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第10話「最後の艦長」

挿絵(By みてみん)

地球へ帰れる可能性が、初めて示された。


文明の始祖が残したゲートシステム。


それを発見し、再起動できれば、地球とこの惑星を再び接続できるかもしれない。


しかし、その方法を探す前に、司には確かめておきたいことがあった。


「ベリシーア号は、どこから来た?」


「我々の母星は、ルーミベスガ三号星です」


リベールの背後に銀河の立体映像が現れ、その一点が光った。


「この惑星から、およそ一万三千光年離れています」


「一万三千光年を移動してきたのか」


「調査航行には長い時間を要しました。しかし、墜落は通常航行中に起きたものではありません」


映像に、青白い光へ包まれたベリシーア号が映し出される。


「ワープ航行中、空間異常帯へ接触しました。我々はそれを通称『NULLポイント』と呼んでいます」


船体周囲の空間が激しく歪む。


「ワープコイルが破損し、不安定化したワープドライブが暴走しました」


「そのままなら誘爆していた?」


「はい。船体ごと消滅する可能性があったため、ワープドライブを緊急分離しました」


爆発寸前の機関が船体から切り離され、暗い宇宙へ投棄される。


ベリシーア号は通常空間へ戻ったが、推進能力と姿勢制御能力の大半を失っていた。


「制御不能となった船は、偶然にも調査対象だったこの惑星へ引き寄せられました」


墜落する船体。


大気圏突入。


炎に包まれながら、森へ落ちていくベリシーア号。


「幸い、補助動力炉であるプラズマ臨界炉は使用できました」


補助炉の出力をすべて使い、船体シールドと船体構造維持フィールドを展開した。


船の崩壊と爆発だけは回避できた。


「ですが、乗員を守り切ることはできませんでした」


リベールの声が、わずかに沈む。


「乗員百九十八名のうち、百九十三名が墜落時に死亡しました」


ブリッジに沈黙が流れた。


生存者は、わずか五名。


その中にリベールも含まれていた。


「救難信号は?」


「ワープ解除直後に発信しました。しかし、本国からの救出は期待していませんでした」


「なぜだ?」


「我々の協定では、母星から一万光年以上離れた場所で遭難した船に対し、積極的な救難活動を行わないことになっています」


「ずいぶん冷たい規則だな」


「一隻を救うため、さらに多くの船と乗員を危険へさらすことを避けるためです」


それでも五人は、偶然通りかかる調査船が救難信号を受信する可能性を信じた。


船内で待ち続けた。


十年。


五十年。


そして百年。


救助は来なかった。


◇


「残った四人はどうした?」


「この惑星で生きることを選びました」


墜落地点の周囲には、当時すでに複数の知的種族が暮らしていた。


生存者たちは慎重に接触し、少しずつ友好関係を築いた。


「彼らは文明汚染を可能な限り避けながら、それぞれ異なる土地へ旅立ちました」


「リベールは行かなかったのか?」


「墜落時の負傷により、私の肉体はほかの者より早く限界へ近づいていました」


リベールは、自分の身体を見下ろした。


「そこで肉体を捨て、意識データを船のコンピューターへ移しました」


「今ここにいるあなたは、本人なのか? それとも複製なのか?」


「その問いには、私自身も答えを持っていません」


リベールは静かに微笑む。


「肉体を持っていたリベール・イワンコンの記憶、人格、思考傾向を引き継いでいます。私にとっては、それで十分でした」


いつか、この船へ到達できる文明人が現れるかもしれない。


そのとき、自分たちの記録と知識の一部を伝える。


その目的のため、リベールは船の機能を必要最低限まで落とし、長い眠りへ入った。


そして三万八千年後。


司とエルザが、閉ざされていた扉を開いた。


◇


リベールの視線が、エルザの左腕へ向いた。


「あなたの盾に組み込まれている装置も、我々の技術に由来するものです」


「これ?」


エルザは、亀甲模様の盾を持ち上げた。


中央には、緑色の宝玉がはめ込まれている。


「これは、ルミエール士族に伝わる宝玉よ」


「我々の生存者が船外へ持ち出した装置の一つでしょう」


エルザが驚いた顔で宝玉を見る。


「神から与えられたものじゃないの?」


「我々も神ではありません。ただ、あなた方より少し早く技術を発展させただけです」


リベールは宝玉の構造を立体映像として表示した。


幾重もの微細な回路が、球体の内部へ立体的に組み込まれている。


「この装置は、使用者の強い思念を検出し、物質、電気、振動などを制御して物理世界へ干渉します」


「思っただけで動くのか?」


「単純な思考ではありません。願い、祈り、恐怖、守りたいという強い意思――それらを読み取り、登録された現象を発生させます」


リベールがエルザの盾を指さす。


「緑の宝玉は、物理干渉の遮断と生体組織の修復に適した装置です」


「だから、この盾は攻撃を防げるのか」


「使用者の意思が十分に強ければ、起動中は大半の物理攻撃を貫通させません。また、負傷者を癒やす力を発生させることもできます」


エルザは、盾を抱くように胸へ寄せた。


これまで彼女は、その力を神秘や魔法として受け止めていた。


だが、実際には異星文明によって造られた装置だった。


「ほかにもあるのか?」


「炎を制御する宝玉。水を動かす宝玉。電気を発生させる宝玉。振動、温度、光、重力へ干渉するものも存在しました」


《現地で魔法と呼ばれる現象の多くを説明できる可能性があります》


「宝玉は、複数を組み合わせて使用できます」


リベールが複数の球体を結びつける映像を表示する。


「組み合わせ方と制御方法により、発生させられる能力は事実上無限です」


「そんなものを、四人だけで持ち出したのか?」


「小型装置だけではなく、宝玉を製造する簡易生成機を持ち出した者もいた可能性があります」


それが事実なら、現在この星に存在する宝玉は、三万八千年前に持ち出された物だけではない。


異星文明の装置が、神具や魔道具として世代を越えて受け継がれてきた可能性がある。


◇


突然、リベールのホログラムが大きく乱れた。


頭部と右腕が粒子状に崩れ、すぐに元へ戻る。


同時に、ブリッジの照明が一瞬暗くなった。


《補助動力炉の出力が急速に低下》


「どうした?」


リベールは、自分の薄くなり始めた手を見つめた。


「この船の補助動力炉は、設計上の耐用年数を大幅に超えています」


「修理はできないのか?」


「交換部品も、生成設備も残っていません」


三万八千年にわたり、プラズマ臨界炉は船体の密閉と構造維持を続けてきた。


リベールが目覚め、人工重力、照明、空調、コンソール、リフトを再起動したことで、残されていたエネルギーを使い果たそうとしている。


「眠っていれば、もう少し長く存在できました」


「俺たちが起こしたから……」


「謝る必要はありません」


リベールは穏やかに首を振った。


「私は、この日のために残ったのです」


惑星地図と遺跡情報の転送が完了する。


《受信完了》


《全データを保護領域へ保存》


ホログラムの輪郭が、再び大きく乱れた。


「短い間でしたが、よい思い出になりました」


リベールはエルザへ向き直る。


「あなたの種族が今も生き、この世界で文明を築いていることを知れて、うれしく思います」


次に司を見る。


「あなたが故郷へ帰れることを願っています」


「リベール……」


「私は、間もなく機能を停止します」


ブリッジの照明が次々と消えていく。


「お二人は、すぐに艦外へ出てください」


「まだ聞きたいことが――」


「人工重力とリフトも停止します。船内に残れば、閉じ込められます」


《人工重力場の出力低下を確認》


《退艦を推奨します》


司は数秒間、リベールを見つめた。


それからライフルを背中へ回し、深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


エルザも司にならい、頭を下げる。


「あなたのこと、忘れません」


「ありがとう」


リベールの姿が、無数の光の粒へ変わっていく。


「どうか、よい旅を」


その言葉を最後に、ホログラムは消えた。


◇


「走るぞ!」


司とエルザはブリッジを飛び出した。


通路の照明が、後方から順番に消えていく。


AIが退艦経路を視界へ表示する。


艦内リフトには、まだわずかな電力が残っていた。


二人が乗り込むと、扉が閉まる。


ガゴン。


一瞬の移動。


扉が開く。


その直後、リフトの照明が消えた。


動力区画を抜け、最後の通路を走る。


人工重力が不安定になり、身体が船首方向へ引かれ始めた。


《人工重力消失まで、推定四十秒》


「エルザ、俺につかまれ!」


司はエルザを片腕で抱え、強化装甲の出力を上げた。

挿絵(By みてみん)

傾き始めた重力へ逆らい、外部ハッチへ向かって走る。


二人が船外足場へ飛び出した直後、人工重力が完全に消失した。


自然重力の方向が戻る。


船内で横向きだった仮設足場が、再び足元へ戻ったように感じられた。


ゴゴゴゴゴゴ……。


二人が外へ出たことを確認したかのように、分厚い非常用ハッチが閉じ始める。


司とエルザが見守る中、最後の隙間が塞がった。


ガゴン。


固定装置が作動する。


船体から光が消えた。


司は外部コンソールへ近づいた。


表面へ触れる。


解析プラグを接続する。


呼びかける。


だが、何の反応もない。


ベリシーア号は、再び完全な沈黙へ戻っていた。


今度こそ、二度と目覚めることのない眠りだった。


エルザは緑の宝玉が埋め込まれた盾を見つめている。


司は空を見上げた。


昼間の青空に、最も小さな月が薄く浮かんでいた。


あれは月ではない。


この惑星を管理する、文明の始祖が残した人工天体。


そして地球へ帰る鍵は、古代のゲートシステムにある。


《帰還経路が存在する可能性を確認しました》


AIが静かに告げた。


「まだ可能性だけだ」


《以前は、その可能性すらありませんでした》


司は閉ざされたハッチへ、もう一度頭を下げた。


「そうだな」


三万八千年待ち続けた艦長の証言によって、司の放浪は初めて明確な目的を持った。


文明の始祖が残した遺跡を探す。


ゲートを見つける。


そして、地球へ帰る。


司とエルザは沈黙したベリシーア号を後にし、始まりのルミエールへ向かう旅を再開した。


――第十話・終


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