第19話「王城最初の夜」
「本人は、自分が私の息子だとは知らない」
アルディスの言葉が、窓のない小部屋へ沈んだ。
司は向かいに座る国王を見た。
今夜の宴では、二十三人目の子どもが生まれることを笑いながら話していた。
だが、目の前にいるアルディスは、同じ人物には見えない。
「母親の名前は?」
「ニナイ・ブルック。四十一歳の人間だ」
「北方の人間国家から王都へ来て、今は城下で宿屋を営んでいる」
「ロインも、その宿屋で働いているのですか?」
「ああ。客の案内や給仕、荷物運びなどを手伝っている」
アルディスは机の上で組んでいた手を解いた。
「ニナイは二十歳でロインを産んだ」
「この国では、親同士がともに暮らしていないことも、父親が公にされないことも、それだけで子どもの罪にはならぬ」
婚姻制度のない国だ。
誰と誰の間に生まれたかは血縁として記録されても、地球の一部で使われていた嫡出、非嫡出という区別は存在しない。
「では、隠した理由は王位継承権ですか?」
アルディスが、ゆっくりうなずいた。
「この国で王位を継げるのは男だけだ」
「私の息子だと公になれば、本人にその気がなくとも王位継承者として扱う者が現れる」
「人間との間に生まれた王子を利用したい者も、排除したい者も出るだろう」
「そうなれば、ロインだけでなくニナイも危険にさらされる」
「既にいる王子たちから反対されたのですか?」
「ロインの存在を知る王子はいない」
「エルザも?」
「知らぬ」
アルディスは即答した。
「この秘密を知るのは、私とニナイ、それから私の外出を助ける数人の側近だけだ」
「血縁を調べる中央装置にも登録していない」
「ロインは、父親不明の人間として記録されている」
司は、王都へ入ったときに自分とエルザが使った登録装置を思い出した。
紫色の宝玉を通じ、王都の中央装置が身分と血縁情報を管理している。
ロインの血液や遺伝情報が正式に登録されれば、王族とのつながりが発見される可能性がある。
「ニナイは、それを受け入れたのですか?」
「彼女が望んだ」
アルディスの声が低くなる。
「ロインを王子にするより、普通の人間として生かしてほしいと頼まれた」
「自分は誰にも話さず、墓まで持っていくとな」
「陛下も、父親だと名乗らない約束をした」
「ああ」
短い返事だった。
「ロインと会ったことは?」
アルディスはしばらく答えなかった。
「あの子が眠っている姿なら、何度も見た」
「起きているときは?」
「父親として顔を合わせたことはない」
「宿屋へは、月に一度か二度、人目を避けて訪れている」
「一般の客を装い、ロインが眠ったあとに入り、目覚める前に城へ戻る」
「それなら、何のために宿屋へ行くのですか?」
司は責めるつもりで尋ねたわけではなかった。
純粋に、行動の目的が分からなかった。
アルディスは視線を落とした。
「それでも、近くにいたいと思う夜がある」
王として合理的な答えではない。
だが、一人の父親としては、それ以上に説明する言葉がないのだろう。
司は黙って続きを待った。
「ニナイから、暮らしに困ってはいないと聞いている」
「ロインは護衛になることを望み、仕事の合間に身体を鍛えているそうだ」
「だが、師を持たず、正式な訓練も受けていない」
「本人が望むなら、訓練所へ入れることはできるのでは?」
「王の推薦を使えば、なぜ一介の宿屋の息子へそこまでするのかと疑われる」
「ニナイへ金を渡すことさえ、目立たぬ範囲に抑えている」
アルディスは司を見た。
「そなたなら、同じ人間として自然に近づける」
「宿屋を客として訪れ、あの子がどのように暮らしているのか確かめてほしい」
「王の命令ですか?」
「違う」
アルディスは首を横へ振った。
「一人の父親としての頼みだ」
司は返答する前に、依頼の範囲を整理した。
ロインの生活を確認する。
王族との関係を明かさない。
必要以上に監視しない。
「客として、正面から宿屋を訪れます」
「尾行や、本人の部屋を調べることはしません」
「ロインの許可なく、身体や持ち物を詳しく調べることもしません」
「報告するのは、危険の有無と、本人がどのような生活を送っているかだけです」
「それでよい」
アルディスの返答には、安堵が混じっていた。
「陛下の息子であることも伝えません」
「頼む」
「ただし、本人の命に危険が迫った場合は、依頼の範囲を超えて介入します」
「もちろんだ」
アルディスは上着の内側から、小さく折り畳まれた紙を取り出した。
机の上へ広げる。
王城と城下町の一部を描いた地図だった。
北門へ続く大通りから一本外れた場所に、赤い印が付いている。
「ここがニナイの宿屋だ。一階は食堂で"やみつき亭"という。昼間は食堂をやっている」
「ロインの外見は?」
「髪と右目は濃い茶色。左目だけが、私と同じ緑色をしている」
「本人はその目を嫌い、長い前髪で隠している」
「それ以外は人間とほとんど変わらぬ」
司は地図を畳み、上着の内側へ入れた。
「明日以降、適当な時期に訪ねます」
「感謝する」
アルディスは王としてではなく、深く頭を下げた。
◇
密談を終え、司は客室へ戻った。
扉を開ける前から、中に三人分の生命反応があることは分かっていた。
軽く扉を叩く。
内側から、すぐに返事があった。
「お待ちしておりました、ツカサ様」
扉を開けたのはレイミーだった。
部屋は、司が宴へ出る前とは少し変わっている。
寝台の敷布は新しいものへ交換され、枕が四つ並べられていた。
机には水差しと四つの杯。
壁際には司の衣服を入れるための箱が置かれ、浴室の方から湯と香草の匂いが流れてくる。
ニーナは机の上に並べた小物を確認し、ジーナは浴室と寝室の間を行き来していた。
三人とも、宴で紹介されたときと同じ濃緑色と生成り色の使用人服を着ている。
「遅くなった」
「陛下からのお呼びでしたので、時間は気になさらないでください」
レイミーが答える。
「お湯は温め直してあります」
「入浴の準備も整っています」
「自分で入れる」
司が言うと、三人の動きがそろって止まった。
最初に口を開いたのはジーナだった。
「できるかどうかではなく、私たちがお世話をするんです」
「日中の職務に、入浴の介助が含まれていることは聞いている」
「今は夜だ」
「はい。ですから、夜のお世話もいたします」
司はジーナを見る。
「夜間の待機という意味ではないのか?」
ジーナがニーナへ視線を送る。
ニーナは丸い眼鏡の位置を直した。
レイミーは口元へ手を当てている。
笑いを抑えているらしい。
「ツカサ様」
ニーナが、説明する言葉を選ぶように口を開いた。
「私たちは、同じ寝台で夜を過ごすために参りました」
「必要であれば、夜間警備も行うという意味か?」
「違います」
今度は三人が同時に答えた。
ジーナが一歩近づく。
「一緒にお風呂へ入って、身体を洗って、そのあと一緒に寝るんです」
「寝るだけではありません」
司は、宴でエルザとレオナが交わしていた視線を思い出した。
「そういう意味か」
「ようやく分かっていただけましたか」
レイミーが微笑んだ。
「これは王から命じられた職務か?」
「身の回りのお世話は職務です」
「ですが、夜伽を行うかどうかは、私たちとお客様の意思で決まります」
「断れば不利益を受けることは?」
「ございません」
「私たち三人が、ツカサ様の専任を希望いたしました」
司は脳内AIへ問いかけた。
「三人の中に、無理をしている者はいるか?」
《心拍、呼吸、瞳孔反応を確認》
《三名とも、恐怖または強い嫌悪を示す反応は検出されません》
《発言と生体反応にも、大きな矛盾はありません》
《何者かに強制されている可能性は低いと判断します》
生体反応だけで人間の意思を完全に判断することはできない。
司は三人へ言った。
「嫌なら、今から断っても構わない」
「仕事に影響が出ないよう、俺から王へ話しておく」
レイミーが穏やかに微笑む。
「お気遣いありがとうございます」
「ですが、私たちは三人とも、自分でツカサ様のもとへ参りました」
「むしろ、今さら帰れと言われる方が困ります」
ジーナが続ける。
ニーナも小さくうなずいた。
「今夜の担当を決める際、最初に希望したのは私たちです」
「なぜ俺を?」
「お強いからです」
ジーナの答えには迷いがなかった。
「地下から戻られた六人を、同じ功労者として扱うよう陛下へ求めたと聞きました」
レイミーが続ける。
「力をお持ちの方は大勢います」
「ですが、その力を自分だけのものにしない方は多くありません」
「私は、異世界の身体構造に興味があります」
ニーナが言った。
「それは、俺の身体を調べたいという意味か?」
「そのような言い方をされると、少し違うように聞こえます」
ニーナは困ったように眼鏡を押し上げた。
ジーナが笑う。
「それに、この三人を選んだのには理由があるんです」
「理由?」
「私たち、夜のお世話が上手だって、侍女たちの間では有名なんですよ」
ニーナが咳払いをした。
「自分で言うことではありません」
「でも本当でしょ?」
「否定はいたしませんが」
レイミーも否定しなかった。
王城では、夜伽も賓客をもてなす仕事の一つとして認められている。
技術を持つことは、料理や衣服の手入れが上手いことと同じく、恥じるものではないらしい。
司は三人を見た。
「分かった」
「ただし、途中で嫌になったら、すぐに言ってくれ」
「ツカサ様も、同じでございます」
レイミーが答えた。
「お互いに無理をしない。それが夜のお世話で最も大切なことです」
◇
三人は、司を浴室へ案内した。
客室の奥にある浴室は、地球の宿泊施設と比べても広い。
白い石で作られた浴槽は、五人が脚を伸ばして入れるほどの大きさがある。
浴槽の縁には複数の青い宝玉が埋め込まれ、一定の温度に保たれた湯が流れ続けていた。
壁の宝玉へ触れると、浴槽の底から細かな泡が立ち上る。
別の宝玉は、背や腰へ向けて温かな水流を送り出した。
《水温、三十九・八度》
《既知の有害物質は検出されません》
「地球のジャグジーに近いな」
《構造は異なりますが、得られる効果は類似しています》
浴槽の横には、湯を流せる低い台と、厚く柔らかな防水布が敷かれている。
身体を洗うための場所らしい。
ジーナが司の外套へ手を伸ばした。
「お脱がせします」
「それも自分でできる」
「ツカサ様」
レイミーが、先ほどと同じ穏やかな笑顔を向ける。
「できることを代わりにするのが、お世話でございます」
司は反論をやめた。
外套。
濃紺の上着。
その下に着ていた走行スーツ。
三人は装備を傷つけないよう、司へ手順を聞きながら一つずつ外していく。
拳銃を取り出したときだけ、ジーナの動きが止まった。
「お風呂にも持って入りますか?」
「手の届く場所には置く」
「やっぱり兵士なんですね」
「習慣だ」
拳銃は浴室の入口にある棚へ置かれた。
司の衣服を脱がせ終えると、三人も使用人服へ手をかけた。
生成り色のエプロン。
濃緑色の上着とミモレ丈のスカート。
黒いストッキングは、細いガーターベルトで支えられている。
三人とも、その下に別の下着を身につけていなかった。
司の視線に気づき、ジーナが尋ねる。
「どうかされましたか?」
「地球では、下半身にも布の下着を着ける女性が多い」
「こちらでは、女性特有の時期以外は身に着けません」
ニーナが説明した。
「蒸れますし、汚れも残りやすくなりますから」
「スカートの下に何もない状態が、普通なのか?」
「はい」
「エルザ様も同じですよ」
ジーナが付け加える。
司は旅の途中で何度か見たものを思い出し、それ以上尋ねなかった。
湯気の中で、三人の身体があらわになる。
ニーナは小柄で細身だった。
レイミーは三人の中で最も背が高く、胸元にも腰にも豊かな丸みがある。
ジーナは引き締まった身体を持ち、猫人族の血を示す特徴は、少し鋭い爪以外にほとんど見られない。
三人に共通しているのは、肌に余分な体毛が見当たらないことだった。
腕も、脚も、脇も滑らかに整えられている。
親密な場所にも同じ習慣が徹底されていた。
司は、旅の途中で水浴びをしていたエルザを思い出す。
彼女の身体も同じだった。
これまでは個人の好みだと考えていた。
「三人とも、体毛を処理しているのか?」
「女性なら普通ですよ」
ジーナが答えた。
「種族に関係なく、目より下に生える毛は、不浄なものと考えられています」
ニーナが続ける。
「顔の産毛も、腕も、脚も、脇も、すべてきれいに整えます」
「身体を清潔に保つための身だしなみでございます」
レイミーが自分の腕を見せるように差し出した。
「男性でも、ルミエール人やグラミエール人には同じようにする方がいらっしゃいます」
「ただ、女性ほど一般的ではございません」
「エルザも、慣習に従っていたということか」
「もちろんです」
司は、この世界へ来てから当然のように目にしていたことの意味を、ようやく理解した。
身体を隠さないこと。
下着を身につけないこと。
体毛を残さないこと。
どれも性的な誘いだけを意味するのではない。
この国に暮らす女性たちにとって、日常の身だしなみだった。
司は三人の耳へ目を向けた。
使用人服を着ていたときから気づいていたが、レイミーの左耳には銀色の輪が一つ、ジーナには二つ付いている。
ニーナの左耳には何もない。
三人とも、右耳には何も付けていなかった。
「左耳の輪には、意味があるのか?」
「はい」
レイミーが、左耳の小さな輪へ触れた。
「自分が産んだ子ども一人につき、一つ付けます」
「私には十六歳の息子が一人おります」
「その輪は、父親や家族を示すものではない?」
「私が一人の子どもを産んだことを示すものです」
ジーナが、自分の二つの輪を指先で揺らす。
「私は三歳の娘が二人です。双子なので、輪も二つです」
「今夜は家族に預けてきました」
「ニーナには子どもがいないため、左耳の輪もございません」
ニーナが自分で説明した。
「右耳は?」
その問いに、三人の表情が少しだけ静かになった。
「亡くした子どもの数です」
レイミーが答える。
「子どもを亡くした母親は、右耳に小さなピアスを一つ付けます」
「忘れないための印です」
司は三人の右耳を見た。
「誰も付けていない」
「はい」
「私たちの子どもは、皆生きています」
ジーナが二つの輪へ触れながら笑う。
「すごく元気です」
左耳には、生まれた命の数。
右耳には、失った命の数。
それは飾りというより、女性が歩んできた時間を、言葉にせず示す印だった。
◇
三人は司を低い椅子へ座らせ、湯をかけた。
ニーナが右腕。
ジーナが左腕。
レイミーが背中と髪を洗う。
柔らかな布と、香草を練り込んだ石鹸が、戦闘と宴の疲れを落としていく。
司の身体には、汗や垢を自動的に分解する微細機構がある。
それでも、温かな湯と人の手で身体を洗われる感覚は別のものだった。
「力加減はいかがですか?」
「問題ない」
「気持ちいい、と言っていただいてもよいのですよ」
レイミーが笑う。
「快適だ」
「やはり真面目な方ですね」
三人も身体を流し、司とともに大きな浴槽へ入った。
青い宝玉へ触れる。
浴槽の底から無数の泡が立ち上り、四人の身体を包んだ。
ニーナが司の右側へ座る。
ジーナが左側へ身体を寄せる。
レイミーは正面に膝をついた。
「ここからも、入浴の世話なのか?」
司が尋ねる。
「ここからは、夜のお世話でございます」
レイミーの指が、司の胸元へ触れた。
左側ではジーナが、右側ではニーナが、それぞれ司の腕へ唇を寄せる。
指先。
手のひら。
腕。
胸元。
二人は左右を分け合い、ゆっくりと口づけを移していった。
レイミーは司の腰へ腕を回す。
豊かな胸が柔らかく触れ、そのまま彼女の唇と舌が、さらに深い場所まで司を導いていく。
三人は言葉を交わさない。
それでも、誰がどこを受け持つのか、次に何をするのかを分かっていた。
《三名の動作に、事前に打ち合わせた形跡があります》
「確認しなくていい」
《確認に対する応答です》
司の呼吸が少しずつ深くなる。
心拍数が上昇し、身体が三人の愛撫へ正直に反応する。
サイボーグ化によって失われた機能はある。
だが、誰かと身体を重ね、快感を得るための機能は残されていた。
レイミーは動きを緩めない。
司が最初の頂点を迎えるまで導き、最後まで残さず受け止めた。
やがて顔を上げると、左の口元にあるほくろの近くを指先で拭う。
「まだ、最初でございます」
「そのようだな」
レイミーは満足そうに微笑んだ。
浴槽を出た四人は、床へ敷かれた柔らかな防水布へ移った。
温かな湯と泡が、布の表面を薄く流れていく。
ジーナとニーナが並んで横たわる。
司は二人の間へ膝をつき、左右へ手を伸ばした。
一方的に世話を受けるだけではない。
二人の呼吸と表情を確認しながら、異なる速さで愛撫を返していく。
ジーナは声を隠そうとしなかった。
ニーナは眼鏡を外した顔を赤く染め、声を抑えようと唇を噛む。
「我慢する必要はない」
司が言うと、ニーナは首を横へ振った。
「我慢しているのでは、ありません」
途切れた返答が、その言葉を否定しているように聞こえた。
司の背中へ、レイミーの身体が重なる。
彼女の両腕が後ろから司の腰へ回った。
「ツカサ様」
耳元へ、熱を帯びた声が届く。
「最後は、私たちの中で迎えてください」
司は振り返らずに尋ねた。
「三人とも、それを望んでいるのか?」
「はい」
レイミーが答える。
ジーナとニーナも、声を重ねた。
彼女たちは、司が子どもを残せないことを知らない。
だが、三人は子どもが欲しいとは一度も口にしていない。
自分たちが望み、司本人に興味を持ってここへ来たと話していた。
司は、三人の意思を受け入れた。
最初にジーナを抱き寄せる。
互いの肌が重なり、彼女の腕と脚が司の身体へ回った。
ジーナの声が浴室へ響く。
司はその表情を確認しながら動きを速め、彼女の身体から力が抜けるまで離れなかった。
「すごい……本当に、疲れないんですね」
「疲労はしている」
「そうは見えません」
ジーナは息を乱しながら笑った。
次に、ニーナを抱き寄せる。
眼鏡を外した彼女は、普段より無防備に見えた。
ニーナは司の背へ両腕を回し、額を胸元へ押しつける。
最初は抑えられていた声が、動きが深くなるたびに大きくなった。
司の呼吸も乱れる。
二人の身体が、ほとんど同時に強く震えた。
最後の瞬間、司はレイミーから告げられた願いに応えた。
ニーナは司を離さず、呼吸が落ち着くまで抱きしめ続けた。
◇
浴室を出た四人は、何も身につけないまま寝室へ移った。
レイミーが水差しから杯へ水を注ぐ。
「まずは、お水を」
「必要な水分量は足りている」
《軽度の発汗を確認》
《水分補給を推奨します》
「どちらの味方だ」
《生体維持支援を実行しています》
司は杯を受け取った。
三人も水を飲み、寝台へ腰を下ろす。
「少し休みますか?」
レイミーが尋ねる。
「三人は休まなくていいのか?」
「ツカサ様が、もうお休みになりたいのでしたら」
「まだ寝る時間ではない」
その返答を聞き、ジーナの顔が明るくなる。
ニーナも眼鏡を机へ置き、寝台の中央へ上がった。
今度は、レイミーが最初に司を受け入れた。
ジーナが左から、ニーナが右から司へ寄り添う。
浴室と同じように、二人の唇が司の胸元と左右の腕へ移っていった。
レイミーは司の首へ両腕を回す。
豊かな身体が、司の動きに合わせて揺れる。
ゆっくりと始まった動きは、彼女の声に導かれるように少しずつ速くなった。
向きを変える。
背後から抱きしめる。
上下を入れ替え、今度はレイミー自身が動く。
そして再び正面から、深く抱き合う。
レイミーは何度も声を上げ、そのたびに司の背へ爪を立てた。
最後には首へしがみつき、離れないでほしいと耳元で告げる。
司はその望みに応えた。
二人は深く結ばれたまま、ほぼ同時に頂点を迎えた。
続いてジーナ。
ジーナは自分から司へ跨がり、楽しそうに笑う。
「今度は、私が動きます」
浴室で力が抜けていた姿が嘘のようだった。
司は彼女の腰を支え、動きが乱れると向きを入れ替える。
正面から抱き、背後から抱き、再び互いの顔が見える位置へ戻る。
ジーナは声を抑えず、何度も司の名を呼んだ。
最後は司へ強くしがみつき、レイミーと同じ願いを口にした。
司はそれを受け入れた。
次はニーナだった。
ニーナは眼鏡を外したまま、寝台の端で司を待っている。
普段の落ち着いた話し方は残っていなかった。
「私も、お二人と同じようにしてください」
「無理をする必要はない」
「無理ではありません」
ニーナは司の手を取り、自分の方へ引いた。
「私が望んでいます」
司はニーナを抱いた。
最初はゆっくりと。
彼女の呼吸と表情を確かめながら動く。
やがて、ニーナ自身がもっと強く求めた。
抱く向きが変わるたび、彼女の声から理性が薄れていく。
最後には司の背へ腕と脚を回し、ほかの二人と同じように、すべてを受け止めた。
◇
二度目の水分補給を終えた時点で、夜はまだ明けていなかった。
ジーナは寝台へ仰向けになり、胸を上下させている。
「本当に、まだ動けるんですか?」
「戦闘継続に支障はない」
「今は戦闘ではありません」
ニーナが指摘する。
「似たようなものかもしれません」
レイミーが笑った。
「違う」
司の返答に、三人の笑い声が重なる。
「では、最後にもう一度だけ」
レイミーが司へ手を伸ばした。
三度目は、ニーナとジーナが左右の場所を入れ替えた。
ニーナが左側。
ジーナが右側。
レイミー、ジーナ、ニーナの順に、三人はもう一度司と身体を重ねた。
浴室から続いた動きで、三人の身体には疲労が蓄積している。
それでも、誰一人として途中でやめたいとは言わなかった。
司も急がず、三人の反応へ合わせて抱き方と速さを変えた。
レイミーは最後まで三人を導きながら、自分が抱かれる番になると最も大きく声を乱した。
ジーナは司と動きを競うように何度も上下を入れ替えた。
ニーナは声を抑えることを諦め、最後には司の名だけを繰り返した。
三人とも、何度も頂点を迎えた。
そして司も、一人ずつ、彼女たちが望んだ形で最後を迎えた。
夜伽が終わったとき、最初に動けなくなったのはジーナだった。
「もう、指一本動かしたくありません」
「先ほどまで、まだできると言っていませんでしたか?」
ニーナが寝台へ身体を沈めながら尋ねる。
「できるのと、動きたいのは別です」
「それはツカサ様が入浴前におっしゃっていたことと、よく似ていますね」
レイミーが言う。
「できるかどうかではなく、お世話をしたい、だったか」
司が答える。
「覚えていてくださったのですね」
「記録している」
「そういう意味ではないと思います」
ニーナが小さく笑った。
三人は衣服へ手を伸ばさなかった。
レイミーが司の胸元へ寄り添う。
ニーナは右腕を抱き、ジーナは左側から脚を絡めた。
四人は何も身につけないまま、広い寝台へ横たわった。
「ツカサ様は、眠られないのですか?」
レイミーが尋ねる。
「睡眠は必要だ」
「機械のお身体でも?」
「脳と神経系の一部は、生身だった頃の構造を残している」
「記憶の整理と神経組織の維持には、睡眠が必要だ」
司は脳内AIへ時刻を確認した。
《現地時刻換算、午前一時五十二分》
《戦時短縮睡眠であれば、三時間で全機能を回復できます》
《現在、周辺に緊急事態は確認されません》
《通常睡眠として、六時間から七時間を推奨します》
戦場であれば三時間を選ぶ。
だが、ここは戦場ではない。
無意味に起き続ける理由もなかった。
「六時間半で起こせ」
《承知しました》
「おやすみなさいませ、ツカサ様」
レイミーの声が近くで聞こえる。
「おやすみなさい」
ニーナが続いた。
ジーナから返事はない。
既に眠っていた。
司は目を閉じた。
サイボーグ兵になる以前と同じように意識を手放し、深い眠りへ入った。
◇
《設定睡眠時間に到達》
《睡眠時間、六時間三十分》
《神経疲労、身体疲労ともに回復》
《周辺に敵対反応はありません》
司は目を開けた。
窓の外は既に日が昇り明るくなっている。
レイミーは司の胸元へ頬を寄せ、穏やかな寝息を立てていた。
ニーナは右腕を両手で抱いたまま眠っている。
ジーナは司の左脚へ自分の脚を絡め、敷布を半分以上蹴り落としていた。
三人とも、昨夜のまま何も身につけていない。
司は三人を起こさないよう、身体を動かそうとした。
右腕。
左脚。
胸元。
すべてが塞がっている。
《脱出経路を表示しますか?》
「必要ない」
《右腕を上方へ十四度回転させ、左脚を――》
「表示するな」
《了解しました》
扉を叩く音がした。
コン、コン。
「ツカサ、起きてる?」
エルザの声だった。
「起きている」
司が答えると、扉が少しだけ開いた。
朝の光を受けたプラチナブロンドの髪が、扉の隙間から見える。
「入っても大丈夫?」
司は自分を囲む三人を見た。
「判断できない」
「どうして?」
エルザが扉をもう少し開く。
寝台の様子を見て、すぐに理由を理解した。
驚くことも、怒ることもなかった。
口元へ手を当て、楽しそうに笑う。
「三人とも、ちゃんとお世話できたみたいだね」
「夜の職務について、先に説明しておいてほしかった」
「聞かなかったでしょ?」
「交代勤務だと思っていた」
「三人で交代しながら、ツカサの隣で寝ると思ったの?」
「夜間の待機と警備だ」
エルザは声を抑えながら笑った。
その声で、レイミーが目を開ける。
「エルザ様……おはようございます」
「おはよう、レイミー。三人とも大丈夫?」
「はい。とてもよい夜でございました」
「よかった」
レイミーは裸であることを気にせず、司の胸元へ頬を戻した。
続いて、ニーナが目を覚ます。
眼鏡を探すように右手を伸ばし、司の肩へ触れた。
「眼鏡は机の上だ」
「ありがとうございます」
最後にジーナが寝返りを打つ。
司の左脚へ、さらに強く絡みついた。
「あと少しだけ……」
「起きてくれ」
「無理です」
「できるかどうかではなく、起きる時間だ」
昨夜の言葉を返され、ジーナは片目だけを開けた。
「覚えてたんですね」
「記録している」
「やっぱり、そういう意味ではないです」
エルザが再び笑った。
そして寝台へ近づき、司の耳元へ顔を寄せる。
「三人と仲良くするのは良いことよ」
「でも、昨日の話は忘れないでね」
「昨日の話?」
「ツカサの最初の子どもを宿すのは、私がいいっていう話」
司は返答できなかった。
身体を重ねることはできる。
快感を得ることも、相手へ与えることもできる。
だが、今の司の身体に、次の命を作る機能はない。
昨夜、三人が望んだ形で最後を迎えても、その事実は変わらなかった。
「その話は、あとで話す…」
「うん。待ってる」
エルザは疑うことなくうなずいた。
司の胸に、昨夜とは別の重さが残る。
机の上には、アルディスから受け取った地図が置かれている。
北門に近い、人間向けの宿屋。
そこに、自分の父親を知らない二十一歳の青年がいる。
司は地図へ視線を向けた。
《ロイン・ブルックとの接触方法を検討しますか?》
「まずは、客として宿屋を訪れる」
《訪問目的は?》
「人間同士の情報交換」
司は少し考え、付け加えた。
「それなら、不自然ではないだろう」
王城で過ごす一か月。
その最初の朝が始まった。
――第十九話・終




