プロポーズと案内人
「おっと、大丈夫か?」
ようやく唇が離れたところで、きりもみ状態になっていたのに気づいたグレイさんが、大きく羽ばたいで体勢を戻してくれる。
「大丈夫です。グレイさんの飛行はすごく安定しているから、何があっても安心していられますね」
笑顔の私の言葉に、グレイさんも嬉しそうな笑顔になる。
「そう言ってもらえるなら嬉しいよ。ちょっと体勢を変えるよ」
上空を見上げたグレイさんは、そう言ってそっと両手を離すと、向かい合った状態のままで両手を私の腰の辺りへ回してそっと抱きしめてきた。
引き寄せられた私も、思わず同じようにグレイさんの首に両手を回して抱きつく。
お互いの背中に翼があるので、飛びながら抱き合おうとしたら手を回せる場所がここしかなかったのよ。
すぐ目の前にグレイさんの顔がある。
時折啄むようなキスをしつつ、そのまままっすぐに上空に向かって飛んでいく。
「どこへ向かっているの?」
不思議に思ってそう尋ねる。もう、ホームのある浮島ははるか下方にあって小さくなって見えるだけなので、今でもかなり上がってきている。この上に何かあるのかしらね?
不思議に思っていると、笑ったグレイさんが上空を指さして口を開いた。
「せっかくだから、このままご挨拶に行こうかと思ってね」
「ご挨拶ですか? えっと、誰に?」
グレイさんのご両親も、彼を育ててくれた伯母様ももうお亡くなりになっているので、誰に挨拶に行くのか分からず首を傾げる私。
ちなみに、この世界ではお亡くなりになった方は全て火葬して、骨を細かく砕いて空に撒くんだって。空葬とでも言うのかしらね。
なので、個人のお墓は無い。まあ、土地が有限な浮島ではそれが自然な考えなのだろう。
上昇気流に乗って空全体に散った故人は、縁のある人達を空から見守ってくれ、いずれまた姿と翼の色を変えて浮島へ戻ってくると考えられているんだって。輪廻転生的な素敵な考え方ね。
「そうか。ルリはまれびとだから、知らなくて当然だな。行くのはまだまだはるか上空で、そこには聖なるドラゴンがおられる。ご挨拶に行く先は聖なるドラゴン様だよ」
当然のように言われて、驚きのあまり言葉が出ない。
そういえば以前、取り引きのために地上へ降りた際、島に落ちているワイバーンを見て驚いた私がドラゴンが落ちているって言ったら、聖なるドラゴンとワイバーンを一緒にしないでくれってグレイさんに笑われたんだっけ。
あの時は、へえ、この世界にはドラゴンもいるのね。くらいに軽く考えていたけど、今の話を聞くに聖なるドラゴンの存在って、何か重要な意味があるのかしら?
不思議そうにしている私を見て、グレイさんがまた笑う。
「俺は、これから先の人生をルリと共に歩んで生きたいと思っている」
真顔のグレイさんからの突然のプロポーズの言葉に、もうこれ以上ないくらいに真っ赤になる私。
「どうだ? ルリもそう思ってくれるか?」
少し不安そうなグレイさんの言葉に、真っ赤になった私はそれでもしっかりと顔をあげて彼の顔を正面から見つめた。
「ありがとうございます。私も、私も同じ気持ちです。グレイさんと一緒に、これからの人生を歩んでいきたいです」
はっきりと口に出したその言葉は、すうっと私の中に消えていった。
良かった。ただ嬉しくてそう思った。
「ありがとうルリ、愛しているよ」
嬉しそうにそう言ってくれたグレイさんと見つめ合い、それからもう一度そっとキスを交わす。
「将来を誓い合った事を聖なるドラゴンに報告するんだよ。ただし、行けば誰でも会えるわけじゃあない。普通は、ある一定の上空まで上がり、声に出して報告するだけなんだ。でも、実はある方法を使えば実際にお会いする事が出来る。だが、それには案内人が必要なんだよ」
「案内人、ですか?」
予想外の言葉に驚く私を見て、またグレイさんが笑う。
「お邪魔するよ」
その時、背後から聞き覚えのある声が聞こえて、思わず首だけで背後を振り返った。
飛んできたのは、放浪の賢者と呼ばれているタルカムさんだった。
「突然呼ばれたから、何事かと思って駆けつけてみたら、成る程そういう事か」
完全に笑ったタルカムさんの言葉に、グレイさんが私を抱きしめていた腕に少し力を込めて、私の体をさっきよりもさらにしっかりと抱きしめる。
「ルリは俺を受け入れてくれた。聖なるドラゴンのいる場所への案内を頼みたい」
真顔のグレイさんの言葉に、満面の笑みになるタルカムさん。
「了解だ。もちろん喜んで案内するよ」
その瞬間、暖かくて優しい風がタルカムさんのいる方から吹き寄せてくるのがわかった。
「もしかして、もしかして聖なるドラゴンに直接お会いする為には、精霊達の道案内が必要?」
今の状況でタルカムさんが来てくれる意味がそれしか考えられなくてそう尋ねると、グレイさんだけでなくタルカムさんまでが驚いたように揃って目を見開いた。
「驚いた。まさかとは思うが、ルリには精霊が見えるのか?」
驚くグレイさんに、私は笑って首を振ってみせる。
「全然見えませんよ。でも、タルカムさんが精霊魔法使いだって事は、この前助けていただいた時に聞いたんです。だから、今回もそうなのかなって。それに今、暖かくて優しい風が吹いてきたから。あれはシルフさん達が寄越してくれる風ですよね」
最後は振り返りながらそう言うと、タルカムさんは笑顔で頷いてくれた。
「どうやら精霊達はルリさんの事を気に入ったみたいだな。グレイの事も気に入っているから、まさにお似合いの二人だな」
笑ってそう言うと、大きく羽ばたいたタルカムさんが一気に上空へと舞い上がっていく。
「行くよ。少し加速するからしっかり掴まっていてくれ」
腕に少し力を入れて私を抱きしめたグレイさんは、そう言ってから大きく羽ばたいてこちらも一気に上空へと舞い上がっていった。
お邪魔にならないように翼を畳んだ私は、グレイさんに抱きしめられたまま一気に上昇していったのでした。




