第7話「眠れる船」
司とエルザは進路を変更し、神大時代の塔と呼ばれている遺跡へ向かった。
丘からは近く見えたが、実際には深い谷と密林に隔てられていた。
二人が遺跡の根元へ到着したのは、昼を少し過ぎた頃だった。
間近で見ると、それは塔と呼ぶにはあまりにも巨大だった。
赤茶色の表面を蔓や苔が覆い、地上へ突き出した部分だけでも約六十メートルある。
全体が大きく傾き、下半分以上が地中へ埋没していた。
エルザが上を見上げる。
「昔から、ずっとこの姿だよ」
「これを建てたという記録は?」
「ない。神大時代から残っている物は、誰が造ったのか分からないものばかり」
司は地面へ携帯型レプリケータを降ろした。
まず複数の小型探査機を生成し、遺跡の周囲へ配置する。
地中探査用の電磁波と振動波を発生させ、見えていない部分の形状を推定していく。
電子眼で記録した外形と地中探査データが統合され、司の視界に立体映像が構築された。
《地上露出部、約六十一・八メートル》
《地中に埋没した構造を解析》
《推定全長、百六十から百八十メートル》
《最大船体幅、約三十二メートル》
「やはり塔じゃないな」
《建築物としては不自然な構造です》
《一方、宇宙航行用船舶と仮定した場合、外形上の矛盾が減少します》
地面から突き出しているのは、船首ではなく船尾に近い部分と推定された。
細長い船体が斜めに墜落し、船首側から地中深くへ突き刺さっている。
露出部分の先端には、推進装置か姿勢制御機構と思われる複数の開口部がある。
「本当に空を飛ぶ船なの?」
「まだ断定はできない。ただ、そう考えたほうが構造を説明しやすい」
司は立体映像を回転させた。
「宇宙船なら、船尾付近には整備用の区画があるはずだ」
《地球製宇宙船の設計思想が適用できる保証はありません》
「分かっている。だが、非常用ハッチやメンテナンスハッチが存在する可能性は高い」
《船体外周の継ぎ目を再走査します》
司とエルザは、露出している船体の周囲を歩いた。
赤茶色の表面を電子眼で拡大し、均等な線や不自然な凹凸を探す。
しばらくして、司は地上約三十メートルの位置に、長方形の輪郭を見つけた。
周囲には、かすかに規則的な溝が走っている。
《推定メンテナンスハッチを確認》
「見つけた」
エルザが見上げる。
「どうやって、あそこまで行くの?」
◇
司はレプリケータで、細長い支柱と接続金具を大量に生成した。
地球の工事現場で使われる仮設足場に近い構造物である。
支柱を地面へ固定し、横材を接続する。
階段と踊り場を組み込み、安全柵を取り付ける。
一定の高さごとに、足場を船体へ固定した。
「また、何か造り始めた」
エルザは興味津々で作業を見つめていた。
「三十メートルも上なんだ。これなしでは安全に調査できない」
「ツカサなら、壁を登れるんじゃない?」
「登れるかどうかと、安全に作業できるかは別の話だ」
エルザも、生成された部材を運ぶのを手伝った。
一本ずつなら彼女にも持てる重さに調整されている。
足場は少しずつ高さを増していった。
十メートル。
二十メートル。
そして三十メートル。
約三時間後、地上からハッチまで続く仮設階段が完成した。
エルザは完成を待ちきれない様子で、最初の段へ足をかける。
「待て。これを着けろ」
司は安全帯を差し出した。
「落ちないよ」
「万一ということがある」
「私は森の高い木にも登れる」
「この足場を造ったのは俺だ。ここでは俺の指示に従ってくれ」
エルザは少し不満そうな顔をしたが、素直に安全帯を受け取った。
「この前、森では私の指示に従うって言ったのに」
「今は工事現場だ」
二人は階段を上り、目的の場所へ到達した。
◇
長方形の輪郭は、近くで見ると人間二人が並んで通れるほどの大きさだった。
表面は赤茶色で、一見すると完全に錆びているように見える。
司はナイフの先で表面を削った。
赤茶色の物質が粉になって剥がれ落ち、その下から黒銀色の外装が現れる。
《赤茶色の物質は外部から付着した鉱物および微生物の堆積物です》
《船体材料そのものに腐食は確認されません》
「どれだけの年月、ここにあるんだ?」
《現在の情報では推定不能》
司はハッチ周辺の堆積物を取り除いた。
右側に、手のひらほどの四角い窪みが見つかる。
表面を押しても反応はない。
司が複数の場所へ触れると、内部から小さな振動が返ってきた。
次の瞬間、四角い外装が数センチ手前へせり出し、横へ滑った。
内部から、淡い青色の光が漏れる。
「まだ動いてる……」
エルザが息をのむ。
《微弱な電力反応を確認》
《内部動力の一部が、現在も稼働している可能性があります》
開いた部分には、コンソールらしき装置が収められていた。
表面には、文字とも図形とも判別できない記号が並んでいる。
曲線と直線が複雑に組み合わされ、一部は一定の周期で発光していた。
地球上のどの言語にも一致しない。
エルフの文字とも、旧神大語とも異なっている。
司はしばらく記号を観察した。
「直接触って開くような仕組みじゃなさそうだな」
《操作体系および認証方式が不明です》
《未知の装置へ電脳を直接接続することは推奨しません》
「分かっている。隔離装置を挟む」
司はコンソール周辺の信号を測定した。
電圧、波形、通信周期。
破損させない範囲で少しずつ情報を集める。
その結果、装置の下部に外部接続端子と思われる細い穴が見つかった。
形状も信号規格も地球の物とは違う。
司は測定結果に合わせ、専用の解析プラグと変換装置をレプリケータで生成した。
未知の信号が直接電脳へ侵入しないよう、変換装置には物理的な隔離回路を設ける。
入力された情報は独立した仮想領域へ送り、危険性を確認してからAIへ渡す構造にした。
「接続するぞ」
《隔離解析環境を起動》
司は生成したプラグを端子へ差し込んだ。
コンソールの記号が一斉に点灯する。
大量の信号が変換装置へ流れ込んできた。
《未知の情報形式を検出》
《信号の周期性を解析》
《命令と応答の境界を推定》
《コンソール内部に複数の認証段階を確認》
司の視界へ、無数の図形と数列が流れる。
地球のコンピューターとは根本的に異なる。
二進法を前提としているかどうかさえ、すぐには判別できなかった。
「解析できそうか?」
《時間が必要です》
AIは信号の規則性を一つずつ抽出した。
しばらくすると、複数の処理構造の中に、軍事施設のセキュリティに似た考え方が見つかった。
通常の認証経路。
整備員用の認証経路。
内部事故や外部救助を想定した非常開錠経路。
技術体系は違っても、船内の者を緊急時に救出する必要性は同じらしい。
《非常開錠用と思われる認証アルゴリズムを確認》
《解除コードの推定を開始します》
「どれぐらいかかる?」
《現時点では算出不能》
《少なくとも数時間を要します》
司は空を見た。
すでに太陽が傾き始めている。
「今日は、ここで野営だな」
◇
二人は宇宙船から十分に距離を取り、平坦な場所へテントを設営した。
周囲にレーザースキャナを配置し、未知の船体にも振動センサーを向ける。
解析は、司の電脳と外部隔離装置によってバックグラウンドで続けられていた。
夕食を済ませた後、二人は温めた水で手拭いを濡らし、汗と土で汚れた身体を拭いた。
川は近くになく、今日は水浴びができない。
司が装備の点検を終えてテントへ入ると、エルザはすでに司のベッドへ入っていた。
「また俺のベッドか」
「早くしよ?」
あまりにも自然に誘われ、司のほうが戸惑ってしまう。
《解除コードの解析は、引き続きバックグラウンドで実行しています》
《処理能力には十分な余裕があります。解析を気にせず、エルザとのコミュニケーションを優先してください》
「あ、ああ……」
司は上着を外しながら、以前から気になっていたことを尋ねた。
「エルザ。毎晩するのが、こちらでは普通なのか?」
「毎晩?」
エルザは少し考えた。
「少ないくらいよ?」
「少ない?」
「時間に余裕があれば、朝も昼も夜も。食事の合間も、ずっと一緒にいることがあるよ」
「……本当か?」
《虚偽を示す表情および生体反応は確認できません》
AIが即座に答える。
《三番目のルミエール滞在中、木陰や建物の裏など、複数の場所で男女による性行為を確認しています》
「マジか……って、お前はそんなものまで観察していたのか」
《言語、生活習慣、社会構造を解析するための文化的データとして記録しました》
「相変わらず遠慮がないな」
《彼らの文化では、親しい者同士の肉体的接触が基本的なコミュニケーションの一つとなっています》
エルフは長命だが、子どもが生まれることは少ない。
そのため性行為を生殖や婚姻だけに結びつけず、愛情や信頼を伝える日常的な行為として受け止めているらしい。
地球人とは、恥じらいの基準も貞操観念も大きく異なっていた。
エルザが掛け布を持ち上げる。
「今日は、ツカサからして」
司は少しだけ笑った。
「分かった」
ベッドへ入り、エルザの身体を優しく抱きしめる。
エルザも満足そうに司の背中へ腕を回した。
未知の宇宙船を解析するAIの計算は、二人が寄り添う間も休むことなく続いていた。
◇
早朝。
《おはようございます》
脳内AIの声で、司は目を覚ました。
《解析が完了しました》
《非常開錠用コードの算出に成功》
司の意識が一気に覚醒する。
「了解だ。早速、準備するぞ」
隣で眠っているエルザの肩へ手を置く。
「エルザ、起きてくれ。扉を開けられるかもしれない」
エルザが薄く目を開けた。
「もう朝?」
「朝だ。調査へ行く」
「ツカサは元気だね……」
二人は簡単な朝食を済ませ、装備を整えた。
司は黒い強化装甲を完全装備し、ライフル、拳銃、照明、各種センサーを確認する。
エルザも戦闘服を着用し、ボーガン、盾、短剣を装備した。
さらに司は、内部の大気に有害物質や未知の微生物が含まれている場合に備え、エルザ用の軽量防護マスクを生成した。
「息苦しくても、俺が安全だと言うまで外すな」
「分かった」
二人は仮設階段を上り、ハッチ前の足場へ到達した。
解析プラグは、コンソールへ接続されたままになっている。
司はハッチの前に立ち、エルザを少し後ろへ下がらせた。
「解除を実行する」
《非常開錠用コードを送信します》
コンソールへ信号が送られる。
一秒。
二秒。
何も起きない。
エルザが不安そうに司を見る。
その直後だった。
ガゴン。
船体内部から、巨大な固定装置が外れる音がした。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
長い間閉ざされていた分厚いハッチが、堆積物を押しのけながらゆっくりと手前へ動く。
続いて横方向へ収納され、人が二人並んで通れる開口部が現れた。
エルザが目を丸くする。
「開いた……」
内部から、ひんやりとした空気が流れ出してきた。
司は即座に成分を分析する。
《酸素濃度、外気との差は軽微》
《即効性毒物、検出されず》
《危険な放射線、検出されず》
《内部温度、十一・九度》
《未知微生物の有無は確認中。防護装備の継続を推奨》
「呼吸できる空気のようだ。ただし、まだマスクは外すな」
ハッチの奥には、暗い通路が続いている。
司が照明を向けた瞬間、壁に埋め込まれていた細い光が一本ずつ点灯した。
青白い光が、通路の奥へ向かって順番に灯っていく。
まるで眠っていた船が、侵入者の存在に気づいたかのようだった。
司はライフルを構える。
エルザも盾とボーガンを手にした。
「俺から離れるな」
「うん」
二人は足場からハッチを越え、神大時代から眠り続けていた船の中へ足を踏み入れた。
――第七話・終




