第九依頼 理想を求めて 4話
陸達が第三ステージに進む中、マミ達はまだ第二ステージで頭を悩ませていた。
「ん〜あれは?あの天井の……」
「いえ、あれは合っています。……ですが、他に何が……」
「ごめんなさい、アタシはもう分からないわ……」
「くっ、急に難易度上がり過ぎなんですよ!この部屋ー!」
何故こんなことになっているのか、それは第二ステージの説明を聞いた時に巻き戻る。
……………
『このステージは、簡単に言うと間違い探しです。中央の壁で部屋を左右に分け、それぞれ同じように家具を配置しております……が、違う箇所が10個あるのです。皆様から見て右側を見本に、左側の間違っている箇所・物にシールを貼ってください』
「シール?……あっ、足元に落ちてるこれだね」
マミは地面にあったシールを拾い上げる。可愛くデフォルメされた亀のシールだ。
『はい。物は動かせませんが、中は自由に出入りしていただいて構いません。全ての間違いを見つけたらお声がけください。正解か不正解かをお伝えします』
淡々と、機械的にルールを告げる男性。桔梗は溜息をつく。
「はあ、随分と面倒くさいですね。まあ、いいでしょう」
「おっ、きーちゃんやる気満々?」
「ええ。わたしにかかれば間違い探しだろうと余裕。こんな部屋数分……いや、数秒でクリアしてあげましよう!」
……………
「って、思っていたのにー!」
桔梗は頭を抱え座り込む。横にいるマミと水音も疲れた様子だ。
「もうどこが合っていてどこが間違っているのか分かりません……椅子にも机にも机の上にある1枚の紙にも全部全部違和感があります……」
「気をしっかりもちなさい、桔梗。間違いは後1個のはずよ」
水音は目を擦りながら左右を見比べ続けているが、気付くことは何もないようだ。マミはマミで左側に行き、あちこちを見回っていたが成果はなく、とぼとぼと歩いて戻って来た。
このままでは何時間かかっても出れない。桔梗も何とかやる気を出し、ジッと見つめる。
「あっ、あの時計……」
「机に乗ってるやつ?」
「はい。あの時計、微妙に色が違う気がします」
「そうかな……言われてみると確かに……?」
「どうせ他に見つけることもできないわ。試しにシールを貼って正解かどうか聞きましょう」
そう言うと、水音はシールを手に取って左側へ向かう。そして時計にシールを貼った。
水音が声を張り上げる。
「ほら!できたわよ」
『……解答はこちらでよろしいでしょうか?』
「ええ、構わないわ」
『では……』
早くここから出たい、もうやりたくない。皆が心の中で『合っていてくれ』と祈る。だが、男性は正解も不正解も告げなかった。
ヒュッ
桔梗の耳に聞こえてきたのは風を切る音。その正体を認識するよりも早く、マミが動いた。
「うわっ、危ないな〜」
桔梗がマミの方を見ると、その手には矢が握られていた。桔梗を狙っていたのだろう。鉄でできた矢尻は、そのまま飛んでいけば桔梗の頭に刺さる位置にあった。
マミが手に力を込める。バキッという木の棒が折れる音とともに、矢は真っ二つになって地面へ落ちた。
「怪我はない?」
「は、はい。問題ありません」
「桔梗!」
水音が慌てて戻って来た。そして桔梗の肩を掴み、前後に激しく揺らす。
「アンタ大丈夫なの!?痛いところは!?ああもう!アタシが一緒にいながら何てこと!」
「おち、落ち着いてください。わたし、は、平気です。マミが助、助けてくれ、ましたから」
「私が助けました!ぶい!水音、そろそろ離してあげなよ〜」
『お話中失礼します。先程の解答ですが、1点だけ間違いがありました』
男性の声が聞こえた瞬間、水音はバッと天井を睨みつけた。男性がどこから見ているのかは分からない。だが、水音の怒っている顔は見えていることだろう。
水音は怒りを滲ませた声で男性を問い詰める。
「アンタ、こんなの聞いていないわよ!」
『申し訳ございません。説明しない方がゲームをよりお楽しみいただけかと思いまして』
「要らない説明は長々とするくせに……それに、何で桔梗を狙ったのよ!シールを貼ったのはアタシよ!」
『古目桔梗様が間違った部分を指摘したからです』
「へ?それは……最後の部分ですか?」
『それを私の口からお伝えすることはできません。ただ、貴方様が間違えたことは確かです。今一度、よくお考えください』
言いたいことは全部言ったようで、男性はそれっきり喋らなくなった。
桔梗は男性の言葉を頭に入れ、再度考える。
「わたしが間違いを見つけた部分、それは……」
「10個のうち5個だよ!」
「半分じゃない……」
気まずい沈黙が流れる。皆、口にこそ出さないが『やめたい』と思っていることだろう。実際、表情も曇っている。
水音が重々しく口を開いた。
「やりましょうか」
「……はい」
「……うん」
まだまだステージをクリアできそうにはない。
♢♢♢
一方、陸達は……
『以上、これが第三ステージのルールです!』
ビラから説明を受けている最中だった。
「えっと、ごめん。よく分からなかった」
『あら!申し訳ありません!簡単に、簡潔に、分かりやすく言いますと、皆様には狼に連れ去られた子山羊達を助けていただきたいのです」
「小山羊……」
陸は辺りを見渡す。今、陸達が立っている場所……第三ステージの舞台は野原だった。絵に描いたような青空、色とりどりの花々、左側には森もある。のどかで自然が美しい場所だ。しかし……
「いや、山羊も狼も見えねぇけど?」
『大丈夫!そのまま真っ直ぐ進んでいただけたら全て分かります!』
「何だ、随分と投げやりじゃないか」
『そ、そんなことないですよ?ほらほら!私の言うことを信じて進んでください!』
「とりあえず行ってみますか?」
「そうだな〜」
ビラに急かされ、陸達は歩き出す。数分歩くと、正面に何かが横たわっているのを見つけた。
それは陸よりも大きな黒い狼だった。眠っているようで、大きないびきをかいている。傍には小山羊も7匹いるが、縄でひとまとめに縛られて捕まっていた。
「あれを助けたらいいのか」
「狼が寝ているのなら起こさない方がいいですね」
「なら、オレが行くよ。全員で行くと起こす可能性が高くなるし」
陸はそろそろと、細心の注意を払いつつ狼に近付く。起きる気配はない。この調子なら簡単にクリアできそうだ。
ゆっくりと縄を解く。そして1匹1匹慎重に逃す──はずが、上手くはいかなかった。
「うわーん!お母さん!」
「怖かったよ〜」
「わっ、まっ、静かに……」
子山羊達は泣きながら、バタバタと大きな音を立てて走り出す。キフシ達が待機している横を抜け、森の中へと消えて行った。
その騒がしさに、狼は薄っすらと目を開ける。
「んん……?」
(やべっ!起きちまう!早くオレも……って、あれは……)
狼の尻尾の付近に、1匹の子山羊が残っていた。どうやら逃げ遅れたようだ。急いで子山羊に駆け寄り、抱きかかえる。
狼は寝ぼけまなこを擦りながら、上半身のみを起こした。
「なんだぁ?今の音は」
意識はまだはっきりとしていないが、子山羊達がいないこと、そして陸の存在に気付けば目の色を変えて襲ってくることだろう。
陸がこの先の行動を考えていると、腕の中の子山羊が喚き出した。
「うわーん!怖いよー!」
(ちょっ、静かに──)
「ああ、また山羊共が騒いでいただけか」
狼は納得したのか、また横になった。少し拍子抜けしたが、襲ってこないのならよかった。陸は騒ぐ子山羊を抱いたまま、そろり、そろり、と狼から離れる。
「ん?いや、それにしては騒いでる奴が少ない気がするなぁ……何匹か死んだか、もしかして……」
狼の言葉に陸はびくりと肩を震わせる。狼に怪しまれないよう、陸も泣き真似をしなければ。
「助け──」
「き、きゃー!怖い!」
「恐ろしいな〜」
(キフシ!?ローキスさん!?)
陸の隣にキフシとローキスもやって来た。驚いている陸にキフシは近寄って行き、耳打ちする。
「大丈夫、まだ狼は気付いていません。このまま続けましょう。ね?」
陸は頷く。そして、危ないと分かっていても助けに来てくれたキフシ達の為、精一杯叫ぶ。
「うわー!怖い!」
「うるせぇ……全く、よくそんなに騒げるもんだ。ふわぁ〜」
大欠伸をすると、狼は陸達の方を見ることなく再度眠り始めた。数秒だけ様子を見るが、起きる気配はない。全員早足でその場を離れた。
森の前まで移動し、子山羊を離す。子山羊は泣きながら森の中へと入って行った。
「終わった〜」
「これで全ての山羊を逃がせましたよね?」
「……ああ、多分ね」
「?ローキスさん、大丈夫ですか?」
「え?何がだい?」
「いや、体調悪そうだなって」
ローキスは「あ〜」と考えるように呟き、頬を掻く。
「そういうわけではないんだ。ただ、まあ……やっぱりこんなものか、って思ってな」
「?」
「悪いわけではない。けれど、特段心惹かれる要素もないなと」
「えっと、ごめん。ローキスさんが言いたいことがオレにはさっぱり──」
『はーい、皆様!お疲れ様で〜す!』
ビラの声が話を遮った。ローキスは陸からふいっと顔を逸らす。陸もそれ以上会話を続けることはやめ、ビラの話を聞くことした。
『ちゃんと7匹の子山羊を逃がせましたね!おめでとうございます!第四ステージに繋がる扉をご用意しましたので、真っ直ぐお進みください』
「行きましょう、陸さん」
キフシはぐいぐいと陸の服の袖を引っ張る。まるでローキスから引き離すように。
(ローキス様、退屈されているようですね。何をなさりたいのかは未だに分かりませんが、飽きて私達に危害を加えられては困ります。早く次のステージも終わらせて陸さんと出ないと……)
「……あ、あれ?あの、音が聞こえませんか?何かが走ってくるような……」
「ん?確かに聞こえるな。これは──」
陸達は音の方へ視線を向ける。そこには……血走った目で陸達に向かって走ってくる狼がいた。
陸とキフシは悲鳴を上げ、ローキスは興味なさ気に狼を一瞥し、溜息をつく。
狼が怒りのままに叫ぶ。
「テメェら!俺の飯を逃しやがって!ぜってえに許さねぇ!」
『おおっと申し訳ございません!私の声が狼まで届いてしまったようです!追いつかれる前に走って逃げてください!』
「ええー!また走るのかよぉ!もうしんどいんだけど!」
陸は泣き言をこぼしながらも、キフシと共に走り出す。ローキスも本気ではなさそうな走りで陸達に付いて行く。
ある程度走ると、前方に崖が見えてきた。崖の向こうには第四ステージに繋がっているであろう扉もある。
「陸さん!あそこ!橋があります!」
「本当だ!急ごうぜ!」
キフシが指差す先には木で作られた細い橋があった。キフシ、ローキスと橋を渡り、最後に陸も走って橋を渡ろうとする。だが──
「う、うわっ」
後少しで渡り切るという時に橋が壊れてしまった。“落ちる”、そう陸が覚悟をした瞬間、ローキスが陸の腕を掴んだ。片手で楽々と陸を引き寄せる。
「やれやれ、大丈夫かい?」
「は、はい……」
陸は振り返り、恐る恐る崖下を覗く。底が見えない真っ暗闇で、落ちたら死は確実だ。よろよろと前に歩き、座り込んだ。
冷や汗を拭いつつ、ローキスに感謝の言葉を告げる。
「ありがとうございます、ローキスさん。死ぬところでした」
「気にすることはないよ」
『いや〜まさか橋が壊れるとは驚きでしたね』
「わざとらし〜」
『そう睨まないでください。ほら!狼もこれで来れませんよ。安心ですね』
「まあ、それはそっか。は〜、何とかなってよかった。さっさと最後のステージに行くか」
そう言いつつ、陸が扉に向かって歩いていると、キフシが「ひっ」っと小さな悲鳴を上げた。何があったのかと、キフシの視線を辿る。そこでは──狼がローキスに噛みついていた。
崖を渡って来たのか?いや、違う。首をゴムのように伸ばし、異常に大きくなった頭がこちらにあるのだ。
狼はローキスを咥えたまま首をシュルシュルと戻し、来た道を走って戻って行く。
全てがあっという間で、陸もキフシも何も対応できないず、ただ見ているしかなかった。




