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11.




11.




 李家の屋敷へ案内された海賊たちは、門をくぐった瞬間、思わず息を呑んだ。



 広大な庭園。


 磨き上げられた石畳。


 左右に続く長い回廊。


 

夜の帳が下りた庭には、無数の灯籠が淡く灯されていた。



 池の水面には橙色の光が揺れ、風が吹くたびに、まるで星が水の中で瞬いているように

見える。




「……すげぇ。」



 ガレットがぽつりと漏らした。




「商人の屋敷って聞いてたけどよ。」



 辺りを見回しながら、半ば呆れたように笑う。




「城かよ。」


「西の貴族の館より広いんじゃないか?」





 シリウスも珍しく感心したように呟く。


 西とはまるで違う造りだった。




 豪奢なのに、派手ではない。


 静かで、奥ゆかしくて、それでいて圧倒されるほど美しい。


 歩く使用人たちは、衣擦れの音すら立てない。


 まるで屋敷全体が、一つの整えられた楽器のようだった。




「坊主……。」


 

ガレットが苦笑する。


「こんなとこで暮らしてたんだな。」




 海賊船の甲板で、髪を乱しながら刀を抜いていた少年。


 毎日船長へ噛みつき、悪魔だの、変態だの、最低だのと悪態をついていた少年。




 あのインユーが、この屋敷の子だという事実が、どうにも結びつかない。


 セドリックが静かに庭を眺めながら言った。



「養子だと言っていたが、それでも大した家だ。」


「ああ。」



 ガレットは深く頷いた。



 あの子は、この家へ帰れた。


 そう思うと、胸のどこかが少しだけ温かくなった。






     ◇◇◇






 一行はやがて、大広間へ案内された。


 高い天井。


 柱には繊細な彫刻。


 灯された蝋燭の明かりが、朱塗りの床へ柔らかく反射している。




 長い卓には、東の料理がずらりと並んでいた。


 香ばしく焼かれた魚。


 艶やかな肉料理。


 湯気を立てる点心。


 色鮮やかな野菜。


 小さな器に盛られた見慣れない菓子。






「おぉ……。」



 ガレットは席へ着くなり、目を輝かせた。




「これは酒が進むな。」


「お前は何を見ても酒だろ。」



 シリウスが呆れたように言う。




「当然だ。」


 ガレットは堂々と胸を張った。





 船員たちがどっと笑う。


 やがて酒が注がれ、料理が運ばれ、宴が始まった。


 西の荒々しい笑い声と、東の静かな楽の音。


 不思議なほど違う二つの空気が、同じ広間で混ざり合っていく。





 けれど。


「あれ?」



 ガレットがふと首を傾げた。





「どうした。」


「いや……。」



 周囲を見回す。




「そういや、坊主がいねぇ。」


 その一言に、船員たちも一斉に辺りを見回した。




「本当だ。」


「港にもいなかったよな。」


「出迎えにも来なかったぞ。」


「薄情じゃねぇか。」


「半年ぶりだってのに。」


「俺ら、一緒に暮らした仲だぞ?」


「飯も食わせたしな。」


「服も洗ってやった。」


「書類も押し付けた。」


「それは船長だろ。」




 また笑いが起きる。


 ガレットは酒杯を片手に、ユンジンへ声を掛けた。




「若旦那。」


「ん?」


「坊主は?」


「せっかく来たのに、顔も見せねぇなんて寂しいじゃないですか。」




 ユンジンは一瞬だけ目を丸くした。


 それから、小さく笑う。





「ああ。」


 静かに酒杯を手に取る。




「すぐ来る。」


「すぐ?」


「もう準備は終わる頃だ。」


「準備?」




 ガレットたちは顔を見合わせた。


「何の?」






 ユンジンは意味ありげに微笑むだけだった。



「見れば分かる。」


「なんだよ、それ。」


「まさかまた何か仕掛けてんじゃねぇだろうな。」





 船員たちがざわついた、その時だった。


 ふっと、広間の灯りが落とされる。



 ざわめきが、波のように引いていった。






 琴の音が一つ。



 静かに鳴る。





 続いて笛の音が重なり、柔らかな旋律が広間いっぱいに広がった。





 奥の舞台。


 薄絹の幕が、ゆっくりと開いていく。








     ◇◇◇






 現れたのは、東の踊り子たちだった。


 薄く重ねた衣が、灯りを受けて淡く透ける。


 袖が風をはらみ、花びらのように揺れる。


 足音はほとんど聞こえない。




 けれど、その一歩一歩が、音楽の一部のようだった。




「綺麗なもんだな……。」



 ガレットが小さく呟く。




 誰も返事をしなかった。






 荒れた海と酒場と戦いに慣れた海賊たちでさえ、自然と舞台へ目を奪われていた。




 やがて踊り子たちは左右へ分かれた。


 薄い絹の幕の向こうに、一つの影が見える。


 その影は、ゆっくりと近付いてくる。






 そして。


 白い指先が、幕をそっと払った。


 現れたのは、一人の娘。




 長い黒髪が、絹のように背へ流れている。


 夜空を映したような黒い瞳。


 淡い桜色の衣を幾重にも重ね、その裾には金糸で花が刺繍されていた。




 細い腰。


 白い首筋。


 伏せた睫毛。


 ただ歩くだけで、袖が花びらのように揺れる。


 広間にいた誰もが、息を呑んだ。












「……綺麗だ。」



 誰かが思わず漏らした。


 娘は舞台の中央まで進むと、静かに頭を下げた。






 その仕草ひとつで、空気が変わる。





 琴の音が、少しだけ深くなる。





 娘はゆっくりと舞い始めた。





 指先まで無駄のない所作。





 風に乗るような袖。





 白い足袋の先が床を滑り、桜色の衣がふわりと広がる。





 まるで春そのものが、人の形をして舞っているようだった。






 ガレットは酒杯を持ったまま固まっている。


 シリウスも、セドリックも、誰も目を逸らせない。







 やがて舞は止まり。






 娘が静かに息を吸った。





 次の瞬間。





 歌声が、広間へ降りた。






『──花は風に揺れ









 月は海を照らす







 帰る場所を知る鳥よ






 どうか春を忘れないで──』










 透明な声だった。











 海のように深く。










 月明かりのように澄み。








 そして、どこか太陽の温もりを含んでいる。










 広間から、完全に音が消えた。







 

 娘の声だけが、この場を制していた。











 酒を飲む者もいない。




 料理へ箸を伸ばす者もいない。





 誰もが、その歌に囚われていた。





 ガレットの手も止まる。





 忘れるはずがなかった。








 夜の海。




 船長室。




 閉じた扉の向こうから、何度も聞こえてきた歌声。









 けれど。



 少し。



 違う。








 船で聞いた少年の声とは違う。




 もっと柔らかく。




 もっと高く。




 胸の奥へ、真っ直ぐ届く。











 ルーカスだけは、微動だにしなかった。



 酒杯を手にしたまま、碧眼だけが舞台を見つめている。



 けれど、その瞳の奥に。




 ほんのわずか、動揺が走った。













 歌が終わる。




 最後の一節が夜へ溶けた。




 娘は深く一礼する。












 そして、ゆっくりと顔を上げた。







 蝋燭の灯りが、その輪郭を明らかにする。
















 黒い瞳。




 少し吊り上がった目元。




 見覚えのある、生意気そうな表情。









「…………。」





 ガレットの口が半開きになった。





 隣の船員も固まる。












「……え?」






「いや……。」







「は?」










 娘はこちらを向いた。




 困ったように眉を下げる。





 その顔は、あまりにも見覚えがあった。









 数秒。



 誰も動かなかった。




 そして。











「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」



 ガレットが席から跳ね上がった。







「うそだろぉぉ!?」




「坊主!?」




「いや違う!」




「坊主じゃねぇ!」




「女!?」



 

「はぁぁぁぁ!????」








 広間が一瞬でひっくり返った。




「待て待て待て!」



「毎日一緒に飯食ってたぞ!?」



「俺、頭撫でたぞ!?」



「俺なんか肩組んだぞ!」



「酒も飲ませようとした!」



「危ねぇ!!」






 船員たちが次々と叫ぶ。



 舞台の上の娘は、深くため息をついた。







『……だから嫌だったんだ。』



 その口調は、インユーのものだった。


















 ユンジンが深く深く息を吐く。




「インユー。」



 静かな声。










「言葉遣い。」



 インユーははっとして、淑やかに頭を下げた。






『……はい。兄様。』



 ユンジンは改めて海賊たちへ向き直る。













「….改めて、紹介しよう。」



 落ち着いた声だった。







「李家の一人娘。」


「李桜雨だ。」


 ガレットが震える指で舞台を指差す。








「じゃ、じゃあ……。」


「坊主じゃなくて、本当に……。」








 ユンジンは苦笑する。




「どう見ればこれが男に見えるのか、俺には分からない。」




 そして舞台へ目を向ける。


 その眼差しだけが、兄のものになる。













「サクラ。」




 その名で呼ばれた娘は、小さく笑った。


 桜色の衣を揺らし、ふわりと舞台を降りる。








『兄様。』



 広間が、再び静まり返った。











 ――サクラ。







 その名が響いた瞬間。









 ルーカスの持っていた酒杯が、ぴたりと止まった。





 碧眼が、ゆっくりと見開かれる。



















「……サクラ?」




 誰にも聞こえないほど小さな声。



 けれどその名は。



 遠い昔、胸の奥へ沈めた記憶を呼び覚ますには、十分すぎるほどだった。








     ◇◇◇







 広間の騒ぎは、しばらく収まらなかった。







「いや、待てよ!」


 ガレットが頭を抱えたまま叫ぶ。






「俺ぁ、毎日『坊主、飯だぞ!』って呼んでたんだぞ!」



『そうですね。』



「頭も撫でた!」



『そうですね。』



「肩も組んだ!」



『そうですね。』



「酒も飲ませようとした!」



『それは断りました。』



「……。」


 ガレットは天を仰いだ。





「マジかよ……。」






 船員たちが腹を抱えて笑う。



「お前、度胸あるな!」



「船長に知られてたら食われてたぞ!」



『その前に斬る。』



「即答か!」












「インユー。」




 またユンジンの声が飛ぶ。


 インユーはびくりと肩を揺らした。







『……はい。』



「お前は李家の娘だ。」



『分かってる。』



「分かっている言葉遣いではない。」



『……分かっております。』



 急いで淑女の仮面を被り直す。



 けれど頬は少し膨れていた。











 その様子に、また笑いが起こる。



 インユーも堪えきれず、ふっと笑った。



 海賊船で笑っていた頃と、同じ笑顔だった。









 ユンジンはその姿を見て、小さく息を吐く。



 本当に、頭が痛い。



 妹は一人で海を渡り。



 男装して海賊船へ乗り込み。



 悪魔と呼ばれる男に斬りかかり。



 挙げ句の果てには、その海賊たちとこんなふうに笑い合っている。






 娘を溺愛する父がこの場にいたら。


 卒倒しているな。









 けれど。

 


 インユーがこんなふうに心から笑う姿を見るのは、いつ以来だろう?




 旅芸人だった幼い頃。



 舞台の上で歌っていた頃。



 あの日のように、今の妹は眩しく笑っていた。








「サクラ。」



『なぁに?』



「その格好のまま走るな。」



『またそれ?』



「裾を踏む。」



『転ばないって。』



「昔もそう言って転んだ。」



『兄様、昔の話ばっかり。』



「事実だ。」






 インユーは頬を膨らませる。



『心配しすぎ。』



「誰のせいだと思ってる。」



『……ごめんなさい。』


 しゅん、と肩を落とす。




 その素直さに、ユンジンはそれ以上何も言えなくなる。





「分かればいい。」



 ぽん、と頭に手を乗せる。


 インユーは少し照れくさそうに笑った。






     ◇◇◇






 一方。


 ルーカスは少し離れた席から、その光景を眺めていた。





 騒ぐ船員たち。


 笑うインユー。


 穏やかなユンジン。




 すべてが目の前にあるのに、どこか遠い。


 セドリックが酒瓶を片手に近付いてくる。




「船長。」


「ん。」


「驚きました?」



 ルーカスは酒杯を口元へ運ぶ。





「少しな。」


「少しどころじゃないでしょう。」





 セドリックはにやにや笑う。



「少年だと思ってたら、あんな別嬪さんだったんですよ?」





 ルーカスは答えない。


 視線だけが、インユーを追っていた。





 黒髪。


 黒い瞳。


 象牙色の肌。


 歌声。



 そして――サクラという名前。






 胸の奥で、古い記憶が軋む。


 港町。


 小さな舞台。


 樽を並べただけの即席の舞台。




 まだ子どもだった自分。


 そして、舞台の上で歌っていた小さな女の子。







 いつか、一緒に桜の花を見に行こう。



 そう笑った声。











「……まさか。」




 あり得ない。


 そんな偶然があるはずがない。


 名前が同じだけ。


 歌が似ているだけ。




 黒髪も黒い瞳も、東では普通だ。


 そう思おうとしても、目が離せなかった。




 その時。


 インユーがふと振り返る。


 碧眼と、黒い瞳が交わった。










『……ルーカス?』



 不思議そうに首を傾げ、近づいてくる。


 ルーカスは静かに酒杯を置いた。














「名前。」




 低い声が落ちる。










「サクラって何だ。」











 インユーは目を瞬かせた。


 それから少し困ったように笑う。






『今は、兄様くらいしか呼ばない名前だけど。』




 近くにいた侍女へ目配せする。



『紙と筆を。』



 すぐに用意された紙へ、インユーは筆を取った。









 白い指が、流れるように文字を書く。


 桜雨。





『桜雨。』


(インユー)





 美しい字だった。




『これで、インユーと読むの。』






 そして、最初の一字を指先でそっと示す。



『桜。この字は、東の小国ではサクラとも読む。』





 ルーカスは黙ってその字を見つめる。






『これが、もともとの私の名。』









 インユーは静かに続けた。




『李家に引き取られた時に、インユーという名をもらった。だから今は、李桜雨。』










 ルーカスは眉根を寄せる。





「お前、いくつだ。」


『え?』








 唐突な問いに、インユーはきょとんとした。










『十八だけど。』











 沈黙。





 ルーカスが固まる。


 


 








 インユーはじとりと睨む。





 ルーカスはまだ固まっていた。








『……ルーカス?』



 返事がない。









『おーい。』



 目の前で手を振る。








『そんなに驚く?』






 そういえば。



 年齢の話をしていた時、ルーカスはいなかった気がする。





 インユーは少しだけ落ち込んだ。






『そんなに幼く見えるのか……。』



「……。」





 ルーカスは何も言わない。


 ただ、紙に書かれた“桜”の字を見ていた。







     ◇◇◇







 宴も終盤へ差しかかる頃。



 大広間では、ガレットたちの笑い声がまだ絶えなかった。


 酒は進み、東の楽師と西の海賊が肩を組んで歌い始めている。






 李家の使用人たちも、最初こそ戸惑っていたものの、今では苦笑しながら酒を運んでいた。



 ユンジンは頭を抱えながらも、どこか楽しげだった。






 そんな賑やかな広間を、インユーはそっと抜け出した。






 用があった。



 だから、探す。








 庭へ出ると、夜風が頬を撫でる。



 池には月が映り、灯籠の光が水面で揺れていた。



 竹がさらさらと鳴る。



 虫の声だけが静かに響く。









 ふと。



 縁側の先に、一人座る影が見えた。



 黒いコート。



 片手には酒杯。



 庭を眺めながら、一人静かに酒を飲んでいる。







『……ルーカス?』



 ルーカスは視線だけを向けた。






「ああ。」



『こんなところにいた。』



「うるせぇのは苦手だ。」



『...自分の船員なのに。』


「だから苦手なんだ。」



 インユーは小さく笑い、その隣へ腰を下ろした。



 少しだけ間を空けて。



 二人で庭を眺める。








 風が吹く。



 桜色の袖が揺れ、黒髪が頬にかかった。



 しばらく沈黙が続いた。




 不思議と、居心地は悪くなかった。






『…….ねぇ。』



「なんだ。」



『怒ってる?』



「何を。」



『私が女だったこと。』


 








ルーカスは酒を一口飲む。





「…怒っちゃいねぇ。」



『なら、なんで。』



「……少し驚いた。」





 ぼそりと本音が漏れる。




 インユーは思わず笑った。





『あなたでも見抜けなかったんだ。』



「……。」



『ちょっと嬉しい。』



「何がだ。」



『少し勝てた気分。』



「調子に乗るな。」



『乗る。』





 楽しそうに笑う。


 その笑顔に、ルーカスは小さく肩を竦めた。



「完全に騙された。」



『勝った。』



「もう一度言う。調子に乗るな。」



『もう一度言う。乗る。』



 夜風に、柔らかな笑い声が溶けた。



 ルーカスは静かにその横顔を見る。






 やはり、懐かしい。



 何が、と言葉にするのはまだ怖かった。










『……ルーカス。』



「ん?」






 インユーは少しだけ真面目な顔になった。






『ありがとう。』



 その一言に、ルーカスの瞳がわずかに細くなる。






『兄様を探してくれて。』



『船でも、…なんだかんだ優しくしてくれて。』



『……ありがとう。』










 静かな声だった。





 飾らない、真っ直ぐな礼。














 ルーカスはしばらく黙っていた。





 そして。













「礼なら。」



『うん。』



「貰う。」












『え?』













 インユーが首を傾げた、その瞬間だった。






 ぐい、と腕を引かれる。





『えっ――』






 距離が一気に縮まる。







 夜風が止まったような気がした。










 軽く。






 本当に軽く。







 唇が触れる。








 一瞬だった。














『…………。』




 インユーの思考が止まる。




 ルーカスは何事もなかったように身体を離した。












「これでいい。」




『…………。』








 数秒。








 池の水音だけが響く。













『…………は?』







 ルーカスは平然と酒を飲む。








「礼は貰った。」









『な、な……。』








 インユーの頬が、みるみる赤く染まっていく。











『なにしてるのっ!?』





「礼。」




『違うっ!!』





 勢いよく立ち上がる。



 桜色の袖が大きく揺れた。





『やっぱり殺しておけば良かった!!』



「今からでも遅くねぇぞ。」



『本気で言ってる!?』



「少し。」



『悪魔!!』






 腰に手を伸ばす。



 けれど、今日は刀がない。



 代わりに扇を探して、それもないことに気付く。







『刀っ!』



「ないぞ。」



『素手でもいい!』



「怖ぇな。」



『悪魔ぁぁぁ!!』




 その声に、広間からユンジンが顔を出した。









「……何してる。」



『兄様!!』



「ん?」



『ルーカスが!!』





 インユーは真っ赤な顔でルーカスを指差す。








『口づけした!!』



 ユンジンは一瞬だけ固まった。



 ゆっくりとルーカスを見る。



 ルーカスは平然と酒を飲んでいる。



 再びインユーを見る。



 真っ赤になって怒っている。








「……。」


 深いため息。






「インユー」



『なに!?』



「客人に殺気を向けるな。」



『そこ!?』



 インユーは目を剥いた。




『兄様、そこなの!?』



「李家の評判に関わる。」



『いや、その前に言うことあるでしょ!?』



「ある。」



 ユンジンはルーカスへ向き直った。


 静かな声で言う。








「次は先に言え。」



『兄様ぁぁぁ!?』







 広間の中から、ガレットの大笑いが響いた。


  


「ぎゃはははは!」



「船長やりやがった!」



「インユー、真っ赤だ!」














『やっぱり海賊なんて大嫌い!!』










 庭いっぱいに、賑やかな笑い声が広がっていく。



 灯籠の光が揺れ。



 月が水面に滲み。



 東の屋敷の夜は、西の海よりもずっと穏やかで。


 けれど、海賊船にいた頃と同じくらい、騒がしかった。


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