↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/23

第17話「六人の帰還」

挿絵(By みてみん)



帰りの通路は、行きよりも静かだった。


魔物の咆哮も、爪が金属床を引っかく音も聞こえない。


壁の奥で動いていた機械音さえ止まり、六人の足音だけが細い通路へ響いている。


カツン。


カツン。


六人は、区画制御装置によって新たに開いた保守通路を進んでいた。


この道なら、マイクロ・アトミックシャワーを使用した封鎖区画を通らずに培養室へ戻れる。


先頭はラルス。


その後ろを、土鬼族の兵士に支えられた猫人族の槍兵が歩いている。


右肩には応急処置の布が巻かれ、腕は身体へ固定されていた。


ルミエール人の弓兵が、その後方を警戒する。


エルザは槍兵の歩調に合わせ、いつでも反対側から支えられる位置にいた。


最後尾を歩く司は、レプリケータの状態と六人の生命反応を交互に確認している。


《同行者五名の生命反応に急激な変化はありません》


《猫人族兵士の出血量は減少しています》


《ただし、帰還後に傷口の洗浄と縫合が必要です》


「分かっている」


《携帯型レプリケータは緊急冷却を継続中》


《通常製造機能の復旧まで、二十二分を要します》


司は背中から伝わる熱を確認した。


外殻はまだ温かいが、触れられないほどではない。


あの一発を作るため、内部の全回路が限界に近い出力で動いた。


補充した希少素材があっても、装置そのものが壊れれば意味はない。


《禁則兵器使用記録の保全処理が完了しました》


視界の端に、赤い枠で囲まれた表示が現れる。


《使用申請、再確認、生成命令、発射記録、着弾後の測定結果を独立記録領域へ保存》


《地球圏への帰還時、上級司令部への自動提出対象となります》


《軍事法廷から要求された場合、改変されていない全記録が証拠として提出されます》


「何度も言わなくても分かっている」


《確認に対する応答です》


脳内AIの声には、責める響きも、慰める響きもなかった。


ただ定められた事実を、定められた順序で告げている。


司は前を歩く五人を見た。


ラルスの深緑色の外套は裂け、鎧には爪痕が残っている。


エルザの盾に埋め込まれた宝玉は、ほとんど光を失っていた。


三人の兵士も、血と培養液と煤にまみれている。


それでも、全員が自分の足で地上へ向かっていた。


使用しなければ、今ここに何人残っていただろう。


結果だけで使用の正当性が決まるわけではない。


禁則兵器には、それだけの理由がある。


判断の過程も、ほかの手段が本当になかったのかも、帰還すれば調べられる。


それでも、司は自分の決定を後悔していなかった。


「ツカサ」


エルザが歩調を緩め、司の隣まで下がってきた。


「何だ?」


「さっきから、ずっと怖い顔をしてる」


「いつもと変わらない」


「変わってるよ」


エルザは前を歩く兵士たちとの距離を確認してから、声を落とした。


「あの武器を使ったこと、後悔してるの?」


司はすぐには答えなかった。


「後悔はしていない」


「じゃあ、何を考えてたの?」


「地球へ帰還した場合、あの兵器を使用したことについて審理を受ける」


「しんり?」


「正しい判断だったかを調べる裁判だ」


エルザの耳が、ぴんと立った。


「あれを倒したのに、罪になるの?」


「必要性が認められれば、罪にはならない」


「認められなかったら?」


「処罰される可能性がある」


エルザは足を止めかけた。


「おかしいよ。あれを使わなかったら、私たちは死んでた」


「それを、残された記録から判断するのが軍事法廷だ」


「記録だけじゃ分からないこともあるでしょ」


「だから証言も取る」


「それなら、私が説明する」


「地球の軍事法廷は、異世界に住むルミエール人の証言を想定していない」


「だったら、想定させればいいよ」


エルザは迷いなく言った。


「私も、兄様も、あの三人も、あそこにいた。ツカサだけの責任じゃない」


「使用を決定し、発射したのは俺だ」


「でも、五分半を稼ぐって決めたのは六人だよ」


前方から、ラルスの声がした。


「エルザの言うとおりだ」


振り返らないまま、ラルスは歩き続けている。


「ツカサ殿の故郷の法が、私たちの証言をどう扱うかは分からない」


「だが、必要なら私も証言する。あの場で指揮を執っていた者としてな」


「兄様、聞いてたの?」


「この通路で聞こえないと思ったのか?」


エルザは少し気まずそうに耳を伏せた。


ラルスは、そこで初めて振り返った。


「それに、軍事法廷が開かれるということは、ツカサ殿が故郷へ帰れたということだろう」


「そうなる」


「ならば、帰るまで忘れなければいい。報告すべきことが一つ増えただけだ」


ラルスは再び前を向いた。


司は、隣にいるエルザを見る。


エルザは、当然だと言うようにうなずいた。


「一人で背負わないで」


第二封鎖門で、戦闘機械へ戻りかけた司を引き止めたのも、この声だった。


「分かった」


司が答えると、エルザの耳が元の角度へ戻った。


◇


保守通路を抜けると、培養室へ戻った。


青い液体に満たされた円筒は、すべて沈黙している。


点滅していた赤い光は消え、外殻も閉じたまま動かない。


床には、戦闘で倒した魔物と、形成途中で崩れた個体が残されていた。


生きている反応はない。


エルザが、円筒の中に浮かぶ不完全な影を見上げた。


「もう、外へ出てこないんだよね」


「この区画の装置は止めた」


「ずっと?」


「誰かが、もう一度動かさない限りはな」


「そんなこと、させないよ」


ラルスが制御盤の表示を確認する。


「この入口を封鎖する。中へ入る者も、王の許可を受けた者だけにする」


「最深部には、しばらく誰も入れない方がいい」


司は答えた。


「あの爆発が起きた部屋には、目に見えない危険が残っている」


「先ほど言っていた、放射線というものか?」


「そうだ。短時間なら直ちに命を失う量ではない。だが、長く浴びる理由もない」


「どれほど待てばよい?」


「今回散布した核マイクロマシンの量なら、通常は二週間から三週間で平常値まで下がる」


「ただし、破片や粉塵が一か所へ集まっていれば、そこだけ高い値が残る可能性がある」


「安全を優先するなら、封鎖期間は一か月だ。そのあと、俺が最深部を再測定する」


ラルスの表情が険しくなる。


「知らずに入れば、どうなる?」


「浴びた量によっては、すぐには何も起きない。数日後、あるいはもっと後に身体を壊す」


「見えず、臭いもなく、後から人を殺すのか」


「だから禁則兵器なんだ」


六人は培養室を通過し、閉じていた入口へ向かった。


保安権限で解錠された扉は、中央に人一人が通れる隙間を作っている。


その先は、第二封鎖門へ続く石造通路だった。


金属の床から石の床へ足を移した瞬間、ラルスの左手首が淡く光った。


正式な国民用ブレスレットに付いた、小さな紫色の宝玉だった。


光は一度消え、また点く。


「通信が戻り始めた」


ラルスが宝玉へ指を当てる。


「こちらラルス。第二封鎖門、応答せよ」


最初に返ったのは、砂を擦るような雑音だった。


『……こちら……第二封鎖……』


声が途切れる。


ラルスは位置を変え、もう一度呼びかけた。


「こちらラルス。地下深部の異常を停止した」


宝玉の光が強くなる。


『副将! ご無事ですか!』


今度は、はっきり聞こえた。


「帰還者は六名。負傷者一名を含むが、全員生存している」


背後で、誰かが声を上げた。


続いて、複数の兵士が一斉に話す音が通信へ入り込む。


『六名全員ですか!』


「そうだ。担架と治療具を用意しろ」


『承知しました!』


「深部から新たな魔物が来る可能性は低い。ただし、警戒は解除するな。詳しい報告は戻ってから行う」


『お待ちしております、副将!』


通信が切れた。


負傷した猫人族の槍兵が、安堵したように息を吐く。


「帰ってきたことを、やっと信じられました」


「まだ着いていない」


ラルスは厳しい言葉を返したが、その声は少しだけ柔らかかった。


「最後まで気を抜くな」


「はい」


六人は、第二封鎖門へ向かって再び歩き始めた。


◇


第二封鎖門の手前には、多くの兵士が集まっていた。


負傷者を運ぶための担架。


水と布。


包帯や薬草を入れた木箱。


通路の両側へ並んだ兵士たちは、暗闇から現れた六人の姿を見つける。


「副将だ!」


「エルザ殿下もいる!」


「六人だ! 本当に全員いるぞ!」


声が重なり、大きな歓声へ変わった。


剣を掲げる者。


盾を叩く者。


涙を拭う者。


長い通路に、何度も六人の帰還を喜ぶ声が反響した。


ラルスは、歓声の中で右手を上げた。


兵士たちが少しずつ静かになる。


「最深部にあった、魔物を作る装置は停止した」


一瞬の沈黙。


意味を理解した兵士たちの表情が変わる。


「もう、魔物は湧かないのですか?」


前列にいた猫人族の兵士が尋ねた。


「王城地下にある装置から、新しい魔物が作られることはなくなった」


ラルスは、断言できる範囲だけを伝えた。


「ただし、地下に残っている個体がすべて消えたわけではない。警戒は続ける」


それでも、兵士たちの間から歓声が上がった。


何百年も繰り返されてきた討伐。


いつ現れるか分からない魔物。


封鎖門を守り続ける任務。


その原因が、初めて取り除かれた。


歓声は先ほどよりも大きくなった。


だが、司は通路の右側に目を向けた。


壁際に、灰色の布をかけられた人影が並んでいる。


一つではない。


その前には、回収された剣や槍、割れた盾が置かれていた。


第二封鎖門の戦闘で命を落とした兵士たちだった。


歓声に気づいた者から、同じ方向を見る。


一人、また一人と声を止めた。


やがて、通路は静まり返った。


帰還したルミエール人の弓兵が、布の下から見える一足の靴を見つめた。


ゆっくり歩み寄り、その場へ膝をつく。


弓を床へ置き、両手で顔を覆った。


誰の遺体なのか、司には分からない。


だが、弓兵には靴だけで分かったのだろう。


土鬼族の兵士も兜を脱いだ。


負傷した槍兵は支えを断り、左手で槍を杖代わりにして立つ。


ラルスは、並べられた遺体の前へ進んだ。


剣を抜き、刃を自分の胸の前へ垂直に立てる。


エルザも盾を置き、胸元へ右手を添えた。


司は踵をそろえ、背筋を伸ばした。


右手を眉の横へ上げる。


この世界の作法ではない。


それでも、戦場で命を落とした者へできる、司なりの敬礼だった。


ラルスが低い声で言う。


「私たちが深部へ到達できたのは、ここを守った者たちがいたからだ」


誰も動かなかった。


「魔物を生む装置は止まった」


「お前たちの犠牲を、無駄にはしない」


ラルスは剣を下ろした。


司も敬礼を解く。


帰還を祝う声は、もう上がらなかった。


代わりに、兵士たちは静かに道を開けた。


◇


「全員、ここで止まれ」


司は第二封鎖門を通過する前に、六人を広い待機区画へ集めた。


治療兵が負傷者へ近づこうとする。


「まだ触らないでくれ」


「傷の処置が必要です」


「先に、危険な物質が付着していないか確認する」


治療兵は戸惑いながらも、二歩下がった。


司は電子眼の走査範囲を広げた。


五人の身体。


武器。


盾。


衣服と靴底。


レプリケータ。


《表面汚染を走査中》


《同行者五名から、警戒値を超える放射性物質は検出されません》


《斎藤司の右靴底、および左脚外装に微量の放射性粉塵を検出》


《周辺への二次汚染を防ぐため、除去を推奨します》


「俺以外は問題ない」


司はレプリケータを床へ降ろした。


通常機能は復旧している。


除染用の吸着布と、密閉容器を生成する。


《生成時間、十七秒》


内部から小さな作動音が始まった。


「ツカサ殿だけが、危険なのですか?」


猫人族の槍兵が尋ねる。


「俺の身体と装備には対策がある。付着している量も少ない」


「触れれば、私たちにも移るの?」


「可能性がある。だから落とす」


回収口が開いた。


司は灰色の吸着布を取り出し、右の靴底と左脚の外装を丁寧に拭った。


使用済みの布を厚い密閉容器へ入れる。


蓋を閉め、もう一度全身を走査した。


《表面汚染、警戒値未満》


《周辺への汚染拡大はありません》


「これで触れても問題ない」


治療兵たちが、ようやく六人へ近づいた。


猫人族の槍兵は担架へ乗せられる。


ラルスは裂けた胸当てを外され、脇腹の打撲を確認された。


エルザの両腕には、防壁を支えたときの内出血が広がっていた。


治療兵が盾の宝玉へ手を伸ばそうとする。


「それは触らない方がいいよ。今、すごく弱ってるから」


「宝玉が弱るのですか?」


「私も初めて見たけど、たぶん」


エルザは亀甲盾を自分で抱えた。


司は治療兵の一人へ、先ほど密閉した容器を示した。


「これは、ほかの廃棄物と一緒にするな。俺が管理する」


「承知しました」


「最深部の封鎖区画には、誰も入れないでくれ。床へ散った黒い鱗も回収してはいけない」


ラルスがその言葉を引き継いだ。


「第二封鎖門より先は、一か月間立ち入り禁止とする。交代の兵士にも徹底しろ」


「はい、副将」


「内部の監視は続ける。ただし異常を確認しても、勝手に深部へ入るな。まず地上へ報告しろ」


命令を受けた兵士が走り出す。


六人は治療を受けながら、地上へ戻る準備を進めた。


◇


王城の地上部へ戻ったとき、窓の外は夜になっていた。


地下警報を受けて避難していた者たちは、すでにそれぞれの持ち場へ戻り始めている。


それでも地下入口の周辺には、多くの兵士や王城の使用人が残っていた。


六人が現れると、押し殺した声が広がっていく。


「戻った……」


「全員、生きてる」


「魔物を作る場所を止めたらしい」


誰が伝えたのか、深部で起きたことの一部はすでに広まり始めていた。


ラルスは集まる人々へ立ち止まらず、負傷者の搬送を優先させた。


六人は王城内の治療室へ入る。


猫人族の槍兵は傷口を洗浄され、縫合を受けた。


土鬼族の兵士と弓兵にも、細かな裂傷と打撲が見つかる。


ラルスとエルザも、治療師から薬を塗られ、布を巻かれた。


司の身体には、治療を必要とする損傷はなかった。


走行スーツと装甲服の一部が傷ついているが、自己修復可能な範囲に収まっている。


治療が終わる前に、扉の外が静かになった。


衛兵の声が響く。


「国王陛下がお見えです」


治療室にいた者たちが立ち上がろうとする。


扉が開き、国王アルディスが入ってきた。


長い銀髪には白いものが混じり、額には深い緊張の跡が残っている。


王としての衣装を着ているが、儀礼用の装飾はほとんど身につけていなかった。


「そのままでよい」


低く落ち着いた声が、立ち上がろうとした兵士たちを止めた。


アルディスは最初に六人を見渡した。


全員の顔を、一人ずつ確かめる。


そしてエルザの前へ進んだ。


「父様……」


アルディスは、包帯の巻かれた娘の両腕を見た。


何も言わず、エルザを抱きしめる。


エルザは一瞬驚いたあと、父親の背へ腕を回した。


「ただいま、父様」


「ああ」


短い返事だった。


だが、娘を抱く腕には力がこもっていた。


アルディスはエルザを離すと、ラルスの前へ立つ。


裂けた外套と傷ついた鎧を見て、その肩へ手を置いた。


「よく戻った」


「ご心配をおかけしました、父上」


「報告はあとで聞く。今は、六人とも戻ったことを喜ばせてくれ」


国王は三人の兵士にも歩み寄った。


身分も種族も異なる三人へ、同じように言葉をかける。


「よく生きて戻ってくれた」


三人は座ったまま、深く頭を下げた。


最後に、アルディスは司を見る。


「ツカサ殿」


「はい」


「二人で生きて戻るという約束を、果たしてくれたな」


「俺一人で果たした約束ではありません」


司は治療室にいる五人を見る。


「全員がいたから戻れました」


アルディスは、ゆっくりうなずいた。


「その話も含めて、聞かせてもらいたい」


◇


正式な報告は、治療室の隣にある作戦会議室で行われた。


大きな机の上には、王城地下の古い見取り図が広げられている。


国王アルディス。


ラルス。


エルザ。


司。


そして、治療を終えた三人の兵士。


負傷した猫人族の槍兵には椅子が用意されていた。


アルディスは、ほかの五人にも座るよう命じた。


「これは謁見ではない。正確な報告を聞くための場だ」


全員が席につく。


ラルスが、第二封鎖門での戦闘から順番に報告を始めた。


通常とは比べものにならないほど凶暴化した魔物。


痛みも恐怖もなく、致命傷を負っても襲いかかってきたこと。


第二封鎖門を立て直したあと、司、エルザ、ラルスと三人の兵士が深部へ進んだこと。


そこで、魔物を作り続ける培養設備を発見したこと。


報告を聞くアルディスの表情は動かなかった。


だが、戦死者と負傷者の数が告げられたとき、机の上で組んだ指へ力が入った。


ラルスは続ける。


「ツカサ殿の装置を使い、培養室単体の停止には成功しました」


「しかし、それだけでは再起動を防げないと判明したため、区画全体を制御する場所へ向かいました」


アルディスが司を見る。


「魔物は、あの場所で作られていたのか?」


「はい」


「自然に棲みついたものではなく?」


「保存されていた生体細胞から、機械が同じ生物を繰り返し複製していました」


アルディスは意味を考えるように、わずかに目を細めた。


「生体細胞とは?」


「生物の身体を作る、極めて小さな単位です。その一部へ残された情報から、同じ特徴を持つ身体を育てていたと考えてください」


「死んだ魔物を、生き返らせていたのか?」


「同じ個体を生き返らせたわけではありません。同じ設計を持つ、別の個体を作っていました」


「だから、何度倒しても同じような魔物が現れたのか」


「そう考えられます」


司は、培養個体の在庫情報が壊れていたことを説明した。


装置は実験動物が一体もいないと誤認し、不足を補う命令を繰り返していた。


成長を確認する機能も壊れ、未完成な個体まで外へ排出していた。


「誰が、そのようなものを作った?」


アルディスの問いに、司は首を横へ振った。


「分かりません」


「装置に記録は残っていなかったのか?」


「研究記録は、ほぼすべて消されていました」


「長い年月で失われたのではありません」


司は、同じ命令で記録領域が一斉に上書きされていたことを伝える。


「誰かが、知られたくない情報を意図的に消しています」


部屋に重い沈黙が落ちた。


アルディスは古い見取り図へ目を向ける。


「地下迷宮は、空から落ちた船だと話していたな」


「正確には、船の一部分です」


司は紙の見取り図の外側へ指を置いた。


「深部で確認した構造は、三方向が直線的に途切れていました。固定具と分離用の推進装置も残っています」


「より巨大な船から、切り離された区画だと判断しています」


「残りの区画は?」


「どこにあるか分かりません。王都の近くへ落ちた可能性も、遠くへ落ちた可能性もあります」


アルディスはラルスを見る。


「地上の調査も必要になるな」


「はい。ただし、今は地下の封鎖を優先すべきです」


「そのとおりだ」


アルディスは、司へ報告の続きを促した。


「区画全体を止める場所へ向かう途中で、巨大な実験生物が覚醒しました」


エルザが、膝の上で両手を握る。


司は続けた。


「残っていた表示では、エンシェントドラゴンを模して作った実験体とされていました」


アルディスの顔から、わずかに血の気が引いた。


「エンシェントドラゴンだと?」


「本物ではありません。模倣実験体です」


「それでも、伝承にしか残っていない存在を作ろうとしたというのか」


「飛行用の翼は不完全で、知性も最低限しかありませんでした」


「神代語で、殺す、壊す、燃す、と繰り返していました」


アルディスは何も答えなかった。


この国の王だけが知る記録に、何が残されているのか。


司には分からない。


だが、エンシェントドラゴンという言葉を、アルディスは知っていた。


「なぜ、今になって目を覚ました?」


「本来は、鎮静作用を持つ気体で活動を抑えられていました」


「設備の誤作動で、その気体が封鎖区画から排出されたためです」


「倒したのか?」


「はい」


司は一度、言葉を切った。


「ただし、通常の武器では倒せませんでした」


◇


司は、禁則兵器の使用について説明した。


携帯型レプリケータで生成したこと。


完成まで五分二十九秒を要したこと。


六人で攻撃をかわしながら、その時間を稼いだこと。


着弾後、三十秒で起爆したこと。


そして、爆発後の区画に放射線が残ったこと。


「その兵器は、どれほど危険なものなのだ?」


「今回のように対象へ直接付着させれば、破壊を狭い範囲へ集中できます」


「しかし、放射性物質を使います。製造中に事故が起きれば、使用者と周囲の者を巻き込む可能性もあります」


「だから禁じられているのか」


「無条件に禁止されているわけではありません。ただし、通常の指揮系統では容易に使用できない兵器です」


「今回は、その指揮官がいなかった」


「はい。地球との通信手段もありません」


司はアルディスの目を見た。


「使用を決めたのは俺です」


「脳内AIとの会話も、生成から発射までの記録も、すべて保存されています」


「地球へ帰還した場合、軍事法廷で判断を受けます」


「責任は、俺一人にあります」


「違います」


猫人族の槍兵が声を上げた。


椅子から立とうとして、傷の痛みに顔をしかめる。


「座ったままでよい」


アルディスが言う。


槍兵は座り直したが、司から目を逸らさなかった。


「あの武器が完成するまで戦うと決めたのは、私たち全員です」


土鬼族の兵士が続ける。


「ツカサ殿が一人で作っていたのではない。私たちが守ったから完成した」


「撃たなければ、全員あそこで死んでいました」


ルミエール人の弓兵も言った。


「私たちが生きていることが、必要だった証拠にはなりませんか」


司が答える前に、ラルスが口を開いた。


「現場の指揮を執っていたのは私です」


「ツカサ殿が兵器の危険性と必要な時間を説明したあと、五分二十九秒を稼ぐと決めた」


「退却を命じることもできました。だが、逃げ道は狭く、あれを残せば第二封鎖門まで到達する可能性があった」


「使用を止めなかった責任があるというなら、私にもあります」


エルザが、最後に言った。


「私も、使ってって思ってた」


ラルスが妹を見る。


「お前は、もう少し言葉を選べ」


「でも本当だよ」


「あれを倒せるなら使ってほしいって、みんな思ってた」


「だから、ツカサだけの責任にするのは違う」


五人の視線が、司へ集まる。


アルディスは、しばらく何も言わなかった。


やがて、静かに口を開く。


「ツカサ殿の故郷の法を、我々が変えることはできない」


「はい」


「だが、この国で起きた事実を記録することはできる」


アルディスは机の端にいた記録官へ向けて言った。


「今の証言を、全員の名とともに残せ」


「兵器を使用するまでの状況、ほかに有効な手段がなかったこと、六人の合意によって時間を稼いだこともだ」


「承知しました」


記録官の筆が動き始める。


「国王である私の名でも証明する」


アルディスは司を見た。


「この兵器は、王都と民を守るために使用された」


「もし故郷へ戻り、その法廷へ立つ日が来たなら、この国の記録も持っていくとよい」


「異世界の王が残した文書を、地球の法廷が証拠として扱うかは分かりません」


「それを判断するのは、その法廷だ」


アルディスの返答に迷いはなかった。


「我々が事実を残さない理由にはならない」


司は、一度だけ深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


◇


報告の最後に、司は二つの密閉容器を机へ置いた。


一つには、エンシェントドラゴンもどきの黒い鱗。


もう一つには、資材保管区画で発見した黒い結晶が入っている。


容器の外からは、内容物が見えない。


「これは何だ?」


アルディスが尋ねる。


「最深部で回収した試料です」


司は黒い鱗から説明した。


核兵器級の爆発を受けても、一部が形を残したこと。


レプリケータでも材質を完全には特定できないこと。


続いて、もう一つの容器へ手を置く。


「こちらは、資材保管区画に残されていた未知の物質です」


「危険なものか?」


「現時点では、危険性も用途も分かりません」


「レプリケータで複製することもできませんでした」


「ツカサ殿の装置でも作れないのか」


「構造を読み取れません。分解すれば、同じ状態へ戻せなくなる可能性があります」


「名称は?」


「正式名称は不明です。脳内AIは仮に、UM―01と登録しています」


アルディスは容器へ手を伸ばしかけ、途中で止めた。


「王城の者へ調べさせることはできるか?」


「安全性が確認できるまでは、触れさせない方がいいでしょう」


「分かった」


アルディスは即座に手を引いた。


「そのままツカサ殿が保管してくれ」


「よろしいのですか?」


「我々には、安全に容器を開く方法も、調べる方法もない」


「発見したという理由だけで扱い、取り返しのつかない事態を起こすべきではない」


「性質が分かった時点で報告してほしい。それまでは誰にも触れさせない」


「承知しました」


司は二つの容器を収納袋へ戻した。


アルディスは、机に広げられた見取り図へ向き直る。


「ラルス」


「はい、父上」


「第二封鎖門より先を、一か月間立ち入り禁止とする」


「見張りは残すが、異常があっても深部へ入らせるな」


「承知しました」


「魔物の発生が本当に止まったか、地上側で記録を続けろ」


「黒い鱗と、爆発が起きた区画については、ツカサ殿が安全を確認するまで接近を禁じる」


「一か月後、ツカサ殿の再測定を受け、安全が確認できた場合にのみ封鎖解除を検討する」


「直ちに命令を出します」


アルディスは、そこで全員を見渡した。


「今夜、王城の鐘を鳴らす」


エルザの表情から、わずかな明るさが消えた。


それが勝利を祝う鐘ではないと、すぐに分かったのだろう。


「まず、命を落とした者たちを送り出す」


「名を一人ずつ記録し、その働きを家族へ伝える」


「負傷者の治療と、残された者への補償も行う」


国王の声が、会議室へ静かに響いた。


「我々が今日を迎えられたのは、地下で戦ったすべての者のおかげだ」


誰も言葉を挟まなかった。


「戦死者を見送ったあと、帰還した者たちのために宴を開く」


アルディスは司を見る。


「ツカサ殿にも出席してもらいたい」


「俺だけではなく、六人全員を功労者として扱ってください」


「そのつもりだ」


アルディスは三人の兵士へも視線を向けた。


「六人で倒したのだろう?」


エルザが、わずかに笑った。


「うん。六人で倒したよ」


◇


報告を終えたあと、司は王城内に用意された部屋へ戻った。


血と煤を洗い流し、傷ついた走行スーツを机の上へ広げる。


レプリケータは通常の温度まで下がっていた。


損傷した外装部品を一つずつ取り外し、自己修復に必要な素材量を確認する。


《装備修復に必要な資材は、補充後の備蓄量で充足します》


《修復完了まで、三時間十二分》


「実行しろ」


《承知しました》


レプリケータ内部で、静かな作動音が始まった。


司は椅子へ座り、机の端へ二つの密閉容器を置いた。


黒い鱗。


UM―01。


《保管容器内部に変化はありません》


《放射性物質、既知の病原体、腐食性反応は検出されません》


「構造解析は?」


《進展なし》


《現在の走査方法では、固定された内部構造を取得できません》


「監視だけ続けろ」


《承知しました》


窓の外から、低い鐘の音が聞こえた。


ゴォン……。


長い余韻が、夜の王都へ広がっていく。


少し間を置き、二度目の鐘が鳴った。


ゴォン……。


戦死者を弔う鐘だった。


第二封鎖門で布をかけられていた者たち。


名前も知らない兵士たち。


その中には、司の目の前で命を失った者もいる。


魔物の腕に頭部を握り潰された兵士。


腹部を食い破られた兵士。


仲間を逃がすため、最後まで槍を離さなかった兵士。


司の記録領域には、すべての光景が鮮明に残っている。


忘れようとしても、映像は劣化しない。


それがサイボーグ兵の利点であり、ときには欠点でもあった。


扉を叩く音がした。


コン、コン。


「ツカサ、起きてる?」


エルザの声だった。


「入れ」


扉が開く。


エルザは簡素な室内着に着替えていた。


洗ったプラチナブロンドの髪は、まだ少し湿っている。


両腕には治療室で巻かれた細い布が残っていた。


「眠れないのか?」


「ツカサも寝てないでしょ」


「装備を修理している」


「それ、ツカサが見てなくても動くよね?」


「動く」


「じゃあ同じだよ」


エルザは部屋へ入り、扉を閉めた。


机の上にある二つの容器を見る。


「黒い石、何か分かった?」


「何も分からない」


「まだ、分からないものがあるって分かっただけ?」


「そういうことだ」


エルザは向かいの椅子ではなく、司の隣にある寝台へ腰を下ろした。


三度目の鐘が鳴る。


ゴォン……。


「あの鐘、地下で亡くなった人たちのためなんだって」


「聞いた」


「私たちは帰ってきたけど、みんなじゃないんだね」


「ああ」


エルザは膝の上で指を組んだ。


「第二封鎖門で戦ってたとき、ツカサが怖かった」


「魔物ではなく、俺が?」


「うん」


「何を言っても聞こえないみたいな顔をしてた」


司は答えなかった。


あのとき、自分の中で何が起きていたかは理解している。


恐怖も嫌悪も切り離し、目標へ番号を振り、効率よく壊す。


兵器としての自分へ戻ることは、あまりにも簡単だった。


「でも、あのエンシェントドラゴンもどきと戦ったときは違った」


エルザが続ける。


「ちゃんと私たちを見てた」


「一人で倒そうとしなかった」


「俺一人では倒せなかった」


「そうじゃなくて」


エルザは司の横顔を見る。


「一人で何とかしようとしなかったってこと」


鐘の余韻が消えていく。


司は、封鎖区画でエルザに言われた言葉を思い出した。


無茶はしないで。


その一言がなければ、エンシェントドラゴンもどきの注意を引くため、自分の身体を壊れるまで使っていたかもしれない。


「お前の声は聞こえていた」


「本当に?」


「無茶をするなと言っただろう」


「言った」


「だから、正面から囮になるのをやめた」


エルザは少し驚いたあと、安堵したように笑った。


「それなら、次はもっと早く聞いてね」


「努力する」


「絶対に、とは言わないんだ」


「守れない約束はしない」


「ツカサらしいね」


エルザは寝台から立ち、司の隣まで来た。


そして机ではなく、司の手へ自分の手を重ねる。


「あの武器が完成するまで、本当はずっと怖かった」


「兄様も、兵士たちも、ツカサも、誰かが死ぬと思ってた」


「でも、六人で帰ってこられた」


エルザの指に、少しだけ力が入る。


「ありがとう」


「礼を言う相手が違う」


司は重ねられた手を振りほどかなかった。


「俺一人では、五分二十九秒を稼げなかった」


「六人で倒したんだ」


「うん」


四度目の鐘が鳴った。


ゴォン……。


エルザは手を重ねたまま、司の隣へ座った。


「父様、戦死した人たちを見送ったら宴をするって言ってたね」


「聞いている」


「きっと、すごく大きな宴になるよ」


「王都を救ったと言われても、実感がない」


「明日になったら、嫌でも実感すると思う」


「どうしてだ?」


エルザは、わずかに楽しそうな顔をした。


「父様は、感謝している相手を静かに帰すような人じゃないから」


「それは、少し困るな」


「もう遅いよ」


二人は、それ以上話さなかった。


窓の外で、戦死者を弔う鐘が鳴り続けている。


地下で聞いた爆発よりも、はるかに小さな音だった。


それでも、その余韻はいつまでも司の中から消えなかった。


六人は帰還した。


だが、あの戦いへ向かったすべての者が帰れたわけではない。


司は隣にいるエルザの手を感じながら、鐘が鳴り終わるまで静かに座っていた。


――第十七話・終


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。