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第九依頼 理想を求めて 7話

「はあ……」


 事務所のソファで陸は何度目かも分からない溜息をついた。しかし、それは依頼者が来なくて暇だからではない。

 キフシと別れてから1週間。あれ以来、彼女とは会えていなかった。いつもの公園や、よく一緒に食事をした店に行く度、今頃どうしているのだろうとキフシのことばかり考えてしまう。


(メールを送っても返信なし。やっぱりリアエルのところで何かあったのかな)


「……はあ」


 考えては溜息をつく、その繰り返しだ。

 そんな姿を灯とフェリは遠目から見ていた。


「ここ最近の陸は様子がおかしい」

「はい。話しかけても上の空で……心配です。何か僕にできることはないのでしょうか?」

「ボクも同じ気持ちだけれど、何を聞いても曖昧な返事しかされないからね……。マミも一昨日から帰って来ないし、どうしたものか」

「ただいま〜!」


 見計らっていたかのようなタイミングでマミが帰ってきた。その後ろにはウィクシーも立っている。

 灯はウィクシーを見た瞬間、「げっ」と口に出し、嫌そうな顔をした。


「やあ、灯。親友の登場だよ、喜んでおくれ」

「わぁい、嬉しいな。もう帰っていいよ」

「冷たいな〜。星檻の子の悩みを解決してあげる為に来たのに」

「陸の?」

「ああ。ここ最近ずっと落ち込んでいるのだろう?可哀想に……。でも大丈夫、“コレ”を見たら直ぐに元気になるさ」


 マミとウィクシーが事務所内に入って来る。そうすると、更にその後ろにいた者の姿が見えるようになった。美しい白髪をしたその少女は……


「えっと、どうも。“コレ”です」

「!この声……キフシ!」


 陸はキフシの元まで走って行き、勢いよく抱き付いた。

 キフシの顔が一気に赤くなる。


「なっ、な!?え!?」

「キフシー!よかった!会えないから心配したんだぞ!本当に……ん?その目、どうしたんだ?」


 元々は青空のような綺麗な青色だったキフシの目は、今は蜂蜜のような黄色になっていた。

 どう説明したものかとキフシが悩んでいる間に、灯がウィクシーの隣へ移動する。そしてウィクシーの足を軽く蹴った。


「わあ、痛い」

「痛くないだろ。早くソファに座れ。説明しろ」

「はいはい。天除キフシ、お前もこっちに来なさい」

「は、はい」

「陸、キミも事情を話してくれるかい?ボク達はキミが何で悩んでいたのかも知らないんだ」

「お、おう!分かった」


         ♢♢♢


 入り口側のソファに陸とキフシ、向かいに灯とウィクシーが座ると、早速話を始めた。ひとまず、星檻内で起きた事情を陸から説明する。

 最後まで聞き終わると、灯は「成程」と呟いてキフシを見た。じっと、観察するように。キフシは居心地が悪そうにそわそわとしている。


「それで陸の様子がおかしかったのか。しかし、天神の眷属というよりはどちらかというと……」

「私の魔力を感じる、かい?」


 ウィクシーはいつもの調子……ではなく、少しだけ嫌そうにしている。キフシに無言で目を向け、説明をするように促す。


「あ、あの、ここからは私が。実は私……リアエル様に捨てられたのです」


         ……………


 星檻から出た日の夜。私はリアエル様に話をしに行きました。陸さんのことや、私の思っていること。それらを全て伝えようと思っていたのです。

 しかし、私を一目見たリアエル様が放った言葉は「役立たず」、でした。


「ロキから全て聞いているですよ。お前、少年にぜ〜んぶバレたらしいですね」

「……はい」

「なら、罰を受ける覚悟もあるですね。目を閉じなさい」


 リアエル様のご命令通りに目を瞑ると、頭に手を置かれました。


『うおらも てしえか をらかちのそ たちをんえ まい』


 その呪文を聞いた瞬間、体の力が抜けていく感覚がして私は倒れてしまいました。

 リアエル様は私を見下ろしながら言います。


「お前との主従関係を解きました。起き上がれるようになったら、どこへなりとも行きなさい。……まあ、眷属としての力を失ったお前が地上で生きていくことは不可能だと思うですが」

「まっ、リアエ……さ……」


 そのまま意識を失い、次に目が覚めたのは朝日が昇ってからでした。辺りを見渡しても、もちろんリアエル様はおりません。

 私は眷属でも人間でもない、何もない存在になったのです。

         ……………


「それから目的もなく歩いていたのですが……」

「ウィクシー様のご命令で私がキフちゃんを拾ったんだよ」

「マミに頼んで連れて来てもらってね、私の血を与えたんだ」

「えっ、ウィクシーさんの?」

「ああ。眷属ではなくなったものの、細い糸一本分くらいの繋がりは残っていたからね。それを私が上書きして消した。彼女と天神の繋がりはもうないよ」

「成、程?えっと、よく分からないけど、キフシもウィクシーさんの眷属になったのか?」


 陸が何気なくそう言った瞬間、ピリッと空気が凍る。壊れかけた橋の中心に立っているような緊張と恐怖。その原因は直ぐに分かった。ウィクシーだ。優しい笑みはそのままだが、殺気にも似た何かを放っている。

 しかし、それも1秒程のこと。陸が何かを言う前に、穏やかな雰囲気を纏ったいつもウィクシーに戻った。


「いや、それはないよ。天神との繋がりを消す為に手は加えたが、私がコレを眷属にするなんてあり得ない。私には既に愛おしい眷属がいるからね。ね、マミ」


 ウィクシーはマミを呼び寄せ撫で回す。それは眷属を可愛がっているというよりも、自分を落ち着かせる為に行っているようだった。

 困惑している陸に対して灯が手招きをする。そして、内緒話をするように小声で話しかけた。


「陸、キミが思っている以上に、地神にとって眷属は特別な存在なんだ。地雷を踏みたくないなら触れない方がいい」

「そ、そうなのか……分かった。でもそれならキフシは今何を……」

「私の知り合いの店で働いてもらっているよ」


 ウィクシーに聞こえないように話していたのだが、どうやら無駄だったようだ。ウィクシーはそのまま喋り続ける。


「地上にある店でね。骨董品を扱っているところなんだ」

「そのお店の店主さんは身元のハッキリしない私も受け入れてくださる優しい方なんですよ。是非、陸さんも今度来てください」

「おお!行きたい!事務所から遠いのか?」

「少しだけ。ああ、でも……」


 そうして、陸とキフシは色々なことを話していき、いつの間にかマミとフェリも含めて盛り上がっていた。話の流れで別室にお菓子を取りに行くことになり、灯とウィクシーを残して全員で移動する。

 陸達がいなくなったのを確認した後、灯はウィクシーに話しかける。


「陸は気にしていない様子だが、結局キミは何でアレを助けたんだい?」

「はは、決まっているだろう。星檻の子に恩を売りたいから。……というのに加え、あったら便利かと思ったからだね。ほら、もしもの時に備えて手札は多い方がいいだろう?」

「手札、ねえ。邪魔にならないといいけれど」

「心配してくれているのかい?ありがとう。大丈夫だよ、邪魔になった時は消すから」

「……それ、陸には言わないでくれよ」

「当然。彼の信頼は損ないたくないからね」


 そんな不穏な会話をしていると、陸達が戻って来た。ボウルいっぱいのお菓子を持って。

 陸はお菓子を机の上に置く。


「フェリさんが作ってくれてたんだ。皆で食べようぜ!」

「フェリの手作りなら食べようかな」

「ウィクシー様もどうですか?フェリさんが作るものは全て美味しいですよ」

「ああ、せっかくだしいただくよ」

「では、皆さんの分の紅茶を淹れますね」


 慌ただしく皆が動き出す。陸はフェリを手伝おうと後を付いていく。だが、その途中でキフシが陸に声をかけた。


「あの、陸さん」

「ん?どうしたキフシ」

「その、約束……覚えています……か?」

「当たり前じゃん!今度予定を合わせて一緒に行こうぜ!」

「っ……はい!」


 キフシは満面の笑みを浮かべる。何の憂いもない、今までで一番の笑顔を。


         ♢♢♢


 陸とキフシが再開を喜んだ日の夜。とある廃ビルの屋上でリアエルは夜空を見ていた。小さいながらもキラキラと輝く星々をただじっと眺めていると、背後から誰かが声をかけてくる。


「随分と優しいじゃないか」

「……ロキ」


 ローキスはリアエルの隣まで移動すると、同じように夜空を見上げる。


「眷属を玩具くらいに思っていたお前が、役にも立たず利用価値もなくなった眷属を解放して逃してあげるなんて……隕石でも降るのかな」

「ロキぃぃ?誰のせいでこうなったと思っているのです?」

「俺に陸のことを教えたリアエルのせいだな」


 反省した様子もなく、さも当然とばかりにローキスは言う。

 リアエルは頭を押さえ、溜息をついた。


「はあ、もういいです。それより貴方の眷属はどうしたのですか?」

「ああ、処分したよ。もう必要なくなったから」

「なんだ、今回は早かったのですね」


 慣れているのか、リアエルは驚くことなくローキスの発言を受け入れる。そして、呆れたようにローキスに視線を移した。


「大体、眷属を理想の存在に育てあげるなんて無駄なんですよ。だって、毎回育ててる途中で理想の形がコロコロ変わって、その度に眷属を消して作っての繰り返しなのですから」

「う〜ん、でも仕方ないと思うんだ。何かを見て『良い』と思った感情は誤魔化せないだろう?」

「そういう話ではないです。僕ですら人間で遊ぶ時は一人一人最後まで作り上げるのですよ?このままではロキの夢が叶う日なんて何億年かかってもこないです」

「そんなことはない。むしろ俺は今、後一歩で夢が叶うところまできているよ」


 ローキスは口元を綻ばせる。リアエルでも初めて見るような幸せそうな表情。そんなローキスからリアエルは……距離をとった。腕には鳥肌も立っている。


「な、何ですかその『運命の人と出会ちゃった』って思っている乙女みたいな顔……いつもの何か企んでいる怪しいローキスはどこにいったのです?」

「“運命”、か……うん、間違っていないな。俺にとって陸は運命の相手なのかもしれない」

「う、うわ〜。今までもテンションが上がったロキを見たことはあったですが、ここまでおかしい状態は初めてです。逆に、それだけ惚れ込んでいても足りない部分はなんですか?」


 リアエルの質問にローキスは顔を曇らせる。俯いて、残念そうに口を開く。


「聞いてくれるかい?陸の中身は理想通りなんだが、体がよくない。人間は脆い上に短命だ。長生きしてもたった100年程度なんて信じられないよ。……だから、変えようと思う」

「何に?」

「天神に」


 その言葉にはリアエルも流石に驚いたようだ。目を見開いてローキスを見つめている。

 ローキスはリアエルの様子に気付くと笑う。


「はは、そんなに驚かなくてもいいじゃないか」

「いや、驚くでしょう。天神って……そんなの不可能ですよ」

「そうかな?リーダーに頼めばいけないかな?」

「なおのこと無理です。リーダーの人間好きを忘れたですか?自分の手で可愛いヒトちゃんを違う生物に変えるなんてするわけないです」

「やる前から諦めてどうするんだ。俺はやってみせる。絶対に陸を天神にする」


 地上にいるであろう陸を思い浮かべ、決意を固める。

 リアエルもローキスが冗談で言っているのではないと理解したようだ。「ふ〜ん」と呟いた後、心底不思議そうに質問をする。


「何でそんなに星檻の少年のことが気に入ったのですか?」

「彼はね、俺が出会ったことのないタイプなんだ。不完全だが、だからこそ──」

「あ、思ったより長くなるやつですね、これ。やっぱりいいです。僕は帰るです。じゃあね」


 リアエルは立ち上がり、さっさと消えていった。残されたロキは自分も帰るか悩み、結局その場に座る。

 もう一度空を見上げた。


「陸、待っていてくれ。絶対にまた君に会いに行くからね」

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