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第九依頼 理想を求めて 5話

 狼に連れ去られている最中のローキス。彼は抵抗もせず、流れに身を任せていた。


(はあ、ビラ達に依頼して八崎陸のことを観察していたが……時間の無駄だったな。もう終わらせて帰ろうか。リキも心配しているだろうし)


 そんなことを考えていると地面に降ろされた。どうやら、山羊達が消えて行った森の入り口付近に連れて来られたようだ。

 狼はローキスに覆い被さり、そのま動かなくなる。それはまるで一時停止をした映像のようで、この状況を見た者は『今にも狼が人間を襲いそうだ』と思うことだろう。


 だが、ローキスはそんな意味のない茶番にも飽きたようだ。ビラを呼ぼうとして──驚きで固まった。狼の下から影のような黒い手が何本も伸びてきたのだ。手は狼をローキスから引き離すように引っ張って行く。


 声が聞こえた。


『──星檻よ、幽世を開け』


 声がする方向から大きな手が伸びて来た。手は狼を引っ張り、金の檻の中へ呑み込む。そして、ゆっくりと消えていった。


「ローキスさん!大丈夫ですか!?」

「あ、ああ。俺は何ともないが……」

「よかった〜間に合った。ビラに頼んでオレだけ連れて来てもらったんです。まあ、お願いできたのは行きだけなんで、扉の前に戻る方法は考えなきゃなんですけどね」

「何故……どうして来たんだ?あのまま逃げるのが普通だ。俺達はここで初めてあっただけで、親しい間柄でもないのだし」

「え?困ってる人や死にそうな人を助けるのに、初めて会ったかどうかって関係ないじゃないですか」


 陸はそう言ってローキスに手を差し出す。だが、ローキスは考え事に集中しており、その手を取ろうとしない。


「ふむ……お前は、この星の全ての人間の救済を願って行動しているのか」

「いや、何でそうなる?そこまで凄いこと考えて生きてないですよ、オレ。目の前で困っている人がいて、オレがその人の力になれるなら手を貸したいってだけです。普通のことでしょ」

「普通……普通か」

「後、ローキスさんはオレと親しくないって言ってましたけど、オレはもうローキスさんと友達のつもりですよ!ここまで一緒にやってきた仲間じゃないですか」

「友……仲間……」


 ローキスはぶつぶつと独り言を呟く。


「出会って数時間の俺を……怪しいとも思わず……」

「いや、さっき言ってたことは意味分からなくて怖かったですよ。ちゃんと説明してほしい」

「そうか……あっはは!そうか、そうか!」


 陸の手が勢いよく掴まれる。顔を上げたローキスの瞳はキラキラと輝いており、憧れのヒーローに出会えた子供のように無邪気な表情をしていた。


「ロ、ローキスさん?」

「納得したよ。やはり、リアエルは俺の理解者だ。俺のことを俺以上に分かっている」

「っ!リアエルって……」

「ビラ。ゲームは中止だ。ここまでで構わない」

『あら?よろしいので?』

「ああ、もう満足だ」


 ローキスがそう言うと風景がパッと変わる。大理石の床に、宇宙に投げ出されたかのような景色。少し離れた所には困惑した様子のキフシも立っていた。だが、肝心のローキスがいない。

 陸がローキスを探していると、上空からビラの声が聞こえてきた。


「こちらでございますよ、八崎陸様」


 見上げてみると、ビラとローキスが空中に浮いていた。ローキスは先程までと違い、真っ白な王子然とした服装をしている。


「改めましてご挨拶を。私は別の星からやって来ました、ルマニア商会のビラ。こちらの天神、ローキス様のご依頼で皆様を閉じ込めさせていただいておりました」

「天神……ローキスさんが?」

「ごめんよ、驚かせてしまったね」


 ローキスは心底申し訳なさそうな顔をする。


「“君”を傷付けるつもりはなかったんだ。ただ君のことを知りたかった。君がどういう人物かを。だからビラ達に依頼して、君のことを試していたんだ。……ああ、でも安心してくれ。君が星檻を使えることはリアエルと俺しか知らないし、誰にも言うつもりはないよ」

「あ、あの……私が連れて来れたのは……?」

「おまけです。参加者が多い方がゲームも楽しいですから」

「そんな……自分勝手過ぎます!」


 キフシはビラを睨み付ける。だが、ビラはそんなキフシのことを意に介さず、ローキスにニコニコと楽しそうに笑いながら話しかけている。


「それでどうでしたか?八崎陸様のこと、存分に観察できたかと思いますが」

「そうだね。正直なところ、途中までは興味がなくなっていたんだ。だって、陸は天除キフシのことを好きなんだと思っていたから」

「へっ!?り、陸さんが!?」

「オレが?キフシを?」


 顔を赤くしているキフシとは違い、陸は言っていることの意味が分からないとばかりに不思議そうにしている。

 そんな陸の姿すらも愛おしそうにローキスは見つめる。


「『好きな子の為ならどんな危険も冒せる』、それだけの、ただの人間だと思っていた。……だからこそ驚いたんだ。後先も考えずに俺を助けに来たこと。星檻を使うことを躊躇っているように見えたのに、俺の為に使ったこと」


 それは告白のように、ローキスは一つ一つの言葉をゆっくりと、大切そうに口にしていく。


「そして何より、君はそれを普通だと言った。世界中の全てを助けたい程の善人ではなく、けれど手が届く者は救いたいと。素性も分からぬ俺のことすら仲間だと!ああ、本当に君は最っ高だ!陸!」


 ローキスが陸に手を伸ばす。だが、陸は迷惑そうにローキスを見るだけだ。


「ごめん、話を聞いてもオレにはお前がやりたいことが分からねぇわ。でもよ、お前がキフシやマミ達を危険な目に遭わせたのは確かだよな?」

「結果的にはそうだな」

「反省してなさそう……ちゃんと全員元の場所に帰せよ」

「もちろん。ビラ」

「はいはーい!依頼主様のご希望のままに。依頼料は後で指定の方法で振り込んでくださいね♡」


 そう言ってビラが前方に手を向けた瞬間──宇宙が割れた。

 宇宙を模した空が割れ、黒く大きな穴が上空にできる。そして、その穴から象の姿をした巨大な化物が降ってくる。化物の着地点は丁度陸がいる所。早く避けなければ間違いなく潰されてしまう。しかし、急なことで陸は対応できなかった。


「あわ、やばっ……」


 ビラも予想外だったのだろう。慌てて化物を止めようとしたが間に合わない。


「陸さん!」


 そんな中、飛び出したのはキフシだった。

 キフシの体はドロドロと溶けていき、白く大きな粘土のようになる。その体を使い、化物を包み込んだ。そして、そのまましゅるしゅると縮んでいき、陸と同じくらいの大きさになる。その体は先程と違い硬くなっており、蝋の塊のようだった。


「えっ、キフシ……?」

「っ……はい、キフシです。よかった。陸さんは無事ですね」


 蝋の塊から聞こえてくるのは、どう聞いてもキフシの声だ。陸は困惑しながらキフシに近付こうとして……止められた。


「来ないでください」

「えっ、何を……その黒い手!」


 床から黒い手が出て来る。その手は陸のよく知っている物。星檻の手だ。


「この結界は現実空間にあるのですから、人間の姿を捨てたら罰が下るのは当然です」

「なっ……ならオレが止める!止まれ!止まれよ!」


 何度も何度も命令する。だが、黒い手がキフシを離すことはない。むしろ押さえる力を増すだけだ。


(何で……今回はオレが呼んだわけじゃないからか?)


 キフシの近くに金の檻が現れる。扉がゆっくりと開き、中から見慣れたあの手が出て来ると、キフシを掴み上げる。キフシは罰を受け入れるかのように、騒ぐこともなく檻の中へと入って行く。

 その光景を、陸は悔しげに見つめながら叫ぶ。


「キフシ!オレが後で絶対に迎えに行く!だからそれまで待っていてくれ」

「陸さん……私は、貴方に──」


 言い切る前にキフシは檻と共に消滅してしまった。

 陸は目に涙を滲ませながらローキスとビラに敵意を向ける。


「お前ら!何でこんなことを!」

「俺はこんなことを頼んでいないよ。ビラ、どういうことだ?」

「ふふ、落ち着いてください。今ご説明しますから」


 余裕を感じる表情でビラはそう言うが、内心では誰よりも焦っていた。


(は、はあ!?何これ何が起きているの!?知らない私これ知らない!……でもでも言えるわけないわ!ミスしたってバレたら報酬を減らされるかもしれないもの!)


 ビラが一生懸命に言い訳を考えていると、上空の穴から男性の怒鳴り声が聞こえてきた。


「おいコラ!ビラァ!!」

「この不快な声……スタ!?」


 穴の中から、カジノディーラーのような服装の男性が出てくる。スタと呼ばれた男性は青筋を立て、今にも殴りかかりそうな勢いでビラに詰め寄った。


「よくもやってくれたな!」

「はあ!?何を言っているのよ!ていうか何でいるの!?アンタ仕事は!?」

「お前が邪魔したんだろうが!」

「は?」


 スタは苛立ちながら先程あったことの説明をする。


         ……………


「あ〜また負けっちゃった。きーちゃん、あっち向いてホイ強いね」

「むう、マミわざと負けていません?」

「そんなことないよ」

「そんなことあるでしょ。手を抜くのは失礼よ」

「そうですそうです!流石水音はよく分かっていますね」


 あれは第三ステージの途中、お客様方が休憩を取られていた時のことだ。


「次は水音とやります。マミはわたしをナメているので」

「え〜」


 古目桔梗様にそう言われ、高川マミ様が横になられた、その時──


ポチッ


「あれ?ここ、ボタンみたいなのが仕込まれて……わー!?」

「へ?は!?」

「な、何よあれ!?」


 配置した覚えのない、象の姿をしたモンスターが現れんだ!

 俺が混乱している間に、高川マミ様が大急ぎでボタンを見つけ、直ぐに押してくださった。そのおかげかモンスターの下に穴が空き、そのまま穴へと落とすことができたんだ。

 

「は〜驚いた」

「何ですかアレ!これもゲームの一環ですか!?」

『い、いえ。これは私の仕掛けではございません。一体……あっ、もしかして……』

「わっ、急に目の前に出て来ると驚くじゃないですか」

「も、申し訳ございません。……今の件について確認して参りますので、少々お待ちください」


         ……………


「あ〜確かにやったわね。ボタンを用意したわ。すっかり忘れてた」

「忘れてただぁ!?余計なことしやがって!この脳軽女!」

「は〜!?脳みそが石でできてる奴に言われたくないわよ!大体、アンタのゲームが面白くないのが悪いのよ!どうせお客様も暇で遊んでたんでしょ?可哀想に」

「なっ、違っ……そういうお前は馬鹿みたいに単純な──」

「ビラ、スタ。これはミスで間違いないのかな?」


 ビラ達の肩がビクッと跳ねる。恐る恐るローキスの顔を覗く。怒ってはいないようだが……


「依頼料に関して、後で話をしようか」

「きゃー!」

「まっ、申し訳ありません!この失態は必ず……」

「黙って」


 冷たくそう言い放つと、ローキスはビラ達に背を向ける。そして、ふわりと陸の前に降り立った。

 警戒している陸に、ローキスは辛そうに話しかける。


「ああ、すまない、陸。こんなことになってしまうなんて……。しかし、これはある意味幸運だったのかも知れないよ」

「は?何言ってんだよ?」

「だって彼女、僕の仲間が作った眷属……天神リアエルが君を監視する為にこの世に生んだ生物だからね」


 陸は目を見開く。『そんなわけない』と否定したいが、口から漏れるのは浅い呼吸音だけだ。


「違うと言いたいんだよね。でも、君も分かっているのだろう?先程星檻に連れ去られたあの姿を見たのだから」

「……そうだな。でも」

「ん?」

「それでも、アイツはオレを守ってくれた。例えお前が言ってることが事実だったとしても、オレはアイツを1人の“人間”として信じてる。どういう気持ちでオレと一緒にいたのか、それはアイツから直接聞く」


 真っ直ぐ、希望すら感じられる程の輝く瞳で陸は告げる。

 ローキスはそんな陸に陶酔した様子で、うんうんと頷く。


「ああ、それがいい。君がやりたいことを、やりたいようにするべきだ。君の行うことは全て正しいのだから」

「な、何だよ急に……何を企んでるんだ?」

「企むだなんてそんな!俺は純粋に君のことが好きなんだ。君の言葉が君の感情が君の行動が!その全てが朝日のように眩く美しく、俺の心を掴んで離さない。俺は君に会う為に生まれてきたのかもしれない」

「怖っ……。もういいからオレ達を返せよ。星檻を使われたいのか?」


 そんな突き放した言い方をされてもローキスは嬉しそうだ。


「ふふ、困らせてしまってすまない。大丈夫、分かっているよ。今は他の天神に君のことはバレていないが、俺が消えたら流石に仲間達が調査を始めてしまう。だから、君はなるべく俺に星檻を使いたくないのだろう?俺も星檻に入れられて君に会えなくなるのは辛い」

「……お前が、帰ってからオレのことを仲間に話す可能性はあるけどな」

「信じてくれ。君の害になることはしない。俺は何があっても君のことを守るよ」


 人が変わったかのような甘い発言の数々に、陸はうんざりしながらも今は信じるしかないと口を噤む。


 ローキスはビラ達を見上げ、指示を出す。


「ビラ、スタ。ここまでで構わない。陸達を元の場所に帰してくれるかい?」

「は、はい!もちろん」

「仰せのままに」


 ビラとスタがパチンッと指を鳴らす。すると、空や床がパラパラと崩れていく。

 崩壊していく世界を陸が眺めていると、ローキスが近寄って来た。


「な、何だよ」


 ローキスは返事をせず、陸に跪く。そして、少しだけ怯えている陸の手を取った。


「陸、また会える日を楽しみにしているよ」


 切なそうにそう告げ、陸の指先に口付けをする。


「ぎゃ!?お前──」


 陸が手を振り払い、文句を言おうとした時にはもうローキスはいなかった。ビラもスタも、あの宇宙のような空間も。全てが消え去り元いた場所に帰っていた。

 陸の横にはマミ達もいた。怪我をしている様子もない。……だが、この場所にキフシの姿はなかった。


 ふわりと、空から紙が落ちてくる。陸が拾ってみると、それはチラシのようだった。


『どんな星のお悩みも解決!気軽に下記までご連絡ください ルマニア商会』

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