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第十依頼 いるべき場所 5話

 誰もいなくなったその場所で、アーティマはただ空を見ていた。


(あの忌々しい“目”が消えておる。綺麗な青空じゃな。……この光景を儂の星で見ることはもうできぬのじゃろうか……)


「おーい!アーティマ!」


 そんなアーティマの元に陸が走って来た。アーティマは目を閉じ気持ちを切り替えると、パッと笑って陸に返事をする。


「陸、お疲れ様じゃな」

「おう、お前もな。アーティマがアイツらの注意をオレから逸らしてくれて助かったわ。ありがとうな」

「ふふっ、夫婦の初の共同作業じゃったな」

「これが初めてでいいのかよ……」


 呆れつつも、アーティマの無事に陸は安堵する。


「作戦は成功した……と思っていいよな?」

「うむ。陸は自分の星を取り戻したのじゃ。しかしなんじゃ、嬉しそうではないな」

「そう、だな……色々考えてしまうというか……複雑な気持ちだな。でも、灯さんに良い報告ができることは純粋に嬉しいぜ」


 そう言って、陸は石を取り出す。赤い石……スタから貰った双石の片割れだ。


「砕くけどいいな?」


 アーティマは頷き、陸から距離を取る。石の破片が当たってもアーティマに傷なんて使いないが、陸が気を遣わずに石を砕けるように。

 陸は石を高く上げ、思い切り地面に叩きつける。すると、石は簡単に砕け散った。辺りにはキラキラとした破片だけが残っている。


 お互い無言のまま数秒待つ。だが、特に何も起きない。陸が首を傾げ、不思議そうにアーティマを見た瞬間──


「うわっ!」


 辺りに沢山の人間達が現れた。皆、地面に倒れているが眠っているだけのようだ。一人、また一人と目を覚ましていく。


「んっ、俺は何を……」

「ふわぁ〜よく寝た〜」


 がやがやと辺りが一気に騒がしくなる。不思議そうに辺りを見渡す者、まだ眠たそうな者、起きた後の反応は様々だ。


「灯さんが結界を解いたんだな」

「異常もなさそうじゃ。まあ、此奴らが結界に入れられて1日経っておるから、暫くは混乱が起きるじゃろうがな」

「それも直ぐに収まるだろ。行こうぜ」

「……元の時代に帰るのか?」

「いや、違う。もちろん家には帰るつもりだぜ?でもまずは……灯さん達に会いに行かなきゃな」


 アーティマは一瞬目を見開いた後、嬉しそうに顔を緩ませる。まだあの世界に、アーティマという星に戻りたいと言ってくれたことが嬉しくて。

 陸がアーティマの手を握る。


「オレには向こうの世界で生きる資格もあるんだろう?連れて行ってくれよ」

「ああ、陸が望むのなら、儂は何度だって世界を跨ごう」

「ありがとう、アーティマ。じゃあ移動しようぜ。ここで魔法を使うのは目立つし、向こうの人気がない所に行こう」

「人気のない所……ダーリンってば大胆じゃな」

「何もしねぇよ」


 慣れたようにアーティマの発言をかわしつつ、建物の裏に移動する。

 陸は改めてアーティマに頼む。


「それじゃあ、疲れてるだろうけどお願いしていいか?」

「うむ。ただ、灯達と過ごしていた時代に戻るとなると、行きと同じで安定せん。失敗の可能性も覚悟しておいてくれ」

「大丈夫!失敗しても何度か繰り返していたら帰れるだろ」

「ん〜……それもそうじゃな。ではやるか」


 アーティマは陸の手を強く握り、呪文を唱え始まる。


(アーティマは心配してたけど……まあ、今回無事にこれたんだし、失敗なんてしないだろ)


 そんな油断をしたせいだろうか。光に包まれた後、陸が次に目を覚ましたのは事務所ではなく── どこかの部屋の中にあるベッドの上だった。


         ♢♢♢


 陸はベッドから起き上がる。事務所にある自室のベッドではなく、けれど見覚えのあるベッド。部屋の地面には漫画や男物の服が散らかっている。

 陸は部屋をゆっくりと見渡し、呟く。


「ここ、元の世界のオレの部屋だ……」


 ずっと、長年暮らしていた自室。異世界にいる間に記憶が薄れていたが、それでも懐かしさを感じる。

 嬉しさやら困惑やらで陸が部屋の中心に佇んでいると、女性の声が聞こえてきた。


「陸ー!早く起きなさい!遅刻するわよー!」

「か、母さん!?」


 久しぶりに聞いた母親の声に、慌てて部屋を出て階段を駆け下りる。そして居間に行くと、1人の女性が洗い物をしていた。


「おはよう。お父さんはもう仕事に行ったわよ。……あら!アンタまだ着替えてないの?のんびりしてると学校に遅れるわよ〜」

「学校……?」

「もう、なに寝ぼけてるの。まだ冬休みじゃないのよ」


 陸は居間に飾られているカレンダーを見る。


(12月……オレが異世界に行ったのは春くらいだったはず。こっちの世界も向こうの世界と同じだけの日数が経ってるのか?でも、それなら母さんの反応が普通というか……)


 陸がジッとカレンダーを見つめて考えていると、後ろから背中を押される。振り返ると、制服を着た中学生くらいの男女が立っていた。


「陸にぃ邪魔!」

「兄さん、退いて」


 活発そうな女子が陸の背中を押し、大人しそうな男子はそれを止めずに見ている。

 陸は謝りながら道を譲った。


「も〜……ボーってして変なの。ね、海」

「うん、そうだね空。兄さん、調子が悪いなら今日は休みなよ」

「い、いや大丈夫。ちょっと顔洗ってくるわ」


 洗面所に移動し、顔を洗う。意識がはっきりとしても景色は変わらない。やはり、元の世界の元の時代に帰ってきたようだ。


(灯さん達に会いに行くつもりだったのに……失敗したのか?あれ、そういえばアーティマもいないな?)


「アーティマ?アーティマ!」


 何度呼びかけても返事はなく、姿も見えない。まるで、最初から存在していなかったかのように。

 もしかして今までのことは全部夢だったのだろうか?不安な気持ちになりながら歯磨きを済ませ、着替える為に服を脱ぐ。そこでペンダントに気付いた。ローキスから貰ったペンダントだ。


「これがあるってことは、やっぱり夢じゃないよな」


 早く返したいと思っていたペンダントだったが、今はこれだけがあの世界を証明する物。陸はペンダントを身に付けたまま着替えを済ませ、食事をして学校に行った。


         ♢♢♢


「お!陸おはよう」

「……おはよう」

「お前どうしたんだよ?変な顔してんぞ」

「いや……久しぶりだなって」

「何言ってんだよ〜。昨日も会ったじゃん」


 友人は笑いながら陸の背中をバンバンと叩く。陸は誤魔化すように笑い、別の話題を振る。

 その後、授業を受けたり友人と話したりして1日を過ごした。放課後、友人が遊びに誘ってきたが陸は断り帰宅する。


「ただいま〜」


 返事はない。家には陸以外誰もいないようだ。自室に戻った陸はベッドに倒れ込む。そして、今日一日を振り返り溜息をつく。


(オレは何ヶ月もいなかったはずなのに、皆は普通に接してくるな……。いいことなんだけど、話し合わせるのが大変で疲れた……)


 寝返りを打ち、ボーッと壁を見つめる。異世界に行った時はあれだけ帰りたいと思っていた家、戻りたいと思っていた生活なのに、陸は心から喜べなかった。頭に浮かぶのは灯やマミ、フェリやケルベロス達。


「……せめて、別れの言葉くらい言いたかったな」


 寂しそうにそう呟き、枕に顔を埋める。そのまま眠ろうとしていると──


「陸ー!り・くー!」

「!?ア、アーティマ!?」


 陸はガバッと起き上がる。ベッドの横ではアーティマがぴょんぴょんと跳ねていた。

 陸と目が合ったアーティマは安心したような、泣きそうな顔で抱き付いてくる。


「陸〜!もう話すこともできないのかと、うっうぅ……よかった〜」

「うおっ……」


 アーティマはいよいよ我慢できなくなったのか泣きだしてしまう。陸はアーティマの頭を撫でて落ち着かせる。

 やっと話ができるようになったのは10分経ってからだった。アーティマは赤くなった目を擦りながら、陸の隣に座る。


「陸には儂が見えておらんかったようじゃが、儂は今日ずっと陸の隣におったのじゃ」

「えっ!?何で見えなかったんだ……」

「分からぬ。移動に失敗したせいか、数ヶ月ぶりに元の世界、元の時代に戻れたせいで体に不調が生じたのか……」

「そ、そっか……アーティマと二度と会えなくなっていたかもって思うと怖いな……。またこうして喋れてよかった」

「うむ。ローキスのペンダントにも一応感謝せねばな。嫌じゃが」


 アーティマがペンダントのある位置を見つめる。本当に、心底嫌そうな表情だ。

 陸は首傾げる。何故このペンダントに感謝をする必要があるのだろうか?そう思っていると、アーティマが気付いて説明をしてくれた。


「それを身に付けていることで儂の世界との繋がりが強まり、本来より早く不調が治ったのだと思う」

「な、成程?なんだかんだローキスには結構助けられたな」

「まあな。それでアイツのことを許そうとは思わぬが」

「あ、あはは……」


 そんな話をしていると、玄関から母親の「ただいま〜」という声が聞こえてきた。アーティマは声に反応する。


「陸の母君か」

「おう。あ、そういえばさ、母さんも他の皆も、オレに普通に接してくるんだよ!オレ、昨日までいなかったはずなのに」

「ふむ。もしかしたら、辻褄を合わせてくれたのかもな」

「誰が?」

「この星が、じゃ」


 アーティマは立ち上がり、自分の胸に手を当てる。


「これはただの予想じゃが、この世界にも儂のように星の意識が存在するのではないか?」

「星の意識……」

「うむ。もし意識があるのなら、自身を異星の者達の侵略から守ってくれた陸に感謝しているはずじゃ」

「じゃあ、これが地球からオレへのお礼ってこと?」

「あくまで儂の考えじゃ。まあ、行方不明者として扱われるよりよいではないか」

「そうだな。考えても仕方ないし!」


 陸はぐっと伸びをする。元々疲れていたこともあり、今は難しいことを考える余力は残っていないのだ。

 そんな陸を労わるように、アーティマは頭を撫でる。


「色々なことがあったから疲れておるじゃろう。今日はゆっくり休み、灯達に会いに行くのは明日以降にしよう」

「そうだな〜。あ、でもまた失敗したらどうしよう……」

「大丈夫じゃ。昨日言った通り、過去や未来など、時代の移動が安定せんだけじゃ。今、向こうとこちらは同じ時間軸にある。世界の行き来をするだけじゃからもう失敗はせん」

「成程な〜。それなら、安心……」


 全て解決して落ち着いたからか、眠気が襲ってくる。陸はうとうとと船を漕ぎ、やがて寝てしまった。

 ベッドに横たわった陸の額に、アーティマは口付けをする。


「おやすみ。愛しい儂の旦那様」

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