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第十依頼 いるべき場所 1話

 それは突然の出来事だった。


「おはよ〜」

「おはよう、りっくん」

「朝食の準備はできていますよ」

「ありがとう、貰うわ……って、灯さん食べながら寝てるじゃん」


 いつも通り皆で食事を取り、今日も普段と変わらない1日が始まると、そう思っていた。


ドスンッ


「ぐえっ!」


 陸の頭上から重い物が降ってきた。潰れたカエルのような声を上げ、陸はその場に倒れる。


 陸以外の皆が、陸の上に乗っている物を凝視する。それは決して降ってくるはずのない物……少女だった。桔梗よりも幼く、左目を隠すように巻いた大きなリボンが特徴的だ。

 少女はゆっくりと立ち上がる。


「むう、ここは……」

「痛〜……あっ!お前はアーティマ!」

「「「アーティマ!?」」」

「ダーリン!」

「「「ダーリン!?」」」


 状況を飲み込めていない灯達を無視し、アーティマは陸に抱き付く。そして陸の頭を抱え込み、すりすりと頭を擦り寄せる。


「は〜この感じ、陸との繋がりが強くなっておるようじゃ。夫婦としてこれ程幸せなことはないのう」

「ちょっ、一旦離してくれ!皆も驚いてるだろ!」

「なんじゃ、見られているのは恥ずかしいのか?照れ屋じゃのう。そういうところも好き♡……さて」


 アーティマは陸を離し、灯達の前に立った。そして、ゆっくり時間をかけてそれぞれの顔を見つめた後、微笑みを浮かべた。


「灯、マミ、フェリ。お前達にはいずれ挨拶をせねばと思っておったのじゃ。陸がいつも世話になっておるな」

「え、えっと、本当にアーティマ様なのですか?」


 マミの質問にアーティマは頷く。


「いかにも。儂と陸との関係は聞いておるな?」

「は、はい!お会いできて光栄です」

「儂も会えて嬉しいぞ。儂の上で産まれた、可愛い儂の子らよ。……しかし、ふむ……こうして実際に目にすると、やはり驚くのう」

「何がだよ?」

「灯と陸が一緒にいる偶然に、じゃ」


 一瞬、灯の眉間にシワがよる。しかし、直ぐに取り繕ったような笑顔見せ、アーティマから目を逸らした。そして小首を傾げ、何も理解していないといった素振りをする。


「そんなことをしても無駄じゃぞ。儂は星の上で起きたこと、そしてこの星で産まれた者が見たことは全て知っておる」

「……」

「分かっておるのじゃろう?儂が陸をこの世界に連れてきたのは、陸の世界に危険が迫っているから。そしてそれは、お前がその目で見た“未来”のせいだと」

「ど、どういうことだ?」

「……陸に無駄な心配をかけたくない、という気持ちは理解できないのだね」

「安心せい。陸は不安に押し潰されるような、やわな男ではない。それに、話しておかねば納得もできぬじゃろう」

「……はあ……」


 灯は頭を押さえ、しばらく考えた末に諦めたのか重々しく口を開く。


「陸。ボクとキミが初めて会った日、ボクがキミの世界に行ったことがあると伝えたのを覚えているかい?」

「お、おう。確かオレがいた時代より未来だったよな?」

「ああ。西暦2075年。キミが生きていた時代の50年後には……キミの世界は天神に乗っ取られる」


         ♢♢♢


「陸には話したが、ボクの前世は地神なんだ」

「えっ!?先生の前世が地神様!?」

「し、知りませんでした……」

「マミとフェリさんは知ってると思ってたぜ……」

「全然。先生が治安維持部第一課の元隊長だってことくらいしか知らない」

「聞かれなかったからね」


 そんなことを言う灯を、陸は呆れたような目で見る。隠し事が多いのは間違いないが、水音が言っていた通り、自分の過去にはあまり興味がないのだろう。

 灯はコホンと咳払いをして話を戻した。


「前世では天神に殺されてね。精霊として生まれ変わった時は、ソイツに復讐することだけを考えて生きていたんだ」

「では、灯君が治安維持部に入ったのは……」

「そこで働くのが一番都合がよかったからだね。リィローアやウィクシーとは前世からの腐れ縁だったから入るのも簡単だったし」

「先生って凄い方だったんだ……」

「驚いただろう?」


 クスクスと悪戯っ子のように灯は笑うと、過去を思い出しながら続ける。


「そんな治安維持部での活動中、“それ”は起きたんだ」


         ……………


 その日の仕事は、星望声に反乱を企てている組織の捕縛だった。

 地下世界の4階層に拠点があることを突き止め、ボク達の部隊は細心の注意を払って突入した。……が、中は酷い有様だった。


 ボク達が来ることがどこからか漏れていたのだろう。その組織の全員が殺されていたんだ。もちろん、書類や他の組織の情報は残っていない。

 当時の部下だった水音が近寄って来る。


「やられましたね。隊長、どうしましょう?」

「生き残りや、ここを襲撃した者の痕跡がないか調べろ」

「承知しました」


 指示を出した後、ボクもボクで辺りを調べることにしたんだ。


「……ん?」


 入り口から奥に進んだ所に、大きなモニターがあった。モニターの下には様々な機械も並んでいる。

 モニターの画面は真っ黒で、機械からは煙が上がっていてね。誰の目から見ても壊れていることは明らかだった。


「ふむ……ここの奴らは何か研究をしていたのだったな。確か──」


 考えながら機械に手を置いた、次の瞬間──


ビー!ビー!


「うおっ!?」


 機械から音が鳴り、モニターがついた。色々なグラフや画像が映っていく。そして、最後に青い球体が映ったかと思うと、ボクの意識はなくなった。


         ♢♢♢


「ん……ここは……」


 意識が戻り、辺りを見渡すと、そこは建物内でもなければ地下世界ですらなかった。


「地上か?いつの間に移動したんだ……まあいい。早く地下に戻ら、な……なんだ、あの空は」


 初めて会った日の陸のように、いや、陸とは真逆の意味でボクは驚いたんだ。本来あるはずの物がない。地上を見張る天神の目がね。


「どうなっている……おい、そこのお前」

「へ、お、俺ですか?」

「ああ、お前でいい。お前、あの空を見てどう思う?」

「どうって……あ、青空?晴れてるな?」

「そういうことじゃない。おかしいと思わないのか」

「べ、別に……」

「……」


 そこからも他の人間に質問をしていってね、あっという間に夜になったよ。

 ボクは街の隅に座り、頭を抱えるしかなかった。


「この星の名前は“地球”。天神もいなければ地神も地下世界もない、人間や動物達の星。……やはり、ここは別の星なのか?しかし、それにしては俺の世界と似過ぎている。これではまるで……そういえば、あの組織は異世界の研究をしていたな。異世界にアーティマとよく似た星があり、それを手に入れる方法を探っている、とか」


 考えれば考える程、今いる場所が異世界だという結果しか思い浮かばなかったよ。

 しかし、ボクは認められなかった。認めるわけにはいかなかった。復讐も果たしていないのに、知らない世界に飛ばされて帰り方も分からない?そんなこと、受け入れられるはずがないだろう。


 『何があっても絶対に帰る』、その決意を固めた時、話しかけてきた人間達がいた。


「おい!大丈夫か?」

「体調が悪いのですか?」


 大柄な男と、大人しそうな女だったね。


「救急車を呼ぼう!」

「必要ない」

「でも、顔色が悪いですよ」


(はあ、事情を話したらヤバい奴だと思ってどこかに行くだろう)


「実はだな……」


 そこから、ここまでの事情を全て話したんだ。そうしたらその人間達、何て言ったと思う?


「帰る家もないということか!それは大変だ!」

「困りましたね……よければ私達の家に来ますか?」

「は?」


(コイツら馬鹿か?それとも罠か?……まあいい。俺が人間如きに負けるわけがないのだし、ここはコイツらを利用しよう。そして、一刻も早く元の世界に帰ってやる)


 そう考え、人間達と共に過ごすこと6ヶ月。いや〜、すっかり絆されてしまってね〜あはは。帰れなくていいかとさえ思っていたんだ。……けれどね、駄目だった。


 とある、美しい青空の日。その人間達と出かけていた時のことだ。道を歩いていると、周囲の人間達が急に騒ぎ始めた。皆、一様に空を指差して叫んでいる。つられてボクも空を見た。


 もう見慣れたあの青い空。そこに、まるで異物のように線が入っていたんだ。

 線はゆっくりと、上下に開いていく。そして完全に開ききった時、理解したよ。それがボクの世界にもあった天神共の“目”だと。


「な、何あれ」

「嫌な感じがするな……何があるか分からない。俺の後ろに隠れて──」


 考えるより先に動いていた。地球という星に存在する全ての生物……は言い過ぎだが、できるだけ助けられる命を全部──ボクの結界内に入れた。

 冷静になった後もこの行動は後悔していない。天神に支配される前に、大事な2人を……そして、彼らが大切にしている“平和な生活”を守る必要があったからね。


(大丈夫、ボクの結界に入れた者は例外なく皆“眠る”。肉体も歳を取ることはない。時間はいくらでもある。ここは逃げて──)


 そう考えた時、目眩がした。


「っ、この、感覚は……」


 そのまま意識を失い、気付いたら元の世界に戻っていた。それも、あの組織の拠点内に。


「隊長?何かありましたか?」

「……水音。今は何をしているのかな?」

「へ?た、隊長の指示で建物内の調査をしています」

「ボクがこの機械に触れてからどれくらい経った?」

「“ボク”!?い、いや……えっと、アタシが隊長から離れてからなら、5、6分くらい?ですね」

「そうか」

「あっ、ちょっ、隊長!?」


 建物から出る為に歩き出した。その後ろを水音が付いて来る。


「引き上げるよ。どうせ、これ以上調べても何もでないだろう。時間の無駄だ」

「ええ?……いえ、隊長がそう仰るのだからきっとそうなのね」

「そうそう。あっ、後、もうボクのことを隊長と呼ばなくていいよ。今からリィローアに話をして、治安維持部を辞めるつもりだから」

「は……はあ!?」

「それじゃあ先に帰るね。お疲れ様」

「まっ、隊長ー!」


         ……………


「その後、異世界に行く方法や天神の対処法を探そうと思ってね、自由に動ける探偵業を始めたんだ」


 灯の話を聞き終わると、マミが納得したように口を開く。


「先生が簡単な魔法しか使えない理由って、異世界中の生物を結界内に入れて、ずっと守っていたからなんですね……いや、普通はそんなことができるわけないんですけど、先生が言うのだから嘘ではないと分かります」

「うん。ほとんど魔法が使えないのは不便だが、おかげで簡単に治安維持部を辞められたよ」

「……今度、水音にもこの話をしてあげてくださいね。あの子、結構気にしていますよ」


 灯は頷く。まあ、本当に言うつもりはないかもしれないが。

 灯とマミが話している横で、フェリは陸を心配するように見た。陸は俯いており、何を考えているのか分からない。


(陸君……辛いですよね。元の世界に帰る方法すら未だに掴めていないのに、未来で天神が攻めてくるなんて聞かされて……)


「……陸君、大丈夫ですか?」

「え?ああ、大丈夫大丈夫。心配かけてごめん」

「おや、思っていたより平気そうだね」

「う〜ん……正直、実感が湧かなくてさ。オレがいた時代の50年後だっけ?そんな未来で世界が滅びるって言われてもな〜。危機感もった方がいいのは分かるんだけど……」

「安心しろ旦那様。人間の感覚とはそういうものじゃ」


 アーティマが後ろから陸に抱き付く。そして視線だけを灯に向けた。


「それで?そんな危険な未来を理解した上で、お前は陸を元の世界に帰す手伝いをしていた訳じゃが……本当は帰すつもりがなかったのじゃろう?」

「まさか。陸が『帰りたい』と望む限り、ボクは全力で帰る手伝いをするよ。未来のことはボクがこの命に代えても解決するし、陸が困ることはない。アーティマ様が何も言わなければ、陸は元の世界に帰ってからも何も悩まなくてよかったんだ」

「解決するつもりなら話をしても問題ないじゃろう。大体、お前が陸の世界に行ってから5年も経っているのに、未だに解決できていないではないか」


 何も言い返せず灯は黙り込む。そのまま、アーティマは灯を責め立てるのかと思ったが違った。


「分かるじゃろう?もうお前だけで足掻くのは不可能なのじゃ。そろそろ周りを頼れ。お前には頼りになる仲間達がおろう?それに、儂も試したいことがある」

「試す?」

「陸、お前は異星の者が寄越した紙を持っているじゃろう?」

「異星?……あっ、もしかして『ルマニア商会』か?」


 ビラ達の結界から戻った時、空から落ちてきたチラシ。キフシの件もありすっかり忘れていたが、陸はまだそのチラシを持っていた。

 アーティマは頷く。


「アイツらルマニア商会のことは儂も知っておる。様々な星に仲間達を散らばらせ、誰からの依頼も受ける何でも屋。この世界でアイツら程情報を持っている者はおらんじゃろう」

「ふむ、ボクも聞いたことがある。金さえ積めばどんな願いでも叶える、なんていかにもな噂話だったが、実在したとは」

「そんな凄い奴らだったのか……よし!早速連絡を取ろうぜ!」


 陸が自室に向かおうとするとアーティマが止めた。


「先に朝食をとるといい。儂のせいで冷めてしまったが、作ってもらった物は無駄にできんじゃろ」

「い、いえ、僕は気にしませんから。先に電話をしましょう?アーティマ様は一つの世界に長く留まれないと聞きますし……」

「ふっふっふっ……その心配はもうない」


 アーティマは仁王立ちをし、自信満々に告げる。


「さっき陸を見た時、感覚で理解できた。陸の体が楔となり、儂の体もこの世界に固定されたと」

「オレの体が?どういうことだ?」

「簡単に言うとな、儂はもう色々な世界を渡り歩くことはなくなり、ずっと陸の側にいることができるようになった、ということじゃ!」

「え!?」


 陸は驚きで声を上げ、周りにいる灯達も目を丸くして固まっている。アーティマ……この星の意識が側にいてくれるのは心強いが、何なのだろう、この不安は。

 アーティマは体をくねくねと捩らせ、照れたように陸をチラチラと見つめてくる。


「これからよろしく頼むぞ、儂の旦那様♡」

「……陸、ひとまずご飯を食べようか」

「……はい」


 現実逃避をするかのように、陸達は改めて食事の準備をするのだった。

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