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第十依頼 いるべき場所 4話

 ローキスと別れた後、陸達は事務所に戻って来ていた。陸はペンダントを身に付け、皆の顔を見る。


「じゃあ行ってくる!」

「……本当に行くのかい?失敗する可能性も高いし、もっと準備を整えてから行った方が……」

「大丈夫!どんだけ時間をかけて準備しても100%成功するようになる訳じゃないんだしさ。駄目そうだったら帰ってくるから安心してくれよ」

「でも……」

「オレがやりたいって思ってるんだ。“やりたいことを頑張る者の方が好き”って、前に灯さん言ってたじゃん」


 灯は何か喋ろうと口を開き、諦めたように口を噤む。マミとフェリも心配そうにしているが、止めるつもりはないらしい。

 陸はアーティマを見る。


「じゃあ、元の世界に帰る魔法を教えてくれ」

「なぁに、陸は何もする必要はない。儂が連れて行ってやるからのう」

「マジ?ありがとう……連れて行く?」

「では行くぞ!」

「ちょっ、待っ、まさかお前も──」


 陸の言葉を遮り、アーティマは呪文を唱え始める。


『異なる世界を観測し 異なる生き方に干渉する 交わるは別の運命 今、出会いましょう この手を取って』


 アーティマと陸の体が光り出した。そして、瞬きの間に消えてしまった。

 あまりの早さに残された灯達も唖然とするしかない。少しして、やっとマミが動き始めた。


「き、消えちゃった!いや!異世界に行ったんだよね?ね?」

「こんなに直ぐに消えるなんて……励ましの言葉も考えていましたのに……」

「はあ、アーティマは何でも突然だな。一緒にいると大変だよ」

「アーティマ様も先生には言われたくないと思いますよ」

「ボクは必要とあればちゃんと説明するよ。ボクの方がマシ。……とにかく、今のボク達は陸の成功を願うしかない」


 灯は先程まで陸達がいた場所を見つめる。


「頑張れ、陸」


         ♢♢♢


 次に陸が目を開けた先は事務所内ではなかった。建ち並ぶ高層ビル、アスファルトで舗装された道路。空には見慣れた天神達の“目”もある。先程までいた星、アーティマと同じ場所に見えるが……


「この感じ、少なくとも儂の上ではないな」

「アーティマ!急だったから驚いたぞ!」

「陸が早く行きたがったのじゃろう?」

「オレは魔法を教えてもらえると思ってたんだよ……」

「無理じゃ。魔法は体に刻まれているもの。生まれた瞬間に、扱える魔法と扱えない魔法が決まる。星檻のように、儂と同一の存在になることで使える魔法もあるが……陸が使える魔法は殆どなかろうな」

「マジかぁ……」


 陸は落ち込みながらも、それなら仕方ないと気持ちを切り替え、今一度辺りを見渡す。

 風景からして日本のようだが、どこか違和感を覚える。


(何だろう、建物も道も普通なのにな……あっ!)


「人がいない!」


 まだ太陽が昇っている時間なのに、人どころか動物も虫もいない。生物の姿が全くないのだ。

 その異様さに気付いた陸は、ひとまず身を隠すべきだと考え移動しようとする。

 そんな陸に話しかける者がいた。


「やあ、陸。おかえり」

「うわ!ロ、ローキス!?」


 ローキスはニコニコと笑っている。陸は警戒しながら「……おかえりって?」と質問した。


「ここは君が生まれた星、地球。君は元の世界に帰ってきたんだよ」

「あ、そっか……じゃあ、お前は俺の知ってるローキスじゃないのか」

「ああ。初めまして」


 陸は不思議な気持ちでローキスを見る。見た目も声も口調も、全て陸が知っているローキスと同じとしか思えない。

 そんなローキスに対し、陸の隣で陸以上に警戒しているアーティマが睨みつけながら喋りかける。


「お前がおるのじゃから未来に来れたことは分かる。問題は、お前達がここに来てからどれだけ月日が経っているかじゃ」

「安心するといい。まだ一晩明けたところだ」

「一晩!よかった〜……予定より何十年も先に着いたらどうしようかと……」


 失敗も覚悟していたが、元の世界の地球に帰って来れた上、誤差もあまりない。大成功だと言えるだろう。

 喜んでいる陸を見て、ローキスも嬉しそうだ。


「今の俺達はバラバラに動き、情報の収集をしているんだ。なにしろ、“目”で見た時には沢山の生物がいたが、降り立ってみたら何もいない。俺も、別世界の俺から情報を得ていなかったら混乱したことだろう。……だが」


 ローキスは言葉を区切り、大事なことを強調するように続ける。


「これはチャンスだ。今ならリーダー……俺達の代表は他のことに頭を使っている。普段より騙しやすいだろう。俺が声をかけて全員を連れてくるから、陸はあの建物の上で待機していてくれないか?」


 ローキスが指差す先にはビルが建っていた。このビルの屋上からなら地面もよく見えそうだ。

 陸が頷いたことを確認したローキスは、早速行動に移そうとその場を去ろうとする。しかし、それを陸が止めた。


「なあ、お前はいいのかよ?」

「いい?仲間を裏切ることかな?構わない。別世界の俺に会ってから、空っぽだった俺も夢を得ることができたからな」

「いや、それもだけど、お前も星檻に閉じ込められるわけじゃん」

「……ああ、成程。問題ないよ。俺の全ては君の為にある。君が罪悪感を抱くことはないんだ。君はただ、侵略者から星を守っているだけなのだからね」


 それだけ言うとローキスは行ってしまった。陸は両頬を思い切り叩く。気合を入れる為に。弱い心を自分から追い出す為に。


(力を貸してくれている皆の為にも失敗はできない。大丈夫、オレならやれる!)


「行こうアーティマ!」

「陸……うむ、陸の未来の為、絶対にこの星を取り返そうぞ!」


         ♢♢♢


 1時間後。ローキスは沢山の美しい男女を連れて戻ってきた。その中でも特に気品に溢れる女性がローキスに問いかける。


「本当にこの場所にこの星の生物がいたのですか?」

「はい、リーダー。彼らは急に現れた我々に酷く怯えています。くれぐれも攻撃なんてしないでくださいね」


 女性はチラリとローキスを横目で見た後、視線を正面に戻す。


「分かっています。確かに私はこの星が欲しいですが、暴力は好みません。話し合いで済めばそれが一番です。姿だって、貴方が教えてくれた通りこの地の者達に合わせたのですから、きっと大丈夫」


 嘘をついている様子はない。あくまでも穏便に、けれど絶対にこの星を手に入れるという強い意思を感じる。

 そんな女性の後ろでは、一緒に来ていた者達が思い思いに騒いでいた。


「え〜でもこの体窮屈だよ〜」

「一度、力の差を見せておいた方がよいのでは?その方が上手く話し合えるでしょう?」

「それより、もっとこの地のことを調べるべき……」


 協調性のない仲間達を笑いながら、ローキスは茶化したように女性に話しかける。


「ありゃりゃ、これでは話し合いは無理では?」

「はあ……皆、静かにしなさい。この地の者を更に怖がらせてしまうでしょう?攻撃は交渉が決裂した際の手段です」


 女性達は立ち止まり、喋り続けている。その姿を──陸はビルの上で見ていた。


「う〜ん、離れているから豆粒程度にしか見えねぇ……」

「しかし、星檻は使えるじゃろう?」

「ああ。……やるぞ」


 陸は立ち上がり、深呼吸をする。そして、もう何度も唱え、言い慣れた、星檻の呪文を唱え出す。


『我、星の鍵を握る者』


 陸の手に鍵が現れる。その鍵を女性達に向け、呪文の続きを唱える。……前に、アーティマがぼそりと呟いた。


「気付かれた」

「!」


 こんなに離れているのに?いや、アーティマが言うのなら確かだろう。それでも呪文を唱えなければ……。

 陸がそう思っている間に、アーティマが屋上から飛び降りていった。


 一方、女性はビルを見ていた。


「今、こっちの方から強い気配がしましたね。ローキス、この星の者達はこの中に──」

「そうじゃ」

「!」


 女性達の前にふわりと、羽が空から落ちてくるかのようにアーティマは降り立つ。

 女性は警戒心を隠しつつ、不思議そうにアーティマを見つめる。


「先程の強い気配は貴方?」

「うむ。そうじゃよ」

「そう、ですか……でも、何かしら。貴方、存在が薄いような……」

「失礼な奴じゃのう。まあ、侵略などという野蛮な行為をしてくる者に礼儀を求めても無駄か」


 そうしてアーティマが囮になっている間に、陸は呪文を続ける。


『全てを呑み込む星の海 闇に沈むは罪ある者 管理者、八崎陸の名において現界を許可しよう』


 女性達の足に黒い手が何本も絡み付いていく。


「な!?」


 ローキスを除いた全員が黒い手を振り払おうとする。だが無駄だ。手は段々と上へ登っていき、体全体を押さえつける。どんな魔法を使おうと、この手は振り解けない。


「この手は……貴方の仕業ですか!」

「そうじゃな。魔法を使っているのは“儂”じゃな」


 上空に大きな檻が現れる。金色の檻が、その中を満たす黒い液体が、存在の全てが女性に恐怖を与える。抵抗しても意味がないと、まるで洗脳されたかのように本能が思考を止めてしまう。

 それでも、仲間を助ける為に女性は呪文を唱えた。


『にきざつや みずし!』


 アーティマが立っている付近の地面がボコッと音を立てて沈んでいく。加えて、逃さないとばかりにアーティマの周りを激しい風が覆った。少しでも触れよう者ならバラバラに裂けてしまうだろう。


「直ぐに攻撃を止めない。さもなくば──」

「さもなくば、なんじゃ?」

「!」


 アーティマは風の壁を難なく抜けて出てくる。そして、女性の驚愕した顔を見て笑った。


「ほれ、もう直ぐ檻が開くぞ」


 その言葉をアーティマが口にした時、陸も最後の呪文を唱え終わった。


『──星檻よ、幽世を開け』


 檻の扉が開く。黒い液体から出てきた巨大な手は、掌にある目をギョロギョロと動かす。まるで、捕らえるべき対象を探すように。

 手は順番に、ゆっくりと女性の仲間達を檻へ入れていく。その光景を、女性は絶望しながら見つめる。


「ああ、皆……!っ、貴方。どうやってあの壁を抜けたのですか?」

「ん?自分で言ったじゃろう、儂の存在が薄いと。意識体の儂に攻撃は効かん。まあ、そのせいで儂も何もできんがな。……しかしまあ、まさか抵抗されるとはのう。流石に儂の世界程は効かぬか」


 アーティマは女性に近付き、顔を覗き込む。アーティマにとってはよく知っている顔。自分を、大事な子供達を害した憎い相手。だが、目の前にいる女性はやはり別の存在なのだ。

 残念そうに眉を下げる。


「お前の魔法を見て分かった。お前達は、儂の知るアイツらより弱いのじゃな。儂の世界でもこれだけ簡単にいけばいいのに……いや、今回のことはお膳立てしてくれたローキスのおかげもあるか」


 女性は目を見開く。そして、まだ残っているローキスの方を振り返った。


「どういうことです?ローキス。まさか貴方……私達を裏切ったの?」

「ん〜、まあ、そうだな」

「何故……!私達が嫌いだったのですか!?」

「まさか。リーダーも皆も好きですよ。でも、俺は別の俺が見せてくれた夢が、感情が、衝動が!その全てが忘れられないんだ。……だからこれは、この喜びを与えてくれた俺へのお礼の気持ちが強いかな。本物の“彼”にも会えて満足したし」

「意味が、分かりません……」


 困惑している女性の目の前で、ローキスが手に掴まれる。それでもローキスに恐れはない。今から楽園に行くかのように、ニコニコと笑っている。


「あはは。俺でも俺のことが分からないのですから、リーダーに分かる訳がありませんよ。それじゃあ、先に行きますね。バイバイ、リーダー」

「……」


 女性はローキスを見つめる。ただただ悲しそうに。

 ローキスが連れ去られた後、最後まで残っていた女性も手に掴まれた。もう守るべき仲間もいないからか抵抗の意思はない。


「なんじゃ、大人しいな」

「……私は」

「む?」

「私は、どうしたらよかったのでしょうね」

「……知らん。お前達にもお前達の事情があったのじゃろうが、この星に生きる者達には関係ない」

「はい、理解しています。ですから攻撃を受けたことに怒りはありません。……それでも、仲間の皆を助けたかったと、思ってしまうのです」


 アーティマは少し考え、口を開く。


「そうじゃな〜……お前がもっと早くローキスを疑い、殺していたら結果は違ったじゃろうな」

「……ならば無理ですね。私は仲間を疑えません。裏切られたと知った今も、ローキスは大切な家族だと思っていますから」


 女性は諦めたように笑ったまま檻の中へと入れられる。手が全員を閉じ込めると、檻の扉がゆっくりと閉まっていく。そして、形を歪めながら消えていった。

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