第九依頼 理想を求めて 6話
「天神、地神……そして陸が異世界人……。魔法の存在は知っていましたが、そんな漫画の設定のようなことが現実にあるとは驚きました」
帰って来た水音と桔梗は探偵事務所に移動していた。そこで灯とフェリにここまでの事情を話し、桔梗には地下世界のことや陸のことを説明したのだった。
灯は呆れた様子で水音を見る。
「は〜……いいのかい?全部話してしまって」
「ここまできたら仕方ないわ。陸の許可も得ているし」
「その陸君はどこに?」
「『6階層に行きたい』とか意味の分からないことを言って、マミを引っ張って行ったわ」
「……そうかい」
灯達が話していると、桔梗が「あの!」と会話に入ってきた。
「他にも聞きたいことがあるのですが」
「はいはい。もうこの機会に全部聞くといいよ。フェリ」
「はい、紅茶のおかわりですね。追加のお菓子も用意してきます」
空になった皿を持ってフェリは部屋から出て行った。桔梗はケルベロスを抱きながら水音と魔法について話をしている。その光景を眺めながら、灯は陸とマミに想いを馳せた。
(6階層か……まあ、どうせアイツが全部見て動いているだろうし、大丈夫だろう)
♢♢♢
6階層に続く洞窟の前。陸は無理矢理引っ張ってきたマミと、5階層の入り口で“偶然”出会ったウィクシーと共にいた。
「まさか5階層に入って直ぐの所でウィクシーさんに会えるなんて、凄い偶然だよな。ここまで一緒に来てもらってよかったのか?」
「もちろん。散歩ついでだからね。地神だらけの危険な5階層を歩くのなら私がいた方が安心だろう?ほら、何をしたいのかは分からないが行っておいで」
「おう!ウィクシーさんありがとう!マミもまた後で!」
ブンブンと手を振りながら陸は洞窟へ入って行く。
陸がいなくなってから少しして、マミがウィクシーの服の裾を引っ張った。
「あの、ウィクシー様。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「謝らないでおくれ。マミだけでも問題なかったところに無理矢理付いて来たのは私だ。むしろ謝るのはこちらの方だろう。お前の力を信用していないわけではないんだ。これからも私の為に励んでくれるかい?」
「はい!もちろんです!」
マミはウィクシーに撫でられて直ぐに元気を取り戻す。何と単純だろう。
「えへへ……あっ、そういえば、ウィクシー様はりっくんの目的をご存知ですか?私は何も説明されていなくて……」
「もちろん。星檻の子の目的は──」
♢♢♢
「キフシ!」
「お帰りなさいませ、管理者様」
「ただいま!なあ、今日捕まえた奴を出してくれないか?」
「本日収監した受刑者ですか?灰色の毛むくじゃらと、白色の硬い者がおりますが?」
「白い方!」
「かしこまりました」
星檻のスカートから黒い手が伸びて行き、瓶を持って戻って来る。星檻はその瓶を陸に渡した。
陸は瓶の中の青い炎をじっと見る。そこには蝋の塊のような物がぼやけて映っていた。
「うん、これで合ってる。じゃあ、このまま外に連れて行くからな」
「管理者様のお望みのままに。……ですが、そちらの受刑者は外に出たがっておりませんよ」
「えっ!そんな……というか、キフシが何て言っているのか分かるのか!?」
「はい。このまま連れ出しても構いませんが、管理者様の満足のいく結果にはならないかと」
「そんな……」
「そこで提案なのですが」
ずいっと星檻が陸に顔を近付けてくる。
「管理者様がこちらの受刑者に説得を行うのはいかがでしょう?」
「せ、説得?」
「はい。失礼しますね」
星檻は瓶を受け取ると蓋を開けた。そして陸の手を掴み、瓶の中……ユラユラと揺れる炎へと触れさせる。
炎だが熱くはなく、ぬるま湯に手を入れているかのようだ。しかし同時に、心臓に触れているかのような生々しさも感じる。あまり長く触れていたくはない。
「目を閉じて、耳を澄まして……聞こえますか?この声が」
「声……」
『っ、うぅ……うっ』
「!」
聞こえた。嗚咽を漏らしながら泣いているキフシの声が。
星檻が陸の手を更に強く握る。
「今、管理者様はこの者と繋がっています。もう目を開けて構いませんよ」
「分かった」
陸は深呼吸をして目を開けた。すると、そこは真っ暗闇な空間の中だった。目の前には蝋が……キフシがいた。焦る心を抑え、優しく、できるだけ普段通りにキフシに話しかける。
「よっ、キフシ」
「り、陸さん!?どうして……私が見えているのですか?」
「おう。一緒に帰──」
「いや!来ないで!」
「!」
ハッキリとした拒絶の言葉に思わず黙ってしまう。キフシは声を震わせながら続けた。
「見ないで……私を見ないでください。こんな醜い姿、貴方に見られたくなかった」
「……」
「ぐすっ、ごめんなさい。最低の女でごめんなさい。私、貴方を騙していたんです。本当は……」
「天神の、リアエルの眷属なんだろ?ローキスから聞いたよ」
「っ!……知っていたのですね。なら、尚更何で来たのですか?私のことなんて放っておいて……」
「お前と一緒にいるのが好きだから」
「へ?……は、え!?」
陸はキフシの体にそっと触れる。落ち着かせるように、慰めるように。キフシは少し震えているが、先程のように陸を拒否することはない。
「キフシと食べるご飯も、キフシとの会話も、全部楽しくて大好きなんだよ。だから、あんなお別れは嫌だ。本当にオレを騙していたとしても構わない。ここに残るのも外に出るのもお前の好きにしていい。お願いだ、本当のお前を教えてくれ」
「本当の、私……」
数秒の沈黙の後、キフシはゆっくりと話し出す。
「私はリアエル様の眷属……陸さんを監視する為に生まれた存在。あの方にとって私は代わりのきく道具だけれど、私にとってあの方は唯一の神様。あの方の望みは全て叶えて差し上げたい」
「……」
陸は目を伏せる。やはり、キフシの中でリアエルの存在は大きく、特別な相手のようだ。それでも直接話を聞けてよかったと、陸はキフシから離れようとして……
「でも」
止まった。
「同じくらい陸さんのことも大好きなんです。貴方と過ごせる時間はとても幸せで、かけがえがなくて、このままずっと一緒にいたいと何度も思いました。……そんなこと、許されるわけがないのに」
堰を切ったようように喋りだす。必死に、声を震わせて。今まで胸の内に秘めていた、口に出してはいけないと思っていた気持ちを。
「罪悪感と、役立たずな自分への自己嫌悪が日に日に酷くなっていくんです。いっそ死んでしまいたいのに生きていたくて。リアエル様の為に尽くしたいのに、陸さんともっと仲良くなりたいと願ってしまう。頭の中がぐちゃぐちゃで、もう限界です。私はどうしたらいいのですか?どう、したら、また貴方と一緒にいられるのですか」
「キフシ……今まで苦しんでいたんだな。気付けなくてごめん。何か、オレにできることは……あ!」
名案が浮かんだのか、陸は大きな声を上げる。
「そうだ!オレのことを監視しながら一緒にいたらいいじゃん」
「へ!?そ、それは……流石に……」
「え〜いい考えだと思ったんだけどな。リアエルの仕事を果たしつつ、美味しい物食べて楽しく過ごせるならそれが一番じゃん」
「そ、そうなんですけど、これ以上陸さんに迷惑をかけられません」
「迷惑じゃねぇよ。オレもお前と一緒にいたいんだ」
「……」
陸はキフシを見つめる。蝋の体ではどこが目かは分からない。けれど、不思議と目が合っているように感じられた。
「キフシ、オレを信じてくれ。頼りないかもしれないけど、オレにできることなら何でもする。だから一緒に外に出よう」
「……何でもなんて、そう簡単に言わない方がいいですよ」
突き放したようにも感じる言い方だが、その声は先程までよりも明るい。もう泣いていないらしい。
「本当にいいのですか?こんな私でも、貴方の隣にいて。後悔しませんか?」
「しないって。不安なら指切りでもするか?」
「指切り……ふふ、それもいいですね。ここから出た後に是非」
「!……ああ!そうだな!」
陸は嬉しそうにキフシに抱き付く。そして、陸を待っている星檻に対し、外に出たいと伝えるのだった。
♢♢♢
星檻に引っ張られ、陸は5階層の洞窟内に戻って来た。6階層に続く扉の上に座り込んだまま辺りを見渡す。キフシは一体どこに……
「ここですよ、陸さん」
「キフシ!後ろにいたのか!」
「ふふ、はい」
キフシはもう蝋ではなく、見慣れた少女の姿になっていた。照れたように笑いながら陸の隣に移動する。
「もう人間の姿に戻ったのか」
「はい。元の姿はあまり……その、人間にとって好ましくないでしょうから」
「そうか?オレは可愛くて好きだったけどな〜」
「陸さんは変わっていますね。嬉しいですが、貴方にはこの姿の私を見ていてもらいたいです」
「そうか?まあ、本人がいたい姿でいるのが一番だよな。じゃあ、ほら」
そう言いながら陸は小指を立てて差し出す。星檻内での約束を果たす為に。
キフシもおずおずと小指を出し、陸の指と絡ませた。そして、期待を込めた瞳で陸を見る。
「あの、この指切りは私の為にしてくれるのですよね?なら、約束の内容は私が決めてもいいですか?」
「おう!もちろん!」
「では……全てが落ち着いたらパン屋ルビーのカレーパンを一緒に食べる。破ったら針千本飲まします、指切った」
「え!?そんなことでいいのか?」
「はい!」
キフシは絡ませていた指を解く。その表情は幸せな夢を見ているかのように嬉しそうで、遠慮をしている様子はない。
陸と繋がっていた小指をもう片方の手でギュッと握り込む。
「この約束があったら、リアエル様の元に戻ってからも頑張れる気がするんです」
「あっ、そうだよな……リアエルのところに帰るのか……」
「はい。私はあの方の眷属ですから」
「そっか」
寂しさはあるが、キフシが決めたことに口を挟むべきではないだろう。そう自身を納得させ、陸はキフシに手を差し出す。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「はい。そうですね」
キフシは陸の手を取り、ギュッと強く握る。
「陸さん」
「ん?」
「私との約束……絶対に忘れないでくださいね」




