のような経験を過去にしていないか。」
「・・・はい。俺がまだ8歳のころ6歳の妹が・・・」言葉に詰まった。幼いころの記憶がフラッシュバックし、小隊長としての仮面にひび割れていた。
「そうか、辛いことを聞いてしまったな。」
次の瞬間、福島が恭平を起こし大きな手で頭や肩を引き寄せ、恭平を抱きしめた。
「・・・よく子供を連れ帰ってきた。お前が受け止めたから、この子は生きている。・・・立派だったぞ、橘。」
その言葉を聞き、ずっと「冷静で完璧なエリート小隊長」を演じてきた恭平の心の糸が、プツンと切れた。恭平は福島の胸の中で、顔を歪めて、子どものように声を上げて号泣する。その様子を見ていた、真澄や燈も涙を流し、諒輔や隆利、冥と飛鳥は唇を噛みしめて、小隊全体が深い悲しみに包まれた。
泣き崩れる恭平と憔悴しきった第3小隊を、静かに見ていた伊佐木が歩み寄り、前線を生き延び続けてきた人の魂からの言葉を告げた。
「・・・泣くのをやめる必要はない。だが、その痛みは絶対に忘れるな。これが、君たちが踏み入れた現場だ。これから先、戦い続ける限り、こういう苦い経験も理不尽な死も、嫌というほど増えていく。」
「誇りなんて、何の役にも立たない。目の前の命を1つでも多く救いたいのであれば、綺麗事じゃなく、君たちが誰よりも泥臭く、誰よりも強くなるしかないんだよ。」
暖かくも、突き付けられる自身らの無力さを噛み締めた。
「さ、少しばかり早いが、今日の任務はここまでにしよう。全員、寮に戻って休みなさい。」
第3小隊は憔悴したまま現場を後にする。
移動するトランスポーターの窓の外を見つめる諒輔の瞳には、泣き続ける残された子供の顔が映り、耳には泣き声が残り続けていた。
重たい静寂の中、諒輔は無力感に苛まれていた。
お読みいただきありがとうございます!
次回もどうぞお楽しみに!




