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第6話 二人旅

挿絵(By みてみん)

拠点の撤収を終えた司とエルザは、始まりのルミエールへ直接向かわず、いったん三番目のルミエールへ戻った。


司には、出発前に済ませておきたいことがあった。


治療を続けていた負傷者の最終確認と、医薬品の補充である。


ワイバーンに襲われた者たちの傷は、順調に回復していた。


腹部を深く裂かれた男も、杖を使えば集落内を歩けるようになっている。


「化膿はしていない。熱も正常だ」


司は傷口を確認し、新しい包帯へ交換した。


《組織の再生状態は良好》


《あと十日程度、激しい運動を避けることを推奨します》


司はAIの診断を現地語へ直し、集落の治療師へ伝えた。


その後、携帯型レプリケータを使い、エルフの身体に適合する医薬品を多めに生成した。


消毒薬。


止血剤。


抗菌薬。


解熱鎮痛剤。


傷口を保護する包帯と医療用被膜。


薬には用途と使用量を示す札を付け、文字が読めない者にも分かるよう簡単な絵を加えた。


「傷が深いときは、無理に薬だけで治そうとしないでくれ。傷口に異物が残っていないか、必ず確認するんだ」


治療師は真剣な表情で説明を聞き、何度も同じ質問を繰り返した。


司は面倒がらず、一つずつ答えた。


集落へ残す医薬品としては、かなりの量になった。


だが、司は生成素材を出し渋らなかった。


自分が戻るまでに、また誰かが魔獣に襲われる可能性がある。


レプリケータを持たない彼らにとって、今渡しておく医薬品が命を左右するかもしれない。



出発の準備を進めながら、司は始まりのルミエールまでの道程を詳しく確認した。


「ここから首都まで、どれぐらいかかる?」


「十四日ぐらい」


エルザは簡単に答えた。


「二週間か。思ったより遠いな」


「雨が多いと、もっとかかるよ」


始まりのルミエールへ続く整備された街道はない。


森の中には、エルフたちが代々利用している細い道があるだけだった。


大木と密生した植物を避け、川原や谷沿いを歩く。川が増水すれば迂回し、崖や深い沼があれば別の経路を探す必要がある。


司はエルザの歩行速度と一日の活動時間、地形による迂回を計算した。


《推定経路長、二百五十から二百八十キロメートル》


《直線距離は、これより短いと推定》


「やはり、まあまあの距離だな」


「ツカサなら、もっと早く歩ける?」


「俺一人ならな。でも、今回は急ぐ旅じゃない。エルザの速度に合わせる」


「私も遅くないよ」


エルザは少し不満そうに言った。


「知っている。普通の人間より、ずっと速い」


「それならいい」


二人は食料、水筒、雨具、野営用の装備を確認した。


司の携帯型レプリケータがあれば、必要な道具の大半は移動先でも生成できる。


それでも故障や不測の事態に備え、数日分の食料と基本装備は携行することにした。


住民たちに見送られ、司とエルザは三番目のルミエールを出発した。


始まりのルミエールを目指す、二人だけの旅が始まった。



旅の一日目。


二人は川に沿って西へ進んだ。


道と呼べるものはほとんどない。


砂利の多い川原を歩き、流れが崖へ突き当たる場所では森の中へ入る。


倒木を越え、蔓を切り、浅い支流を何度も渡った。


エルザは小柄で細身だったが、歩き方には無駄がない。


足場の悪い場所でも速度を落とさず、危険な植物や動物の痕跡を司へ教える。


一方、司は電子眼とレーザースキャナで通過した経路を記録し続けていた。


夕方になると、二人は川面より高い場所にある平坦な岩場を見つけた。


過去の増水跡はなく、周囲の視界も確保できる。


「今日は、ここで野営しよう」


司は携帯型レプリケータを降ろした。


軽量支柱。


防水膜。


固定用ロープ。


折り畳み式の床材。


二台の簡易ベッド。


調理器具。


警戒用レーザースキャナ。


生成した部品を次々と組み上げていく。


エルザも手伝おうとしたが、構造が分からず、しばらく司の作業を眺めることになった。


約四十分後。


岩場には、二人が横になれる防水テントと二台のベッドが完成していた。


入口付近には小さな調理場所があり、周囲四方向には警戒用センサーが設置されている。


「もうできたの?」


「ああ。今夜だけ使う仮設だから、これで十分だ」


エルザはテントの中をのぞき、支柱や床を何度も触った。


「本当に、これだけの物をツカサ一人で造ったんだね」


「部品を作ったのはレプリケータだ」


「でも組み立てたのはツカサでしょ?」


「それはそうだが」


「すごいよ。私たちなら何人かで半日かかる」


エルザは素直に感心していた。


司にとっては軍の野営訓練で何度も行った作業だったが、エルザには、小さな家が突然完成したように見えるらしい。



野営の準備が終わると、エルザが川のほうを指さした。


「汗を流しに行こう」


「水をくむのか?」


「水浴び。一緒に入ろう」


エルザはそう言うと、返事を待たずに衣服を脱ぎ始めた。


ボーガンと盾を岩の上へ置く。


ブーツを脱ぎ、腰のベルトを外し、緑色の服を迷いなく脱ぎ捨てる。


裸体を見られることに対する恥じらいは、微塵もない。


司は思わず視線をそらした。


「急に脱ぐなよ」


「水浴びするのに、服を着たまま入るの?」


「そういう意味じゃない」


エルザは不思議そうな顔をしたまま、川へ入っていった。


戦士として鍛えられた身体は細く引き締まり、余分な脂肪がほとんどない。それでいて女性らしい丸みも失われておらず、均整の取れた体形だった。


旧神大語で、エールは「完成された者」を意味する。


司は先日の説明を思い出した。


――完成された者というのは、こういう意味もあるのだろうか。


《心拍数が上昇しています》


「余計な報告をするな」


エルザが川の中から手を振った。


「ツカサも早くおいで。気持ちいいよ」


「周辺の安全は?」


「しばらく危険な魔獣の縄張りはないよ」


《周辺警戒システムに異常なし》


《大型生物の接近も確認されません》


AIにまで背中を押され、司は諦めた。


装甲と衣服を脱ぎ、エルザと一緒に川へ入る。


水は少し冷たかったが、一日歩いて火照った身体には心地よかった。


エルザは長い髪を水で洗い、司へ水をかけて笑う。


司も最初は戸惑っていたが、やがて地球での常識を気にするのをやめた。


誰もいない森の中で、二人はしばらく川の流れに身体を預けた。



夕食は、住民たちから受け取ったワイバーンの肉と、川で捕まえた魚に似た水棲生物だった。


司は水棲生物の組織を分析し、毒がないことを確認してから塩を振る。


ワイバーンの肉と一緒に串へ刺し、焚き火の上でじっくり焼いた。


エルザは荷物の中から、薄茶色の粉を取り出した。


「それは何だ?」


「芋を乾かして、粉にしたもの。私たちの主食」


粉へ少量の水を加え、手でこねていく。


まとまった生地を平たく伸ばし、熱した石の上へ載せる。


表面が乾くと裏返し、焚き火で軽くあぶった。


見た目は、発酵させていない原始的な平焼きパンに近い。


「食べてみて」


司は焼き上がったものを受け取り、一口ちぎった。


外側は香ばしく、内側には少し粘りがある。


芋に含まれる自然な甘味が残っていた。


「うまいな」


「本当?」


「ああ。肉にも魚にも合う」


エルザはうれしそうに笑った。


照り焼き風のワイバーン料理は司が教えた。


今度はエルザが、エルフの主食を司へ教えた。


焚き火を挟み、二人は互いの世界の料理を分け合った。



夕食を終えると、司は焚き火から少し離れた場所へ座った。


空には雲がなく、三つの月と無数の星が見えている。


電子眼を最大望遠モードへ切り替える。


瞳の奥で、緑色の光が強くなった。


司は恒星の位置、明るさ、色、角度を記録していく。


月の軌道。


惑星の運行。


季節による星の移動。


一晩の観測だけでは、自分たちが宇宙のどこにいるのか判断できない。


だが、長期間の観測データを蓄積すれば、この惑星の公転軌道や恒星系の構造を推定できる。


地球の天体データとの比較も可能になるかもしれない。


《星図ライブラリを更新》


《基準恒星候補、百二十八》


《最小衛星の軌道誤差を再計算》


司は観測に集中していた。


いつの間にか、エルザが隣へ座っている。


「ツカサの目の奥、緑に光ってるよ?」


「夜目の能力を最大まで使っている」


「私たちよりも夜が見えるの?」


「遠くの物を拡大して見ることもできる」


「何を見てるの?」


「星の位置を調べている。俺がどこから来たのか、手掛かりが見つかるかもしれない」


エルザも空を見上げた。


しばらくすると、司の肩へ身体を預けてくる。


「まだ、しばらくかかる?」


「ああ。もう少しかかる」


「先にベッドで待ってるね」


「ああ、おやすみ」


エルザは立ち上がり、テントの中へ入っていった。


司は再び観測へ意識を戻した。



約二十分後。


予定していた星の観測が終了した。


司は記録を保存し、焚き火を安全な状態まで弱める。


警戒用レーザースキャナが正常に動いていることを確認し、テントへ入った。


二台用意したうち、エルザのベッドは空だった。


司が自分用のベッドを見る。


エルザが待っていた。


掛け布の中から顔だけを出し、司を見上げている。


「そこは俺のベッドだったんだが……」


「遅い。早く脱いで」


「おい!?」


エルザは、司と抱き合って眠るつもりで待っていたらしい。


《エルフにとって、親しい相手との肉体的接触は一般的なコミュニケーション方法です》


現地文化の解析が進んだAIが説明する。


《現状で理由を示さず強く拒否した場合、今後の関係に悪影響が――》


「最後まで言うな。分かってる」


司はエルザを見た。


エルザは無理に誘っているわけではない。


ただ司と一緒に過ごしたいという気持ちを、地球人よりも率直に示しているだけだった。


「俺もエルザを気に入っている。断るつもりはないさ」


司は装備を外し始めた。


「待たせたな」


エルザが掛け布を持ち上げ、いたずらっぽく笑う。


「今日は私からしてあげる」


司はテントの照明を消した。


二人だけの夜は、静かな森の中で深夜まで続いた。



翌朝。


二人はテントと警戒装置を撤収し、再び始まりのルミエールを目指して歩き始めた。


午前中に長い谷を抜け、小高い丘へ登る。


頂上付近は樹木が少なく、遠くまで見渡すことができた。


エルザが進行方向を確認している間、司は電子眼で周辺地形を走査する。


そのとき、森の向こうに不自然な形状を見つけた。


巨大な塔のような物体が、斜めに傾いている。


半分以上が土と植物に覆われ、先端部分だけが森の上へ突き出していた。


「エルザ。あれは何だ?」


「あの塔?」


「知っているのか?」


「神大時代の遺跡。昔からあそこにあるよ」


エルザは特に興味を示さなかった。


「何かあるのか?」


「何もない。石でも木でもない物でできているけど、入口も開かない。昔の人が何度も調べたけど、役に立つ物は見つからなかったって聞いてる」


司は電子眼の倍率を上げた。


物体の外周には、均等な間隔で継ぎ目のような線が走っている。


塔にしては先端が丸く、下部へ向かうほど幅が広い。


地面へ斜めに突き刺さっているため塔に見えるが、元から垂直に建てられた構造物とは思えない。


《外形を立体推定》


《人工物である可能性、極めて高い》


《建築物としては不自然な重心構造》


《外殻に耐熱材または衝撃吸収構造と類似する特徴を確認》


司の視界に、地中へ埋まっている部分の推定形状が表示された。


先端。


船体。


後部推進区画に見える膨らみ。


「塔じゃない」


「じゃあ、何?」


《宇宙航行用の乗り物である可能性があります》


AIの推定図を見せられると、確かに地面へ突き刺さった宇宙船のように見える。


司の胸が高鳴った。


この惑星に存在する、地球とは異なる高度文明の痕跡。


内部に記録装置や航行情報が残されていれば、現在位置や地球へ帰る手掛かりが得られるかもしれない。


「エルザ。少し寄り道をしてもいいか?」


「塔へ行きたいの?」


「あれを調査させてほしい。俺には、ただの塔には見えない」


エルザは司の真剣な表情を見て、すぐにうなずいた。


「いいよ。急ぐ旅じゃないから」


「助かる」


「でも、入口は開かないよ?」


「それを調べるのが俺の仕事だ」


二人は進路を変更した。


行く手には、神大時代の塔と呼ばれてきた巨大な遺物が、森へ斜めに突き刺さっている。


それが本当に宇宙船なら、司がこの惑星へ来て初めて発見した、帰還につながる可能性のある手掛かりだった。


司とエルザは、古代の宇宙船と思われる遺跡へ向かって歩き始めた。


――第六話・終


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